第八話
2.神様の苦悩─神様が増える
大和守様…いや安定さんは、加州さんと同じように様付けはちょっと、と拒絶されてしまったので、さん付けでまた最低ラインで呼び合うことになった。相手は主さん。そして私は安定さん。…なんで大和守さんではないかというと、噛んでしまうことが幾度かあったために、苦笑しながら「安定でいいよ、主さん」と言ってくれたのでお言葉に甘えさせていただいた結果だ。本当に神様は優しい。
その際加州さんが物凄く物言いたげだったのは気のせいではない、気がする。
加州さんが近場に遠征に行っている間、安定さんが番をしてくれる。逆に安定さんが遠征に行ってる間は、嬉々としてわーい主さんと二人っきり!と加州さんが番をしてくれる。
…それが喜ばしいことなのかは分かりかねる。
けど、安定さんがきて、協力的な姿勢でいてくれて、一人仲間が増えただけでどんどん仕事が回っていく。
どうやら安定さんは料理得意な例の顔も知らない神様ではないらしいけど、もしもその神様が来たとして、私は許される限り料理は積極的に手伝っていきたいとは思ってる。
「安定さん、このお風呂、どう思いますか?」
「え、どう、って…。…凄く広いなあ?」
「…それです。お、溺れそうだと思いませんか?」
「ううん…こんなに広かったらあり得るかもね…でも気をつけてたら大丈、」
「ほんとですか!加州さん!」
「主さん!」
ハイタッチをする私たちを見てぽかーんとしている安定さん。
いけないいけない、と我に帰り安定さんに説明をした。
初めてこのお風呂場をみた時私が溺れかねない、と危惧したこと。
そしてもしも私が溺れるような人間であれば、神様達もその人間の神気(特性?)に引っ張られてつられて溺れかねないかもしれない、と思い至ったこと。
そしてその後それぞれお風呂に入った私たちは、難なく溺れることなく平穏に浸かることが出来たと。
外から見れば恐れるくらい広い気がするけれど、
浸かってみれば深さは平均的なのだから、お風呂はただのお風呂に代わりない。
そんなことを言っていたらカナヅチは温泉にも行けないのか、という話になるので当たり前のことだったのに、二人してこの広々としたお風呂場に怯えていたのだと。
「大丈夫です、なので、安定さんも溺れませんよ」
いったいこのお風呂場に何が、とぽかんとしていた安定さんは、私の言葉におかしそうに小さく笑っていた。
これは私がこのことについて自覚したから安定さんは恐怖せず笑えたのか、それともやっぱりその神様には神様の個性があるのだから、引っ張られるかも、なんて言ってもこんな些細なことの全てではないのかもしれない。
いちいち私の特性に引っ張られてたら私のクローンが量産されてしまう気がする。
加州さんのは元々の可愛らしい個性か、
それとも私と同じようにどの程度引っ張られるものなのか、分からなかったが故に危惧したのかもしれない。
始まって間もない新生活、新しい人生のスタート。分からないことだらけの中で、
ひとつひとつ、こうして手探りでいっぱいいっぱいやって行くこの感覚。
今までの人生、新しい場所へ行くと必ずそうだった。恐らくは大多数の人間がそうだと思う。
なら、人間は死んでも人間のまま。
死後の世界でも人間のままで、お腹もすくし眠くもなるし一喜一憂する。人間らしさがどうしても無くならない。
神様だって、神様のまま。
なら、神様"らしさ"とはなんなんだろう?
