第九話
2.神様の苦悩─神様が増える
思わず笑顔を浮かべたまま硬直してしまった。
「大倶利伽羅だ。…別に語ることはない。馴れ合うつもりはないからな」
そして訳も分からず涙目になっていく。
笑顔を浮かべたまま泣くという器用な事をしている私を見て、おろおろとしだしたのは隣で控えてくれていた加州さんと安定さん。
そして数時間ほど前にここへ来た、新しい神様の一人も控えてくれていた。
正直、その神様の見た目に思わずびっくりしてしまった。
人間的な物差しで測るなら、小学生低学年か中学年ほどの見た目をしていたからだ。
見た目がどうであれ神様は神様で、見た目で決め付けるのは人間だからこその浅慮だと己を恥じ、反省したばかりだったというのに。
…───そして三時間と表示された神様が来るまで、四人でぎこちなくも雑談をした後。待ちに待ってようやく現れてくれたその神様はと言えば。
「ご…ごめんなさい…本当に新米で…まだ分からない事ばかりで…あの、でも、精一杯頑張ります…ので…その…」
高校生くらいの青年に見える。学ランに似たものを纏っているからなおさらそう見えた。
彼には馴れ合わない、語るつもりはないときっぱりと拒絶をされてしまった。
その突き放した言葉を放つだけでなく、そっぽを向く仕草をしている。
全身で拒絶を物語っているその様をみて、私はたじたじになってしまった。
本日いらっしゃった神様は三人。
一人目は大和守安定さん。打刀、という刀種に入るらしい。二人目は薬研籐四郎さん。
短刀という刀種らしく、刀の大きさに人の身が反映されるのだろうとここでようやく察した。
そして三人目は大倶利伽羅さんという方。彼は太刀らしい。
鋭い眼光。動かない表情筋。がっしりとした体格。
十人いれば九人は可愛らしいと評価するだろう神様しか今まで見た事がなかったので、
その眼光にも、その態度にも思わず引け腰になってしまった。
神様からの拒絶は流石にこたえる。
いつの日だか、「喜んでやってくるのが大半だ」と言われたことをふと思い出す。
…そうか、じゃあこの神様は、"大半"のうちには入らないタイプなのかもしれない。
手放しに喜ばれても困惑するばかりだけれど。
ああ、どうしよう、泣きそうだ。でも、泣きたい…というか逃げたいのはこの神様の方だろう。
きっと来たくもないのに強制的に「呼ばれて」しまったのだ。
そして私はこれからこの神様に、働いてくれ、戦ってくれ、時には遠征してくれと頼まなければならない。
…これから来る神様全てにそうしなければならないのだ。
どうやら私はまだまだ認識が甘かったらしい。
私自身が彼らにとって喜ばしいと思える存在だなんて思い上がってはいなかった。
けれど、あまりにも好意的に接してくれる神様ばかりだったから、浮かれてしまっていたのかもしれない。
…ああ私はやっぱり人間なのだ。反省してもすぐに忘れて過ちを繰り返す。
そしてどうしようもなく辛いことがあれば最後には神に縋るのだ。
気を引き締めなければ、と拳を握った私を見て、見かねたのか間に入ってきてくれた神様がいた。
「大将、そんなに堅くならなくていいんだぜ?」
肩をすくめて励ましてくれたのは薬研さんだった。誰に対してもあんな感じだろうから気にしなくていい、と言ってくれたけど、ショックは抜けきらない。
やっぱり私という人間にとって「神様」とは特別な存在であり、神様に拒絶されるということは身を引き裂かれるような痛みを伴うことだったのだ。
煩わせてしまっているのだという事実も、私を煩悶させた。
私は絶対に、神様達を、祝福したい。穏やかであれるようなに尽くしたい。その存在を諸手を挙げて喜ばせて欲しい。これは私の曲げられない信念だった。
「大倶利伽羅様、申し訳ございません。どうか無礼をお許しください」
頭を深々と下げると、ぶっきらぼうを貫いていた大倶利伽羅さんは初めて表情を変えたようだ。
見えないけれど、動揺した気配が伝わってくる。
それは隣に佇んでいた薬研さんも同じくで、ああー…と声を漏らしして流せていたのは加州さんと安定さんだけだった。
私の仕草、言葉、全てに至らない所があって、いちいちそれが目については苦笑されたりぎょっとされたりするのだと思う。
