第九話
連れ去られる警察犬からテロリストへ
清々しい朝が来た。太陽の光がよく入り込むこの部屋は大人数で住むとなれば手狭だと、私一人居るだけで取るスペースが違うからと心配していたけれど。
引越ししてきてから数日とても楽しく心地いい空間だなあと嬉しく思った。
大家族ってこんな感じなのかなあって思う。部屋争いはない。
私自身自室というのにもこだわらないし、同姓同士で同室になったら?と提案されて歓迎してくれた笑顔がまぶしい夏輝ちゃん。
野羅唯一の紅一点だったけれど、女友達が増えて嬉しいと喜んでくれて私も本当に嬉しい。
朝から「おはよう」「おはようっス!」と挨拶するだけでなんて楽しいんだろうと、まだなんとなく友達と合宿気分なんだけど。そのうちただのお泊りじゃなくて同居人、という当たり前の楽しさや喜びに変わるのかな、と思った。
ここにきて順応力が高くなってるなあ私、というかよっぽど夏輝ちゃんが私は好きらしい。憧れの女の子が、同世代の友達が、心から嬉しいらしい。



「このド変態親父」
「娘相手にんなこと考えっかバーカ!」



居間から朝からとんでもない会話が聞こえてくるけどスルーして台所に立つ夏輝ちゃんの隣へと向かう。



「あの、私も手伝っていい?」
「ハイ!勿論!わー、自分女の子とお料理って全然したことなくて…!」
「私も!あのね、凄く嬉しい」
「自分もっスー!何作りましょうか」
「和風?洋風?」
ちゃんはどっちが得意なんスか?」
「どっちもそれなりに出来るけど、やっぱり洋食の方が手軽かな」
「じゃあ朝は洋食で、夜は和食ってどうっスかね?」
「うん!その方がいいね。昼間はその時々でいいかな」
「ハイ!」



話の弾むこと弾むこと。お料理の些細な提案をするだけで、一緒に悩むことで、
ただ隣り合わせで料理するだけのなんて幸せで楽しいこと。
そして夏輝ちゃんがほんと和みで癒しで日々割りと荒んで生きてきた私の心が一気に潤う。
荒むというか男性恐怖症だったというのにほぼほぼ男性しか居ない環境でよっぽどストレスだったんだろうと思う。
そして懐っこくてとてもいい子なこの夏輝ちゃんだったからこそ本当によかったんだと心から思う。
楽しく和やかにわいわい会話して、お味噌の濃さがどうとか味付けの好みとか分担を決めたりとか、他の家事炊事のことも含めて和気藹々してる中でも居間では父親と息子が親子喧嘩(というかじゃれ合い?)してるみたいでここ数日毎朝のことだなあ、と頭の隅っこで考える。
最早夏輝ちゃんという女の子と料理という作業を前にいちいち聞き耳なんて立ててられない。
そうこうしているうちに二人の合作が完成の兆しを見せてきて、もの凄くいい仕事をしたと高々朝ご飯の軽食を作ったくらいで一年分の仕事をこなしたくらいの達成感を感じて、私本当に寂しく餓えたカラカラの枯れた日々を送ってたんだなあ…と涙がほろりしそうになった。我ながらのこと。


「毎晩毎晩性懲りもなく女部屋に入る…とか」
「その目ヤメロ。誤解だっつってんだろなっちゃんにもにも聞いてみろよ。…つーかなっちゃんは知ってたけど、家事とか料理出来たんだなあ、流石俺の…」
「オッサンとなんの関係もないだろ。……、料理なんて一度もやったことないよ、やりたがってもやらせたことない」
「は?なんで?過保護?ブラコン?」
「にーにの過保護もだけど、包丁持ってる時にアレ、起こされても危ないからって。…なのに…」
「いい包丁さばき。あれ一朝一夕じゃ出来ないと思うけど」
「……」
「誰がどこでに料理なんてやらせてくれたんだか。こっそり隠れてやってたとか?一人で食べてた?好きな男に差し入れとか────」
「オッサンってなんでもそういう所に結び付けたがるよねオッサン」

「ご飯できたっスよー」
「夏輝ちゃん私鍋とか洗っちゃうから、えと、並べるの任せてもいいかな…?」
「了解っス!今日はちゃんが洗い物担当で、明日は交代とか!」
「あ、それもいいね。じゃあそうしよっか」
「ハイ!…あれ?なんの話してたんスか二人とも…」

「…吐きそう…」
「ええええ遥さん!?えっああ袋ッ」
「いやなっちゃん、多分女の子二人の砂糖具合がアレでアレだったから、うん、心配しなくて…いいよ…将来がちょっと心配になるけど…」
「はい?え?砂糖?今日は出し巻き卵なんスけど…」
「…なっちゃんはそのままでイテネー」
「あ!弥太郎の身体でそんな熱々のお茶は、」
「あっつぅぅ!」
「あー!もうなんで何度もー!わああ弥太ああ今お水持ってくるっスから!」
「色々自重しなよオッサン」
「……ッ!」



ズルン、と弥太郎くんの身体から抜け出した何か…というか中の人を台所から垣間見てしまい苦笑した。
熱い!とか自業自得して自分だけ火傷した身体から逃れて弥太郎くんに痛みを押し付けるなんて我が父親ながら鬼の所業、と思ったりして。洗い物もちゃっちゃか済ませて朝ご飯を一緒に囲む。

こうして私が賑やかにしている反面で洋兄も葛藤しているんだと分かっていても、それによって洋兄にも大切な人達が出来て、それはとても兄にとって幸せなことで、…なんて。それは結果論であって。今悩み苦しんでる兄はどうでもいいのかと言われたら、そうだね、私は酷いのかもしれない。
あちらを立てればこちらが立たず。洋兄の下へ行けば遥がそうなり、遥の下へ来れば洋兄がそうなる。
難儀だなぁ、といつかの父のような苦笑が漏れる。

いつかまた洋兄と再会した時どんな風な言葉をかけようか。まだ見ぬ洋兄の大切な人達に私はいったいどうやって笑えるだろう、と思いを馳せて、また曖昧にどちらつかずに笑った。
2016.1.28