第十五話
原作始まった人見知りじゃないけど人見知り
洋兄のもう一人の助手である金髪女装少年、優太くんにより、弥太郎くんの身体からおとーさんがズルリと抜け出た。
すると意識は弥太郎くん本人に戻り、いつの間にか知らぬ場所へとやってきていた混乱から銃を構えつつ警戒する。


「なんか自分の状況理解してませんね」
「ビーフジャーキやるから物騒なものしまいなさい」
「怖くないよ」


鉄砲構えられたというのに洋兄はともかくとして一般人なはずの助手くん二人ものほほんとした物で少し笑ってしまう。


「弥太郎くん」
「!」
「やっほ」
「どうしたお前、と一緒に迷子か?」
さんは因幡さんのとこに用事あって来たんじゃないの?」
「ミルク飲むかな」
「捨て犬保護したみたいになってるけど優太くんはともかく因幡さん片方妹さんなの覚えてるよね?」


物凄く警戒して毛を逆立ててる弥太郎くんが哀れだったので目の前に現れるとちょっと安心した様子で、でもすぐ自分の背の後ろに庇うようにして私を隠す。
…本当に過保護だ。野羅の人たちはすぐ私をこうして何事からも守ろうとする。
モヤシだから遥と一緒で戦闘力にはならない。でも遥と違って私は頭脳にはなれないし、せいぜい家の家事をしてるだけ。
それでもそもそもソレは夏輝ちゃんだけで事足りるはずで。果たして私だけの貢献という物が日々あるのか。
むー、と悩むんでるうちに「お前って喋れないの?」とビーフジャーキーをモリモリと食わされながらも無言を貫く弥太郎くんに、洋兄は問いかけた。でも無言のまま。
当たり前だ。私だってこの二年一度も直接話したことはない。…弥太郎くんは「器」だから。

それに答えたのは、ようやっと事務所へと夏輝ちゃんと共にやってきた遥だった。
すると聡明さん…おとーさんはまた弥太郎くんの身体へと入り込み、あの可愛げのない饒舌を再開して、だるそうに服の着崩れを適当にぐいぐいと直す。
そのままおとーさん達がここへ来た本題に入るらしいので欠伸をしながらソファーに座り込むと、洋兄と遥も一緒にソファーへと座った。
久々にきょうだい三人並んだなあ、と思ったらわざわざ私を真ん中に座席移動させて、洋兄がワクワク、ソワソワといった様子で携帯を取り出した。


「あの…一枚…三人でいいか…?」
の初にーにと触れあい記念撮影だね」
「…いい、けど…」


今ここでこの空気でやることなの?と引きつり笑いで力なくポーズを取った。
兄愛は世界を救う。兄愛はどんなシリアスも敵との予想外の遭遇の空気も壊す。
偉大だなあと思った。というか洋兄だからこそ出来る技だ。


「よっしゃ!ほらほら二人とももっとくっついてー」
「おおい三人揃ってパパのこと無視しないでくんないなんだよ揃って反抗期かよ!」
「…パパァ?」


洋兄が何枚かパシャパシャときょうだい三人の写真を撮り続ける最中問いかけると、よくぞ聞いてくれました!みたいな嬉々とした顔をしたおとーさんの笑顔を合図に、夏輝ちゃんが用意周到に持ってきていた紙芝居を使っておとーさん…もとい日本の秘密警察犬の昔話が始まった。

昔の日本、具体的にいうと30年前には私たちきょうだい三人なんかじゃなくたくさんの秘密警察犬がいたけれど、公安に危険視されるほど有能なカリスマ警察犬だったおとーさんについてみんな警察から飛び出した。
幽体となって身体から飛び出して散歩出来るおとーさんは、今まさに幽体のまま過ごして弥太郎くんの身体をお借りして日々生きてる訳だけど。
なんでそんな面倒なことをしているかと言えば、身体本体が無実の罪で今現在も投獄されてるなうなので、
幽体のままおとーさんは今現在野羅というテロリストのボスになってるなう。

