第九話
3.仲良しの噂をされる程度の仲良し─それなりに
を記憶喪失と信じる。
…という随分と勝手なことを思い始めてから彼、幸村精市は変わった。
それは良い方向になのか悪い方向になのか彼はわからなかった。
彼はが記憶喪失だとは最初から「絶対」だとは思えなかったのだ。
今までが今までだっただけに、「記憶喪失なのあたし!」と大胆なことは言ってこずとも、
クラスメイトという割りと接近しやすい括りを利用して、さり気なく「自分可哀想なの」アピールをして身の上を話してくれた女子は何人か居たのだ。
つまり、「そう、それは可哀想だね…辛かっただろう。自分を頼っていいんだよ」とあわよくば同情してくれて、テニス部のアイドル的な彼らとお近づきになれたら…という女子達の計算だったのだ。故に。
幸村精市は無条件には彼女…を、悲しきかな、信じることは出来なかったのだ。
「、携帯なんて持ってたんだ」
朝、彼らの周りにはいつも通りの時間が流れていた。
彼、幸村と彼女、は、学校がない土日以外は大抵朝の五分〜十分程度の時を共に過ごしている。
幸村は屋上庭園、及び学校の花壇の世話をするために朝練前の早朝に。
は老人並みの早起きな生活をしているため、のんびりと植物を眺めて朝を過ごすために。
そして彼らが落ち合う屋上庭園は、この早朝、及び幸村のガーデニング中は滅多に人は寄り付かない。
今の時間は早朝すぎるというのも勿論だが、割と幸村のガーデニング好きは生徒に広まっていて、
「幸村くんの邪魔しちゃ悪いから、近づくのも眺めるのもやめてあげようよ、幸村くんだって疲れてるんだから!」と誰かがその幸村に対する掟(苦笑しか出来ない)を広めてくれたおかげて、
ほぼ誰も寄り付くことはなかったのだ。ちなみに男子でもそれを破ると「ちょっと幸村くんがかわいそry」と理不尽に女子達に咎められるので、
屋上庭園に純粋に足を運びたい男子達にとってははた迷惑な掟を男子達も知っている。
だから暗黙のルールを破り厄介なことになりたくないので、女子も男子もそれを守っていた。
…そう。その掟を知らない転校生の以外は。
それでも彼は朝の一人の時間を邪魔されることに苛立つこともないし追い出すこともない、故には何も知らないまま。
「うん、なんか、いつの間にか」
「……その変な言い回しにはもうあえて突っ込まないけど…。キミ、連絡取り合うような友達いるのかい?」
「分かってて聞く幸村も意地が悪いよね…ほんと…。ええ、いません。アドレス帳には学校の連絡先しか未だにありませんけど、何かこれ以上言うことは?」
「可哀想だなあ、と思うよ」
「その余計な一言はいらないよ幸村…」
気心の知れたようなズケズケと傷をえぐるような冗談をよくもまあ、こんな早朝から元気にかまし合える、若者二人。
しかし気心が本当に知れてるかと言えば本当は違った。
幸村は未だにを心から信用できないでいる。彼女が何をした訳でもないのに。
迷惑をかけた訳でもない。
言葉のナイフで核心という物に切り込みを入れられたアレも、ずしん、とは来るものがあったが、あえて触れられてよかったとも今は思ってる。
…そして携帯の話題になり、「じゃあアドレス交換する?」等の会話に発展してもいい流れながら、幸村も、そしてもあえて口にはしなかった。
はそのお決まりの"流れ"というべきかを知っているかはともかくとして、
その一線は理解していた。
──本当に、は記憶喪失なのかな…
その疑問が、確信を未だに持てないそれが幸村に警戒を促す。
彼は思った。とてもじゃないがそんな人種に見えなくても、もしかしてこれも策のうちで、じわじわ自分と、あわよくば自分達と親しくなろという魂胆なのでは、と。
そんなことを当たり前のように考えてしまう彼はナルシストなのか、と言えば違う。
しかし生きていれば望まずとも美人が自分を美人と自覚してしまう、周囲に自覚させられてしまうのが当たり前のように、
彼自身、自分がそうして女子達に影であれこれ画策される程の顔を持ち、そんな立場に居ることくらい既に嫌と言うほど自覚させられているのだ。
