第一話
0.神様
「あなたは、神様ですか?」
そう問うと、目の前のその人はぎこちなく、ぎこちなく頷いた。
どこか戸惑っている様子が、思考がどこかぼんやりとしているながら、よく伝わる。
それでも頷いた彼は神様だと肯定した。
私は穏やかに心からの安堵を含めて笑う。
「やっと、逢えましたね」
私の神様。
すると彼は、くしゃりとどうしたらいいのかわからないといったように眉を下げた。
私は生まれた時から、神様に近い所で生きていた気がする。
そう言うと語弊があるか。馴染みが深かった、というべきかもしれない。
神棚をきちんとする。氏神様のところへきちんとお参りを欠かさない。厄年にはお祓いをして頂く。仏壇に毎日手を合わせる。
息を吸うのと同じように欠かさなかった"信仰"というべきそれは、まあ…
現代の人間にしたら少しだけ過度な信仰だったとは思う。ひとつの宗教にこだわらない日本人なのは私も一緒。
それでもぼんやりとした一人の神様に手を合わせ続けたのは、祖母の存在があったからだと思う。もう90をとっくに超えて世間一般にすれば長生きしていたといえる祖母。
大好きだった。
それでも逝ってしまった。
悲しかったけれどその時私は祖母の死に縋らなかった。待って、と手を伸ばさなかった。
祖母は私が大人になるまで、逝ってしまうその時まで。色々なことを教えてくれた。
「あなたももうじきの私のように、ここではないどこかへ向うのよ」、と。
当たり前のことを、当たり前に教えてくれた、優しい祖母だった。
「お、おはようございます…?」
「……ッ!」
目を覚ますと、そこには神様がいた。
神様、だとか。目の前にいらっしゃる、とか。
随分と現実味のないことが起きていて、そしてその非現実的なことをすんなりと恐れもなく受け入れている自分がいるのだびっくりするほどに自覚している。
私も結構図太いなあ…。なんで!?どうして私が!?とか気が動転するでもなくよくもまあ…。
目の前のその人と初めて目を合わせてからどうなったのか覚えてないけれど、顔を合わせてからの記憶が一度途切れてしまってる。意識を失ったのは確かだ。
私は丁寧に布団に寝かされていたらしく…ああもしかしなくても私は倒れでもしたんだろうか、と思い至る。前後の記憶がなくて布団に寝かされてる、なんて状況、それしか思い当たらない。
そうして目を開いてぼんやりとしたあと、その人にとってつけたような挨拶をした。
だって、今が朝かも夜かもそもそもここが何処なのかもよくわかっていない。
するとその人は勢いよく私に抱きついてきた。
それはもう、ハグだとか生易しいものではなくって、縋ってる、という方がしっくりくるくらいの熱烈なものだった。
…神様って随分とハイカラな格好をしてるし、洋服だし、全体的に黒と赤を基調とした服なんてどっちかっていうと真っ白な神様ってより、悪魔とかそっちの類の印象だし、
なのに怖くないし、顔も愛らしく整ってるし、俗に言うイケメンってやつだろうし、仙人様みたいな感じでもない青少年って感じ、
想像とのギャップにものすごく驚いた。
勝手によくいる仙人様のようなおじいちゃん神様が、穏やかに微笑んでどっしりと何もかも受け入れてくれるものだと思ってた。
…なのに、この神様はそして、どうだ。
「…どうしました?神様」
はらはらと涙を流して肩を震わせて人の子に縋る。
震える声で言う。
「…っこのまま、おれ、置いて、いなくなっちゃうかと…おも…っ」
惜しんだり縋ったり悲しんだり不安になったりもしかしたらの未来が怖かったり。
なんて人間臭い、可愛らしい神様だろうか。
「そんなこと、あり得ませんよ」
だって私は。
「あなたに逢うためにここに来たんでしょう?」
人は、きっといつしか神様に逢いに行くために生きている。
なんて言ってみると物凄い偏りすぎた人生観だ。
いくら信仰…というのかもわからないけれど、ぼんやりとした神様に何度手を合わせても。見えないものは確信出来ないでいた。
当たり前のように、漠然とその類に縋るようではただの盲目でしかない。
何かひとつの祈りがあるからこそ、たった一人の確かな神様に人は祈るんでしょう。
それでいうと、私はたった一つの祈りもなくたった一人の神様も見つけられないままでいた。
わからないまま手を合わせた。
そんな事実はないのかも、と思っても、いた。
神様なんていない。神様はいないから人間はこんなにも理不尽に苛まれているんだろう。神様が人間に手を差し伸べてくれた時なんていつあった。
そう言われたら否定できるはずがない。科学で証明できるようなことではないんだから、
そうだ。
信じれば救われる。まさにそれ。
人は、…いや私は、いつしか神様に逢いに行くために生きている。
…今は確信できる。
やっと出来た。私の神様に。
