第五話
1.神様と人の役割共同生活開始
「…凄いですね…これは…なんでこんなに広いんでしょう…軽く泳げますよ…水道代がかさみそう…」
「これからきっと人数がすっごく増えるから、多分、そのためじゃない…?」
「…深くないけど、下手したら溺れる気がしますね…あの、そんなに増える予定あるんでしょうか?神様ってどうやったら増えるんでしょう…神を召喚する術なんて知りませんけど…」
「予定ありまくりだよ。審神者の仕事の日課のひとつだった、はず。現に俺を呼べてるんだから大丈夫だよ」
「私が呼んだんですか?加州さんを?え?神様を呼ぶことが日課?仕事…!?そんなはた迷惑な…」
「迷惑どころか喜んで来るヤツのが大半だよ!まさか、それも覚えてない…?」




私たちは唖然と広すぎる檜風呂を見渡しながら会話する。
とりあえず、今晩のお風呂のためにと食事を終えた後に加州さんと探索をしていた時発見したこの場所。
加州さんは「主さんが倒れた時どうしたらいいのかわからなくて、審神者のまにゅある、ってやつ見ちゃったんだ、あ、刀剣が見ても大丈夫なやつだったよ!勝手に見てごめん」と謝ってきたけれど、そのおかげで審神者の仕事、とやらがなんとなく把握してくれているらしく、申し訳ないながら助かっていたりする。
審神者まにゅある。そんなものがあるなら早く読まなきゃ。神を呼ぶなんて芸当できると思えないんだけど。
加州さんは私が「呼んだ」らしく、それは覚えてるはずのことらしく。
どうやら本当に私の記憶が喪失しているのでは、と思ってきた。
身体に異常はない、けど。倒れて三日も昏睡状態だったというんだから何かしらがおかしかったんだろうと思う。だったら何事か、それこそ記憶がごっそり行ってしまっていてもおかしくない…はず。身体に問題がなかったことが問題だったか。


「ごめんなさい、やっぱり、倒れたこと、問題だったんでしょうか…むしろ身体が軽いくらいだったので何も問題ないと思ったのですが…」
「…ここに来るまでのこと覚えてない、っていうのは…」
「やっぱり、違うんですよね…。きっと突然ぽっとこのお家に瞬間移動してきた訳じゃないんでしょうしね…」
「……うん」



どうやらしょんぼりとしている加州さんはここに来るまでの道中を覚えているらしい。
私がいくつかあるうちの刀から加州さんを選び、そして「呼んだ」からここに自分が人の身体を得て存在しているのだと教えてくれた。
そんな、私が神様を「選んで」、神様を「存在させた」、なんて。嘘の言葉だ、と疑う訳じゃないけど、夢でもみているように思える。人間がそんな芸当をやってのけるなんて信じられない。つくづくどうなってるかわからない世界だ、死後の世界って。

そしてそれをこれから私が毎日のようにする。それ以外にも加州さんを戦とやらに送り出す指示をしたり。この家の中の仕事をしたり。聞けば日々書類と格闘もしなくてはならないらしく、詳しい内容は分からずともそれたけで前途多難だなあと苦笑した。だいじょうぶかな、出来るかな、と弱気にもなる。
だけど、きっとこの神様がいればだいじょうぶ。そんな漠然とした思いあり、確信さえしてる。神様がなんとかしてくれるんじゃない。この神様の存在が、私をきっと動かす。



「綺麗みたいですし、軽く流してお湯張ってみましょうか。試しに泳いでみます?私はあまり泳げないんですけど…」
「じゃあもしかしたら、俺もあんまり泳げないかもしれない…」
「え」
「ここ、主さんの神気で出来てるんだよ。それで、俺も主さんの神気でここに形が保たれてる、から」
「…まさか私の要素が…」
「…うーんそういう傾向があるって書いてあったのみただけだから…他のやつらもいないしまだ…」
「まさか私がこのお風呂で溺れてしまうようなことであればみなさんが…」


