第六話
転.─?


始まりは烏野のバレー部の顧問の先生の、一言。


「あね及川さん、だよね?三年の!話は聞いてるけど、もしかして入部したい、とか……でも今からだと、」


と。私の名前をどこからか聞き付け最近の体育館のバレー部の活動の観察の行動を把握した上で話しかけてきた。
そしてその言葉に被せるように。


「あ゛ぁッ!!?」
「うぉおお!!?」
「えっ!?何!」
「び、びっくりした…影山どうし、」

「及川!!」



"影山飛雄くん"は、バッと立ち上がり私をシュバッと指差し、声高らかに叫んだのだった。
そしてぽかん、となる部員達を横に勝手にあー、とかそういや、とか納得してる風な彼に周りは痺れを切らし詰めより、私本人は一言も喋ることもなく影山くんによる私の自己紹介が始まったのだった。

及川。高校三年生。中学の頃の先輩。バレー部員ではなかった。そして名前や容姿からなんとなく察する所があるように"あの"及川徹の双子の妹。
…妹。それが伝わると沢山の好奇の目がこちらに向かってさすがに居心地が悪くて苦笑してしまった。



「大王様の妹ってほんとー!?、ですか!?」
「…?だいおー…?」


すると興味津々!でもおっかなびっくり!というごちゃ混ぜになった感じの挙動不審さで小柄なすばしっこい例の彼が元気に問いかけてきた。
しかし。大王様…この流れからして私の片割れのことに違いないとは思うけど、面識あったんだ、あるよね、あるのか?いやでも大王様ってどこから来たあだ名、と考えてる間に。

「あ、えと、…及川…さんの…ですよね?」
「ああ、影山トビオちゃんだ。やっほー」
「ッ!?う、お、…うす…」


ひょこっと黒髪の目つきが鋭い男の子が来て、さっき私の名前を高らかに叫んだ子だ、と認識して目を合わせると納得。知ってるはずだ。
この子散々片割れにいじられてた影山トビオちゃんだ。ちょっとだけなら言葉をかわしたことがある。同じ中学だったし、片割れっていう媒介もあったから。
「うおうす」という返答に長身のめ眼鏡の子と、眼鏡の子より少し小柄なそばかすの子が笑ってトビオちゃんがキレる。
楽しい部活動だ。皮肉とかじゃなくて本当にいいと思う。ただ一つ物申したい事がある。



「徹くんは私の弟だよ」



空気も読まずその空間の中でぽつりと言えば沈黙が落ちて、視線が集まる。
長身眼鏡の子とそばかすの子らはあんまり今でも輪に入ってこなかったけれど、今回ばかりは気になるらしく注意が向いてる。

視線は少しばかり痛い、でも撤回はしませんから。



「え゛ッでも、妹って影山が、」
「……確か、及川さんは兄…」


だって言ってたと思うんですけど、と恐らく影山トビオちゃんが続けようとした所で笑顔で被せた。


「徹くんはお、と、う、と、」

「「……」」


すると凄く居心地悪そうに、ちょっと青ざめた顔で大部分の部員達が目をそらした。
徹くんの面影がある顔で徹くんの威圧感のある笑顔を真似するとこうなるらしい。うん学んだ。

しかしそれにも他のメンバーよりは徹くんと一緒に部活動をして耐性があるらしい影山くんが、青ざめから立ち直りそわそわしていたと思ったら意を決したようにそろりと問いかけた。


「なんか…色々噂聞いたんだけ…ですけど」


その問いかけも抽象的で一瞬私はきょとん、としてしまった。噂…噂、ねえ。色々ありすぎてそう言われても困るんだけど…。


「…うわさ…って言っても多分色々あるしどれのことか…、……って、ああ!もしかして徹くんと私がきんしんそーかんしてるってヤツかな!?一番有名だったもんね!」
「いやひらめいた!みたいにんな軽いノリで言われても!」


