第三話
1.転校初日〜─不憫な生活の始まり
あの後、昼休みを削り、加えて授業が終わった放課後に転校生の彼女を連れて幸村は学校案内をした。
本当は彼の部活始まってる時間だし、隣に転校生の彼女を連れて歩くとヒソヒソと噂話をされるしで気分は最悪である。それをおくびにも表に出さない所が彼らしい。
しかし転入生だよ、とたまにどこからの情報を耳聡く仕入れたのか、噂に付け足しをしてくれると「ああ、幸村くん優しいからね」で終わりにしてくれたので、
今日案内するくらいだったら何ともないだろうと判断し彼一息ついた。
…そう、なんともないはずだ。何も悪いことなんて起こるはずがないのだ、と一人。
同じテニス部員である弦一郎に部活に遅れることとその理由を伝えはしたけれど、正直その遅れが痛い。
彼は自分なりに今日しなくてはならないこと、終わらせること、色んなことを順序だてていたのに、それが少し崩れた。しかし崩れた所ですぐに練り直せれるだけの能力は十分にあるが、その"だけ"というそれが地味に面倒臭いのだ。
そして教室の各所や、一応知ってるかもしれないけれど職員室への道順、階段やらあれそこへの教室への近道やら、保健室やら、どうせならと取りこぼしなく隅々まで教えた。
わからないと言われまた聞かれても困るし、という意図もある。
素直に無言で頷き、ついて来る転校生の彼女を横目で確認しつつ、
…そして、最後。屋上庭園へたどり着く。
連れて来てその庭園が目の前に広がったその瞬間、転校生の彼女は少しだけ目を見張った、
…ように見えたかもしれない。基本無を極めすぎていて幸村には確証はもてなかった。
「……すごい」
すると、ぽつり、と今までただ頷くしかなかった転校生の彼女が口を開く。…すごい?
抽象的過ぎてどの辺の所を言ってるのかは分からないけど珍しく感情を揺さぶられる何かがあったらしいとは分かった。教室でのありがとう、しか一度も口を開かなかった転校生が、
少しだけ口を半開きにさせてる。それは幸村にとって僅かばかりは驚くことであった。
…確かに自分自身も気に入ってるけど、無を極めてる転入生さんを何を基準に凄いと言わしめたのか、この庭園はと考えた。
「……ありがとう。多分、これで全部覚えた。…部活…とか。あるんだよね?ごめんね。…助かった。それに良いところみつけた」
見知った庭園の至る所を注意深く再確認していると、転校生が珍しく饒舌に喋る物だから少しだけ驚いて目を向けるが、…笑ってた。
あれだけ無になれるんだから、というか田辺のあの姿を見て無言で無表情で居られるくらいの兵だ、笑いも困りも出来ないのかと幸村は勝手に思ってたけれど、どうやら思い違いをしていたらしい。
…なんだ笑えるんだ。じゃあなんであの時愛想笑いでもいいから、へらりとでも良いから笑っておかなかったんだろう。
そうすればクラスメイト達の印象も少しは違っただろうにもしかしたら助け舟がきたかもしれないのに。
…表情筋がない引きつり笑いじゃない、日々笑ってる人間のそれだ。
…そして、それが分かった途端に謎は深まるばかりだった。
…笑ってくれたらもしかしたら自分も楽だったのかもしれないのに、と思うのと同時に、明日からさぞかし不憫なレッテルを貼られて生活を送るだろうことが容易に予想できてしまってそれこそ幸村は不憫に思った。
…だからって、これ以上は自分にとって、助け舟を出すのは過多になると感じる。
助け舟の過多の定義なんてないけれど、助け舟を出した瞬間の視線、そして昼休み、放課後と学校内を歩いた時のあの遠巻きに見られた感じを見たら、ああこの辺が限度だなと幸村は悟ったし、何より部活の時間を削られて尚助けたいなんて正直思えない。
…──一言助け舟を出してやる。それだけでも転校生の彼女の生活は比較的穏やかなものになるかもしれないのに、自分ははなんでその一言がこんなに縛られてるのだろう、と頭が痛くなり、また口角を上げる。
穏やかに、穏やかに。いつでも緩やかな笑みを湛えて。
彼女ほど常に怖い顔をしている人間ではない、むしろ常に笑みを湛え笑顔で怒るような性格であるのが素であるが、ある意味幸村はこの笑みを意識的に常時湛えていることを強いられているような物だった。日常的に意識してするのか意識してしないかの差は大きい。
「…じゃ。…ありがとう…ございまし、た。……頑張って、………部活」
そうして所々言葉を選び迷い詰まりながら深々と頭を下げてからあっさりと彼を解放してくれた彼女を幸村は、シンプルな性格をしてると思ったし、そしてそれと同時にやっぱりコミュ力がないのかな、と自分の中で彼女を定義していた。
その後、遅れて部活に参加した彼は「災難だったな」と何かを察したかのように部員達に慰められ、彼は曖昧に笑うしかなかった。
──確かに俺もとばっちりの災難だったけれど、彼女もなかなかの災難だと思ったからね…と、胸の中で一人。
