第四話
1.転校初日〜─不憫な生活の始まり
転校生が一年の幸村達のクラスへやってきた日。あれから暫くが経った。
何の変哲もない日常を送っていた彼達のクラスに、または他所へと変化がもたらされた。
………、「一年のとあるクラスの転校生が、霊感少女らしい」…という馬鹿げた噂が流れ出したことだ。
「……」
本当に馬鹿げてると幸村は思った。だって、霊感少女って。しかもその噂で暇を潰してる生徒達って。そんな暇があるなら色んなことに有意義に費やせば良いのにと思うも、
転入生の噂に関してはただのそれこそ「噂話」、だ。
アイツサイテー、という批判をする陰口ではなくお遊びみたいな物。確かに暇つぶしににはなるかもね、と彼はぼんやりと考えた。
寝る間も惜しむ激務に励むような社会人や専門学生はそういった噂話なんてしている暇もゆとりもないと聞いたことがある。
噂話なんてする余裕もなく目の前の自分のことしかこなせないからだ、と。
なら人間…というか中学生なんてそんな物なのか、と彼は思ったはいいけど、
中学生ながら毎日部活に熱心に励んでいる自覚があるけれど、心の中で他人に対してこんなことを考えている自分自身も対して変わらないか、と自覚したらしく、笑った。
結局大なり小なり人間他人の噂をしているんだろう、他人のことを心の中だけででも考えたらある意味それだけで自分だけの噂になる。とすれば、口にするか口にしないかの差だけ。
…それで。笑って終わらせたかった、だけど。
「でさー、さんってほんとに色んな所じーっと見てるの、あたし今日見たもん!」
「えーこわっ、ほんとに霊感あんの?」
「んな訳ないじゃん、どうせ構って欲しくて自分から自称しだしたんじゃない?」
「あー、あり得る。大人しいし地味な子だし、注目浴びたいんじゃん?んで大成功だしー」
「んでんで、うちらにも超注目浴びてるしね」
「つーかあーやって色んな物見てるのももしかして噂知っててわざとしてる?だったら結構ムカつくわ」
昼休み、早めの昼食を終えた彼は図書室へと向かった。借りた本を返すのと、新たな読書用にと目当てをつけておいた本を借りるためにだ。
そうして少し上機嫌で歩いていたまでは良かったのに、まだまだ新鮮なニュースである転入生の噂は今がピーク。
ちょっとした、
「霊感あるって」「マジか、すげーじゃん」「今度みてもらえよ、肩こってるって言ってたじゃんお前」「おいおいいくら払えばいいんだ俺?」だとかいう、微笑ましい部類の噂話をしていたくらいならまだ何事もなく、幸村は廊下に屯している彼らの横を通り過ぎてこれた。
でも階段の踊り場でいかにも、な噂話をしている彼女らを見つけた瞬間、一気に彼の胸の辺りが重くなる。
…──こういうのが一番性質が悪くて、俺は嫌いだ…。
聞いた瞬間胸だけじゃなくて全身が重くなる感覚がするらしい。流石に彼は吐きはしないけど、聞いていて酷く気持ちが悪いと不快感に酔っていた。
…そういえば彼女達はテニス部ファンだったっけかと思い出す。
彼は名前なんていちいち覚えてないし、例え「覚えてくれてますか!?」と聞かれても誤魔化すくらいのことはできるから、必要もなかったのだ。
だけどその彼が顔をなんとなく覚えるまでの生徒となると性質が悪い、と言ったらアレだが、基本的に覚える必要がないというスタンスでいる幸村が覚えてしまうような女子だということだ。
幸村はそこの階段を使うことを諦めて踵を返して静かに立ち去る。
かなりの無駄になるけど、それならかなりの遠回りした方が全然マシだったからだ。
「…はあ…」
──なんで、俺はこうなんだろうか。
転入生の彼女はあれ以来遠巻きに見られていて、幸村が知る限りでは誰かに話しかけられたこともなければ、話しかけることもない。
唯一まともに声を聞いたのは幸村だけということになる。だからこそ、気分が悪い。とても悪い。
…ただ一言が縛られる。
ただ一言のせいでもしかしたら一人の生徒がこんなにも言葉の上で遊び転がされてる。
義理もない、だけど一言言葉にするくらいで死ぬ訳でもない、なのに、と彼が考えると不快感が増して、気持ちを振り払うために自分が穏やかになれる屋上庭園への道を歩いた。
