第八話
連れ去られる警察犬からテロリストへ
「将来相棒を選ぶとしたら誰がいい?」と兄二人に世間話のように聞かれたことがある。
洋兄は「緒方以外誰でもいい!」とストライキしたら荻さんという今のよき相棒がやってきて、遥も緒方柚樹という犬大好きな彼を断固拒否した。
男同士ならああも愛情表現されればうざったいのかなああ絵面はあんまりそういうフィルターでも働く人じゃなきゃよくないかも、と思いつつも、男だ女だ以前にああいったスキンシップに反発心も起きない人間で、男性恐怖症が無ければむしろ好ましいと思っていた性質なので。フレンドリーでよい。

その時。

「…緒方さんが、いい」


ぼんやりと長考した上で、独り言のように呟く。それを当たり前に自分達への答えとみなした兄二人の動揺のしっぷりったら。警察にいる犬という犬がストライキを起こしたほどのうざい愛情表現の犬馬鹿、緒方さん。
犬馬鹿がどう以前に性格もうざいだとかなんだとか言われるけど、人好きのする性格だと思うしなんだかんだ言いながらみんな緒方さんのこと好きだったり人として尊敬してたりするのは知ってるし。
おずおずと「どうして!?頭でも打ったのか!?」と混乱する洋兄に揺さぶられながら遥に凄い目で見られながらそう弁解した時の答えは…


「人間として以前に…警察犬として本当にあいつを、相棒にしたいと思うのか…?」


…という、どれだけ嫌われてるの緒方さん、と同情してしまうような顔面蒼白になった洋兄の言葉だった。口に出さなくても気持ちは遥も一緒らしい。
人間としてはともかく、その拒絶っぷりは秘密警察犬としては、でしょう。曲りなりにも私達は狼という名の犬だから。
例え狼男、女といえど普段人の形をしているのに、
彼の目にはわんちゃんのフォルムにしか映らないらしい、ということで。
犬にわしゃわしゃするようにされるのはごめんだ、と言うことらしくて。しかも同姓だということで。複雑だしうざいしだということで。

それでも。
どれだけ私が彼を好ましく思い相棒にするなら彼だと心から思っていても、
矛盾するようだけど私が彼を指名することは未来永劫ありえない。彼本人に指名してして!と言われた時も断ったし「三人揃って素直じゃないなあ」と泣かれるけどある意味それは素直で素直じゃない。彼には将来素敵な相棒ちゃんがやってくるんだから、とわかってたから、素直にそうなってほしいと思う自分に従っただけで。



「……元気かなあ…」




…なんでこんな思い出が蘇ったのかといえば、私にはついぞ秘密警察犬として相棒が出来なかったなあ、とあそこを出てきてからハッと気がついてしまったから。
…ええと、存在するはずのない三人目の警察犬につく相棒なんて誰だか想像できないし、あんまりそれは好ましくないと思うのである意味断る口実…というには荒々しいけど、よかったとも思ってる。出てきて。
連れ出されなかったら洋兄になんとなーくついて行くか、一人秘密警察犬残るか。残ったら私にはそろそろ相棒をつけなきゃならない。今まで拒絶してきた時間は長い。

ので。残念だとは思う。けれど。









「………、」
「…?どうしたっスか?弥太。さんがなにか、」
「…なんでもないよね?弥太郎」
「……ええ、と……」



野羅の組織に自ら参加。というか兄に無理やり突っ込まれた。
それをすんなり了承してしまったんだから私も自ら参加したに等しいかな、と思うけど…もしかして歓迎されてない?と首をかしげてしまう事態が発生。
どこかで見たことがあるお家に通された。至って普通の一般的な住宅で、何部屋か小さな部屋があるだけのアパートの一室。
そこで本来いないはずの一人が増えて結構狭くなるのかな、部屋割りどうなるのかな、とぼんやり考えていたら。

野羅の一員である弥太郎くん、というメガネの彼が無言でじーっと目を細めてこちらを見ていた。彼にしては何か様子がおかしい、気が、と昔の記憶を掘り起こしていると、遥が意味深なはぐらかしを見せた。なに、それ。
夏輝ちゃんは本当に何も思わないようで同姓で同年代の大歓迎してくれた。
のに、これはなんだろう…?

はぐらかされてしまった以上この兄から無理に深追いして聞き出そうなんて勇気もやる気もないけど。隠したいんだったら隠したいんだろうし。
それでも理由が分からない。
そんなことがあって首をかしげても変な所でまあいいか、という楽観的すぎる割り切りで流して、夜。

とりあえず落ち着くまでここに部屋で寝起きして、と与えられた部屋に、
弥太郎くんが侵入してきた。一瞬ぎょっとしてしまったけど…いやいや。いくら彼が沈黙を守る中で、心のうちでどんな酷い妄想を繰り広げていても弥太郎くんはそんな夜這いまがいなことはしない。あくまで紳士な変態さんなので。心がいつでも筒抜けな遥には行動を起こさなくても妄想だけでモヤシのくせに我慢ならない殺意に揺さぶられて何度も未来殺しかけてるはずだけど。
じゃあこれは…

聡明さんか…な。彼の中には別の人格が入り込むことがある。彼は「器」というその役割を任され許容してる人物なので、普段は器として一言も喋らない。
弥太郎くんがそれをしないというなら、中身に入り込むあの人ならやるだろうと想像がつく。この世界の未来の記憶はもう鮮明には残ってなくても彼に関しては多すぎるくらいに鮮明残ってる。なんせ私の……あれだから。