加州さんは目をそらして沈黙した。
なんてことだ。前途多難も過ぎる。私は審神者のお仕事とやらの前に、お呼びする神様達が溺れないように泳ぎの練習をしなきゃいけないなんて。
カナヅチではないけど、楽々に水とお友達になれるほどじゃない。友達になれるかなあ、と薄っすら不安になる程度のものだ。

ああ、今晩は疲れきって布団に入ることだろうなあ。食欲も健在。ということは睡眠欲だって健在なはず。三日も眠れる体力があるならきっとそのはずだ。
お風呂で泳ぐ気満々だった私。が。
その後一通りお家の中を探索すると、お風呂を見ても察してたけど、広すぎて探索だけでくたびれてしまって結局風呂に漬かる気力ももちろん泳ぐ気力もなくシャワーのみ。その夜はぐっすりだった。

朝起きて時計もないから時間も確認出来きずにきょろきょろと困っていたら、「おはよう、主さん起きた?」と障子の向こうから挨拶されてびっくり。加州さんの部屋は真隣ではない。主さん用の部屋というのは、おそらく神様達が相部屋したりして一緒に暮らすように用意されただろう棟とは違う離れた場所にひとつ、隔離されたようにぽつんと存在していて、
聞けばなんと男神様しか居ないというらしいから、ましてや異性云々の前に神様と相部屋なんて恐れ多いにしても少し寂しい。

…話はそれたけど。タイミングがやけによくてびっくり。



「あ、あの今起きました…ごめんなさい、時計がなくって探してて…物音で起こしてしまいましたか?」
「え?…ああそうじゃないよ、夜番してたから寝てないし、むしろ今はまだ朝早すぎるけど、」
「え!?寝てない!?夜番…ってまさか…加州さん」


すぱーんと障子を開け、起き抜けで身支度をする暇もなく顔を突き合わせてしまったけれど、見苦しいとかそんなことも気にしていられない。
…まさか、この神様は、やけにこう…とは思っていたけど。そんなまさか。
神様が「主様」とやらのために、寝ずの番をした、ということなのでは?

私が疲れてぐっすり、なんてすやすやしてる間にそんなことをさせていたなんて思いたくない、でもきっと事実だろう。
けろっとしていて疲れた様子もないきょとん、としている加州さんだけど、あの言葉はそうとしか受け取れない。
私が眉を下げて困ったように見つめていると、「今は俺しかいないから、一応近時ってこで、俺がこうするのが俺の仕事なんだよ」と嬉しそうに笑った。
そんなに嬉しそうに誇らしそうにすることなんだろうか。近時、とやらは。
分からない。


「…結局は、もし他のお方をお呼びすることになっても…誰かにその仕事を任せなくてはならない、んですよね…」
「ここがいくら安全になってるって言われてても、分からないから…でも…」
「でも?」
「もしも…他のやつらが来ても…俺が近時でも…俺でも…いいなら…」



もじもじと、恥ずかしそうに、恐ろしそうに、それでも期待を持ちつつ問いかけてくる加州さんに今度こそ私は顔を歪めた。
もしかしたら今にも泣きそうだったかもしれない。

そんなの、人間が人間にやらせるのにも申し訳がない。種族や身分がどうこうの前に自分だけが楽してぐっすりの夜に相手にこんなことをさせるなんて、
そうしなければ危ないのだと、そんなことを言われてもどうしてもすんなり飲み下せそうにない。
昨日の夜寝る前に。部屋の机の上にある審神者まにゅある、とやらを読んだ。時間が許す限りはそれを眺めて頭に叩き込んだ。所々皺になっていて、加州さんが慌しく捲ったんだろう痕跡が残っていた。
きっと私が倒れたという時に、どうにかする術を探して必死に。

神様。そう、この人いくら人間臭くても、親しみがあっても。こんなによくしてくれても。神様なのだ。
私の、大切な神様なのに。
2016.6.29