正しく理解しましょうの会
1.笑う人─阪神共和国
「わー、沢山ー!ご馳走だーっってあれ…、そういや黒鋼さん達は?」
「黒ぴーは嵐さんの手伝いー、空汰さんは言わずもがな、小狼君はサクラちゃんの部屋だし、俺はここの部屋のテーブルに料理を並べにくる係りでー」
「あ、そういうこと。…やっぱりこんな大所帯じゃ大変ですよねえ…。私も手伝えばよかったなあ…」
沢山の料理を次々運んでくるファイさんの手伝いをする。
濡れた髪も放ってタオルを首にかけて皿を運んでてんてこ舞いである。
私、こんなに大家族じゃなかったからこんなに忙しないことはなかったらなあー…
でも皆見知った料理ばかりで、しかも凄く美味しそうー。
みんな私が長風呂してる間に片付けてしまったんだから、「もうやることないなぁー」と苦笑してしまった。
「はのやることをやったらいいんじゃない?」
「………え?……ああ、え、いやだってもう料理全部作り終わっちゃったし、盛り付けもみんなあっちで、」
「運ぶだけ、でいいんだよ。十分」
「……」
ファイさんはにっこりと笑う。へにゃへにゃな笑顔じゃなくて、まともな笑顔だ。
…つまりこれは。
それにこの口ぶりは一見普通の日常会話をしているようにも聞こえるけど、
この会話の真意は多分、全然違うところにある。
考えなくてもすぐに分かった。これは今までずっと私が考えてたことだったから。出来ることは少なく、大方みんながやり終えてしまう、私はほんの残り粕を後片付け。
…それって、誰のための行為なんだろう、その微量な働きで誰が救われるんだろう、
その私の微量ながらも、全力でやる働きを
「それは、誰にとっての十分?」
十分と認めてくれる人はいったい何処にいるの?
考えてもわからなくて、そんな馬鹿な人が存在するのかとはあ…と気が抜けてしまった所もある。しかーし、ファイさんは「さあ」とにっこり笑うだけで、
結局この晩も答えが出ないまま。
このお家のお料理はとても美味しい。まるで人柄が現われたようなほっこりする味で、
とても満足しながらまた三人川の字になって眠ってしまう。
…このいい年した男女混合川の字、実際どうなのかと思うけど、案外何事もなく眠れてしまうもので。
また朝が来る。
私達は昨日と同じように嵐さんと空汰さんに見送ってもらいながら、羽根を取り込んだ巧断探しに町へ繰り出していた。
朝もバッチリぐっすり眠れてしまったし、私は図太さだけはあるからなあとぼんやり考えて歩いてみる。
あーあ、昨日と変わらない平和な町並みだ。…うん、すごーく安心感のある景色。
私はそれに何を求めてるんだろう、と共通点を見出してみたりする。
あのおねーさんもおじさんも危なそうに見えるお店も枯れた草木も愛しいとぽわわんしてしまうのだからもう見つけようがないんだけど…
巧断探しは実際私に手伝えることはないし。だったら先を見越して自分の問題を片を付けておきましょーかー、とため息を吐いた瞬間の
一瞬の出来事だった。
「えー、と…?」
一度会った人間のことを探知出来るという巧断を持った正義君がやってきて、
巧断探しを手伝ってくれると言った。健気な子だなあとぽわわわんした、そうまさにその一瞬のことである。
…正義くんが、"何か"に攫われた。
いや、本当にまさに何かが正義くんの服を引っ掛けて上空へと持ち上げて見る見るうちに見えなくなってしまって。
正真正銘何かにさらわれてしまった訳で。こんな一瞬のことってないよー!ってことで。
「……」
…声も出ない。
こんな情もへったくれもない目の前での誘拐場面があってたまるか、と。
本当に短い間のことだったから、もうぽかんとするだけで、
少なくとも私は慌てることも動揺も探さなきゃ、助けなきゃ、とか考えられなくて。
……ああ、うん、そうか、日本に酷似してる世界でも、こういうのが当たり前に起こるんだなー。むしろこれ自体が日常っていうか、差し支えないことというか。
…それで片付けちゃ、駄目?
…いや駄目に決まってんだろ人が見知らぬ物体にさらわれてんだって!
