第六話
1.神様と人の役割共同生活開始
私は、あなたにとって喜ばしい存在なのでしょうか。
私は、あなたに幸せや、嬉しさや、素敵なものを与えられるような人間なのでしょうか。
夜通し起きて、害するものがやって来ないか守られて、朝になればほっとしたようにおはよう、と笑ってもらう。
聞けばご飯まで作ってくれるような得意分野の神様までいるらしく、人が増えれば家の仕事も分担して神様達がこなして、そんないたれ尽くせりという言葉では足りないくらいのことになる。未来。そうなるのが普通らしい。
普通って、なんだろう。私が「これが神様でこれが人間の関係」という普通の価値観というのは普通ではないのか。
いや、この人が私のただ一人の大切な神様でなくても、ただひとりの人間だったとしても、なんだったとしても。
そんなのは、いやだ。
私の存在は喜ばしいのでしょうか。そんな風に、進んで中でも骨が折れそうな「近時」とやらになりたがるくらい、誇らしくにっこりと嬉しそうに笑うくらいに、それは魅力あることで、誰がに自慢するでもなく神様が、加州さんが、それを喜ばしいと。



…きっと私は。
思えない。



「わ、わたし…加州さんに、毎朝、おはよう、って言いたいです、一番に、でも、」


きっとそれってこういうことじゃなくて。
それは相手がぐっすり眠っていい夢を見て、おはようと言い合ったりもしかしたらいい夢みた!と笑ったりするかもしれない、悪い夢を見てしまうかもしれない、
それでもそれは夢の善し悪しなんかじゃきっとない、


「それでも、私は、こんな風に夜通し起きて、起こさせて、加州さんにおはよう、なんて」



言えるはずがない。
気持ちのいい朝なんて一度たりとも訪れるはずない。
それが当たり前の仕事だなんておかしい。それが「職種」ということだと割り切ればいいのかもしれない。深夜のコンビニのバイトさんが居て、当たり前のようにコンビニを利用する人がいる。あるいは私も当たり前のようにコンビニや、深夜に銭湯や、街中の飲食店だったりもしかしたら救急車を呼んだり誰かを夜通しで動かして。、
それは大変なお仕事だと思ったとしても、そういう人が巡りめぐって支えて出来上がっている世の中なんだから、こんな風に頑なに否定したりしない。私だって夜通動かされる中の一人だったことだってあったんだから、いちいち否定なんてしていたら仕事にならない。
もしかしたら、加州さんもその中の一人なんだと割り切ればいいのかもしれない。
もしかしたらそれがお仕事なんだと飲み込めばいいのかもしれない。
もんかしたら見てみぬふりをしておはよう、と笑えばいいのかもしれなかった。

お仕事、喜ばしいこと。
この人は、まだ見ぬこの人達は、多くが「主様」の所へ喜んでやって来るという。
顔も知らぬその誰かの元へ。
まだ会って顔を合わせ続けたのは一日しかないような私に加州さんは当たり前のように尽くしてくれる。
まるで喜ばしいと言わんばかりに。


「…人の身で、主さんにこうしたのは初めて、だけど」
「…、」
「俺はつらいなんて思わなかったよ…むしろ、嬉しかった」
「…お聞きしてもいいでしょうか、どうしてか、と」
「夜遅くまで多分、勉強してたのは知ってたよ。その後に、ああ、ぐっすり寝てるんだなあって、分かって嬉しかった」
「…なんで、でしょう」
「倒れ、た…、時とは違う、…俺の存在をわかってて、安心して眠ってくれた、からかな」
「…まさか、私が、加州さんをあれだこれだと警戒するはずがないですよ、逆はあっても、」
「逆はあっても、俺が主さんにそうすることは、ないんだよ」
「…喜ばしいこと、なんでしょうか」
「喜ばしい…うん、凄く嬉しいことだよ、お仕事とかじゃなくて、進んでそうしたくなる」



腑に落ちるようで腑に落ちない。
顔を見ずとも、「主様」という肩書きを持った存在自体が喜ばしくて、私自身がどうじゃない。加州さんも、多分他の神様達もたくさんそうなんだろう。
わからない。でも分かってしまった。



私もずっとずっとずっとずっと。顔も知らない、存在すら知れない、どこにいらっしゃるのかわからない、私だけの神様を望んでいた。きっと居れば素敵だと思い続けてた。
だから逢いにきてしまった。
それはもしかして、「神様」という肩書きであればそのただひとりになったのか。
その神様に逢いにきて、欲しい一言がずっとあった。
神様という存在に投げかけて欲しい言葉がただ一言。
それは加州さんでなくても、もしかして、もしかしたら、その肩書きの誰かであれば誰でもよかったかもしれないなんて。
きっとそれと似たようなことで、加州さんも私も同じなのかもしれないのだと一度でも思ってしまったら、ふ、っと力が抜けた。 加州さんは、無垢だなあ。純粋だ。きっとこんな風に考えるよりも喜怒哀楽に忠実に動いてる。これから人の身体で色んなことを考えて行動して思い至っても、根が純粋に無垢に出来てる。きっと神様ってそうなんだ。
こんなに可愛らしい、神様なんだ。



「…これからも、ずっと、どうか、加州さんに、おはようと言わせていただけませんか。眠たくなったら私を起こして仮眠を取っていただいても構いません、つらかったら投げ出してもいいんです、でも、朝、おはようと言わせてください、加州さんに」



ただひとりの私だけの神様。
きっとただひとりだけだった。私が思い描いていた神様というもの。
ただ一言。ただ、一言を、望み、
だけれどその一言は神様というものから投げかけてもらえるなら誰でもいいんじゃない、はずだ。。私はそのただひとりの神様に、逢ったことがある。
ただひとりに、逢いたかった。ずっとずっと。

私の言葉に、笑顔で頷いた加州さんの素敵な無垢すぎる笑顔のように、
そんな笑顔で、いつの日か。
無償の愛というには、この関係を結ぶ糸はまだどこか細すぎて、今にも切れてしまいそうだと思った。
2016.6.29