…ということで。
この人は遥と私、勿論洋兄の実の父親である。人工授精によって生まれ父の顔も母の顔も今の今まで知らなかった洋兄にとっては衝撃の事実だ。
…けれど。
おとーさんの身体を探せ、と探偵である洋兄に依頼したものの、洋兄は「逮捕に決まってる!」の一点張り。「お前も反抗期かやっぱり!」とおとーさんは嘆いているけどまあそうだろう。頷くはずもない。怪しい匂いしかしないし。
この流れに首を突っ込む気も必要もなく、あくびを噛み殺しながら横目に見ていたけれども。


「かかって来いよ。黒い牙と呼ばれたお父様の実力見ておけ」


諍いが発展してまさに一触即発状態。
そこで口から飛び出たおとーさんの挑発には流石に意識を持っていかれた。
…そんなちょっと患ってる感じある自称をシラフでやってしまうおとーさんはちょっと…。
いや、多分そういうアレで引き気味になって拒否したんじゃないと思うけど。洋兄はおとーさん、全否定の体制だった。


「黒い牙…!?……それはただの虫歯だろ」
「歯くらい磨けよオッサン」
「……ねむい……」
「カリスマパパに少しは敬意を払えこの馬鹿息子共あとは早く帰って寝なさい!」
「やだ」
「やだもだっても何もありません!」
「虫歯の母ちゃんかよ」
「そんな母さん嫌だよ」
「もーなんなんだよコイツら!ああもう、お前に選択の余地は無いんだよ!」


ジャキッと拳銃を洋兄に向けたおとーさん、もとい弥太郎くんの身体。
すると洋兄の肩口に寄りかかってた私を素早く遥に渡して、洋兄は助手の優太くんに変身させてもらい電撃技でおとーさんをしとめてみせた。
正直洋兄だから甘えてうとうとしていた節があったのに、遥の肩に優しく寄り添わされても複雑だった。あんまり生きた心地がしない。だって、だって…だってあの遥なので。
「にーにかっこいい」と語尾にハートマークをつけて頬を染める遥。あんまり寄り添っていたくない。
そしておとーさんはといえば弥太郎くんの身体からいつの間にか抜け出しもう一人の黒髪助手、圭くんの身体に乗り移る。おとーさんは基本的に誰にでも憑依出来てしまう。
銃口を憑依体に向けてぶち放してもおとーさんにダメージはない。
でもそれをされたら圭くんは勿論死ぬ。実質人質にとられた状態だったけれどそこは洋兄と洋兄の助手くん達。あっという間に憑依状態から抜け出した。
精神力つよい…。
もう一人の助手優太くんに憑依しても精神力強い以下略でむしろ消耗されるだけで、あっという間に打つ手なしになり憑依を諦めて、退散。
その時点になってボケッとしていた私の腕を、ぐいっとモヤシの兄らしく軽く引かれたので、ああ私も退散しろっていうことか、と素直にソファーから立ち上がる。

逃げるが勝ち。でも遥と私はモヤシなので逃げ切れるほど体力も早さもなく、遥は夏輝ちゃんにおんぶされて、私は弥太郎くん…もといおとーさんにおんぶされてそのまま逃げた。勝ち目がなさすぎる戦だった。
洋兄との別れを惜しむ暇もないような鮮やかな撤退だった。


「……次は私が夏輝ちゃんにおんぶしてもらう番だよ、ね、夏輝ちゃん」
「ハイっス!順番ですから!」
「おとーさん子ならおとーさんの背中でいいでしょ?」
「夏輝ちゃんがいい。それにこの背中は弥太郎くんの背中だから」
は弥太とおとーさんの背中じゃ不満か」
「…なっちゃんがいいんだもん…弥太郎くんは大好きだよ」
はなっちゃんのこととなると珍しくわがまま言うなあ。…やっぱりなっちゃんのこと好き、」
「大切な、お、と、も、だ、ち、だもん」
「もちろん、自分にとってもちゃんは大好きなお友達っス!」
「夏輝ちゃん…!」
「…二人の世界に入らないでくれないかな…そろそろ吐く…」
「さり気なく弥太に告白してたな良かったなー弥太」