…やっと、やっと我にかえれた…これが当たり前の反応だって、
そうだよ小狼君たちは──
そう、藁にも縋る思いで振り返ったけど。
「今@△□×訳×@■紙○××△?」
「…──は?え、黒鋼さん今なんて、紙が何?」
「────ッ、──!?」
「小狼君それ何語ー!?二人共バイリンガル的なの主張しだしちゃって何っ」
「£ЫЯ…、?пH」
「ひぃいーっファイさんに至ってはソレなんかこわっこわいーっ」
…恐ろしいことになってしまったと思う。
振り返らなければよかった、とも若干思ったりする。
振り返ればそこには信頼していた人たちがむにゃむにゃと各々で訳の分からない言語を喋っているのだから、何事かと思ったけど、どうやら本当に言葉が通じてないらしい。
…いや完全に通じてないわけじゃない。黒鋼さんの紙、だとか今だとか訳、みたいな所々聞き取れた気がする、ような…
…同じ漢字圏内?日本繋がり?それっぽい気がする箸使えるし、いや黒鋼さんに聞いてないから予想でしかないんだけど、
…聞きようもないんだけどー!
「「「モコナ!」」」
「え、えええーっ!!?」
三人が一斉に同じ言葉を同じタイミングで話す物だから驚いて腰を抜かす所だった。
パニックになってる時に驚かせないで欲しいよ心臓がああ…!
しかも今の不思議生物のおなまえではありませんでした?心臓に悪いはずーっ!
私昨日からあの不思議おまんじゅうモドキとの無言の攻防戦を繰り広げてたんだからー!みんなソレを面白がってるし、とにかく、とにかく、
「£Ы£Я…、Л、Ё?」
「えっ……あ、わぁっちょっとー!」
私は一斉に走り出した彼らについて行く他なく。意思疎通出来てないのは私だけで、
いっそ置いていってくれとも思ったけど、
むにゃむにゃとびっくりするような言語を喋ってるファイさんに盛大に驚いて転んだ。
するとなんだか眉を下げて私を抱えて走り出してしまったのだから、もうこんなお荷物ここまで来たら捨て置けよー!と思わずには居られず。
有り得ない程のスピードで走る彼らに、彼に揺られながら。
そして若干吐き気を催しながらも辿り着いたのは阪神城。
正義君と……もしかして翻訳機能を果たしているのかもしれない、というモコナがさらわれたそこに来たことをやっと理解した瞬間、
もっともっと得体の知れない不思議要素が盛られてしまい、「いやだああー!!!わぁーん!!」と一人で泣き叫んでいたのはもう誰にも知られたくない過去のことだ。
過去のことにして欲しいんだよ、切に…。
「モコナ!正義君!」
「あんな所にいるよー」
「楽しそうじゃねぇか、白いほうはよ」
「…ぎもぢわる…ぅ゛」
そして今担がれ酔いをしてしまって情けなく蹲る私も過去のことにどうか迅速にして欲しいんだよ。
つーか早く私のこと置いてってくれ、あんたら正直私が居なくてもうまくやってけるよ、私が居る意味本当にないじゃんー!
卑下じゃなくて現実的に考えて欲しいよもうー!
今私が居たことで起こったことと言えばせいぜい酷く酔って吐き気を催してることくらいだってなんなのほんと…
「通じてるな」
「うん、わかるね、お互い何しゃべってるか」
「ということはやっぱりモコナが…」
「…oh……」
「なんか通じてないっぽい子がいるけど」
「待って今吐きそおでもう」
「あっははー」
「おい、笑ってる場合じゃねぇだろ」
「え、あ、あ、袋!あ、ゴミ箱が」
もう吐きそうでもなんでもいいし一人でなんとか蹲ってれば治まるんだってばー!