少しだけ、少しだけ深呼吸したら教室へ戻ろう。時間が無くなる。そう考えて区切りをつけたつもりだった、
…なのに。
屋上庭園には転校生の彼女が居た。
本当に彼女が幸村に対して何をした訳でもない。彼女が幸村に縋った訳でもない。
あれ以来視線さえ合ったことがない。自発的にあの状況を作り出した訳でもない、ただの不運の積み重なり、なのに。
彼は彼女がここに居たことを、自分勝手な事情で恨んだ。
酷く自分勝手なことしか考えられない自分自身も同時に恨む。また同じようにその場所から踵を返して去る。厄日だ、といつかのように考えながら、
どうか自分自身のために、彼女にもうこうして向き合うことはありませんように、と無理なことを願いながら、
そしてそれからまた暫くの時間が経ち…。
「おはよう。……朝早くからこんな所で珍しいね?」
昨日の昼休み、幸村は部活やら委員の役割に追われてどうしても屋上庭園の植物に水遣りをやる時間が割けなかった。花壇の水遣りもさることながら、庭園の一部の植物の水遣りも彼の役割だ。
ここの所彼自身のうっかりや、周囲のうっかりに加え、忙しさが増す頃が丁度重なり合うと、こんなことも起きるようになる。
植物に一日水をあげないだけでどうにかなってしまう、不調を来たす種だってある。単純に一日あげなかっただけで乾きに強い植物だって全く影響がない訳じゃないのに、と若干の焦燥感を抱きながら彼はいつもより早く起きて水遣りをしに来た。…でも。
そこに転校生の彼女が居た。朝早くに来て水遣りをしなくてはならなかったことは今までに一度。そしてその時にも彼女はここでぼーっとしながら植物を見ている。
その一度は時間も時間だったし幸村も水遣りに追われていたから話しかけなんてしなかったけど、今回ばかりはお互いがハッキリと認識できる位置に居るし、幸か不幸か時間にゆとりが少しばかりある。
…だから関係がギクシャクしないように、幸村は挨拶をした。クラスメイトが、しかもすぐ後ろの席に居る彼女に話しかけないで冷たく去るなんて、嫌われてる、だとか勘違いされて騒がれても困るから、という理由で。
…まあ多分彼女はそういう性質の人間ではないと分かっていたけど、と自分の中でああだこうだと言い訳や考察をしていた。しかし。
返事が返ってこない。しゃがみこみ、植物をじっと見つめたまま彼女はこちらへ背を向けたまま、ぴくりとも動かなかった。…まさかあの体勢で寝てるってこともないだろう。
だったらあえて無視した?
彼があの言葉に含みをこめたことに気がついていたのだろうか?
「……、」
なんにしてもこのまま棒立ちしたままにしていても返ってこないものは返ってこない。
黙々と居心地の悪さを感じながらも水遣りをする。そして彼女が居る付近の植物にそろそろ水遣りを、と近づきかけた所で、彼女はもう既に水をやった植物へ近づきまたしゃがみこんだ物だからこれで確実だった。
…彼女はあえて幸村を無視している。気がつかなかったのではなく彼の行動も読めるんだからあえてだ。
…彼女が花壇や屋上庭園に多く居ることがあまりにも多かった。
花壇の水遣りにしても、近くに出くわすことが多くて、「もしかして一度優しくされたから懐かれた?」と彼は勘繰ったけど、逆だ。何故か嫌われてるらしい。
おかしいな、表面的には(少なくとも女子には)人好きのする生徒、ってことで通ってるんだけど。何か角が立つことをした覚えもない。
学校案内を申し出たあの日は多分、彼女の学校生活の中で自惚れではなく、一番他人に対して友好的だった瞬間だったと思う。
…自分の心の中の彼女に対しての扱いの酷さはおいて、何をしたじゃないのにこの態度。
若干苛立ちを感じたのは笑顔に隠されたままだけれど、
自分も相手に構って欲しくない、でも構われなかったら構われなかったで理不尽に思うなんて、幸村は自分を相当面倒臭い人間だと自嘲した。
でも彼女がそういうスタンスで接してくれるなら、それも都合良いと思った。
転校生だから、と彼女と接点が増えた所で、不幸になるのは彼ばかりでない、一番の不幸を味わうことになるのは彼女自身だから。
