自己への理由付け
1.笑う人─阪神共和国
おこのみやきは、おいしかった。
なつかしい味がした。
とても楽しかったし、まちなみもとてもきれい。
なつかしい匂いがした、なつかしいけしきをみた。
──でも、その後、お店を出てから。この目で見た事の無い景色を見た
それはとても綺麗でうつくしくもあったし、とても乱暴で恐ろしいものでもあった。
私はまた動けなかった。
…巧断の階級は、心の強さで決まる、ならば私は一番下の階級なんだろあなぁ、とぼんやりと考えた
「現れたり消えたりする物に、取り込まれているのでは?」
体育座りをして膝を抱えて壁に寄りかかる。なんだかだらしない気の抜けた姿だ。
みんなはあの後、嵐さんと空汰さんの下宿屋に戻ってきた後、ずっと巧断の話をしてる。
そして嵐さんはこう言った。
この部屋でずっと眠りっぱなしのサクラさんの羽根は、現われたり消えたりするもの…つまり巧断に取り込まれているから、モコナに感知できなくなってしまうのではないのか、と。
なんだかとても非現実的で遠い話に思えるけど、ちゃんと現実だ。
あれの店でのことも夢ではないし、これは現実で異世界で、
サクラさんは異世界のお姫様ってだけで、天使な訳じゃない。
生きてる、普通の人間、同じ人種。
だけど、それがとても、とても、私は。
お好み焼きを食べた後に起こったあの場面が、とても私には恐ろしく。
同じものには、思えない
いや
思いたくないと心の奥の奥のどこかで誰かがずっとずっとずっと叫び続けてて煩い。
煩い。わかってるのに。
こんなのちょっと理解と覚悟と認識の甘さだったってだけなんだって。
静かにしてくれないかなぁー本当になー…
誰の巧断が持ってるのかはわからない、でも、
「かなり強い巧断やっちゅうのは確かやな」
「なんで分かる」
「サクラさんの記憶の羽根は、とても強い心の結晶のようなものです。巧断は心で操るもの、その心が強ければ強いほど巧断もまた強くなります」
とりあえず、強い巧断が憑いてる相手を探すのが羽根への近道、らしい。
本当に現実味の無い話。流石異世界。なんでも有りだなー。
京は異世界物のアニメや漫画たちがとても好きだった。
それに付き合って観てみたら、とても面白かった。あんなにワクワクする世界があるのかもなあ、って。
でも本当は一番好きなのは平和な日常を描いただけの学園もの。
何故?普通だから。
普通だから何故?
とても安心できるから。好きだから。
じゃあ、何故安心できて好きで、そのテリトリーの中なら平和じゃないことが起きても愛せるの。
──それは…
「そうと決まったらとりあえず腹ごしらえと行こか!黒鋼とファイは手伝い頼むで」
「俺も手伝います」
それは?と考えて居た所で、結論が出たら晩御飯の仕度をするということで立ち上がった空汰さん。なまえを呼ばれなかった小狼君は立ち上がって進んで手伝おうとしたけど、
ずっとサクラさんと離れていて不安だっただろうと言うことで気を遣ってくれたみたいだ。
…うわ、そうだ私も手伝わなきゃじゃん!何ぼーっとしてたんだろうやだやだ
ここに居たらいつまでも小狼君がサクラさんの顔みて安心なんて出来ないよ、
私も手伝います!と言うつもりで嵐さんの元へとてけてけ走って行く。
これでもお母さんの手伝いは定期的にしてたつもりだし、足手まといにはならないよ、多分!