「ねえ、写真撮ってもいい?このサザンカが撮りたいんだけど…あのね、待ち受けにしたくて…」
「いいんじゃない?…というか、いちいち俺に了承取る必要があるの?これ、一応学校の所有物だからね」
「何言ってるの。学校の物でも、我が子同然に愛情かけてるのは幸村くんじゃないですか。自分の子供が他人にパシャパシャ写真撮られたらどう?不快でしょ」
「……ふふ、どちらかというとその例え方の方が障るんだけどね?」
「さーてサザンカ撮りますよー」
そして、自分自身の悩ましい立場や、の記憶喪失などの問題がなければ、
茶化しながらも己の大切な物を理解して、こうした気遣いをしてくれて、
自分がアドレス交換はしないという一線を口にせずとも理解してくれて。日中視線が合うことさえも無く極力話しかけない努力をしてくれている。
そんな賢く、出来ている人間に思えると、今の所仲良くなれない理由などなかった。
きっとこの中学に入学したばかりか、それ以前なら「友人だよ」とさらりと自称できていたかもしれないのに、
──なんでこうなっちゃったのかな…友人を選ぶとか、上から人を見つめて人間性がどうとか、俺は何様のつもりなんだろうね…
割と人を従えるようなカリスマ性を持っている彼と言えど、普段から王様のように振舞っている訳でもなくそれを普段から行いたがる気質もない。割と素で穏やかに日々をすごせていたはずだ。
必要とあらば人を従えられる程の気質はあれど、日常生活でこんな風に上からを繰り返していれば、何様だ、と思いハッと自嘲してしまうくらいには普通の中学生なのである。
「…はい、ハンカチ。…あはは、また土ついてるよ」
「…ありがと。…あのさ、思ってたんだけど君の鞄四次元ポケットか何か?」
「……なんで四次元?」
「用意周到に色んな物が詰め込まれすぎてて不気味」
「女子力が高いと言ってもらいたいです」
「ハンカチ何枚も常備してるし大きめのソーイングセット大きめの折りたたみハサミ、バンソコ、包帯、飴一袋、ガム、消しゴム複数個、折り畳み傘常備、虫刺され薬、あかぎれの薬、喉痛の薬、痛み止め、風邪薬、冷えピタ、アイマスク、…ねえ、これだけ持ってると女子力云々の前に怖いよ」
「それが唯一の趣味ですから」
「……なんだか凄く悲しくなってくるね…」
「私は心無い君のその露骨な表情が悲しい…」
鞄を覗いた訳でもないのにそんな物を数多く常備していることを把握しており、ズケズケと物を言い合い、
時には無言が続いても苦ではなくむしろ心地よく、しかも無言のまま視線も合わさず物を渡しあったりと息も合い、
初対面のあの時から数ヶ月が経ち季節も移ろい、そんなに親しくして来ておきながら彼は信じられない。故に、
「信じる」を始めてから変わり始めた自分自身を、幸村精市、その彼は、素直に喜べなかったし、「良い」も「悪い」も言えなかった。
変わったのは、人嫌いな自分が勝手ながら彼女信じようと決意したこと。
そして彼女、曲りなりにも彼が苦手とする女子生徒ととこんなにも気さくにやり取りが出来るようになったこと。
自分の生活習慣をわざわざ変えてまで、朝練が始まる前の早朝に学校にやって来るようになったこと。
信じようとするとの時間が早朝しかないと言えど、生活習慣をたかだか女子生徒一人のためにわざわざ変えようとするなど、彼としては以前の自分からは考えられなかった変化なのだ。
…──俺は、信じて、その先どうしたいんだろう。例えば苗字が本当に記憶喪失だったら。そして例えばそれが偽りだったら…。どちらにしても最後は人を心から信じれたとして、それでその後に…
幸村精市は、最終的に自分がどうなりたいかは分からなかった。ただ、こうすれば今までとは何かが変わるとは思っていた。
今までの人間不信による自分勝手な醜いどろりとした感情を、信じられた暁にはで払拭できるのだと思ってた。
でも、信じ貫いてその先に何がある。
例えばこんなにも気さくに話してるが嘘をついていたとしたら、本当にそれでも「良い」と受け入れられる?