どこがダメだったのかどうかも無知な私には察する事ができない。
言葉を発するだけでいちいちこんな反応をされてしまうなんて、前途多難だ。
「12時…あの。ちょうどこれから昼食の時間になります。お二人とも召し上がってください。あ、勿論強制ではないので…ご自身で調達する場合は…」
「主さん!俺は主さんの作ったのが食べたい!」
部屋の出入り口を手で指し、促す様にしながら説明すると、加州さんがはいはい!と手を上げて身を乗り出して宣言すると、安定さんが図々しい!と加州さんを咎めていた。
最初からお互い面識があったような口ぶりをしていたし、仲がいいのかもしれない。
ちらりと再び大倶利伽羅さんを見やると、なんだかよく分からず困惑しているように見えた。表情があまり変わらないから分からないけど、薬研さんは確実に眉を寄せて困惑していたので、恐らく揃って何かに戸惑っているのだと思う。
「あの、私本当に新米で…何が分からないのかも分からないくらい重症で…あの、諸々加州さんか安定さんに訊いていただいた方が早いかと…」
言うと加州さんと安定さんは苦笑した。今度は薬研さんも苦笑した。大倶利伽羅さんは笑いこそしないけど、呆れたよう目を細められた気がする。
こんな丸投げはどうかと思うし、恥ずかしいくらいだけれど、
今現在の不勉強で何もかもさっぱりな私が説明しようとするより、よっぽど話が早いと思うのだ。
勝手にさんで呼んでしまっているけど、やっぱりきちんと様で呼んだ方がいいかもしれない。
その辺りは本人に直接了承を取らないと、加州さんのいう「大半」じゃないヒト達には不敬だと思われるかもしれない。
事実私は神様相手に馴れ馴れしく不敬だと頷ける。
前途多難だなあと、彼らとは違う意味で私も苦笑してしまった。
料理が得意だという神様が不在な今、料理担当は私一人。
厨房へ移動した後、煮える鍋や刻まれる野菜や料理が盛られた食器に視線を奪われる神様たち。
出来上がるまでの過程を物珍しげに見る神様は加州さん一人。
…だったのだけど、今は四人の神様にガン見される事になってしまった。
加州さんは手料理を喜んでくれている。安定さんもそうだった。薬研さん大倶利伽羅さんは…まだ見極め中という所だろうか。どうだろう。
毒になる者なんて作りません、誠心誠意作ったものしか差し出しません。
私の中にそういう絶対の確信があったとして、彼らの中にはまだ当然その確信はない。
暫くはそれで仕方ないだろうなと思う。
ならば私は一つ一つ、丁寧にやって心をこめる。我武者羅に頑張ればいいという物ではないだろうけど、出来ないなら出来ないなりに、行動で示すしかない。
誠意も不真面目も、どちらも端々から滲み出るものだ。
雑な心持があるなら何事にも雑なものしか生み出せない。
最初は二人分の食事。増えて、増えて、今度は一気に五人分。
そこはかとない疲労感を感じるけれど、決して嫌じゃない疲れだと思った。
喜ぶ顔を見たとき、ああ、料理が好きな人たちの、苦を感じさせないあの笑顔はそういうことなんだなと思った。手間暇も労力もかかるのに、彼らがそれを厭わないのは、そこに喜びを見出しているからなのだろう。
「主さん、美味しいよ!」
「僕、この甘辛いの好きかも」
「これとこれが特に美味いな」
机に配膳された料理に箸をつけ、わいわいと盛り上がり褒めてくれる加州さんと安定さん、そして薬研さん。
作っている最中、呼び方について聞いてみると、薬研さんは、"薬研さん"と呼ぶことを許してくれた。
じゃあ俺っちは大将さんって呼ぶかと悪戯っ子のように笑ったけど、大将でいいですよと苦笑してお断りした。
主の次は大将が来た。呼び方は違えど意味合いはどっちも一緒。
自分はとても大将なんて器ではない。
大倶利伽羅さんに同じように尋ねた時は、「…好きにしろ」とそっけなくも了承してくれた。
大倶利伽羅さんが私のことをなんと呼ぶかのかまでは聞いていない。
主、大将と呼ぶ彼の姿は想像出来ない。
彼は短く返事をした時、嫌そうな顔をしていたけれど、律儀に視線を合わせてくれていた。
今も無言で…心なしか不機嫌そうではなあけれど、未だ得体の知れないだろう私の手料理を完食してくれた彼は、きっと優しいひとなんだろうなと嬉しくて笑った。