なんて叫ぶ余裕もなく、うえー、私あのお城まで走れるかなあ、いやゆっくり歩けるかさえも分かんないよあの乗り物規格外すぎー、と咳き込んでた。
空気が、なんていうかヤバイ、としか言えない。
「……うん、ここならギリギリ安全地帯っぽいし、は此処にいた方がいいかもー」
「え!」
そんな状態でも今の言葉はどんなお薬よりも嬉しいものだ。
え!は決して悲しむものじゃなくむしろ歓喜。明らかに安堵したような不謹慎な姿にどう思ったのかは知らないけど、
「最善策とは、言えないけどねえ」とまた眉を下げるようなあの表情で言った。
…これは、本当の顔だ。なんとなく分かる。
でも最善策じゃないって本心?そんな訳ないじゃん、ちゃんと現実みて正しく足し引きしなよ、と目で強く語ると、「誰かにとっては最善でも、誰かにとっては最悪なこともあると思うよ」と言われた。
「……は、はあ?」
…意味が、わからない。いや、確かにそういう状況って有りえるよ、現実できっと。
でも今は普通に考えておいて私は捨て置いた方がいい。ここが危険な戦場で放っておいたら死んじゃう、とか言うなら難しく考えても仕方ないし、
ここなら自分で隠れることも出来るしそもそもが一般人の、若者の悪戯のようなもので。
秩序を守る存在もいる。善人で溢れてる。
いざとなればこの国の人を装って「助けて!」って言えるよ、
だったら、
「……最悪って、本当に誰にとってなのさ……もう、あの人ほんと意味がわかんなー…」
いったい何なのかと、得体の知れない人じゃなくなってもこの人の言うことや行動は一々意図が掴めない。
やってることが理屈なく理由もなくちぐはぐすぎることも多々ある。
基本的に無償で貰える物なんて本当に世界には数少ないと思ってるし、
でもあの人は本当に些細なことでも、"無償"で私に施してしまうんだから、
訳がわからない。
…現実を理解してるから、理由を求めてるんだよ。全てを疑わなきゃと分かってるから理屈をこねるんだよ。
後ろ髪を引かれるように約二名ほどと、フツーの顔してる一名が行ってしまった後も。
ベンチでファイさんが遠くで有り得ない程身軽でこなれた様子で空を飛びながら、何か文字の形をしているような塊との激しい攻防戦を繰り広げるのを見て。
「──あの人も普通じゃないんだなあ」
ぽつり、分かってはいたことを。
そして、自分もだ、と。ここまでに向かう途中で感じた引っかかりをひとつだけ思い出し、ため息をひとつ。…はぁ。
1.笑う人─阪神共和国
「わー、沢山ー!ご馳走だーっってあれ…、そういや黒鋼さん達は?」
「黒ぴーは嵐さんの手伝いー、空汰さんは言わずもがな、小狼君はサクラちゃんの部屋だし、俺はここの部屋のテーブルに料理を並べにくる係りでー」
「あ、そういうこと。…やっぱりこんな大所帯じゃ大変ですよねえ…。私も手伝えばよかったなあ…」
沢山の料理を次々運んでくるファイさんの手伝いをする。
濡れた髪も放ってタオルを首にかけて皿を運んでてんてこ舞いである。
私、こんなに大家族じゃなかったからこんなに忙しないことはなかったらなあー…
でも皆見知った料理ばかりで、しかも凄く美味しそうー。
みんな私が長風呂してる間に片付けてしまったんだから、「もうやることないなぁー」と苦笑してしまった。
「はのやることをやったらいいんじゃない?」
「………え?……ああ、え、いやだってもう料理全部作り終わっちゃったし、盛り付けもみんなあっちで、」
「運ぶだけ、でいいんだよ。十分」
「……」
ファイさんはにっこりと笑う。へにゃへにゃな笑顔じゃなくて、まともな笑顔だ。
…つまりこれは。
それにこの口ぶりは一見普通の日常会話をしているようにも聞こえるけど、
この会話の真意は多分、全然違うところにある。
考えなくてもすぐに分かった。これは今までずっと私が考えてたことだったから。出来ることは少なく、大方みんながやり終えてしまう、私はほんの残り粕を後片付け。
…それって、誰のための行為なんだろう、その微量な働きで誰が救われるんだろう、
その私の微量ながらも、全力でやる働きを
「それは、誰にとっての十分?」
十分と認めてくれる人はいったい何処にいるの?