逃走中だというのに良い意味で緊張感のない賑やかなこの空間が、早く私にとっての当たり前の現実になればいいなと思う。
これを現実じゃなく、夢のように認識して生きていくのは味気がなく、そして目の前の優しい彼らに対しての酷い冒涜だと理解していた。

そして毎日が目まぐるしく過ぎていく。
洋兄との接点も増えた。といっても事件が起きて出くわし撤退、のような似たような形での短い逢瀬でしかないけど。何せどれだけ緩いとはいえ敵対している者同士だったから。
そんな緩さが楽しくて、私は笑うことが増えた。それを見て洋兄は嬉しそうにしてくれた。兄と妹だけでなく、みんな揃って敵対してるんですよねー私たちー、と時々確認したくなるフレンドリーさだったりする。仲良しだね。ああおかしい。微笑ましいというか緩いなあ。

知った展開が進んでいく。その先には、"お話"には終わりがあるけど、私は生きてる。ここに生きてる。
なので、全てが終わった後も、この世界はスポットライトが消えた舞台のようにある日真っ暗になって消えてしまう訳でも時が止まる訳でもない。みんな、私も含めて、生きていく。当たり前のように。
元の世界と同じように進んでいく。





暫くして、ふとした拍子に私の手の平が、白い兄の心臓に触れた。
いやこの言い方は語弊がありすぎる。モヤシらしい薄い胸板に手を置いてしまった、だ。

すると当たり前に脈打っているのが分かった。その生きてる証を感じて、私は驚くでもなく喜ぶでもなく、なんでもない反応をした。
それを当たり前だと認識して流していた。
その接触は不慮の事故のような物だったので、男女が逆転してたらラッキースケベというか、「ご、ごめん!」なんて赤くなって照れて飛びのいたかもしれないけど、「あ、ごめん…」と動転することなくすんなり流しておいた。遥も気にした様子もなくそうだった。
そもそも兄妹でもし今の状況、男女が逆だったとして、何の気を動転すればいいんだろう。
せいぜいが気まずいくらいの物だと思う。


それから暫くして、台所でモヤシでありながらも精一杯皿洗いに勤しんでいた時。
その接触を流した意味を、ふとその胸の鼓動を驚くでもなく当たり前と認識したことの違和感に気が付いて茶碗を落とした。派手な音がして砕け散った。ザアッと水道から流れる水の音だけが木霊していく。暫くして私の息が、気管からひゅっと嫌な音が一度だてけ聞こえた。
水道を止めたら、留守番を任された私以外誰もいないこの部屋には静寂が訪れる。

──生きてる。
彼も、私も。生きているということを、私は知っていた。いや知ってるというより頭でだけ理解していたんだと思う。思うじゃなくてそうだ。夢のように感じていたんだから。
私の男性恐怖症が頭では理解していても、身体が無意識に拒絶してしまうように、なかなか伴わないような物で、いつまでも心が理解できなかった。
それなのに今はどうだろうか。今、私は遥の鼓動を温もりを手の平で感じて、頭ではなく身体で心で「当たり前だ」と流した。
──それはつまるところ。つまり、つまりは。

頭の中で、今までは不思議なくらい思い出すこともなかった、前世での死に際が映画のように流れた。
頭の中だけの映画館。そこには私の生きて死んだ始まりと結末が早送りで上映されていく。思い出さなくても忘れるはずもない。
痛かった。苦しかった。悲しかった。辛かった。遣る瀬無かった。後悔ばかりが残った。だけど何もかもを恨まなかった。なんとなく、恨まなかったから地縛霊になるでもなくすんなりと転生なんて出来たのではないか、と感じたりもした。
未練は沢山あった。生きてやりたいことがあった。そして今生きて、痛くて苦しくて悲しくて辛いこともあるけど、勿論後悔はすることはなく、

今の私の気持ちはたった一つ。

2017.2.24