この場所でやらなくてはいけないこと。大まかに把握出来ても、神様というものについてはまだよく分からないままだ。
「ここには、これしか刀剣が居ないの?」
「これって何だよこれって」
「ええと、そうです。お呼びした神様は、安定さんで二人目です」
安定さんが少し困ったように加州さんに視線をやった。加州さんも眉を寄せて少し困ったように視線をやる。
まだまだ無知が故に何かおかしいことを言っているのだろうとは思うけれど、その無知が分からなかった。
いちいち会話を取りやめて反省会を開いても仕方がないし、そうだどうせなら夜、五分でもいいから反省会の時間を頂こう。
至らない人間で本当に申し訳なくなるけれど、至らないままにさせて困るのは私でもあり、神様でもある。
「これからまた鍛刀するの?」
「え?たん…」
「…主さんの言う、神様をお呼びする、ってやつだよ」
「ああ、ごめんなさい…まにゅあるに書いてありましたね、自分の言葉で覚えてしまうのはよくありませんね…ええと、鍛刀…ですか、これから」
また私の言葉を聞いて困ったような、それと共に今度は戸惑ったように瞳を揺らした。
加州さんも多分同じだった。でもたった数日、いや一日私の言動に付き合っていただけあってそこまで動じた様子ではなかった。でも、戸惑っている。同じように。
…先が思いやられる。
そして安定さんの言葉にああ、と思い出したように加州さんが口を開く。
「任務…日課のひとつに、あったよね、鍛刀一回でもいいけど、鍛刀を一日三回するとさらに日課達成」
「あ…ありました…けど、一度にそんなにお呼び立てするなんて…」
「それがお仕事…日課でもあるんだったら、そんなものなんじゃないかな?」
きょとん、と安定さんは言うけれど、
確かに、そうだ。それが任務と呼ばれるもののひとつ。一日に一度で達成するよう区切られている任務。
必ず全てを達成しなければならないという縛りはない、が。逆に言えば全てを達成してもなんら問題はないということで。
────無茶な戦い方、無茶な扱い、そういった類の横暴なことを神様達に強要しないように、とまにゅあるに書いてあった。
そんなことするはずがない。あえて釘を刺されてあるということは、まさかそんなことをする人間がそれほど多いのか。
人間が神様に?なんて怖いもの知らずで浅はかな人間がいるのか、と思って気がつく。
────だからこそ、人間は人間なんだ。浅はかだし怖いもの知らずだし失敗もたくさんする、過ちを、罪を、犯す、そしてそのくせ神様に赦してもらいたがる、縋りたくなる。
「…そうですね、逃げたままでは…いけません、よね」
誰かが逃げて放り出したものの尻拭いをするのは、どんな形であれいつだって他者だ。
「あとお二人、お呼び立て、します。神様を」
決断するが早く、同じように妖精さんにお呼び立て…ああ鍛刀、をお願いした。
駄目だなあ、癖が抜けない。刀の付喪神であるというんだから、鍛刀という言葉が適切なのか分からないけれど。
私の気持ちでは神様を「呼ぶ」。「招く」。「お願いをする」。
どうか私の元へ来てください。どうか祝福させてください。あなたという存在をこの場所で。
そういう気持ち。
ああ駄目だ、自分の言葉だけだ。そう思うのは勝手かもしれないけど…
もしかしたら二人を困惑させてるのは自分のこの独特な言葉のせいなのかもしれない。
気をつけなきゃなあ。
逃げてさえいたというのに、更に一日に三人も。なんて、個人的には想定外で、緊張で震える手で妖精さんにお願いを、二度。
「うわ…」
「え…」
すると、鍛刀場で火がごうっと燃え上がった瞬間、壁に二つあった時計にそれぞれ時間が表示された。
最初は二つとも0だった時計が、
片方が二十分、片方が三時間に変わる。それは神様がいらっしゃるまでの時間らしい。
安定さんの時は一時間半だった。神様によって異なるらしいそれ。
私にはその区別の必要性がよく分からないんだけども…
二人が驚きの声を上げたのは何か理由があるのか。ちらりと少し気まずく思いながら視線をやると、それに気がついた二人が少し苦笑した。
「いや、極端だなあって」
「というか、万遍ないね…」
何が、とは言わない。いらっしゃる神様のことだろう。
安定さんの時は、一瞬で来て貰うための手伝い札とやらを使った。最初からそのつもりだったので、今はただぼーっと待つのみ。
三時間はまあ…ともかく、20分なんてこうして他愛のない話をしているだけですぐだ。
「万遍ない、ということは…悪いことではありません、よね?」
「今はそれが最善じゃないかな」
「最善すぎるね」