考えてもわからなくて、そんな馬鹿な人が存在するのかとはあ…と気が抜けてしまった所もある。しかーし、ファイさんは「さあ」とにっこり笑うだけで、
結局この晩も答えが出ないまま。
このお家のお料理はとても美味しい。まるで人柄が現われたようなほっこりする味で、
とても満足しながらまた三人川の字になって眠ってしまう。
…このいい年した男女混合川の字、実際どうなのかと思うけど、案外何事もなく眠れてしまうもので。
また朝が来る。
私達は昨日と同じように嵐さんと空汰さんに見送ってもらいながら、羽根を取り込んだ巧断探しに町へ繰り出していた。
朝もバッチリぐっすり眠れてしまったし、私は図太さだけはあるからなあとぼんやり考えて歩いてみる。
あーあ、昨日と変わらない平和な町並みだ。…うん、すごーく安心感のある景色。
私はそれに何を求めてるんだろう、と共通点を見出してみたりする。
あのおねーさんもおじさんも危なそうに見えるお店も枯れた草木も愛しいとぽわわんしてしまうのだからもう見つけようがないんだけど…
巧断探しは実際私に手伝えることはないし。だったら先を見越して自分の問題を片を付けておきましょーかー、とため息を吐いた瞬間の
一瞬の出来事だった。
「えー、と…?」
一度会った人間のことを探知出来るという巧断を持った正義君がやってきて、
巧断探しを手伝ってくれると言った。健気な子だなあとぽわわわんした、そうまさにその一瞬のことである。
…正義くんが、"何か"に攫われた。
いや、本当にまさに何かが正義くんの服を引っ掛けて上空へと持ち上げて見る見るうちに見えなくなってしまって。
正真正銘何かにさらわれてしまった訳で。こんな一瞬のことってないよー!ってことで。
「……」
…声も出ない。
こんな情もへったくれもない目の前での誘拐場面があってたまるか、と。
本当に短い間のことだったから、もうぽかんとするだけで、
少なくとも私は慌てることも動揺も探さなきゃ、助けなきゃ、とか考えられなくて。
……ああ、うん、そうか、日本に酷似してる世界でも、こういうのが当たり前に起こるんだなー。むしろこれ自体が日常っていうか、差し支えないことというか。
…それで片付けちゃ、駄目?
…いや駄目に決まってんだろ人が見知らぬ物体にさらわれてんだって!
…やっと、やっと我にかえれた…これが当たり前の反応だって、
そうだよ小狼君たちは──
そう、藁にも縋る思いで振り返ったけど。
「今@△□×訳×@■紙○××△?」
「…──は?え、黒鋼さん今なんて、紙が何?」
「────ッ、──!?」
「小狼君それ何語ー!?二人共バイリンガル的なの主張しだしちゃって何っ」
「£ЫЯ…、?пH」
「ひぃいーっファイさんに至ってはソレなんかこわっこわいーっ」
…恐ろしいことになってしまったと思う。
振り返らなければよかった、とも若干思ったりする。
振り返ればそこには信頼していた人たちがむにゃむにゃと各々で訳の分からない言語を喋っているのだから、何事かと思ったけど、どうやら本当に言葉が通じてないらしい。
…いや完全に通じてないわけじゃない。黒鋼さんの紙、だとか今だとか訳、みたいな所々聞き取れた気がする、ような…
…同じ漢字圏内?日本繋がり?それっぽい気がする箸使えるし、いや黒鋼さんに聞いてないから予想でしかないんだけど、
…聞きようもないんだけどー!
「「「モコナ!」」」
「え、えええーっ!!?」
三人が一斉に同じ言葉を同じタイミングで話す物だから驚いて腰を抜かす所だった。
パニックになってる時に驚かせないで欲しいよ心臓がああ…!
しかも今の不思議生物のおなまえではありませんでした?心臓に悪いはずーっ!
