第十話
連れ去られる警察犬からテロリストへ
「あのね夏輝ちゃん、今日お祭りあるんだって」
「へえー、自分お祭りってあんまり行ったことないっス…」
「…んー……私も…そこまで…?」
「一緒っスね!じゃあ今度自分と一緒にお祭り行ってほしいっス…!」
「もちろん!私も友達と一緒にお祭り、いきたい」
「と、友達…えへへ」
「ええへー」


ああ、朝から砂吐きそうだ。アレ二人がああだから弥太郎もああでこうでああなって日々殺したくなるようなことが増えて吐き気に加えて殺意、プラスオッサンうざいの一言に尽きる。

女子二人とも朝から家事炊事担当して協力してるんだからああなるは必然にしろ、あれは仲良すぎて砂を吐くくらい。
いや友達のあり方なんて知らないけど自分が吐きそうなんだからそれが全てだというジャイアニズムで手を口元にあてた。
正直あんな妹の一面があったなんて知らなかった。言葉に詰まらず自分の要求や思い意思、好意、素直に伝えることが出来るという一面。
ああ男性恐怖症だから同姓には本当はああなのか、じゃあ本当は根はああいう素直な子なはずで、実の兄たちにさえそれは向けられなくて、出会って数日の夏輝にはああで、夏輝も夏輝でにああで、ほんとに。


「…ナニアレ。あのあまーい顔。どもらない物怖じしないしスキンシップするし馬鹿みたいにじゃれ合って犬か何か?」
「女の子だろーよ」
「……は?」
「残念だったなー男の子」
「聡明さんも、…というか器の弥太も男だよ。残念だったね、せめて弥太が女だったら違ったのにね」
「男の嫉妬は見苦しいなあ?女の子って過度な家族からの束縛も恋人からの束縛も嫌だろフツー」
「……あえて突っ込みしないけど…聡明さん、あれの異常性わかってない」
「へー、よっぽどか。ずっとのこと見てられた訳じゃないからなあ俺」


男性恐怖症は所詮"男性"だけに発祥する。
夏輝を相手にしたは聡明さんの言う通りただの女の子だった。
今まで周りには親しく気安く話せる女性という物が居たことがなかったから、正直見た事もないような妹の一面に戸惑う。
…嫉妬。或いは焼きもちとか言うのかもしれないソレ。聡明さんが言うソレは馬鹿みたいなことこの上ない現象だ。
嫉妬とは違うかもしれないけどソレの類を発症しているのは事実だ。

あの妹は僕だけのこと考えていればいい。にーにだって僕のことで頭がいっぱいになればいい。早く早くなればいいのに。だから僕は今、こうなんだというのに。
二人の人間を全て全て丸っと自分だけの物に、なんて本気で考え目論見実行する自分の強欲さといったら笑ってしまう。
でも。



『…かわいい』


ある時初めて妹から伸ばされた手と、そして聞こえた声があった。
男性恐怖症のは自分から近づくことはおろか、近づかれると石のように硬直してしまい動けなくなり、
そうなると事情も知らず不意打ちで近づかれ肩にポン、と手をおかれただけでも嘔吐することもあるくらいの重度な一種の病気だ。
不意打ちじゃなく自ら無理して何を急いたのか、
にーにに触れようとして手を伸ばして。結果実の兄への一瞬の接触ごときで嘔吐したことさえあるのだから相当。にーにも後で結構ショック受けてたしいったいなんなのか、アレは。
多分一般的に言うなら心の病。
どこでそんなトラウマ植えつけられたのか未だににーにーも僕も分からないけど、それが重度すぎることくらい分かってる。前よりは軽くなったとは言え一向に完治するような兆しはない。
でも。きっとあれはあの時初めて自ら伸ばした手だった。驚いて間抜けながら口を半開きにすると、きょとんとしたの心の声が聞こえた。

────無条件に聞きたくなくたってどんな人間の心の声も聞こえてしまう僕だけど、
一人だけ例外がいる。それが我が妹、因幡
どんなに意図して聞こうと凝らしても一度だって聞こえたことのないその心の声。
すると聞こえるはずの物が聞こえないというのは、聞こえることに日々悩まされてた自分にとっては願ったりかなったりなはずなのに、いざ当たり前が覆ると得体が知れなくて不気味で仕方がなくなってしまった。
ただでさえ消極的で自己主張をしたこともなく何考えてるのかわからない。予測もつかない。
それは一種の恐怖で自己防衛だったのかもしれない。だからあの日不運にも心乱されることが重なり苛立っていた僕は、我慢ならなくなって八つ当たりした。


「不気味だ」「つまらない」「普通じゃない」「いらない」「欲しくなかった」


…と。言葉にするとイライラとした酷い八つ当たりの言葉ばかりで。まあ本心だしこの妹のことは絶対に好きになんてなれないしできれば近づきたくないしそれでも、ただの兄妹喧嘩を酷くしてしまった、たったそれだけのこと。事実こんな感じのやり場のない衝動がきょうだい喧嘩の発端ってやつなんじゃないの、なんて、本や何やらの中だけで見た知識から軽く考えていたのに。



『……うまれてきて、ごめんなさい』



とてもただの些細な兄妹の口論では飛び出ないような残酷で重過ぎる言葉を、妹は綺麗に、綺麗に。笑いながら吐き出した。
自分の意思というものを明確に口にしなかった妹の、本質というものかが浮き彫りになった瞬間だった。