なんのご用か、ただの友好的な自己紹介か。
それとも…と思うと怖い。
ただでさえ異性だし、知ってたとはいえは初対面だ、器の弥太郎くんにも中身の彼にも男性恐怖症は十分に過度なくらい発動する、これは前世から引きずった一種のどうしようもない病で、あの日遥のおかげである程度改善したとはいえ完治とは遠い。
あの妹はどこでこんなトラウマ植えつけられたのか、と真剣に兄二人が議論しても原因なんて出てこない。心でも読めたなら、私の毛髪から読み取ったなら、もしかしたら分かるだろうけど。

────聡明さんが弥太郎の体で口を開く、


「お前、静かだなあ。…あの時はマグレかと思ってたけどなんだ、やっぱりずっとそうなのか、はー」
「……?、……」
「あ、ビビッて声出ない?……うん静か。…ほんと…こんなんさ、俺達からすりゃ喉から手が出る程に…、」



弥太郎くんが…というか中身に入ってる彼が弥太郎くんの体を操ってる状態なので、
中身の意思で弥太郎君の手が伸びる。私は過剰なくらい肩を震わせて後ずさりした。
すると苦笑した「彼」は一歩ずつ下がってくれて、両手を無害アピール。
気さくなこの動作は弥太郎くんの印象からかけ離れていて、やっぱり、と発言からも身振り手振りからも確信してしまった。

いったいなんの御用で、というかその言葉の意味ってもしかして、と思うも。


「…一つは、全てにはあたえられない、だからこれでいい」
「……あ、の……」


この言葉についてはよく分からない。
私が、静かだと彼は言った。その言葉の意味、もしかしたら分かる。いやそうだとしか思えない。兄二人がいつまでも分かりたがってるのに私の一種の病気の根源が分からなかった理由は?
なんでも分かる力を持っていながら分かろうとしなかった、妹のプライバシーの尊重でもなんでもなく、遥でさえ分からなかった訳。分からないフリじゃなかったらこれは確実。
────もしも分かってしまっていたなら、私の前世だとか「この世界」という知識だとか考えだとか思いだとか、筒抜けになってしまっていたら。
きっと彼らは今のようには私に接しないと思う。いくら洋兄といえどきっともう少しアクションがあるはずだし遥もきっともっと違った。
答えはひとつ。
きっと遥には私の心が読めない。そして洋兄でさえ毛髪から探ることは出来ない。そして目の前の「彼」は私が静かだというのなら、多分、そのはずで。

秘密警察犬能力の無効化。そんな体質を私が持ってしまっているとしたら、だからこそ昼間弥太郎くんと顔合わせした時にああいう反応をされて、遥がはぐらかしたのだとしたら────。



「おー可愛いねー、息子っつーのはなんとなくアレだけど、娘っつーのはいい感じ」
「………、」
「……お、わかんねーよな…あー…俺は、」
「────おとう、さん…」



にこにこと上機嫌そうに笑いながら言う彼の言葉を遮って言葉を被せた。
それに対して目を見張った彼にもう一度おずおずと同じ言葉をかけてみた。


「おとう、さん、でしょ」



すると困ったように笑って、「降参!」と手をヒラヒラさせて彼はどっかりとその場に胡坐をかいた。

私は弥太郎くんの中身に居る「彼」が実の父親なのだと知っていた。
そして女の子大好きと言っていたのも反則業で知ってる。
そんな彼だから決して息子が可愛くないんじゃないんだろうけど娘っていうのは素直に喜べるものなのかなと思った。
心の中がもし読めないのなら素直に先入観なく私が「娘」なのだと。

能力の無効化。私はその事実にとても安心した。自分の中身が筒抜けになるのは誰だっていい気持ちじゃない、けれど。
彼らに対してだけはそれは許されないことだ、でも嫌がろうとなんだろうとそうにしかならない、心を閉ざす術なんてどこぞの世界の人じゃないんだから持ってない、と。
遥が私の心を分かっているのかどうなのか触れずに目をそらしてもしかしたらと思うと泣きそうになりながらも誤魔化して生きてきた。
それがどれだけ嬉しいのか、安心したのか。肩の荷が下りたか。

彼らは知らなくていい。彼らはなんにも、どんなことでさえ私の中にある物、知らなくていい。それは知識でも私と言う生き物の思想、感情、価値観、見える世界、前の世界の全てさえも。
私は静からしい。何も、聞こえないらしい。それがとても嬉しい。
どれだけ独り善がりな理由だろうと、安心して泣きそうになってしまう。



「お前がこんな風だから、きっとアイツは…」



難儀だなぁ、と独り言のようにぼやきながらくしゃくしゃと私の頭を撫でる彼に、恐怖だとかそういう物は一切わいてこなくて、ただボロボロと泣く。

理由も口にせずに心も読めず、静寂を保ちながら意味も分からず泣きじゃくる私に対して彼がどう思っているのかは知らない。
私は彼と幼い頃一度だけ会ったことがある。ドキドキしながら彼を見ていたら、
今と同じように悪意なくわしゃわしゃと頭を撫でられて、あの時は恐怖症が一番酷い時期で思わず泣き喚いてしまったことがあって。
桜の樹の下、兄二人と私とでお花見、遥も泣いて、私も泣いて。通りかかった彼は今とは違う姿で同じようにな手つきと目で私へと。

私は覚えてる。それこそを知ってほしくなくて、知られることが無いんだと、酷く歪んでる思考回路だと思いながらも泣き笑いした。
2016.1.28