やる気満々だったし、だから、
「さんは、先に一番風呂をいただいてください」
「……え、…でも」
「女性ですから、ね。ゆっくり浸かりたいでしょう」
……私は嵐さんの目から見て、みんなの目からみて、そんなに酷い顔をしてたんだろうか、と。
凄く悲しかった。凄く悔しかった。嵐さんのその言葉と視線、気遣いは何を意味してるかと言えば、そうなんだろうと思ったから。
後悔なんてしてないって気持ちだけ先走って、現実問題生き延びる術も度胸もないんだ、と。
あのお好み焼き屋を出た後に、いきなり悪いチームの方の人達と起こった戦闘。
まるでゲームやアニメの中に出てくる戦いで、ありえない発火とか動きとか沢山沢山あって、してて、黒鋼さんが凄く大きな巧断を使ってて、戦ってて、
まるでドラマや映画の世界で、本当にこれ現実かよって呆けてしまって、
気が付いたらまた動けなくて、ファイさんに手を引いてもらうまで動けなくて、
「……はい」
甘んじて受け入れ、助けてもらう他はない
借りたタオルや、嵐さんの服を手に抱えて下宿屋のお風呂へ歩いて、ぼーっとしてる間にすぐで。脱いで、頭と身体をほけ〜っと洗ってざばりと流す。
ついにお風呂に浸かりながらも私はぼーっと考え事。
ゆっくり一番風呂を楽しむなんて言えない。嵐さんに申し訳ないなぁ〜
…で、実際問題さ
「……死ぬ、ねえこれは」
私、死ぬわ。
護身術さえもまともに習っていた訳じゃない、ちょっと授業でかじった程度、運動は得意じゃない。頭がいい訳じゃないから頭脳で勝負って訳にも行かない。
おまけに度胸もないし、異質な景色、普通じゃないモノを見てしまうと、
まるで世界の終わりかってくらいの気持ちになって動けなくなる。
…なんで?私は何が怖いの?
私、元の世界では、変な子変な子言われても、自分を嫌いになれなかった。どうしても。自分を喜んで受け入れてたんだ。
…でも。ここではそういう訳にはいかないね。
私、そうしてたら死ぬから。
そこまで自己を貫いて、これが私だって言って死にたいなら別、だけど…
「……それも」
また一つの手段かもと馬鹿馬鹿しいことを考えたりもしてみる。
このままじゃ私はこの旅のお荷物である。ファイさんに手を引かれておんぶに抱っこ、
きっと彼だけじゃなく他の二人も片手間に助けてくれる、そういう強さがあるから、余裕がある人たちだから、心が強いから、
自分を卑下してる訳じゃない。悲嘆にくれてる訳でもない。
ただ分からないだけだ。
──私は、何を恐れてる。あのぬるま湯の中に隠れて何を拒否して居たかったの。現代日本にある物が好き、それ以外の"普通"というテリトリー外のものは皆嫌い。
じゃあ、理由は。その理由を明確にしない限り前には進めない。
…いいの?良い訳がない!
だってこのままじゃ、いつの日か規格外な造りをしてる旅の仲間さえもテリトリーから追い出したがるでしょ、決まってる、そんなこと許されない、
許して欲しい、
「……会いたい、なあ」
無条件でそんな変で、惨めで、格好がつかなくて、弱さを自覚しても前に踏み出せない自分を、受け入れてくれる人に
そう。一週間の半分はそんな人に会ってた。…夢の、中で。
うつくしく幻想的な世界、そこにたたずむ人、何もかもを赦すように緩やかに笑うその人、その笑みを向けられる人影、そして短く言葉をかわすだけの夢、それだけで魅入られてる
会いたいなあ。そんな人に。今弱気になってる自分を赦して欲しい
そうしたら少し楽になれるのか、ズルズルと逆に沈んで行くだけのか分からないけど。
濡れたままの髪をがしがしと乱暴にタオルで拭きながら下宿屋の廊下を歩く。
きし、きしと小さく軋むその床はとても愛しく感じる。…こんな些細なものさえ。
「誰に会いたいの?」
ふわり、ただ笑顔を向けられる。
ただそれだけの有り触れたもの。