そんなに出来た人間じゃないのにね、と笑う。
おかしな自分を笑う。
3.仲良しの噂をされる程度の仲良し─それなりに
を記憶喪失と信じる。
…という随分と勝手なことを思い始めてから彼、幸村精市は変わった。
それは良い方向になのか悪い方向になのか彼はわからなかった。
彼はが記憶喪失だとは最初から「絶対」だとは思えなかったのだ。
今までが今までだっただけに、「記憶喪失なのあたし!」と大胆なことは言ってこずとも、
クラスメイトという割りと接近しやすい括りを利用して、さり気なく「自分可哀想なの」アピールをして身の上を話してくれた女子は何人か居たのだ。
つまり、「そう、それは可哀想だね…辛かっただろう。自分を頼っていいんだよ」とあわよくば同情してくれて、テニス部のアイドル的な彼らとお近づきになれたら…という女子達の計算だったのだ。故に。
幸村精市は無条件には彼女…を、悲しきかな、信じることは出来なかったのだ。
「、携帯なんて持ってたんだ」
朝、彼らの周りにはいつも通りの時間が流れていた。
彼、幸村と彼女、は、学校がない土日以外は大抵朝の五分〜十分程度の時を共に過ごしている。
幸村は屋上庭園、及び学校の花壇の世話をするために朝練前の早朝に。
は老人並みの早起きな生活をしているため、のんびりと植物を眺めて朝を過ごすために。
そして彼らが落ち合う屋上庭園は、この早朝、及び幸村のガーデニング中は滅多に人は寄り付かない。
今の時間は早朝すぎるというのも勿論だが、割と幸村のガーデニング好きは生徒に広まっていて、
「幸村くんの邪魔しちゃ悪いから、近づくのも眺めるのもやめてあげようよ、幸村くんだって疲れてるんだから!」と誰かがその幸村に対する掟(苦笑しか出来ない)を広めてくれたおかげて、
ほぼ誰も寄り付くことはなかったのだ。ちなみに男子でもそれを破ると「ちょっと幸村くんがかわいそry」と理不尽に女子達に咎められるので、
屋上庭園に純粋に足を運びたい男子達にとってははた迷惑な掟を男子達も知っている。
だから暗黙のルールを破り厄介なことになりたくないので、女子も男子もそれを守っていた。
…そう。その掟を知らない転校生の以外は。
それでも彼は朝の一人の時間を邪魔されることに苛立つこともないし追い出すこともない、故には何も知らないまま。
「うん、なんか、いつの間にか」
「……その変な言い回しにはもうあえて突っ込まないけど…。キミ、連絡取り合うような友達いるのかい?」
「分かってて聞く幸村も意地が悪いよね…ほんと…。ええ、いません。アドレス帳には学校の連絡先しか未だにありませんけど、何かこれ以上言うことは?」
「可哀想だなあ、と思うよ」
「その余計な一言はいらないよ幸村…」
気心の知れたようなズケズケと傷をえぐるような冗談をよくもまあ、こんな早朝から元気にかまし合える、若者二人。
しかし気心が本当に知れてるかと言えば本当は違った。
幸村は未だにを心から信用できないでいる。彼女が何をした訳でもないのに。
迷惑をかけた訳でもない。
言葉のナイフで核心という物に切り込みを入れられたアレも、ずしん、とは来るものがあったが、あえて触れられてよかったとも今は思ってる。
…そして携帯の話題になり、「じゃあアドレス交換する?」等の会話に発展してもいい流れながら、幸村も、そしてもあえて口にはしなかった。
はそのお決まりの"流れ"というべきかを知っているかはともかくとして、
その一線は理解していた。
──本当に、は記憶喪失なのかな…
その疑問が、確信を未だに持てないそれが幸村に警戒を促す。
彼は思った。とてもじゃないがそんな人種に見えなくても、もしかしてこれも策のうちで、じわじわ自分と、あわよくば自分達と親しくなろという魂胆なのでは、と。
そんなことを当たり前のように考えてしまう彼はナルシストなのか、と言えば違う。
しかし生きていれば望まずとも美人が自分を美人と自覚してしまう、周囲に自覚させられてしまうのが当たり前のように、
彼自身、自分がそうして女子達に影であれこれ画策される程の顔を持ち、そんな立場に居ることくらい既に嫌と言うほど自覚させられているのだ。
