第三話
1.生まれ生きる

これもまた余談だけれど、私も遥と同じアルビノとして今世で産まれてしまったということについてのこと。

元平たい顔族の黒髪黒目の現代日本人としては結構な違和感だけれど、
だからこそ自分の顔とは思えない。そして顔面偏差値が因幡の遺伝子をよく引き継いで向上しすぎてるのを自覚してる。
ナルシストというか、これはもう別人だと思って過ごしてる。
ので、アルビノだ、異質だ、見慣れない、というような好奇の視線は常に向けられるけど気にならなかった。
というか一番気になるのは、アルビノはそうホイホイ生まれるんじゃない。
遥はたまたまそう生まれてしまっただけの、元々そういった色を持った血族という訳でもない偶然の産物…という言い方もあれだけれど。とにかく「偶然」で。
それを次に生まれた妹がまた「偶然」を引き起こしてしまったなんて、どれだけの確率だろうと気になる。
────いや、確率云々よりも絶対に遥と私は何か因縁があるんじゃないかと踏んでる。
洋兄の赤髪も結構だと思うけど、私もどうせなら洋兄の赤髪の方がよかった。
顔面偏差値高すぎる遺伝子引き継いだだけでも結構なのに、毎朝鏡に映る「自分」の姿が眩しいこと目に痛いこと。
再三言うけどナルシストのナルちゃんではない。流石因幡さんちの子、綺麗だなあと毎回思うけれど諦めた。

そして警察犬としての幼少期からの厳しすぎる、というか凡そ小中高生が習うような分野ではないぶっ飛んだお勉強も、達観して見られたし、前世のある程度のスペックがあったのでただの子供よりは、要領よく出来てる気がする。


「んー…」




今日も今日とて使われない会議室を許可を取りお借りしてお勉強。
狭すぎるのも広すぎるのも落ち着かないという理由でいつもここを選んでる。日当たりも良い。
勉強の要領が掴めてるといっても、内容は自分にとって未知の分野すぎて優秀とは程遠い。
そしてある程度成長すると拳銃を扱うための訓練だって始まるくらいの未知のお勉強。座学だけならなんとかなる気がしたけど、
私と同じ虚弱体質の遥は発砲した瞬間、反動で脱臼した。ので、私もそのうち分かっていながら脱臼覚悟で訓練場へ足を踏み入れなければならないのかとなると、もう今にも痛くて死にそう。

…とりあえずまあ、今の所は何事もほどほど。生まれ変わってからの新たな環境にも慣れて兄にも慣れ警察という組織にも耐性がついてきて、男性恐怖症も少しだけ、…ほんの少しだけ、なら、マシになり、…そこは嘘ついた。全然マシになってない。
でも段々と年月が経ち身体は大人になってきて、
そのまま…

────遥という兄の存在だけには私は慣れないままだった。
いつものことだと目星をつけたのか会議室をノックもなしに訪ねて来た遥は躊躇無く詰め寄ってくる。といっても高々机の向こう程度の距離だけれど例のアレの発動条件は揃ってしまってる。



「ひぃっ」
「ひぃって。お兄ちゃんに向かって結構な返事だね。…にーにがご飯に呼んでる、行くよ」
「う、ん…」
「カツ丼か親子丼だったらは?」
「……警察で、カツ丼って…なんとなく…」
「ふうん、僕はうどん食べるけど」
「え」



……その丼二つ以外の選択しがあるなら私はパスタがいいよ遥…。なんだったんだろう、今の聞いただけ?聞く意味あったのかな?なんの嫌がらせ?意味不明さに思考停止してしまってイスから立ち上がりかけた状態からバランス崩して盛大に転んだ私が可哀想だ。
…それは自己責任です人のせいにしてごめんなさい。

…こんな風にマイペースな掴めない下の兄に振り回されてばかりだ。いつまでも慣れないし、慣れられる予定も無い。予定は未定。
勉強も強制終了させられてバサバサと机の上のノートも資料もペンも何もかもを手際よく一纏めにして、トートバックへと突っ込み、それを片手で抱えて、もう片手でズルズルと私の腕を引き食堂へと向かう。
恐怖症が発動してる私というモヤシ程度が抵抗出来るはずもなく、成すがまま。
変に抵抗すればモヤシ同士お互い自滅(怪我したり心臓止まる)だけだと滑稽な結末は見えてるのでこういうどうしてもの時は力技ではなく睨み合いで勝敗をつけるのが暗黙の了解だった。勝った試しは未だにない。