2.神様の苦悩─神様が増える
思わず笑顔を浮かべたまま硬直してしまった。
「大倶利伽羅だ。…別に語ることはない。馴れ合うつもりはないからな」
そして訳も分からず涙目になっていく。
笑顔を浮かべたまま泣くという器用な事をしている私を見て、おろおろとしだしたのは隣で控えてくれていた加州さんと安定さん。
そして数時間ほど前にここへ来た、新しい神様の一人も控えてくれていた。
正直、その神様の見た目に思わずびっくりしてしまった。
人間的な物差しで測るなら、小学生低学年か中学年ほどの見た目をしていたからだ。
見た目がどうであれ神様は神様で、見た目で決め付けるのは人間だからこその浅慮だと己を恥じ、反省したばかりだったというのに。
…───そして三時間と表示された神様が来るまで、四人でぎこちなくも雑談をした後。待ちに待ってようやく現れてくれたその神様はと言えば。
「ご…ごめんなさい…本当に新米で…まだ分からない事ばかりで…あの、でも、精一杯頑張ります…ので…その…」
高校生くらいの青年に見える。学ランに似たものを纏っているからなおさらそう見えた。
彼には馴れ合わない、語るつもりはないときっぱりと拒絶をされてしまった。
その突き放した言葉を放つだけでなく、そっぽを向く仕草をしている。
全身で拒絶を物語っているその様をみて、私はたじたじになってしまった。
本日いらっしゃった神様は三人。
一人目は大和守安定さん。打刀、という刀種に入るらしい。二人目は薬研籐四郎さん。
短刀という刀種らしく、刀の大きさに人の身が反映されるのだろうとここでようやく察した。
そして三人目は大倶利伽羅さんという方。彼は太刀らしい。
鋭い眼光。動かない表情筋。がっしりとした体格。
十人いれば九人は可愛らしいと評価するだろう神様しか今まで見た事がなかったので、
その眼光にも、その態度にも思わず引け腰になってしまった。
神様からの拒絶は流石にこたえる。
いつの日だか、「喜んでやってくるのが大半だ」と言われたことをふと思い出す。
…そうか、じゃあこの神様は、"大半"のうちには入らないタイプなのかもしれない。
手放しに喜ばれても困惑するばかりだけれど。
ああ、どうしよう、泣きそうだ。でも、泣きたい…というか逃げたいのはこの神様の方だろう。
きっと来たくもないのに強制的に「呼ばれて」しまったのだ。
そして私はこれからこの神様に、働いてくれ、戦ってくれ、時には遠征してくれと頼まなければならない。
…これから来る神様全てにそうしなければならないのだ。
どうやら私はまだまだ認識が甘かったらしい。
私自身が彼らにとって喜ばしいと思える存在だなんて思い上がってはいなかった。
けれど、あまりにも好意的に接してくれる神様ばかりだったから、浮かれてしまっていたのかもしれない。
…ああ私はやっぱり人間なのだ。反省してもすぐに忘れて過ちを繰り返す。
そしてどうしようもなく辛いことがあれば最後には神に縋るのだ。
気を引き締めなければ、と拳を握った私を見て、見かねたのか間に入ってきてくれた神様がいた。
「大将、そんなに堅くならなくていいんだぜ?」
肩をすくめて励ましてくれたのは薬研さんだった。誰に対してもあんな感じだろうから気にしなくていい、と言ってくれたけど、ショックは抜けきらない。
やっぱり私という人間にとって「神様」とは特別な存在であり、神様に拒絶されるということは身を引き裂かれるような痛みを伴うことだったのだ。
煩わせてしまっているのだという事実も、私を煩悶させた。
私は絶対に、神様達を、祝福したい。穏やかであれるようなに尽くしたい。その存在を諸手を挙げて喜ばせて欲しい。これは私の曲げられない信念だった。
「大倶利伽羅様、申し訳ございません。どうか無礼をお許しください」
頭を深々と下げると、ぶっきらぼうを貫いていた大倶利伽羅さんは初めて表情を変えたようだ。
見えないけれど、動揺した気配が伝わってくる。
それは隣に佇んでいた薬研さんも同じくで、ああー…と声を漏らしして流せていたのは加州さんと安定さんだけだった。
私の仕草、言葉、全てに至らない所があって、いちいちそれが目については苦笑されたりぎょっとされたりするのだと思う。