私昨日からあの不思議おまんじゅうモドキとの無言の攻防戦を繰り広げてたんだからー!みんなソレを面白がってるし、とにかく、とにかく、
「£Ы£Я…、Л、Ё?」
「えっ……あ、わぁっちょっとー!」
私は一斉に走り出した彼らについて行く他なく。意思疎通出来てないのは私だけで、
いっそ置いていってくれとも思ったけど、
むにゃむにゃとびっくりするような言語を喋ってるファイさんに盛大に驚いて転んだ。
するとなんだか眉を下げて私を抱えて走り出してしまったのだから、もうこんなお荷物ここまで来たら捨て置けよー!と思わずには居られず。
有り得ない程のスピードで走る彼らに、彼に揺られながら。
そして若干吐き気を催しながらも辿り着いたのは阪神城。
正義君と……もしかして翻訳機能を果たしているのかもしれない、というモコナがさらわれたそこに来たことをやっと理解した瞬間、
もっともっと得体の知れない不思議要素が盛られてしまい、「いやだああー!!!わぁーん!!」と一人で泣き叫んでいたのはもう誰にも知られたくない過去のことだ。
過去のことにして欲しいんだよ、切に…。
「モコナ!正義君!」
「あんな所にいるよー」
「楽しそうじゃねぇか、白いほうはよ」
「…ぎもぢわる…ぅ゛」
そして今担がれ酔いをしてしまって情けなく蹲る私も過去のことにどうか迅速にして欲しいんだよ。
つーか早く私のこと置いてってくれ、あんたら正直私が居なくてもうまくやってけるよ、私が居る意味本当にないじゃんー!
卑下じゃなくて現実的に考えて欲しいよもうー!
今私が居たことで起こったことと言えばせいぜい酷く酔って吐き気を催してることくらいだってなんなのほんと…
「通じてるな」
「うん、わかるね、お互い何しゃべってるか」
「ということはやっぱりモコナが…」
「…oh……」
「なんか通じてないっぽい子がいるけど」
「待って今吐きそおでもう」
「あっははー」
「おい、笑ってる場合じゃねぇだろ」
「え、あ、あ、袋!あ、ゴミ箱が」
もう吐きそうでもなんでもいいし一人でなんとか蹲ってれば治まるんだってばー!
なんて叫ぶ余裕もなく、うえー、私あのお城まで走れるかなあ、いやゆっくり歩けるかさえも分かんないよあの乗り物規格外すぎー、と咳き込んでた。
空気が、なんていうかヤバイ、としか言えない。
「……うん、ここならギリギリ安全地帯っぽいし、は此処にいた方がいいかもー」
「え!」
そんな状態でも今の言葉はどんなお薬よりも嬉しいものだ。
え!は決して悲しむものじゃなくむしろ歓喜。明らかに安堵したような不謹慎な姿にどう思ったのかは知らないけど、
「最善策とは、言えないけどねえ」とまた眉を下げるようなあの表情で言った。
…これは、本当の顔だ。なんとなく分かる。
でも最善策じゃないって本心?そんな訳ないじゃん、ちゃんと現実みて正しく足し引きしなよ、と目で強く語ると、「誰かにとっては最善でも、誰かにとっては最悪なこともあると思うよ」と言われた。
「……は、はあ?」
…意味が、わからない。いや、確かにそういう状況って有りえるよ、現実できっと。
でも今は普通に考えておいて私は捨て置いた方がいい。ここが危険な戦場で放っておいたら死んじゃう、とか言うなら難しく考えても仕方ないし、
ここなら自分で隠れることも出来るしそもそもが一般人の、若者の悪戯のようなもので。
秩序を守る存在もいる。善人で溢れてる。
いざとなればこの国の人を装って「助けて!」って言えるよ、
だったら、
「……最悪って、本当に誰にとってなのさ……もう、あの人ほんと意味がわかんなー…」
いったい何なのかと、得体の知れない人じゃなくなってもこの人の言うことや行動は一々意図が掴めない。
やってることが理屈なく理由もなくちぐはぐすぎることも多々ある。
基本的に無償で貰える物なんて本当に世界には数少ないと思ってるし、
でもあの人は本当に些細なことでも、"無償"で私に施してしまうんだから、
訳がわからない。
…現実を理解してるから、理由を求めてるんだよ。全てを疑わなきゃと分かってるから理屈をこねるんだよ。
後ろ髪を引かれるように約二名ほどと、フツーの顔してる一名が行ってしまった後も。
ベンチでファイさんが遠くで有り得ない程身軽でこなれた様子で空を飛びながら、何か文字の形をしているような塊との激しい攻防戦を繰り広げるのを見て。
「──あの人も普通じゃないんだなあ」
ぽつり、分かってはいたことを。
そして、自分もだ、と。ここまでに向かう途中で感じた引っかかりをひとつだけ思い出し、ため息をひとつ。…はぁ。