「そう、ですか」
よかった、極端、という言葉に訳も分からずぎくりとしてしまったけど、極端であるということは言葉を変えるとまあ、そういうことになるのか。
今の最善であるということなら、本当によかった。ほっと息をついたら、身体に血が巡ったような感覚がした。どれほど緊張していたんだろう、
まだお迎えもしていないし、顔も知れない神様がこれからいらっしゃるというのに、失敗ではなかったらしいと聞いてとても安心した。
妖精さんにありがとうございます、と笑い、頭を下げる。
そんなこんなして、誰が来るのか?という加州さんと安定さんとの予想に耳を傾けているだけでもうあと三分。
まだどんな神様達が居るのかの把握が出来てない私にはさっぱりだったので、聞くに徹していたら、勉強になるワードが多かったのでつい時間を忘れてしまった。
カップラーメンを待っている時の三分は長い気がするのに、神様を待つ三分はとても早い。
人間としては三分と聞くと三分クッキングとか、三分で出来上がるカップラーメンを思い出してしまうものだから、
それらと同列にされる神様もたまったものじゃないだろうなあと苦笑してしまった。
2.神様の苦悩─神様が増える
大和守様…いや安定さんは、加州さんと同じように様付けはちょっと、と拒絶されてしまったので、さん付けでまた最低ラインで呼び合うことになった。相手は主さん。そして私は安定さん。…なんで大和守さんではないかというと、噛んでしまうことが幾度かあったために、苦笑しながら「安定でいいよ、主さん」と言ってくれたのでお言葉に甘えさせていただいた結果だ。本当に神様は優しい。
その際加州さんが物凄く物言いたげだったのは気のせいではない、気がする。
加州さんが近場に遠征に行っている間、安定さんが番をしてくれる。逆に安定さんが遠征に行ってる間は、嬉々としてわーい主さんと二人っきり!と加州さんが番をしてくれる。
…それが喜ばしいことなのかは分かりかねる。
けど、安定さんがきて、協力的な姿勢でいてくれて、一人仲間が増えただけでどんどん仕事が回っていく。
どうやら安定さんは料理得意な例の顔も知らない神様ではないらしいけど、もしもその神様が来たとして、私は許される限り料理は積極的に手伝っていきたいとは思ってる。
「安定さん、このお風呂、どう思いますか?」
「え、どう、って…。…凄く広いなあ?」
「…それです。お、溺れそうだと思いませんか?」
「ううん…こんなに広かったらあり得るかもね…でも気をつけてたら大丈、」
「ほんとですか!加州さん!」
「主さん!」
ハイタッチをする私たちを見てぽかーんとしている安定さん。
いけないいけない、と我に帰り安定さんに説明をした。
初めてこのお風呂場をみた時私が溺れかねない、と危惧したこと。
そしてもしも私が溺れるような人間であれば、神様達もその人間の神気(特性?)に引っ張られてつられて溺れかねないかもしれない、と思い至ったこと。
そしてその後それぞれお風呂に入った私たちは、難なく溺れることなく平穏に浸かることが出来たと。
外から見れば恐れるくらい広い気がするけれど、
浸かってみれば深さは平均的なのだから、お風呂はただのお風呂に代わりない。
そんなことを言っていたらカナヅチは温泉にも行けないのか、という話になるので当たり前のことだったのに、二人してこの広々としたお風呂場に怯えていたのだと。
「大丈夫です、なので、安定さんも溺れませんよ」
いったいこのお風呂場に何が、とぽかんとしていた安定さんは、私の言葉におかしそうに小さく笑っていた。
これは私がこのことについて自覚したから安定さんは恐怖せず笑えたのか、それともやっぱりその神様には神様の個性があるのだから、引っ張られるかも、なんて言ってもこんな些細なことの全てではないのかもしれない。
いちいち私の特性に引っ張られてたら私のクローンが量産されてしまう気がする。
加州さんのは元々の可愛らしい個性か、
それとも私と同じようにどの程度引っ張られるものなのか、分からなかったが故に危惧したのかもしれない。
始まって間もない新生活、新しい人生のスタート。分からないことだらけの中で、
ひとつひとつ、こうして手探りでいっぱいいっぱいやって行くこの感覚。
今までの人生、新しい場所へ行くと必ずそうだった。恐らくは大多数の人間がそうだと思う。
なら、人間は死んでも人間のまま。
死後の世界でも人間のままで、お腹もすくし眠くもなるし一喜一憂する。人間らしさがどうしても無くならない。
神様だって、神様のまま。
なら、神様"らしさ"とはなんなんだろう?