だから僕はそれに驚いて、驚いて、イレギュラーな事態に拒絶反応を露骨に表して軽く嫌がらせのようなことをする日々を繰り返して、それでも妹は何も言わずなすがまま。
仕方ない、とでもいうように流される。
そうなると面白くない。多分最初は拒絶反応というか何がなんだかわからず混乱していた末の様々な嫌がらせも、好きな子をいじめたい、みたいな現象(ちょうど本で読んだ)に当てはまるんじゃないかと今では思える。
心が読めない。なかなか心乱されてくれない。中々僕のことなんて見てくれない。何をしても流れ作業のように流される。
そうすると面白くなくて混乱や嫌悪からの嫌がらせは自覚してからは今度は意味が違ってくるようになる。

たった一日で仲良くなった夏輝と、台所で肩を並べてにこにこと嬉しそうに夕食の下ごしらえをしている
そっと足音も立てず近づいて手を伸ばしてみる。後ろから頬を両手で挟んでみる。すると案の上の反応が返ってきた。



「ひ!?……たす…い、やめ……」
「ひいっ顔真っ青っス!遥さんの顔が!」
「あーいいのいいの夏輝そのまま。…おにーちゃんのこんなスキンシップ程度がそんなに怖い?13年も生きてて未だに?」
が息止まってるっスー!うわああ弥太ぁああ」



それなのに、聞こえないじゃないか。
はー、とため息をついてやれやれ、とでも言いたげの聡明さんに「妹いじめはヤメロおにーちゃん」と引き剥がされる。
頻繁にこんなことがあって、僕のせいとはいえ何度も急に身体を奪われる弥太郎も難儀だね、と同情しながら、勿論あの妹もこんな風なことを毎日のように不意打ちで繰り返されて哀れだとは思い自覚した上で実行してるに決まってる。
アレは自ら心に決めて手を伸ばした時ならまだしも、不意打ちは駄目らしい。
それでも吐かないし失神もしないし蒼白になって息が止まる程度になったんじゃ随分と改善された方だ。


「あー触りたい触りたい触って泣かせたい」
「……どんどん兄が変態になってくが哀れで仕方ないわ…我が息子ながら……」
「だってつまらない。ほんと昔からはつまらない子供だったよ。あんなに怖がってるのに?あれが演技だったら女は女優ってヤツ?でもあれ本気で怖がってるんだよ。なのにつまらない、泣きもしないし叫びもしない」
「…別に、ビービー泣いてほしいだけじゃねーだろお前は」
「……早く泣き叫んでほしい」


心で、頭の中で、とは口にはしない。
手で情報を取るという肯定を踏む夏輝以外は、もしくは毛髪から、というにーにのようなタイプ以外には分かりきったことだったから。

弥太郎と聡明さんは嗅覚で探る。僕は聴覚系、人の声、心の声の奥の奥までが勝手に届いてくる。
でもこちらから探ろうとしてもには通用しない。
きっとその存在は、手フェチの夏輝や毛髪フェチのにーにーには必要じゃないけれど、
弥太郎や聡明さんみたいな自動受信タイプには必要すぎる、喉から手が出る程ほしいだろう、静寂な世界の持ち主。
あの子の傍だけは僕達はやっとまともに生きているような気がする。
にーにの傍は心地いい。にーにの心はどれだけ聞いていたって不快にはならない、傍にいたい、もっと聞いていたい。
僕はそんな存在が居るだけマシで、全ての生き物を能力のせいで拒絶してるヤツだっている。
だとしたら人の居ない山奥にでも独りで住まえば静寂は訪れるけど、やっぱりどこか心は人の温もりも渇望している。
できることならあの子の傍でずっと寄り添っていたい。でもこぞって求める者みんなが押しかければその静寂は破綻する。

…ひとつは分けられない。人間一人を半分こ、なんてできやしない、だから。
そして実の兄である僕は、大多数が望む温もりなんて物よりも歪んでる動機な自覚はあるが、あの子が欲しい、あの子の心の声を手に入れたくして仕方がない。
だってまだ一度しかそれを聞いたことがない。今でも聞き間違えだったのかもと少し疑うくらいの物だった。
あの妹には、早く、早く早く泣き叫んでほしい。泣かなくてもいい、怒ってもいい、笑ってもいい、どんな形でもいいから。
ずっと守ってる静寂さえも乱して心から色んなことを叫べばいいのに。
一切の主張をしてこなかったアレがそうしたならば、きっと何か望む物が手に入る気がした。


「一度その顔鏡でみてみろよ」


はー、と弥太郎の身体でわざとらしくため息をつく聡明さんの言わんとすることは手に取るように分かる。
その願望も執着も、ただの妹への愛にしては酷く歪んでるし酷く重いしどうしようもなく救われない。
対して兄に対しての愛だって「一般的な」ソレに比べるなら歪んでる愛だと思う。
あんなに聞きたくなかった、望みもしなかったにーに以外の誰かの心の声。
普段は聞こえるな、聞こえるなと拒絶さえしているのに、聞こえないとなると腹が立つ。意地になっているうちに執着していく。中々聞こえなくて試行錯誤を重ねる度またムキになって救われない悪循環。



「見なくても分かるよ」
「とてもじゃないけど見せられねーな」



誰に、とは言わなくてもわかっていた
まるで子供のような自分本位な我が侭な執着で独占欲なのだと、兄に対してのソレも妹に対してのソレも自覚してるのだから救えない。
救えないブラコンであり、シスコンだ。
2016.3.13