確信したといいつつも、今更ながらこれが夢なんじゃないのか、幻なんじゃなとのかと疑ってきてしまう。
もしこれが夢ならば確信もただの夢の中の幻だからね。今度はこれが夢じゃないことを確信しなきゃいけないのかややこしい、と笑った。
慌てたり急いたりしないのは、これが夢でも幻でも本当は神様なんていなかったとしても、どっちでも良かったからかもしれない。
ただひとつの祈りさえ、信念さえあればそれでいいと思える。
「それで、申し訳ないのですが、ここが何処だか教えていただけませんか」
私に縋り続ける神様に、いつまでもこうしてる訳にもいかないと、どれくらいの時間が経ったのかも分からなくなるほどの長い沈黙を破り。おずおずと問いかけてみた。
すると神様は絶望したような表情をするものだから、なんて人間臭いのか…と、
呆れるというよりは微笑ましく、どんどん親しみがわいて行くのを感じた。
目の前の神様が悲しんでいても泣いていても、子供がそうする時のように微笑ましく思ってしまうなんて、どういうことだろう。
見渡すとそこに昔ながらの日本家屋の一室が広がる。まだ新しい畳に汚れ一つない障子。
和式の布団に私は和服…寝巻きのようなゆとりあるものを纏い眠っていたらしい。
色は紺で、所々に淡い桜色の花柄が散りばめられてる。
例えば真っ白で寂しい一色じゃなく、華やかとも言えるそれに少しだけ驚いた。
…さて、疑問は尽きない、けど。だからこそ私はこれからこの神様に導いてもらわなくちゃ。
とりあえずここが何処だとか、私はこれから何したらいいのかとか、どうしたらいいのか、どこへ行けばいいのかとか色々と教えてもらって────
「…なんで…、忘れちゃった、の…?」
…教えてもらって、何かしら動かなければいけないと思ったのに。
…忘れちゃったの?なんて絶望されてしまっては私も絶望したくもなる。
私は何も知らないはずなのに、
まるでこの場所が何で何処でどうするのかなんて知っていて当然なはずだろう忘れたのか馬鹿なのか?と言われてるような物なんだから。
「…しり、ません…?」
忘れたという事実もないのだから、知らないと言う他ないよね…と曖昧に言うと、神様は穏やかなんてものはとっくに捨てて、耳に痛いほどに絶叫した。
この瞬間からが、人間臭すぎる私のただ一人の神様と、たくさんの神様とのおかしなおかしな日々の始まりだった。
0.神様
「あなたは、神様ですか?」
そう問うと、目の前のその人はぎこちなく、ぎこちなく頷いた。
どこか戸惑っている様子が、思考がどこかぼんやりとしているながら、よく伝わる。
それでも頷いた彼は神様だと肯定した。
私は穏やかに心からの安堵を含めて笑う。
「やっと、逢えましたね」
私の神様。
すると彼は、くしゃりとどうしたらいいのかわからないといったように眉を下げた。
私は生まれた時から、神様に近い所で生きていた気がする。
そう言うと語弊があるか。馴染みが深かった、というべきかもしれない。
神棚をきちんとする。氏神様のところへきちんとお参りを欠かさない。厄年にはお祓いをして頂く。仏壇に毎日手を合わせる。
息を吸うのと同じように欠かさなかった"信仰"というべきそれは、まあ…
現代の人間にしたら少しだけ過度な信仰だったとは思う。ひとつの宗教にこだわらない日本人なのは私も一緒。
それでもぼんやりとした一人の神様に手を合わせ続けたのは、祖母の存在があったからだと思う。もう90をとっくに超えて世間一般にすれば長生きしていたといえる祖母。
大好きだった。
それでも逝ってしまった。
悲しかったけれどその時私は祖母の死に縋らなかった。待って、と手を伸ばさなかった。
祖母は私が大人になるまで、逝ってしまうその時まで。色々なことを教えてくれた。
「あなたももうじきの私のように、ここではないどこかへ向うのよ」、と。
当たり前のことを、当たり前に教えてくれた、優しい祖母だった。
「お、おはようございます…?」
「……ッ!」
目を覚ますと、そこには神様がいた。
神様、だとか。目の前にいらっしゃる、とか。
随分と現実味のないことが起きていて、そしてその非現実的なことをすんなりと恐れもなく受け入れている自分がいるのだびっくりするほどに自覚している。
私も結構図太いなあ…。なんで!?どうして私が!?とか気が動転するでもなくよくもまあ…。
目の前のその人と初めて目を合わせてからどうなったのか覚えてないけれど、顔を合わせてからの記憶が一度途切れてしまってる。意識を失ったのは確かだ。
私は丁寧に布団に寝かされていたらしく…ああもしかしなくても私は倒れでもしたんだろうか、と思い至る。前後の記憶がなくて布団に寝かされてる、なんて状況、それしか思い当たらない。