後ろで見守ってた先輩達ビビってつっこむ。
最近部活動を見守っててクールな動じない子、というイメージだった長身眼鏡くんでさえギョッとしてるものだから、なんというか、中学ではじわじわ浸透して当たり前みたいになってたけど、見知らぬ人にはホイホイ言わない方がいいのかもね、驚かせるし、あの子でさえこんなに大げさに驚くんだから、うん、と、
強面のガッシリとした男の人や凛とした主将さんや優しげで穏やかなお兄さんやら、様々な人がリアクションする中でなんとなく居心地悪くなりながらも言う。
ごめんねえ片割れよ。
本人の居ない所でこんな騒ぎになってしまった。あとで何も言わずにコンビニでアイスでもおごってあげよう。


「うん、うん、アレじゃあそう思われても仕方ないよねえ。私達きょうだいっていうのね、お互いよく分かってないの。…まあそれもほとんど私のせいなんだけどね」
「きょ、きょうだいがわからない…?」


はあ?とさっぱり意味分からん、とばかりに首をひねるメンツを横目にうーんと唸る。はて、どこまで言って言いものか。まあいいかな、トビオちゃんだし。なんせトビオちゃんだし。片割れがあれだけトビオちゃんについてぶつぶつ言っててさ、ねえ?トビオちゃんに少しくらい、いいじゃないかな。まあ知った所で、っていう話なんだけど、もういいや、と軽く事情を話す。

話してみて気がついた。
──思えばこんな短い説明でも、徹自身にはそれを伝えたことがなかったんだ、とぼんやり考えながら。だとしたら片割れは、徹は、幼い頃からの私をどう思っていたんだろう。どう見ていたんだろう。たった一言。人間たった一言で色んな認識や心境や思考や精神が変わることだってある。なら。



「そう、私ね、きょうだいって距離を取って過ごさなきゃいけないのかと思ってたの。だから小さい頃徹くんのことガン無視!そしたらね、徹くん泣きじゃくっちゃってねえー」
「だ、大王様が」
「及川さんが」
「「泣きじゃくる……」」
「…いや二人とも、小さい頃なら流石にね…気持ちはわかるけど…うん」


泣きじゃくる及川想像できなさすぎて引く、とありありと顔に出てる彼らをぷすすと笑いながら、私の片割れは普段どんなとしたらこんな扱われするのよ、と笑いながら、
このことを話したら片割れはどんな反応をするのか想像してもっと笑いながら。


「その時から、あ、これなんか違うのかな?と思って歩み寄ろうとはしてきたんだけど、5、6歳くらいになるともう習性っていうか…なんか色々出来上がっちゃってるでしょう?だからちょっと計りかねてる所があるっていうか…、
……あ、ねえねえついでに聞きたいんだけど、お風呂って何歳まで一緒に入っていいのかな?もうそろそろやめた方が、」
「ぶほぉォ!!?」
「えっちょまさかいっしょにいまも、」
「うっそうっそじょうだーん」
「「「……」」」


一気に慌てふためき出し、豪快に噴出す子も居る中でカラリとじょうだーん、と笑い飛ばすと、もう振り回され振り回され多くが脱力しきってた。
こういう人をからかう所は片割れに似てしまったのか、片割れが私に似たのか、よく分からないけど多分「あ、こいつやっぱ双子だなあ…」っていうちょっとじとりとした視線が向かってきたのが分かった。
ごめん許して。家族とかって行動仕草似るよね。でもこうして自覚するとこういう部分は似て欲しくなかったな。どっちが先かもう分からないけども。



「でももしもね、中学の時言われたみたいに徹くんに家族愛じゃない感情があったとしたら、姉として責任取ってお嫁さんにしてあげないと駄目かなあ」


すると、「誰かがよく言ってたこの兄にしてこの妹あり、って言葉、なんとなく分かった気がする、…」と影山くんが言った。
2016.1.28