こんな軋む床も、窓の外の真っ暗な空と月も、例えばそのごく普通の窓枠も、ガラスも。
「……お母さんみたいなひと」
廊下の先の方に立ちながらこっちを向いて。サラダの入ったボウルを持って、片手に沢山の料理が載ったトレーを持ち上げてる、そこのファイさんの笑顔でさえ。
それだけで私のテリトリーだ。
つまり。
つまり私は。
「ちょっとこっちに来てくれないー?手が空かないから、ドア開けられないんだよねぇ」
「…はーいよっと!今行きますよー」
1.笑う人─阪神共和国
おこのみやきは、おいしかった。
なつかしい味がした。
とても楽しかったし、まちなみもとてもきれい。
なつかしい匂いがした、なつかしいけしきをみた。
──でも、その後、お店を出てから。この目で見た事の無い景色を見た
それはとても綺麗でうつくしくもあったし、とても乱暴で恐ろしいものでもあった。
私はまた動けなかった。
…巧断の階級は、心の強さで決まる、ならば私は一番下の階級なんだろあなぁ、とぼんやりと考えた
「現れたり消えたりする物に、取り込まれているのでは?」
体育座りをして膝を抱えて壁に寄りかかる。なんだかだらしない気の抜けた姿だ。
みんなはあの後、嵐さんと空汰さんの下宿屋に戻ってきた後、ずっと巧断の話をしてる。
そして嵐さんはこう言った。
この部屋でずっと眠りっぱなしのサクラさんの羽根は、現われたり消えたりするもの…つまり巧断に取り込まれているから、モコナに感知できなくなってしまうのではないのか、と。
なんだかとても非現実的で遠い話に思えるけど、ちゃんと現実だ。
あれの店でのことも夢ではないし、これは現実で異世界で、
サクラさんは異世界のお姫様ってだけで、天使な訳じゃない。
生きてる、普通の人間、同じ人種。
だけど、それがとても、とても、私は。
お好み焼きを食べた後に起こったあの場面が、とても私には恐ろしく。
同じものには、思えない
いや
思いたくないと心の奥の奥のどこかで誰かがずっとずっとずっと叫び続けてて煩い。
煩い。わかってるのに。
こんなのちょっと理解と覚悟と認識の甘さだったってだけなんだって。
静かにしてくれないかなぁー本当になー…
誰の巧断が持ってるのかはわからない、でも、
「かなり強い巧断やっちゅうのは確かやな」
「なんで分かる」
「サクラさんの記憶の羽根は、とても強い心の結晶のようなものです。巧断は心で操るもの、その心が強ければ強いほど巧断もまた強くなります」
とりあえず、強い巧断が憑いてる相手を探すのが羽根への近道、らしい。
本当に現実味の無い話。流石異世界。なんでも有りだなー。
京は異世界物のアニメや漫画たちがとても好きだった。
それに付き合って観てみたら、とても面白かった。あんなにワクワクする世界があるのかもなあ、って。
でも本当は一番好きなのは平和な日常を描いただけの学園もの。
何故?普通だから。
普通だから何故?
とても安心できるから。好きだから。
じゃあ、何故安心できて好きで、そのテリトリーの中なら平和じゃないことが起きても愛せるの。
──それは…
「そうと決まったらとりあえず腹ごしらえと行こか!黒鋼とファイは手伝い頼むで」
「俺も手伝います」
それは?と考えて居た所で、結論が出たら晩御飯の仕度をするということで立ち上がった空汰さん。なまえを呼ばれなかった小狼君は立ち上がって進んで手伝おうとしたけど、
ずっとサクラさんと離れていて不安だっただろうと言うことで気を遣ってくれたみたいだ。
…うわ、そうだ私も手伝わなきゃじゃん!何ぼーっとしてたんだろうやだやだ
ここに居たらいつまでも小狼君がサクラさんの顔みて安心なんて出来ないよ、
私も手伝います!と言うつもりで嵐さんの元へとてけてけ走って行く。
これでもお母さんの手伝いは定期的にしてたつもりだし、足手まといにはならないよ、多分!