そうして目を開いてぼんやりとしたあと、その人にとってつけたような挨拶をした。
だって、今が朝かも夜かもそもそもここが何処なのかもよくわかっていない。
するとその人は勢いよく私に抱きついてきた。
それはもう、ハグだとか生易しいものではなくって、縋ってる、という方がしっくりくるくらいの熱烈なものだった。
…神様って随分とハイカラな格好をしてるし、洋服だし、全体的に黒と赤を基調とした服なんてどっちかっていうと真っ白な神様ってより、悪魔とかそっちの類の印象だし、
なのに怖くないし、顔も愛らしく整ってるし、俗に言うイケメンってやつだろうし、仙人様みたいな感じでもない青少年って感じ、
想像とのギャップにものすごく驚いた。
勝手によくいる仙人様のようなおじいちゃん神様が、穏やかに微笑んでどっしりと何もかも受け入れてくれるものだと思ってた。
…なのに、この神様はそして、どうだ。
「…どうしました?神様」
はらはらと涙を流して肩を震わせて人の子に縋る。
震える声で言う。
「…っこのまま、おれ、置いて、いなくなっちゃうかと…おも…っ」
惜しんだり縋ったり悲しんだり不安になったりもしかしたらの未来が怖かったり。
なんて人間臭い、可愛らしい神様だろうか。
「そんなこと、あり得ませんよ」
だって私は。
「あなたに逢うためにここに来たんでしょう?」
人は、きっといつしか神様に逢いに行くために生きている。
なんて言ってみると物凄い偏りすぎた人生観だ。
いくら信仰…というのかもわからないけれど、ぼんやりとした神様に何度手を合わせても。見えないものは確信出来ないでいた。
当たり前のように、漠然とその類に縋るようではただの盲目でしかない。
何かひとつの祈りがあるからこそ、たった一人の確かな神様に人は祈るんでしょう。
それでいうと、私はたった一つの祈りもなくたった一人の神様も見つけられないままでいた。
わからないまま手を合わせた。
そんな事実はないのかも、と思っても、いた。
神様なんていない。神様はいないから人間はこんなにも理不尽に苛まれているんだろう。神様が人間に手を差し伸べてくれた時なんていつあった。
そう言われたら否定できるはずがない。科学で証明できるようなことではないんだから、
そうだ。
信じれば救われる。まさにそれ。
人は、…いや私は、いつしか神様に逢いに行くために生きている。
…今は確信できる。
やっと出来た。私の神様に。
確信したといいつつも、今更ながらこれが夢なんじゃないのか、幻なんじゃなとのかと疑ってきてしまう。
もしこれが夢ならば確信もただの夢の中の幻だからね。今度はこれが夢じゃないことを確信しなきゃいけないのかややこしい、と笑った。
慌てたり急いたりしないのは、これが夢でも幻でも本当は神様なんていなかったとしても、どっちでも良かったからかもしれない。
ただひとつの祈りさえ、信念さえあればそれでいいと思える。
「それで、申し訳ないのですが、ここが何処だか教えていただけませんか」
私に縋り続ける神様に、いつまでもこうしてる訳にもいかないと、どれくらいの時間が経ったのかも分からなくなるほどの長い沈黙を破り。おずおずと問いかけてみた。
すると神様は絶望したような表情をするものだから、なんて人間臭いのか…と、
呆れるというよりは微笑ましく、どんどん親しみがわいて行くのを感じた。
目の前の神様が悲しんでいても泣いていても、子供がそうする時のように微笑ましく思ってしまうなんて、どういうことだろう。
見渡すとそこに昔ながらの日本家屋の一室が広がる。まだ新しい畳に汚れ一つない障子。
和式の布団に私は和服…寝巻きのようなゆとりあるものを纏い眠っていたらしい。
色は紺で、所々に淡い桜色の花柄が散りばめられてる。
例えば真っ白で寂しい一色じゃなく、華やかとも言えるそれに少しだけ驚いた。
…さて、疑問は尽きない、けど。だからこそ私はこれからこの神様に導いてもらわなくちゃ。
とりあえずここが何処だとか、私はこれから何したらいいのかとか、どうしたらいいのか、どこへ行けばいいのかとか色々と教えてもらって────
「…なんで…、忘れちゃった、の…?」
…教えてもらって、何かしら動かなければいけないと思ったのに。
…忘れちゃったの?なんて絶望されてしまっては私も絶望したくもなる。
私は何も知らないはずなのに、
まるでこの場所が何で何処でどうするのかなんて知っていて当然なはずだろう忘れたのか馬鹿なのか?と言われてるような物なんだから。
「…しり、ません…?」
忘れたという事実もないのだから、知らないと言う他ないよね…と曖昧に言うと、神様は穏やかなんてものはとっくに捨てて、耳に痛いほどに絶叫した。
この瞬間からが、人間臭すぎる私のただ一人の神様と、たくさんの神様とのおかしなおかしな日々の始まりだった。