第七話
2.神様の苦悩神様が増える
「出来れば暫くは…この刀装、とやらを作りたいと思っています。どうやら就任から数日間はある程度のノルマを軽減してくれるみたいでして…加州さんは、一番近場に遠征、という物に行っていただけないでしょうか…?それなら危険はない、はずなのですが…」


審神者まにゅある初級、というものから中級、上級まで手を伸ばして一夜漬け、後に朝ご飯中も朝、新聞を読みながら食べをするように、行儀が悪いとは思いつつもこなしてしまった。
朝ごはんは簡単に手馴れた和食を作った。昼間はまた洋食にチャレンジしてみたいと思ってる。初めて食事を摂ったのもこの小さめの一室。私の私室とされてる部屋の右隣。
二人で向かい合わせに食事を取るには十分だけど、これからを考えると広い屋敷のどこかに食事所を作った方がいいのかもと思う。やることは多い。
…朝は忙しいのはいつも変わらないけど、ちょっと今までとは違う焦りが生まれてくる。
風呂掃除から何から、あちらにもこちらにも手が回るかどうか…。



「…刀装はいいと思う…でも主さん」
「…はい」
「初期刀の俺が遠征に少しだとしても行っちゃったら、主さんひとりぼっちだよ」
「あの、お留守番くらい、出来ますよ…人間的にはもう、神様からすれば頼りなくとも成人してるんですけど…」
「そうじゃなくて…夜通し起きて夜番しててもさ、」
「あ…」


気がついてしまった。かもしれない。
新聞、ならぬまにゅあるから顔をあげて向かいで食事をしている加州さんを見ると、酷く困ったように眉を下げていた。



「…刀装は後回しにしてでも、主さんのためには…新しく鍛刀した方がいいと思う。俺もまだこの身体で一回も戦に出たことないからさ、凄く弱いんだ、…言いたくないけど…このままじゃ主さんを守れないし」
「……そう、ですか…」
「…ほんとは、そりゃあ主さんと二人っきりがいいよ?でもそれじゃあ駄目だからさー」
「…ふふ、なんか、おかしい」
「…なんでそこで笑うの…。」
「ああ、ごめんなさい。とても失礼な物言いだと分かってるんですけれど…その、加州さんが可愛らしくて」


無意識に避けていた「鍛刀」と呼ばれる、新しい神様をお呼びするそれ。
まだまだ少なすぎる人手が足りない今それが一番だとは分かってた。
でもまだ怖かった。顔も分からない神様をお呼びして、私の存在はどう思われるのだろうと思うと恐ろしかったのだ。
まだ加州さんが私は恐ろしい。それは加州さんの存在が悪いのではない。私の存在が故に、であり。

ふたりきりがいい、なんて拗ねたように頬を膨らませていたかと思えば、
目の前でぽかん、と少し間の抜けたように口をあけたかと思ったら、みるみるうちにその白い肌を朱に染めて行く、喜怒哀楽の激しすぎる、可愛らしい神様は。



「お、俺可愛い…?ど、どこが…」
「えっいや、どこがっていうか…もう全体的に…全ての仕草とかお言葉から可愛らしさがにじみ出てて…、ってああっ!本当に失礼な物言いをしてしまって本当に、」
「…す、すべて、ぜ、せんぶ…」
「…あ、あの…?」
「…殺し文句…すぎ…主さん…」


頭を抱えて、膝に顔を埋めても覗く耳が赤く染まっていて、照れてることが分かってしまう。
男の子…という括りにしていいのか分からないけど、可愛いと言われると神様からしたら喜ばしいことなのかもしれない。
神様界では最上級のほめ言葉…なのかも、この様子を見ていると…尋常じゃないもの…
これからもし新しく神様と出会うことがあったら、可愛らしいと心から思うことがあれば積極的に言っていこうと思った。
思ってもないのに可愛い、可愛いなんて世辞のように連呼はしない。それって凄く失礼だ。
加州さんは…本当に女の子顔負けにいちいち可愛らしいというか、微笑ましすぎるんだからそれは仕方がない。
これから来る神様達はみんなこんな可愛らしいのかと思ったら大変なことだと思ったけれど…