やる気満々だったし、だから、
「さんは、先に一番風呂をいただいてください」
「……え、…でも」
「女性ですから、ね。ゆっくり浸かりたいでしょう」
……私は嵐さんの目から見て、みんなの目からみて、そんなに酷い顔をしてたんだろうか、と。
凄く悲しかった。凄く悔しかった。嵐さんのその言葉と視線、気遣いは何を意味してるかと言えば、そうなんだろうと思ったから。
後悔なんてしてないって気持ちだけ先走って、現実問題生き延びる術も度胸もないんだ、と。
あのお好み焼き屋を出た後に、いきなり悪いチームの方の人達と起こった戦闘。
まるでゲームやアニメの中に出てくる戦いで、ありえない発火とか動きとか沢山沢山あって、してて、黒鋼さんが凄く大きな巧断を使ってて、戦ってて、
まるでドラマや映画の世界で、本当にこれ現実かよって呆けてしまって、
気が付いたらまた動けなくて、ファイさんに手を引いてもらうまで動けなくて、
「……はい」
甘んじて受け入れ、助けてもらう他はない
借りたタオルや、嵐さんの服を手に抱えて下宿屋のお風呂へ歩いて、ぼーっとしてる間にすぐで。脱いで、頭と身体をほけ〜っと洗ってざばりと流す。
ついにお風呂に浸かりながらも私はぼーっと考え事。
ゆっくり一番風呂を楽しむなんて言えない。嵐さんに申し訳ないなぁ〜
…で、実際問題さ
「……死ぬ、ねえこれは」
私、死ぬわ。
護身術さえもまともに習っていた訳じゃない、ちょっと授業でかじった程度、運動は得意じゃない。頭がいい訳じゃないから頭脳で勝負って訳にも行かない。
おまけに度胸もないし、異質な景色、普通じゃないモノを見てしまうと、
まるで世界の終わりかってくらいの気持ちになって動けなくなる。
…なんで?私は何が怖いの?
私、元の世界では、変な子変な子言われても、自分を嫌いになれなかった。どうしても。自分を喜んで受け入れてたんだ。
…でも。ここではそういう訳にはいかないね。
私、そうしてたら死ぬから。
そこまで自己を貫いて、これが私だって言って死にたいなら別、だけど…
「……それも」
また一つの手段かもと馬鹿馬鹿しいことを考えたりもしてみる。
このままじゃ私はこの旅のお荷物である。ファイさんに手を引かれておんぶに抱っこ、
きっと彼だけじゃなく他の二人も片手間に助けてくれる、そういう強さがあるから、余裕がある人たちだから、心が強いから、
自分を卑下してる訳じゃない。悲嘆にくれてる訳でもない。
ただ分からないだけだ。
──私は、何を恐れてる。あのぬるま湯の中に隠れて何を拒否して居たかったの。現代日本にある物が好き、それ以外の"普通"というテリトリー外のものは皆嫌い。
じゃあ、理由は。その理由を明確にしない限り前には進めない。
…いいの?良い訳がない!
だってこのままじゃ、いつの日か規格外な造りをしてる旅の仲間さえもテリトリーから追い出したがるでしょ、決まってる、そんなこと許されない、
許して欲しい、
「……会いたい、なあ」
無条件でそんな変で、惨めで、格好がつかなくて、弱さを自覚しても前に踏み出せない自分を、受け入れてくれる人に
そう。一週間の半分はそんな人に会ってた。…夢の、中で。
うつくしく幻想的な世界、そこにたたずむ人、何もかもを赦すように緩やかに笑うその人、その笑みを向けられる人影、そして短く言葉をかわすだけの夢、それだけで魅入られてる
会いたいなあ。そんな人に。今弱気になってる自分を赦して欲しい
そうしたら少し楽になれるのか、ズルズルと逆に沈んで行くだけのか分からないけど。
濡れたままの髪をがしがしと乱暴にタオルで拭きながら下宿屋の廊下を歩く。
きし、きしと小さく軋むその床はとても愛しく感じる。…こんな些細なものさえ。
「誰に会いたいの?」
ふわり、ただ笑顔を向けられる。
ただそれだけの有り触れたもの。
こんな軋む床も、窓の外の真っ暗な空と月も、例えばそのごく普通の窓枠も、ガラスも。
「……お母さんみたいなひと」
廊下の先の方に立ちながらこっちを向いて。サラダの入ったボウルを持って、片手に沢山の料理が載ったトレーを持ち上げてる、そこのファイさんの笑顔でさえ。
それだけで私のテリトリーだ。
つまり。
つまり私は。
「ちょっとこっちに来てくれないー?手が空かないから、ドア開けられないんだよねぇ」
「…はーいよっと!今行きますよー」