1.転校初日〜─不憫な生活の始まり
転校生が一年の幸村達のクラスへやってきた日。あれから暫くが経った。
何の変哲もない日常を送っていた彼達のクラスに、または他所へと変化がもたらされた。
………、「一年のとあるクラスの転校生が、霊感少女らしい」…という馬鹿げた噂が流れ出したことだ。
「……」
本当に馬鹿げてると幸村は思った。だって、霊感少女って。しかもその噂で暇を潰してる生徒達って。そんな暇があるなら色んなことに有意義に費やせば良いのにと思うも、
転入生の噂に関してはただのそれこそ「噂話」、だ。
アイツサイテー、という批判をする陰口ではなくお遊びみたいな物。確かに暇つぶしににはなるかもね、と彼はぼんやりと考えた。
寝る間も惜しむ激務に励むような社会人や専門学生はそういった噂話なんてしている暇もゆとりもないと聞いたことがある。
噂話なんてする余裕もなく目の前の自分のことしかこなせないからだ、と。
なら人間…というか中学生なんてそんな物なのか、と彼は思ったはいいけど、
中学生ながら毎日部活に熱心に励んでいる自覚があるけれど、心の中で他人に対してこんなことを考えている自分自身も対して変わらないか、と自覚したらしく、笑った。
結局大なり小なり人間他人の噂をしているんだろう、他人のことを心の中だけででも考えたらある意味それだけで自分だけの噂になる。とすれば、口にするか口にしないかの差だけ。
…それで。笑って終わらせたかった、だけど。
「でさー、さんってほんとに色んな所じーっと見てるの、あたし今日見たもん!」
「えーこわっ、ほんとに霊感あんの?」
「んな訳ないじゃん、どうせ構って欲しくて自分から自称しだしたんじゃない?」
「あー、あり得る。大人しいし地味な子だし、注目浴びたいんじゃん?んで大成功だしー」
「んでんで、うちらにも超注目浴びてるしね」
「つーかあーやって色んな物見てるのももしかして噂知っててわざとしてる?だったら結構ムカつくわ」
昼休み、早めの昼食を終えた彼は図書室へと向かった。借りた本を返すのと、新たな読書用にと目当てをつけておいた本を借りるためにだ。
そうして少し上機嫌で歩いていたまでは良かったのに、まだまだ新鮮なニュースである転入生の噂は今がピーク。
ちょっとした、
「霊感あるって」「マジか、すげーじゃん」「今度みてもらえよ、肩こってるって言ってたじゃんお前」「おいおいいくら払えばいいんだ俺?」だとかいう、微笑ましい部類の噂話をしていたくらいならまだ何事もなく、幸村は廊下に屯している彼らの横を通り過ぎてこれた。
でも階段の踊り場でいかにも、な噂話をしている彼女らを見つけた瞬間、一気に彼の胸の辺りが重くなる。
…──こういうのが一番性質が悪くて、俺は嫌いだ…。
聞いた瞬間胸だけじゃなくて全身が重くなる感覚がするらしい。流石に彼は吐きはしないけど、聞いていて酷く気持ちが悪いと不快感に酔っていた。
…そういえば彼女達はテニス部ファンだったっけかと思い出す。
彼は名前なんていちいち覚えてないし、例え「覚えてくれてますか!?」と聞かれても誤魔化すくらいのことはできるから、必要もなかったのだ。
だけどその彼が顔をなんとなく覚えるまでの生徒となると性質が悪い、と言ったらアレだが、基本的に覚える必要がないというスタンスでいる幸村が覚えてしまうような女子だということだ。
幸村はそこの階段を使うことを諦めて踵を返して静かに立ち去る。
かなりの無駄になるけど、それならかなりの遠回りした方が全然マシだったからだ。
「…はあ…」
──なんで、俺はこうなんだろうか。
転入生の彼女はあれ以来遠巻きに見られていて、幸村が知る限りでは誰かに話しかけられたこともなければ、話しかけることもない。
唯一まともに声を聞いたのは幸村だけということになる。だからこそ、気分が悪い。とても悪い。
…ただ一言が縛られる。
ただ一言のせいでもしかしたら一人の生徒がこんなにも言葉の上で遊び転がされてる。
義理もない、だけど一言言葉にするくらいで死ぬ訳でもない、なのに、と彼が考えると不快感が増して、気持ちを振り払うために自分が穏やかになれる屋上庭園への道を歩いた。