怖い怖いと逃げていないで、ご飯を食べて、片付けを済ませて、まだまだ新築、綺麗すぎる部屋を一部屋徹底掃除をしておく。
そうしたら、神様を呼びに行こう。
神様を呼ぶためには必要な材料…?資材?とやらがあるらしいんだけど、最初のうちはある程度の貯蓄があるらしい。
おすすめという配合でそれをまず行ってみる。
掃除を終えて、鍛刀部屋と呼ばれるその部屋で、必要な資材を必要なだけ両手に抱えて、加州さんが隣で見守る中、鍛刀の妖精さん?のようなふぁんたじーとしか言えない小さな存在にお願いする。
手を合わせて祈る。

────神様、神様。どうか、私の元へ、やってきてください。
ふがいない人間です。まだまだ何も分からないことだらけです。
喜ばしいあなたというひとりの神様を、どうか迎えさせてください。
諸手を挙げて喜ばせてください








────祝福、させてください。あなたを。

その瞬間、ぱぁっとその場が光り輝き、綺麗な桜の花が舞い散った。
いきなりのことで驚いて目を瞑ってしまって、慌てて目を開けるとそこには、加州さんと同じくらいの背格好をした青年が立っていた。


「大和守安定。扱いにくいけどいい剣のつもり」


その神様を見るなり加州さんは「げっ!」と心底嫌そうな声を上げたのが耳に届いてしまった。なんだろう、面識があった…というのか、大和守さん?のことを加州さんは知っていたのかもしれない。
大和守さんは穏やで、物腰柔らかで、好青年といった印象だった。

しばらくぽけっと眺めてしまっていたけど、私ははっとして思いっきり顔を上げて、そのまま勢いよく下げた。


「この本丸、の、審神者です。まだまだ新米で至らないことばかりですが、どうかご指導のほど、よろしくお願い致します、大和守様。大和守様が過ごしやすく、穏やかであれるよう、全力を尽くさせていただきます。もちろん、加州さんも…これから来てくださることになる神様達も」


そう言ったまま深く頭を下げたままだったから彼の顔は見れなかったけど穏やかな彼がぎょっとしたのは分かってしまった。
それでも顔を上げない。加州さんはこの一日で私の発言ひとつひとつに既に慣れっこなようで、苦笑してるようだ。



「…あとで色々この本丸のこととか、説明するよ」
「……うん…色々…よろしく…」


神様同士の話し合いで、加州さんがどうか、上手く説明してくれることを祈るばかりだ。
苦笑しつつも胸はどくどくとうるさい。心臓が痛い。
私の「神気」とやらで神様呼び出してしまった。どうやら人当たりのよさげな青年でほっとした。
それでももっと違う根本の所にどくどく、胸が痛んで仕方がない。
私の神気で人の形が保たれてる。この本丸と呼ばれる建物も私の「神気」とやらで保たれて、充満していて、「すっごく心地いい神気だよ、主さんの」とうっとりととろけそうに加州さんに言われても、それがとても恐ろしい。
私がお風呂で溺れたなら、つられて呼び出した神様達が溺れてしまうような、
私の神気が染み渡ることによって私に引っ張られてうっかりつられて似てしまう、という事実。
しっかりとしなくては、と思わず背筋を伸ばしてしまうプレッシャー。

彼ら神様にとって、どうか喜ばしい存在になれるようにと。考えてしまう自分への、馬鹿みたいだと内心で笑う声。
私みたいな人間一人が、ただ一人の同じ人間相手にでも幸福な存在になるのなんてとても難しい。望まれることは難しい。
なのに何を思い上がっているのだろうか、と。
いつまでも考える。

ひそひそ、と内緒話をする神様二人はやっぱりその仕草ひとつひとつが人間らしく、愛らしかった。
2016.6.30