この場所でやらなくてはいけないこと。大まかに把握出来ても、神様というものについてはまだよく分からないままだ。
「ここには、これしか刀剣が居ないの?」
「これって何だよこれって」
「ええと、そうです。お呼びした神様は、安定さんで二人目です」
安定さんが少し困ったように加州さんに視線をやった。加州さんも眉を寄せて少し困ったように視線をやる。
まだまだ無知が故に何かおかしいことを言っているのだろうとは思うけれど、その無知が分からなかった。
いちいち会話を取りやめて反省会を開いても仕方がないし、そうだどうせなら夜、五分でもいいから反省会の時間を頂こう。
至らない人間で本当に申し訳なくなるけれど、至らないままにさせて困るのは私でもあり、神様でもある。
「これからまた鍛刀するの?」
「え?たん…」
「…主さんの言う、神様をお呼びする、ってやつだよ」
「ああ、ごめんなさい…まにゅあるに書いてありましたね、自分の言葉で覚えてしまうのはよくありませんね…ええと、鍛刀…ですか、これから」
また私の言葉を聞いて困ったような、それと共に今度は戸惑ったように瞳を揺らした。
加州さんも多分同じだった。でもたった数日、いや一日私の言動に付き合っていただけあってそこまで動じた様子ではなかった。でも、戸惑っている。同じように。
…先が思いやられる。
そして安定さんの言葉にああ、と思い出したように加州さんが口を開く。
「任務…日課のひとつに、あったよね、鍛刀一回でもいいけど、鍛刀を一日三回するとさらに日課達成」
「あ…ありました…けど、一度にそんなにお呼び立てするなんて…」
「それがお仕事…日課でもあるんだったら、そんなものなんじゃないかな?」
きょとん、と安定さんは言うけれど、
確かに、そうだ。それが任務と呼ばれるもののひとつ。一日に一度で達成するよう区切られている任務。
必ず全てを達成しなければならないという縛りはない、が。逆に言えば全てを達成してもなんら問題はないということで。
────無茶な戦い方、無茶な扱い、そういった類の横暴なことを神様達に強要しないように、とまにゅあるに書いてあった。
そんなことするはずがない。あえて釘を刺されてあるということは、まさかそんなことをする人間がそれほど多いのか。
人間が神様に?なんて怖いもの知らずで浅はかな人間がいるのか、と思って気がつく。
────だからこそ、人間は人間なんだ。浅はかだし怖いもの知らずだし失敗もたくさんする、過ちを、罪を、犯す、そしてそのくせ神様に赦してもらいたがる、縋りたくなる。
「…そうですね、逃げたままでは…いけません、よね」
誰かが逃げて放り出したものの尻拭いをするのは、どんな形であれいつだって他者だ。
「あとお二人、お呼び立て、します。神様を」
決断するが早く、同じように妖精さんにお呼び立て…ああ鍛刀、をお願いした。
駄目だなあ、癖が抜けない。刀の付喪神であるというんだから、鍛刀という言葉が適切なのか分からないけれど。
私の気持ちでは神様を「呼ぶ」。「招く」。「お願いをする」。
どうか私の元へ来てください。どうか祝福させてください。あなたという存在をこの場所で。
そういう気持ち。
ああ駄目だ、自分の言葉だけだ。そう思うのは勝手かもしれないけど…
もしかしたら二人を困惑させてるのは自分のこの独特な言葉のせいなのかもしれない。
気をつけなきゃなあ。
逃げてさえいたというのに、更に一日に三人も。なんて、個人的には想定外で、緊張で震える手で妖精さんにお願いを、二度。
「うわ…」
「え…」
すると、鍛刀場で火がごうっと燃え上がった瞬間、壁に二つあった時計にそれぞれ時間が表示された。
最初は二つとも0だった時計が、
片方が二十分、片方が三時間に変わる。それは神様がいらっしゃるまでの時間らしい。
安定さんの時は一時間半だった。神様によって異なるらしいそれ。
私にはその区別の必要性がよく分からないんだけども…
二人が驚きの声を上げたのは何か理由があるのか。ちらりと少し気まずく思いながら視線をやると、それに気がついた二人が少し苦笑した。
「いや、極端だなあって」
「というか、万遍ないね…」
何が、とは言わない。いらっしゃる神様のことだろう。
安定さんの時は、一瞬で来て貰うための手伝い札とやらを使った。最初からそのつもりだったので、今はただぼーっと待つのみ。
三時間はまあ…ともかく、20分なんてこうして他愛のない話をしているだけですぐだ。
「万遍ない、ということは…悪いことではありません、よね?」
「今はそれが最善じゃないかな」
「最善すぎるね」
「そう、ですか」
よかった、極端、という言葉に訳も分からずぎくりとしてしまったけど、極端であるということは言葉を変えるとまあ、そういうことになるのか。
今の最善であるということなら、本当によかった。ほっと息をついたら、身体に血が巡ったような感覚がした。どれほど緊張していたんだろう、
まだお迎えもしていないし、顔も知れない神様がこれからいらっしゃるというのに、失敗ではなかったらしいと聞いてとても安心した。
妖精さんにありがとうございます、と笑い、頭を下げる。
そんなこんなして、誰が来るのか?という加州さんと安定さんとの予想に耳を傾けているだけでもうあと三分。
まだどんな神様達が居るのかの把握が出来てない私にはさっぱりだったので、聞くに徹していたら、勉強になるワードが多かったのでつい時間を忘れてしまった。
カップラーメンを待っている時の三分は長い気がするのに、神様を待つ三分はとても早い。
人間としては三分と聞くと三分クッキングとか、三分で出来上がるカップラーメンを思い出してしまうものだから、
それらと同列にされる神様もたまったものじゃないだろうなあと苦笑してしまった。