第十三話
原作始まった人見知りじゃないけど人見知り

なんか朝早くから嬉々としてるなあ、と図らずとも弥太郎くんの傍にいて、弥太郎くんが身体を聡明さん…私のおとーさんに明け渡す瞬間を目撃してしまった私はちょっと遠い目をした。
現在朝七時ちょっと、夏輝ちゃんは洗濯物を干していて、私は部屋の掃除機をかけてる最中だったので、あっ弥太郎くん着替え中だったかなー、と扉をノックもせず開けてしまい申し訳なく思った直後のことで、あれ、そういえばこの展開はデジャヴ、とどこかでみた何かを感じながらも、夏輝ちゃんに嬉々としてセクハラしに行った実のおとーさんを全力で引き剥がしにかかった。「弥太郎でセクハラ禁止っス!」って主張する夏輝ちゃんの通りに弥太郎くんの意思なくこういうことは、
……あれこれは弥太郎くん的にはラッキースケベっていうやつなんだろうか。いや…と考えあぐねていると、加湿器が止まって干からびかけていたモヤシの兄が不機嫌そうに起きだした。


「ああ気持ち悪い…弥太の音と聡明さんの音が混じって本当に気持ち悪い」
「優秀すぎるのも難儀なモンだなんーいいニオイ」
「オッサン今すぐにソレをやめて」
「優秀すぎるなっちゃんガードも難儀だなぁ!もスカートでホラ蹴り上げんな誰に似たんだその足癖の悪さは」


私の無い力を振り絞った蹴り上げと遥の匂いフェチの彼に対する防犯スプレー(にんにくの香り)をブシュッと一吹きして撃退。
しかしハッと我に還った私は蹴り上げたそれが仮にも弥太郎くんの身体であるということを忘れていて、本当に今更ながら、毎度のことながら謝っておいた。
謝罪はいつも可愛いロリが一キャラクターとして登場する私の私物(趣味で読んでる漫画)だ。こういったことがあった日彼の部屋にお供えして、そのロリキャラが今後彼の中で妄想の糧になるとはわかりきってることだったけれど、
…流石にああいう妄想は脳内だろうとしない健全な漫画オタクだと自称する私だけど、なんとなく彼を突き放せない。

散々セクハラ親父が徹底して追い払われてる中、「弥太郎だってロリ属性で匂いフェチの変態じゃないか!」と真顔で言い切るおとーさんに悲しくなった。
二人が否定するように弥太郎くんは脳内だけで留めるムッツリで我慢のきく変態な紳士です。…なんかこう否定しても弥太くんが結構なのは否めない気がしてきたけど。そしてそれに拍車をかけさせてるのが私のお供え物だということも分かってはいるけど、やめられない。漫画仲間が欲しいから。弥太郎くんはおとーさんと二人きりの時じゃないと喋れないけど、おとーさんが感想を代弁してくれる時がある。

そしてそのおとーさんと言えば、なんとこんな朝早くから因幡探偵事務所…
つまり洋兄の事務所へ向かうということで、やっぱりだ、と咄嗟に反応。急いでコートを持ってきた。この時期まだ冷えが怖い。そしてそのまま慌てて今すぐにでも一人で出て行かんとするおとーさん…というか弥太郎くんの服を掴み引き止める。


「あの、私も行く」
「…なんで?まさかにーにに会いたいとか?」
きょとん、としていたおとーさんに代わりちょっと不機嫌そうに遥が聞いてくるも、正直それも絶対無いとは言い切れない。でも目的は違う所にもある。
それは。


「洋兄の探偵事務所が合法的にみたくて…」
「聡明さんが合法的に入らない以上も合法的に入れないと思うんだけどさ」
「おとーさんが何とかしてくれる」
「最近なんとなく遥色に染まってきたなあは…」


こんな子じゃなかった!とわぁっとわざとらしく泣き真似をする弥太郎君の身体をお借りしている聡明さんは言った。
確かに今の言い方はちょっと毒されてる感じ否めないけどこうでも言わないと、ね…。
兄に会いたいから!てめいっぱいアピールするのもどうかと思うし事務所が私なりの合法(流れによって許された立ち入り)である数少ないポイントなのでミーハー心が働いて行きたいのと朝の散歩がしたいのと牛乳が切れてるのを思い出したのとそれと。


「おとーさん、ちょっと二人で話したかったんだけど」
「ん?」
「私って遥に好かれてるの?嫌われてるの?」
「……それが本当に分からないならお前は色んな意味で重症だな……」


探偵事務所へ向かう道すがら、この人に少し聞いてみたかったから、たったそれだけだ。
…たった、が重いんだけど、まあそこまで深刻にならずに聞いてみたかっただけ。
今遥がどういう意味合いで私に野羅に属せと言ってるのか分からないけど。
二年経って原作が始まってちょっと首をかしげることがあった。
確かに。遥の変身後の力で操作した所でモヤシな私は戦力にならないからメリットがないのも分かるけど。
猫馬鹿(洋兄の助手の黒髪の野崎圭くんという彼)くんに存分に猫可愛がりされようとどうだって良いだろうに、わざわざ夏輝ちゃんや弥太郎くんまでも揃って庇ってくれるなんて、なんというか、はあ、そうか、うーんって感じで。
私からしたら夏輝ちゃんは女の子の友達。弥太郎くんは仲間…?同志?
隣の弥太郎くんの中に入ってる聡明さん(実のお父さん)は言わずもがなだし、遥は実の兄だけど。