……どうせ行かなかったとしても洋兄が可愛く頬を膨らませながら、または半泣きで駆け込んでくるに違いない。たまに洋兄を盾にして操られてる気がするけど、まあ、なので。とりあえずはこれで結果オーライ。…なんだけど…。



「遥〜〜こっちこっち!こーちっだぞーーーーぅ!」


食堂に私達の姿が見えるなり、おあずけ状態を永遠と食らってしょんぼりしてる犬だった洋兄が、満面の笑みで手を振るものだから。もうこんなの盾に取られたらたまった物じゃないとしみじみと思った。良心の呵責…。
亀の歩みなモヤシ二人でごめん、相当待たせてごめん、と心の中で謝りつついつものこの食堂での定位置のようになってる一番奥の窓際、角の席につく。



「にーに結局どっちにしたの?」
「間を取っていくら丼!」
「…間……って…いったい…」
は何にするんだ?にーにがケーキ買ってやろうか?遥は何がいい?」
「僕はうどんとアイスがいい」
「………」



パスタとコーヒーゼリー、と言っていいのか非常に迷った。
間を取って、という発言から何も読み取れない。事前になんの打ち合わせをしてたんだろうこの兄二人は。空気を読みたくても読めるはずがないのに。
今度は私がおもちゃを届かない所にやってしまって困り果てた犬のようにぐるぐると悩み続けた。同じように項垂れるしかない。

そして心を読んだかのように「パスタとコーヒーゼリーが良いんじゃないかな、にーに」とか洋兄に告げた遥にあんぐり。
本当に心を読んだ読心術か、としか言えない。パスタは女子好きだから、という適当な偏見だとしてもピンポイントでコーヒーゼリーって。
少しだけ背筋が寒くなった。

……そう。私は未だに遥に聞けないで居ることがある。一番聞きたいけど怖くて聞けるはずの無いことだ。
「なんで私の手を取ってくれるようになったの?」「なんで優しくしてくれるの?」「なんでこんなに妹扱いしてくれるの?」「なんで近くに居てくれるの?」



「なんで」




まるで私の心が読めるかのように、時々鋭く欲しい物を差し出してくれるのか。
いつもいつもではないけれど、例えば今のコーヒーゼリーみたいに。
びっくりして目を丸くすると得意げに少しだけ笑う遥。微笑ましそうにそれを見る洋兄。
分からない。聞けない。聞いたら自分は戻れないような気がする。
だからこそ。

「"まるで"自分の心を知られている"みたい"」で、曖昧にいつまでもお茶を濁していようと思う。
私は周りの人間も自分自身もよくよく知っての通り、強い人間ではないのだから。

上の兄、洋は毛髪から人間のデータを読み取る。下の兄遥は…
人の心を、指一つ動かさなくても無条件に読み取ることが、出来る。遥が聞きたくなくても絶対に聞えて止まない心の声。二人のそれは秘密警察犬としての特殊能力。
もしかしたら洋兄にも私の毛髪くらい拾われてるかもしれないから、同じことは洋兄にも言える。
でも今この瞬間の葛藤さえも、と思うと。
どうしても怖くなる。自分の疚しさが知られてるということが。自分という存在の根源を知られてるという事実が。知りたくなんてない。曖昧にしていたい。





洋兄はきょうだい三人で食事をする時に、必ずテーブルの向こうに一人で座る。
そして私達二人、隣りあわせで座る弟と妹を真正面で見つめて笑って話して時には私達の好物の何かを分けてくれたりする。それこそ偏りなく私達二人共平等に。
お兄ちゃんだ。どちらかを隣に座らせて贔屓するんじゃなく、二人を見つめてくれてるという姿勢の現れがテーブル越しのその時間が、一番顕著に形になってる気がする。

兄は笑う。「弟と妹が可愛いんだ」と。兄は言う。「二人が仲良くしてくれて嬉しいし、ちょっと仲間はずれにされんのは寂しいけど、幸せだよおにーちゃんは」と。
遥は無言で行動で、差し出す手で私に語る。

私は言葉にも行動にも一切できず、「心」だけで思う。
────兄達のソレが、今とても幸せで幸せで暖かくて優しくてそれでいて、
残酷で怖いんだと。

2015.11.26