少しだけ、少しだけ深呼吸したら教室へ戻ろう。時間が無くなる。そう考えて区切りをつけたつもりだった、
…なのに。
屋上庭園には転校生の彼女が居た。
本当に彼女が幸村に対して何をした訳でもない。彼女が幸村に縋った訳でもない。
あれ以来視線さえ合ったことがない。自発的にあの状況を作り出した訳でもない、ただの不運の積み重なり、なのに。
彼は彼女がここに居たことを、自分勝手な事情で恨んだ。
酷く自分勝手なことしか考えられない自分自身も同時に恨む。また同じようにその場所から踵を返して去る。厄日だ、といつかのように考えながら、
どうか自分自身のために、彼女にもうこうして向き合うことはありませんように、と無理なことを願いながら、
そしてそれからまた暫くの時間が経ち…。
「おはよう。……朝早くからこんな所で珍しいね?」
昨日の昼休み、幸村は部活やら委員の役割に追われてどうしても屋上庭園の植物に水遣りをやる時間が割けなかった。花壇の水遣りもさることながら、庭園の一部の植物の水遣りも彼の役割だ。
ここの所彼自身のうっかりや、周囲のうっかりに加え、忙しさが増す頃が丁度重なり合うと、こんなことも起きるようになる。
植物に一日水をあげないだけでどうにかなってしまう、不調を来たす種だってある。単純に一日あげなかっただけで乾きに強い植物だって全く影響がない訳じゃないのに、と若干の焦燥感を抱きながら彼はいつもより早く起きて水遣りをしに来た。…でも。
そこに転校生の彼女が居た。朝早くに来て水遣りをしなくてはならなかったことは今までに一度。そしてその時にも彼女はここでぼーっとしながら植物を見ている。
その一度は時間も時間だったし幸村も水遣りに追われていたから話しかけなんてしなかったけど、今回ばかりはお互いがハッキリと認識できる位置に居るし、幸か不幸か時間にゆとりが少しばかりある。
…だから関係がギクシャクしないように、幸村は挨拶をした。クラスメイトが、しかもすぐ後ろの席に居る彼女に話しかけないで冷たく去るなんて、嫌われてる、だとか勘違いされて騒がれても困るから、という理由で。
…まあ多分彼女はそういう性質の人間ではないと分かっていたけど、と自分の中でああだこうだと言い訳や考察をしていた。しかし。
返事が返ってこない。しゃがみこみ、植物をじっと見つめたまま彼女はこちらへ背を向けたまま、ぴくりとも動かなかった。…まさかあの体勢で寝てるってこともないだろう。
だったらあえて無視した?
彼があの言葉に含みをこめたことに気がついていたのだろうか?
「……、」
なんにしてもこのまま棒立ちしたままにしていても返ってこないものは返ってこない。
黙々と居心地の悪さを感じながらも水遣りをする。そして彼女が居る付近の植物にそろそろ水遣りを、と近づきかけた所で、彼女はもう既に水をやった植物へ近づきまたしゃがみこんだ物だからこれで確実だった。
…彼女はあえて幸村を無視している。気がつかなかったのではなく彼の行動も読めるんだからあえてだ。
…彼女が花壇や屋上庭園に多く居ることがあまりにも多かった。
花壇の水遣りにしても、近くに出くわすことが多くて、「もしかして一度優しくされたから懐かれた?」と彼は勘繰ったけど、逆だ。何故か嫌われてるらしい。
おかしいな、表面的には(少なくとも女子には)人好きのする生徒、ってことで通ってるんだけど。何か角が立つことをした覚えもない。
学校案内を申し出たあの日は多分、彼女の学校生活の中で自惚れではなく、一番他人に対して友好的だった瞬間だったと思う。
…自分の心の中の彼女に対しての扱いの酷さはおいて、何をしたじゃないのにこの態度。
若干苛立ちを感じたのは笑顔に隠されたままだけれど、
自分も相手に構って欲しくない、でも構われなかったら構われなかったで理不尽に思うなんて、幸村は自分を相当面倒臭い人間だと自嘲した。
でも彼女がそういうスタンスで接してくれるなら、それも都合良いと思った。
転校生だから、と彼女と接点が増えた所で、不幸になるのは彼ばかりでない、一番の不幸を味わうことになるのは彼女自身だから。