どこがダメだったのかどうかも無知な私には察する事ができない。
言葉を発するだけでいちいちこんな反応をされてしまうなんて、前途多難だ。
「12時…あの。ちょうどこれから昼食の時間になります。お二人とも召し上がってください。あ、勿論強制ではないので…ご自身で調達する場合は…」
「主さん!俺は主さんの作ったのが食べたい!」
部屋の出入り口を手で指し、促す様にしながら説明すると、加州さんがはいはい!と手を上げて身を乗り出して宣言すると、安定さんが図々しい!と加州さんを咎めていた。
最初からお互い面識があったような口ぶりをしていたし、仲がいいのかもしれない。
ちらりと再び大倶利伽羅さんを見やると、なんだかよく分からず困惑しているように見えた。表情があまり変わらないから分からないけど、薬研さんは確実に眉を寄せて困惑していたので、恐らく揃って何かに戸惑っているのだと思う。
「あの、私本当に新米で…何が分からないのかも分からないくらい重症で…あの、諸々加州さんか安定さんに訊いていただいた方が早いかと…」
言うと加州さんと安定さんは苦笑した。今度は薬研さんも苦笑した。大倶利伽羅さんは笑いこそしないけど、呆れたよう目を細められた気がする。
こんな丸投げはどうかと思うし、恥ずかしいくらいだけれど、
今現在の不勉強で何もかもさっぱりな私が説明しようとするより、よっぽど話が早いと思うのだ。
勝手にさんで呼んでしまっているけど、やっぱりきちんと様で呼んだ方がいいかもしれない。
その辺りは本人に直接了承を取らないと、加州さんのいう「大半」じゃないヒト達には不敬だと思われるかもしれない。
事実私は神様相手に馴れ馴れしく不敬だと頷ける。
前途多難だなあと、彼らとは違う意味で私も苦笑してしまった。
料理が得意だという神様が不在な今、料理担当は私一人。
厨房へ移動した後、煮える鍋や刻まれる野菜や料理が盛られた食器に視線を奪われる神様たち。
出来上がるまでの過程を物珍しげに見る神様は加州さん一人。
…だったのだけど、今は四人の神様にガン見される事になってしまった。
加州さんは手料理を喜んでくれている。安定さんもそうだった。薬研さん大倶利伽羅さんは…まだ見極め中という所だろうか。どうだろう。
毒になる者なんて作りません、誠心誠意作ったものしか差し出しません。
私の中にそういう絶対の確信があったとして、彼らの中にはまだ当然その確信はない。
暫くはそれで仕方ないだろうなと思う。
ならば私は一つ一つ、丁寧にやって心をこめる。我武者羅に頑張ればいいという物ではないだろうけど、出来ないなら出来ないなりに、行動で示すしかない。
誠意も不真面目も、どちらも端々から滲み出るものだ。
雑な心持があるなら何事にも雑なものしか生み出せない。
最初は二人分の食事。増えて、増えて、今度は一気に五人分。
そこはかとない疲労感を感じるけれど、決して嫌じゃない疲れだと思った。
喜ぶ顔を見たとき、ああ、料理が好きな人たちの、苦を感じさせないあの笑顔はそういうことなんだなと思った。手間暇も労力もかかるのに、彼らがそれを厭わないのは、そこに喜びを見出しているからなのだろう。
「主さん、美味しいよ!」
「僕、この甘辛いの好きかも」
「これとこれが特に美味いな」
机に配膳された料理に箸をつけ、わいわいと盛り上がり褒めてくれる加州さんと安定さん、そして薬研さん。
作っている最中、呼び方について聞いてみると、薬研さんは、"薬研さん"と呼ぶことを許してくれた。
じゃあ俺っちは大将さんって呼ぶかと悪戯っ子のように笑ったけど、大将でいいですよと苦笑してお断りした。
主の次は大将が来た。呼び方は違えど意味合いはどっちも一緒。
自分はとても大将なんて器ではない。
大倶利伽羅さんに同じように尋ねた時は、「…好きにしろ」とそっけなくも了承してくれた。
大倶利伽羅さんが私のことをなんと呼ぶかのかまでは聞いていない。
主、大将と呼ぶ彼の姿は想像出来ない。
彼は短く返事をした時、嫌そうな顔をしていたけれど、律儀に視線を合わせてくれていた。
今も無言で…心なしか不機嫌そうではなあけれど、未だ得体の知れないだろう私の手料理を完食してくれた彼は、きっと優しいひとなんだろうなと嬉しくて笑った。