第二話
起.─?


朝、遠くの高校へわざわざ時間をかけて電車通学してる片割れを送る。もう暖かくなってきたのに肌寒い、と言って片割れの手をおもむろに繋いだのに、少し汗ばんだ手には気が付かれているだろうと分かっていたけれど。
その手を握り返されたことに安堵する。


「ここらの電車ってやっぱり、少し田舎だねえ。伝わる空気も雰囲気も全然違う気がする」


──この妹は、生まれてこの方この県から出たことが無いくせに、どこか知ったような口ぶりをする。修学旅行など、県外へ行く行事には運悪く。片割れはいつも出たことが無い。家族で遠くへ旅行するなどもなく、近場でのんびりとすることが好きな子供に合わせて両親もそうしてくれた。
なのに片割れはこういう。「××とは違う」「××みたい」「××ってここにもあるんだ」
──まるで知らないどこかを知ってるかのように。その度に俺の心臓はきゅっと何かに掴まれたように。


───↓───


片割れに対して、私は大きな負い目がある。
幼い頃の言葉や態度や仕草や視線や気配やなにやら、一つ一つが子供にとって、時には大人になっても消えない傷をつけてしまうこともあれば、性格を歪ませる原因になったり、所謂トラウマ、という物になると知っている。
だから5歳といえばある程度思考も成熟し、大人になっても何かしら記憶も残っているような年頃に、あんな態度を片割れとしてとり続けたことはとてもいけないことだと、
徹を大人になってまで何か怯えさせてしまう原因になるような物だと自覚しているからこそわがままなこの片割れのおねだりもあまり断れないし、えー…と思う強制事にも結局頷いてしまったりする。
ただそれだけでは片割れの為にならないとは流石に分かっているので、駄目なことは駄目、いいことはいい、譲れないことは譲れないときちんと線引きしてきた。
結果、固く私が決意したことに関しては譲歩してくれたり引いてくれたりする、とてもわがままだけど可愛い弟である。
…断じて兄ではない。私が姉で徹が弟。例え戸籍上どうなっていようと。

まあそれはさておき。

高校を別にすると言った時には徹は私の固い決意など顔を見れば分かっていたはずなのにこの時ばかりは大反対。しかし「中学校は仕方なくても、高校になったらお年頃だからね、双子はだいたい分かれたくなる物だし、仲良しでもいつまでも一緒なんてためにならないよ徹くん」と諭すと押し黙った物の納得はしてない様子で家族会議。
そしてひと悶着、色々、色々あったけど割愛。


で、結果、徹くんが行く青葉城西とは別の××高校という名もあまり知れない学校へと受験しあっさり合格。"前"でもしっかりガリ勉か、というくらい勉強していた、いやせざるを得なかった私は余裕のよっちゃん。そして余裕のよっちゃんという死語に近い何かを笑顔で口にしたら徹に物凄くあんぐりと呆れた顔をされたけど気にしない。
そして受験、入学、新生活、新しい環境、新しいクラス、新しい…




色々があり。
わたくし及川、諸事情で早くも転校することになりました。
前回の及川家の家族会議のひと悶着とは比にならないくらい色々あった。うん、色々。
転校せざるを得ないくらいには色々あったなあ。
その日の徹の有様ったら家族会議の比でもない、人生一くらいの取乱し様だったけれど、まあそれも割愛。

一般的には私がその××高校であったことってトラウマ物らしいんだけど、ケロッとさっぱりとしていた物で、自分でもおー、とびっくりだった。顔には出さなかったけれど。
そしてそのケロりっぷりを見て徹がもうなんと言ったらいいのか分からない顔をする物だから私もなんと言ったらいいのか分からない顔をする。
姉は伊達に合計××歳やってないんですよ、と言いたくても言えずへらりと誤魔化すように笑えばバチーンと頬を叩かれた。
がーんといつかの鐘が鳴り響く。親父にもきょうだいにもぶたれたことのなかった私は、人生で初めて殴られた、というかぶたれた。
「なんでは、いつもそうなんだ、」と泣きそうな顔で、その私の頬を打った手を震わせながら。

私は訳もわからず、ぼろりと涙をひとつだけ零しながら。
何が悲しかったのか、徹のその悲痛な声か、表情か、ぶたれた事実か、ごちゃごちゃになって今でもよくわからないけれど。

きょうだいに私はとても憧れる。近しい存在でありたい。仲良しでありたい。いっぱい話したい。みんながしているみたいに、勿論仲が悪いお家だってあるけど、わかってるけど、仲良くしたい、絵に描いたような理想のきょうだい、そんなのあり得ない、
でも徹は。
まるで普段、私が口にしてもないその胸の内のそれを心がけてくれているみたいに。

だから多分、この頬の痛みも。
2016.1.28