「ねえ、写真撮ってもいい?このサザンカが撮りたいんだけど…あのね、待ち受けにしたくて…」
「いいんじゃない?…というか、いちいち俺に了承取る必要があるの?これ、一応学校の所有物だからね」
「何言ってるの。学校の物でも、我が子同然に愛情かけてるのは幸村くんじゃないですか。自分の子供が他人にパシャパシャ写真撮られたらどう?不快でしょ」
「……ふふ、どちらかというとその例え方の方が障るんだけどね?」
「さーてサザンカ撮りますよー」
そして、自分自身の悩ましい立場や、の記憶喪失などの問題がなければ、
茶化しながらも己の大切な物を理解して、こうした気遣いをしてくれて、
自分がアドレス交換はしないという一線を口にせずとも理解してくれて。日中視線が合うことさえも無く極力話しかけない努力をしてくれている。
そんな賢く、出来ている人間に思えると、今の所仲良くなれない理由などなかった。
きっとこの中学に入学したばかりか、それ以前なら「友人だよ」とさらりと自称できていたかもしれないのに、
──なんでこうなっちゃったのかな…友人を選ぶとか、上から人を見つめて人間性がどうとか、俺は何様のつもりなんだろうね…
割と人を従えるようなカリスマ性を持っている彼と言えど、普段から王様のように振舞っている訳でもなくそれを普段から行いたがる気質もない。割と素で穏やかに日々をすごせていたはずだ。
必要とあらば人を従えられる程の気質はあれど、日常生活でこんな風に上からを繰り返していれば、何様だ、と思いハッと自嘲してしまうくらいには普通の中学生なのである。
「…はい、ハンカチ。…あはは、また土ついてるよ」
「…ありがと。…あのさ、思ってたんだけど君の鞄四次元ポケットか何か?」
「……なんで四次元?」
「用意周到に色んな物が詰め込まれすぎてて不気味」
「女子力が高いと言ってもらいたいです」
「ハンカチ何枚も常備してるし大きめのソーイングセット大きめの折りたたみハサミ、バンソコ、包帯、飴一袋、ガム、消しゴム複数個、折り畳み傘常備、虫刺され薬、あかぎれの薬、喉痛の薬、痛み止め、風邪薬、冷えピタ、アイマスク、…ねえ、これだけ持ってると女子力云々の前に怖いよ」
「それが唯一の趣味ですから」
「……なんだか凄く悲しくなってくるね…」
「私は心無い君のその露骨な表情が悲しい…」
鞄を覗いた訳でもないのにそんな物を数多く常備していることを把握しており、ズケズケと物を言い合い、
時には無言が続いても苦ではなくむしろ心地よく、しかも無言のまま視線も合わさず物を渡しあったりと息も合い、
初対面のあの時から数ヶ月が経ち季節も移ろい、そんなに親しくして来ておきながら彼は信じられない。故に、
「信じる」を始めてから変わり始めた自分自身を、幸村精市、その彼は、素直に喜べなかったし、「良い」も「悪い」も言えなかった。
変わったのは、人嫌いな自分が勝手ながら彼女信じようと決意したこと。
そして彼女、曲りなりにも彼が苦手とする女子生徒ととこんなにも気さくにやり取りが出来るようになったこと。
自分の生活習慣をわざわざ変えてまで、朝練が始まる前の早朝に学校にやって来るようになったこと。
信じようとするとの時間が早朝しかないと言えど、生活習慣をたかだか女子生徒一人のためにわざわざ変えようとするなど、彼としては以前の自分からは考えられなかった変化なのだ。
…──俺は、信じて、その先どうしたいんだろう。例えば苗字が本当に記憶喪失だったら。そして例えばそれが偽りだったら…。どちらにしても最後は人を心から信じれたとして、それでその後に…
幸村精市は、最終的に自分がどうなりたいかは分からなかった。ただ、こうすれば今までとは何かが変わるとは思っていた。
今までの人間不信による自分勝手な醜いどろりとした感情を、信じられた暁にはで払拭できるのだと思ってた。
でも、信じ貫いてその先に何がある。
例えばこんなにも気さくに話してるが嘘をついていたとしたら、本当にそれでも「良い」と受け入れられる?
そんなに出来た人間じゃないのにね、と笑う。
おかしな自分を笑う。