1.転校初日〜─不憫な生活の始まり
あの後、昼休みを削り、加えて授業が終わった放課後に転校生の彼女を連れて幸村は学校案内をした。
本当は彼の部活始まってる時間だし、隣に転校生の彼女を連れて歩くとヒソヒソと噂話をされるしで気分は最悪である。それをおくびにも表に出さない所が彼らしい。
しかし転入生だよ、とたまにどこからの情報を耳聡く仕入れたのか、噂に付け足しをしてくれると「ああ、幸村くん優しいからね」で終わりにしてくれたので、
今日案内するくらいだったら何ともないだろうと判断し彼一息ついた。
…そう、なんともないはずだ。何も悪いことなんて起こるはずがないのだ、と一人。
同じテニス部員である弦一郎に部活に遅れることとその理由を伝えはしたけれど、正直その遅れが痛い。
彼は自分なりに今日しなくてはならないこと、終わらせること、色んなことを順序だてていたのに、それが少し崩れた。しかし崩れた所ですぐに練り直せれるだけの能力は十分にあるが、その"だけ"というそれが地味に面倒臭いのだ。
そして教室の各所や、一応知ってるかもしれないけれど職員室への道順、階段やらあれそこへの教室への近道やら、保健室やら、どうせならと取りこぼしなく隅々まで教えた。
わからないと言われまた聞かれても困るし、という意図もある。
素直に無言で頷き、ついて来る転校生の彼女を横目で確認しつつ、
…そして、最後。屋上庭園へたどり着く。
連れて来てその庭園が目の前に広がったその瞬間、転校生の彼女は少しだけ目を見張った、
…ように見えたかもしれない。基本無を極めすぎていて幸村には確証はもてなかった。
「……すごい」
すると、ぽつり、と今までただ頷くしかなかった転校生の彼女が口を開く。…すごい?
抽象的過ぎてどの辺の所を言ってるのかは分からないけど珍しく感情を揺さぶられる何かがあったらしいとは分かった。教室でのありがとう、しか一度も口を開かなかった転校生が、
少しだけ口を半開きにさせてる。それは幸村にとって僅かばかりは驚くことであった。
…確かに自分自身も気に入ってるけど、無を極めてる転入生さんを何を基準に凄いと言わしめたのか、この庭園はと考えた。
「……ありがとう。多分、これで全部覚えた。…部活…とか。あるんだよね?ごめんね。…助かった。それに良いところみつけた」
見知った庭園の至る所を注意深く再確認していると、転校生が珍しく饒舌に喋る物だから少しだけ驚いて目を向けるが、…笑ってた。
あれだけ無になれるんだから、というか田辺のあの姿を見て無言で無表情で居られるくらいの兵だ、笑いも困りも出来ないのかと幸村は勝手に思ってたけれど、どうやら思い違いをしていたらしい。
…なんだ笑えるんだ。じゃあなんであの時愛想笑いでもいいから、へらりとでも良いから笑っておかなかったんだろう。
そうすればクラスメイト達の印象も少しは違っただろうにもしかしたら助け舟がきたかもしれないのに。
…表情筋がない引きつり笑いじゃない、日々笑ってる人間のそれだ。
…そして、それが分かった途端に謎は深まるばかりだった。
…笑ってくれたらもしかしたら自分も楽だったのかもしれないのに、と思うのと同時に、明日からさぞかし不憫なレッテルを貼られて生活を送るだろうことが容易に予想できてしまってそれこそ幸村は不憫に思った。
…だからって、これ以上は自分にとって、助け舟を出すのは過多になると感じる。
助け舟の過多の定義なんてないけれど、助け舟を出した瞬間の視線、そして昼休み、放課後と学校内を歩いた時のあの遠巻きに見られた感じを見たら、ああこの辺が限度だなと幸村は悟ったし、何より部活の時間を削られて尚助けたいなんて正直思えない。
…──一言助け舟を出してやる。それだけでも転校生の彼女の生活は比較的穏やかなものになるかもしれないのに、自分ははなんでその一言がこんなに縛られてるのだろう、と頭が痛くなり、また口角を上げる。
穏やかに、穏やかに。いつでも緩やかな笑みを湛えて。
彼女ほど常に怖い顔をしている人間ではない、むしろ常に笑みを湛え笑顔で怒るような性格であるのが素であるが、ある意味幸村はこの笑みを意識的に常時湛えていることを強いられているような物だった。日常的に意識してするのか意識してしないかの差は大きい。
「…じゃ。…ありがとう…ございまし、た。……頑張って、………部活」
そうして所々言葉を選び迷い詰まりながら深々と頭を下げてからあっさりと彼を解放してくれた彼女を幸村は、シンプルな性格をしてると思ったし、そしてそれと同時にやっぱりコミュ力がないのかな、と自分の中で彼女を定義していた。
その後、遅れて部活に参加した彼は「災難だったな」と何かを察したかのように部員達に慰められ、彼は曖昧に笑うしかなかった。
──確かに俺もとばっちりの災難だったけれど、彼女もなかなかの災難だと思ったからね…と、胸の中で一人。