第三話
起.─?
片割れは泣かない子供だった、と昔話をする度両親は言う。対して俺は泣き喚き、夜鳴きも酷く乳離れも…だとか聞きたくもない話をされて、隣で片割れはくすくすと笑うばかり。
昔はあまり笑わない子供だったという。表情が固い子供だったという。だけどある日を境に子供になったのさ、と両親は笑う。
そのある日に心当たりがある俺は黙る。幼いとは言えどあの記憶は強烈で、人生の中での一つの分岐点。対して片割れは「あまりにもぐちゃぐちゃで、見るに耐えなくて焦ってるうちに、なんだか、感情が芽生えたのかな?」「あっはは」「確かに綺麗な顔なのに泣くとこの子は昔から、」「あーもうやめてくんない!?」
笑う。昔では考えられなかった穏やかな笑みで。
つい一ヶ月も前のことなんて無かったかのように、きっと食卓を囲って談笑する両親の胸の内にも俺の胸の内にも悶々と残っているというのに、きっと当の本人は常人ならばあり得ないことだとは思うけど、忘れてる。
いや忘れる以前に。…最初から痛みなんて無かったのかもしれない。まるで何も感じてないかのように。何が起きても平静で穏やかにゆったりと。
『あまりにもぐちゃぐちゃで、見るに耐えなくて焦ってるうちに、なんだか、感情が芽生えたのかな?』
じゃあ、その芽生えた感情はどこへ行ったのだろうか。
──↓──
じーっと見つめる。じーっと見つめ、追いかける。ぐりぐりと動く眼球は忙しなく、客観的に考えると酔いそうなモノなのに酔わない、気持ち悪くならない、どころか、"前"では考えられない景色の捉え方をこの眼球はしているのだと思う。
流石、あの片割れの片割れというべきか、となんとなしに思った。
ぽーん、と山なりにあがったボールはとんとん、とこちらへ転がってきて、べちりと小柄な男の子が「ぶへえ!!」と奇声を上げながら体育館の床へと倒れこんだ。「ゴラァ!!日向ボケェ!!」と怒声が響き「あーあ」と呆れた声も響き、けれど視線はこちらへと転がるボールへと。
そ、っと手を伸ばして一度も触れたことのないそれへと触れようとした所で。
「?…あれ?な、なん…?」
「……お、おお、凄い、すごいね、君。はい拍手」
「な、なななんか俺拍手された!?」
ひょい、っとボールが救い上げられたかと思うと、ネットの傍で床と顔面を重ねていた小柄な少年が瞬く間にこちらまで来ていた。
体育館の入り口、ドアの前。扉が開いていたことをいいことに体育すわりをして部活動を盗み見をする。
もしかして怒られるかな、と覚悟しながら来たんだけどなんか、きょろりと「え?何?」と間の抜けた視線を送られるだけで、なんだか柔らかい感じの部活だなあ、と思った。
…目を離したということもあるけど、この子いつの間にあの短時間でここまでボール取りに来たんだろう。
「えー、と…君は…」
明らかに部活動の邪魔をしてしまったみたいで、練習がストップして部員達の視線がみなこちらへと向かう状態。そこで代表者?もしかして主将さん?というべき彼がやってきて、私へと戸惑い勝ちに問いかける。
私はあー、と言葉を詰まらせながら答える
「見学…いえ、観察してます」
「かんさつ!?」
「ま、ま、まさか他校の偵察っ」
「いや烏野の制服だ!」
「しかもかわいい!?」
「ま、潔子さんの美しさには到底敵わないけどな!」
「お前らちょっと変なこというんじゃない!」
見学、というと部活に入りたいのか?と取られてしまうと思ったために言い直す。うん、観察という方がしっくりくる。
女の私はマネ枠でしか入れないんだろうけど、どっちみち選手でもマネでも部活に入る気は更々ない。観察、って真剣にやってる人からしたら冷やかしで怒るだろうなあ、と思ってたのになんて緩い、いい意味でお馬鹿な人達なのか。少し笑ってしまう。
そう、観察がしたかった。バレーというもの。バレーを真剣にやる選手というもの。その人らを見れば片割れの何かが分かると思った。掴めると、思ったんだ。
ずっと一緒にいる唯一無二の大事な家族。距離なんてあってないような物。流れる血も同じもの。
だけど私達は同じじゃない。赤の他人も同然だった。分からない、きっと片割れはそんな風には思ってない、だけど私は違う。
大事な大事な一番近しい存在であり、一番遠い存在。それが及川徹という私の片割れだ。だから彼が大事にしているこの景色を見れたなら。
…私はコートの中からの景色は見れないけど、それでも、と。
騒がしく、賑やかに、言い合い掛け合いからかい合いをしているバレー部員達を背に私は来た道を帰る。
今バスに乗って、電車に乗って、帰れば片割れの迎えに丁度いいはず、いや、少し遅れるかもしれない。きっと怒るだろうなあ、と考え出せば喧騒は遠い。
また、明日も来よう。
もっと、遠くが近くになれるように。彼らを通して。
起.─?
