第二話
1.神様と人の役割共同生活開始
────まずここが2205年で異空間にある隔離された空間にあるお屋敷で私はさにわ?という役職にこの日からつくはずでその神様と暮らし日々"敵"というべきかと戦うはずで…
なんて聞かされて。
どんなふぁんたじー?と口元が引きつったけど、あれかな、人が死んだあとに死神になって人々のお迎えに行くような感じだとか、地獄に行って地獄にきた亡者相手に面白おかしく働くことになるのと一緒の役割なようなアレなのかな、と若干漫画の読みすぎなような思考回路で納得してしまった。


人間が死んだ後にどうなるかなんて、分からないからこそ、神も確信出来ないし幽霊だとか天国地獄なんて非科学的だとか、否定派肯定派とごちゃごちゃになってる。
死人にくちなし、だからね。報告に帰ってくる人がいたならこんなことになってない。

…で、さにわ?という仕事につくのが死んだ人間の死後の世界での役割だ、と。
そうなのか。さにわなんてのは聞いたことないけど。死神になれというんだったらへええ!とすとんと受け止められるのにしっくり来ない。

…そうですそうです、私は死んだんです。ええぽっくりと。寿命?
そんなもの老いてから言えることで、こんなに若くして死ぬのは可哀想だけどそんな定めだったのね、としか言えないような、
…ただのドジでまぬけな自業自得の事故死だ。足を踏み外して打ち所が悪くて死ぬなんて、みんなは嘆くよりもいっそのこと笑ってくれるといいけど。
ぽっくり楽には死ねなくて苦しんだ後だったものだから、死んだんだ、と自覚出来てしまう。
痛みも苦痛も動かしづらい所もない。
この神様のおかげかなあ、神様ってやっぱり不思議な力でも持ってるものなのかなあというか今魂だけで肉体の損傷とか関係ないとか?なんにしてもすごいなあ、と思ったりしたい所だけど。

…────この神様は大丈夫なんだろうか?
人間的にみれば愛嬌だけれど、神様としては少しハラハラとしてしまうような、要するに人間臭すぎる神様だった。
初めて対面したあの日から丸まる三日ほど眠り続けていたという私。
それを心配して置いていかれる、なんてハラハラと子供のように泣いてしまうなんて、「私はもう死んだんですから、お気になさらず」とよっぽど言いたかったけど。
この神様にそんなこと言えず仕舞いだ。死んだということはお気になさらないで、なんて言えることじゃない。例えあんなまぬけでドジな死だったとしてもだ。
神様にとっては流れ作業のようにたくさんの人の死を見てきたとしても、純粋に喜ばしいだけのことではないから、
くしゃりと顔を歪めつつも綺麗に涙を流すこの神様に、そんな言葉、言えなかった。


「…あの、お腹…すきません?」



その時小さくくう、となった私のお腹。自分の中身が空腹を訴えてるということはその瞬間まで知らなかった。
というか、そもそも死んでから空腹を感じるかなんて分からなかった。
…ここで食べたら、黄泉の食べ物みたいなことになるのかな。
盛大に鳴らなかったことは救いだけれど、やっぱり気恥ずかしくて照れ笑いしながら照れ隠しに聞いてみた。
神様が食事が必要かなんて知らないしいやいや必要ないかもとさえ思うけど、神にささげる供物という物もあるんだし、もしかしたら、と淡い期待を抱く。


「…すいた、のかな?」
「かな?…とは…」
「食べ物はまだ食べたことないから、そういう感じ分からないかも」
「…まだ?ない?…かも…?ということは、これから一緒に食べたりすることは…できますか?…ああ、あの、図々しくってごめんなさい!」


思わず自分のお腹を押さえた。馬鹿。神様を前になんていやしいのか。
死んで尚も食欲をこうも訴えるなんて、死後の世界でもやっぱり人間の機能は人間の機能ままなのか。それならば色んなことが気になりだしてくるし恥ずかしいし厚かましいし、今まで食べて来なかったのだから食べる必要がなかったからで、
こんな風に誘えばこの人は無碍にはできないだろう、だってそうだ。
この神様は、とても優しい。


「…一緒に食べて、いいの…?」
「ええと、あの、…食べてくださるんですか…?」
「…いいなら…」
「もちろん、悪いはずがありません!」
「…えへへ」



こんなに人間からの厚かましい誘いひとつで、こんなに嬉しそうにふにゃふにゃに笑う神様なんて。
いいの?なんて伺い、立てなくてもいいのに。
なんだかこちらが伺うと相手も同じくらい、いやそれ以上に下から伺い返すというキャッチボールが出来てる気がする。
…ほんとなんて神様。傲慢になったっていいはずなのに。人に触れることを恐れない。思わずといったように縋ったその手も、今も重なるその手に恐れはない。
人を好きでいてくれる神様なんだろうか。
それは私という人間さえも。



「…あの、私…今まで和食以外、あまり食べたことがなかったんです」
「…そうなの?俺まだよく分からないけど、えーと…今は洋食が主流…なんだよね?」
「どうでしょう…ここ、というか2205年のことは私もちょっと…。ううんと、なので、私に合わせていただいてしまう形になりますが…洋食、食べてみません、か。あの、この場所に食料があるかさえ分からないのですが、食べれるのであれば…あの…」
「た、たぶん食料はある程度蓄えられてるみたいだけど?」
「そう、ですか!あの、せっかくこうしてお会いできたので、この場所で…初めて食べるものを食べたかったんです、一緒に」


私が知らないことがたくさんあって、知ってたり知らなかったりすることがお互いあるみたいで、
だったら、


「初めてを共有するのって、なんだかわくわくして、素敵だと思いませんか?」


きらきらと、本当に嬉々として身を乗り出してしまってから気がついた。
…神様相手になんて私は図々しい。食料やらを要求するだけでは飽き足らず神様を食事に誘い、それで神様にこんな人間の"素敵"だとかを押し付けてまた要求する。
人間はひとつ手に入れるともっともっと、と上がほしくなる物だとは分かっていたけど。
一緒に食べてもいいよ、と頷いてもらってほっとしたらこれだ。もっと、もっと。欲しくなる。好奇心。欲求。知識欲とか物欲。空腹、食欲。
人間の欲はプラスに働くこともたくさんあればマイナスに働くこともたくさんある。
その人間の欲が神様の前には改めてとても恥ずかしくって。



「…素敵…なのかな、分からないけど、嬉しい、と思う…うん、凄く嬉しい…」



その欲が、目の人間を。ましてや神様までをとろけるほどの笑顔に変えてしまうこともあるのだから、とんでもなく嬉しくて恥ずかしい。

ああ、私、上がったり下がったり一喜一憂して忙しい。
最近はあんまり笑ってなかったかもしれない。反対に悲しんでもなく、淡々と生きていた気もする。
死んでからこんなに人間らしく一喜一憂したり欲を訴えたり、ああもうもどかしい。
ただ、腹が減るならば満たさねば。
さにわ、とやらはどうやら戦うらしいので、腹が減っては戦が出来ぬ、というやつで。
この神様のために頑張らなくては、と意気込んでいたのに。


「なに言ってんの!?主が戦う訳がないでしょ!?そんなことも忘れちゃったの!?」



また神様と、まだ神様と。かみ合わない。
2016.6.29