第四話
1.神様と人の役割共同生活開始
「なに、言ってるか、わかってるの…?」
「……ごめんなさい、わかりません…何か問題がありましたか?」

言うと瞬間、神様は大きな声で、「問題ありすぎでしょ!本当にわからないなんて!」と声を上げると、今度は声を途切れ途切れに詰まらせて、小さく言った。


「名前で呼んで、なんて、ぜったいに、言わないで、言っちゃだめだよ、他のやつらにも、…本当は、人間同士でも…っ」
「…分からないことばかりで、困らせてしまって、ごめんなさい…それでも、知らないままでいるのも問題、ですよね」
「…、」
「どうしてそれが問題なのか、教えていただけないでしょうか。出来る限り…ご迷惑をおかけしたくありません」


頭を下げると慌ててこちらへ駆け寄って私の頭を上げさせた。
礼儀を尽くしたつもりがこんな風に駆け寄らせてしまうなんて、思いもしなかった。
どうしてこんなにも人間らしすぎる神様なんだろう。ふとした仕草や行動、言葉、意思。何度そのひとつひとつから人間らしさを感じたか知れない。

膳を置いて、和室に正座。向い合わせに和やかに食事を取っていたはずが私が言葉を吐き出すと、毎回どうにもこうさせてしまうようで。
無知は、罪とはこういうことか。いやそうじゃない、無知を無知なままでしておくことが罪だ。
今迷惑をかけても今後この人に迷惑をかけないために、私は色んなことを知らなければいけない。
たとえば、


「…真名とか、聞いたことない?」
「…あります」
「それを知られることは、その人の魂を握られること、支配されることと同じ、だから…俺達みたいな神の端くれにでも、教えたりしたら、…」
「…ああ…なるほど…わかりました。理解しました、少し聞いたことがあります」
「…」
「寂しいですけど、名前とか…言霊とかいうくらいですから、仕方ない…んでしょうか。それでも主というのは抵抗がありますけど…先程言ったように、…加州様に不満がある訳ではありません、ありえません、そんなこと」
「さ、様とか!俺なんかにそれこそ抵抗どころじゃないよ!」
「ではどうしたら…」
「呼び捨てとか、お前とか、」
「…ぶっ…さっきの私一緒…っあはは、」
「…でも主は、駄目だよ…俺のことはどうとでも呼んでいいけど主は、」
「では加州さん、でいかがでしょう。それでも恐れ多いくらいですが」
「…じゃあ、主さんじゃ駄目…」
「…ここがお互いの最低ラインでしょうか…主さん…」
「…加州さん…」


お互いテンポよく言い合いをしているうちに、さっきまでの険しさはいつの間にか掻き消えていた。
まるで初対面の同世代とだんだん同調して打ち解けて行くような感覚で、
神様と人間がおかしな話、と笑った。加州…さんも、おかしそうに笑った。
本当に、お互いがお互いの下へ、下へ降ろうとするものだからおかしい。
それでもいつまでもそうしていたら譲り合いをしてるうち、それだけで日が暮れてしまいそうだから、どちらが上に立つ者かなんて分かりきっていたとして、仕方がない。


「ご指導よろしくお願いします、加州さん」
「し、指導なんて出来ないけど…!…よろしく、主さん」
「まだまだ何をしたらいいのか、全然掴めませんけど。一緒に暮らしていくんですから、どうせなら、一緒にわくわくするような、素敵なことが見つかればいいです」



私はそうやってずっと生きてる、生きてた、そして死んだ後も、



「…本当に、嬉しいんです、今が」




逢いにきた、あとも。逢えたあとも。
2016.6.29