片割れは泣かない子供だった、と昔話をする度両親は言う。対して俺は泣き喚き、夜鳴きも酷く乳離れも…だとか聞きたくもない話をされて、隣で片割れはくすくすと笑うばかり。
昔はあまり笑わない子供だったという。表情が固い子供だったという。だけどある日を境に子供になったのさ、と両親は笑う。
そのある日に心当たりがある俺は黙る。幼いとは言えどあの記憶は強烈で、人生の中での一つの分岐点。対して片割れは「あまりにもぐちゃぐちゃで、見るに耐えなくて焦ってるうちに、なんだか、感情が芽生えたのかな?」「あっはは」「確かに綺麗な顔なのに泣くとこの子は昔から、」「あーもうやめてくんない!?」
笑う。昔では考えられなかった穏やかな笑みで。
つい一ヶ月も前のことなんて無かったかのように、きっと食卓を囲って談笑する両親の胸の内にも俺の胸の内にも悶々と残っているというのに、きっと当の本人は常人ならばあり得ないことだとは思うけど、忘れてる。
いや忘れる以前に。…最初から痛みなんて無かったのかもしれない。まるで何も感じてないかのように。何が起きても平静で穏やかにゆったりと。
『あまりにもぐちゃぐちゃで、見るに耐えなくて焦ってるうちに、なんだか、感情が芽生えたのかな?』
じゃあ、その芽生えた感情はどこへ行ったのだろうか。
──↓──
じーっと見つめる。じーっと見つめ、追いかける。ぐりぐりと動く眼球は忙しなく、客観的に考えると酔いそうなモノなのに酔わない、気持ち悪くならない、どころか、"前"では考えられない景色の捉え方をこの眼球はしているのだと思う。
流石、あの片割れの片割れというべきか、となんとなしに思った。
ぽーん、と山なりにあがったボールはとんとん、とこちらへ転がってきて、べちりと小柄な男の子が「ぶへえ!!」と奇声を上げながら体育館の床へと倒れこんだ。「ゴラァ!!日向ボケェ!!」と怒声が響き「あーあ」と呆れた声も響き、けれど視線はこちらへと転がるボールへと。
そ、っと手を伸ばして一度も触れたことのないそれへと触れようとした所で。
「?…あれ?な、なん…?」
「……お、おお、凄い、すごいね、君。はい拍手」
「な、なななんか俺拍手された!?」
ひょい、っとボールが救い上げられたかと思うと、ネットの傍で床と顔面を重ねていた小柄な少年が瞬く間にこちらまで来ていた。
体育館の入り口、ドアの前。扉が開いていたことをいいことに体育すわりをして部活動を盗み見をする。
もしかして怒られるかな、と覚悟しながら来たんだけどなんか、きょろりと「え?何?」と間の抜けた視線を送られるだけで、なんだか柔らかい感じの部活だなあ、と思った。
…目を離したということもあるけど、この子いつの間にあの短時間でここまでボール取りに来たんだろう。
「えー、と…君は…」
明らかに部活動の邪魔をしてしまったみたいで、練習がストップして部員達の視線がみなこちらへと向かう状態。そこで代表者?もしかして主将さん?というべき彼がやってきて、私へと戸惑い勝ちに問いかける。
私はあー、と言葉を詰まらせながら答える
「見学…いえ、観察してます」
「かんさつ!?」
「ま、ま、まさか他校の偵察っ」
「いや烏野の制服だ!」
「しかもかわいい!?」
「ま、潔子さんの美しさには到底敵わないけどな!」
「お前らちょっと変なこというんじゃない!」
見学、というと部活に入りたいのか?と取られてしまうと思ったために言い直す。うん、観察という方がしっくりくる。
女の私はマネ枠でしか入れないんだろうけど、どっちみち選手でもマネでも部活に入る気は更々ない。観察、って真剣にやってる人からしたら冷やかしで怒るだろうなあ、と思ってたのになんて緩い、いい意味でお馬鹿な人達なのか。少し笑ってしまう。
そう、観察がしたかった。バレーというもの。バレーを真剣にやる選手というもの。その人らを見れば片割れの何かが分かると思った。掴めると、思ったんだ。
ずっと一緒にいる唯一無二の大事な家族。距離なんてあってないような物。流れる血も同じもの。
だけど私達は同じじゃない。赤の他人も同然だった。分からない、きっと片割れはそんな風には思ってない、だけど私は違う。
大事な大事な一番近しい存在であり、一番遠い存在。それが及川徹という私の片割れだ。だから彼が大事にしているこの景色を見れたなら。
…私はコートの中からの景色は見れないけど、それでも、と。
騒がしく、賑やかに、言い合い掛け合いからかい合いをしているバレー部員達を背に私は来た道を帰る。
今バスに乗って、電車に乗って、帰れば片割れの迎えに丁度いいはず、いや、少し遅れるかもしれない。きっと怒るだろうなあ、と考え出せば喧騒は遠い。
また、明日も来よう。
もっと、遠くが近くになれるように。彼らを通して。