「私ってなんでここに居るのか、最近時々分からなくなってきて。今更ながら」
「今更すぎるなあほんとに」
「うん、夏輝ちゃんとキャッキャするの楽しくてつい…」
「正直すぎるなああとなっちゃん大好きすぎだなぁほんと好きなの?」
「好き。言うまでもなくお友達として」
「あ、そう?ちょっと俺も弥太郎も遥も勘繰ってたわごめん」
「え?」
「いや分からないならいいんだぞーよーしよーし」


私のことどう思ってそういう立ち居地に回すのかなあ、夏輝ちゃんは友達だって思ってくれてるよなあ、でもなあ、と思ってたら。
…今のセリフばっちり聞こえたし、分からなくない。分からないと思ってるのかな本当に。確かにそんな類の発言したことないから分からないと思ってるのかもしれない。
ごめんなさい。分かってしまう元日本のオタク被れだった現代っ子で。

…まさか私のあの野羅の中での立ち居地は男三人にとっては夏輝ちゃんとの…その…花的な…ええともうリリー、そうリリー的なお百合さん的な物だと思われてたの?
なんか夏輝ちゃんの方じーっと見てる弥太郎くんが遥にぶん殴られてるの結構頻繁で、
舞台裏では遥はモヤシのくせに頻繁に殺意に満ち溢れてたんだなあ、弥太郎くんの遥にしは筒抜けになってしまう夏輝ちゃんへのロリえろてぃっく妄想で、
…と思ってたら。

…私と夏輝ちゃんがキャッキャうふふしてる構図を見て何を妄想していたんでしょう。もうそれくらいどうでもいいけど、弥太郎くん大丈夫引かないから、でもね、
……まさかお花として飾るためにこの野羅で生かされてる?


「……遥にそういう趣味があったなんて…うん……実の兄は…ちょっとな…」
「どっちの方向へ思考が突き進んだのか知らないけどお前殺されるぞ」
「まあそうじゃないとは思いたいけど」
「願望じゃねえか!つーか意味分かってんじゃねえか通じてんなさては割と色んなこと!」
「遥はそんなに妹が可愛い?」
「……それはガチで聞いてるのか一応聞いておくけど」
「あ、ついたよおとーさん」
「この二年で随分たくましくなったなああの怯えたウサギが…」
「おとーさんに限りね、なんかくだらなくなっちゃって」
「ほんっっっと」
「早く開けてみておとーさん」
「……テロリスト色にも染まってくなー嬉々として…」


時と場合と人くらい選ぶしこれが合法じゃない犯罪行為(不法侵入)だって分かってます。
でも洋兄だし。洋兄だし。洋兄の事務所だし。以上。そして聡明さんだから、おとーさんだから、なんというかもう恐怖症発症させて言葉を詰まらせるのも馬鹿らしくなってしまって確かに図太くなった。
ただスキンシップは無理たけど。弥太郎くんの身体だから以前に心構えしてなければおとーさんの本体(どこかに30年ほど冷凍保存されているという身体)でも。

そして暫く朝の町を歩いて散歩しながらたどり着いたそこは、まさに…洋兄ならやりかねない…という変なポスター(毛絡み)が張ってあった事務所の前。
開けて開けて、とせがむとハイハイ、と素直にやってくれるんだから割といいお父さんなのかなんなのか。

そして割とあっさりと開けられたそこは…


「……割とふつー?」
「どんな物を想像してたんだ」
「毛」
「お前の洋おにーちゃんに対するイメージがひとつしかないことがよーく分かった」
「ええとブラコン」
「部屋全体にびっちり遥の写真とか飾ってあったら客も逃げるし俺も帰る!あと多分その場合お前の写真も半々で混ざってるぞ!」
「シスコン…かあ…へえ…」
「なーんーでーほんとに今更……あー…なんか疲れた、寝る…」
「いい年して朝から無理をするから…」
「弥太郎の身体はピチピチだっての」
「ピチピチかあ…」
「死語とか言いたげな目で見るな泣くぞ、ほんとに寝る」


あー、とガリガリと呆れたように髪を掻き上げながら勝手にソファーを拝借してドッカリと眠る体制に入るおとーさん。容赦も遠慮もない。そしてほんとに朝早くから来るからおねむなんだよ…

というか今更の事実確認で疲れさせて呆れさせてるのは私だとそれも自覚してる。
愛されてるのだと思うし守られてるのだと思うし友達なのだと思ってくれてると思うし揃ってシスコンだなあと思うし。聡明さんは聡明さんだし。
でもなんとなく。


「実感わかなくなる時ない?今が現実か分からなくなる時」



本当に熟睡するおとーさんのソファーの隣に、地べたにぺたりと座りこみ見越してもってきた読書用の本を読む。
ペラペラと捲りながらも頭によーくは入ってこない。つまりはそんなもので。
それは確かなものだと分かってるのに、まるでアレ?とデジャヴを感じる時の不思議な感覚みたいに、それが確かな物なのか不思議な感覚に襲われる。
寝ぼけてるのかなあ、っていうようなソレが割りと頻繁に起こってるだけのことで。
まあ特に遥とは小さい頃から色んなことがありましたし、突然こうなったし、そもそもここは私にとって現実じゃなかったし、それでも現実に不思議なことになってしまってるし、ただ要約すれば頭が混乱してるだけで。

ちょっとそれは悲しいことだな、と私は遠くで思った。
2016.6.29

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