第二十二話
3.仲良しの噂をされる程度の仲良しそれなりに


──いつからか、テニス部員達は変わってしまったのだと風の噂で聞いた。
──でも前より今の方がみんな笑顔で…と嬉しそうにしている生徒もいた。
──でも、どこか寂しそう、と物憂げな顔をする生徒もいた

──あんなことがなければ…
誰かが言うテニス部員に関する言葉は口にすることはタブーとされていたらしく、友人に宥められて口を閉ざした彼女。そして私はそれ以降を聞けることはその後一切無かった。



固まる三人の男達。赤髪やら銀髪やら、まあスキンヘッドはなんとも言えないんだけどようやるなあ中学生、と思っていたその子ら。
聞くに、和気藹々と仲良くテニスしてたよき友だと思ってたのに目の前の幸村の笑みに硬直して冷や汗を流す彼らは本当に仲良し…?と疑ってしまうんだけど。
私も最初はおっかなびっくり彼を見てた。でも、ああ、と思ってしまったのだ。

…こわい、のか。彼は。何が?と言われたら私にもよくわからない。でも学校を一人ぼっち、友達もいず、生徒達の噂話を聞いて歩くのが日課、のような私の耳には色々と入ってくる。最初は何も知らない状態での転校を過ごしやすくするために、と思ってた。
でもいつからかは過ごしやすくとはまた違った噂にも耳を傾けるようになる。
…そうすると嫌でも聞こえてきてしまう。


「…、なんで」


底知れぬ笑みを湛えていた幸村は眉を下げた。それでも情けないくらいじゃなく、困ったような笑み。いつも爽やかな幸村らしい、と思った。
…こんな時くらいぐしゃぐしゃに顔を歪めたっていいのに。この子らは、大なり小なり我慢ばかり。周りの思うまま、お気に召すままに。それが自分のやりたいことへの為になることとはいえ、世の中は理不尽なことばかり。
投げ出したいことばかり。
喚きたいことばかり。
泣きたいことばかり。
止めたいことばかり。
強いられることばかり。

その中でそんなことを受け入れて毎日を生きてる子らは、特に完璧に笑顔を作る幸村は、
いったいいつその心は開放されるのか。


「……」


顔をぐしゃぐしゃにしなかった幸村の変わりに、シャツの襟を引っ張って半ば無理やり頭を垂れさせて、頭をぐしゃぐしゃにしてやった。
それを見てぎょっとしていた男三人。小さく引き攣るような悲鳴が聞こえたする気がするけど幸村くんこんなじゃれ合い程度でそんな反応されるってどんな関係築いてるの幸村くん。
部活内での彼の片鱗が見えた。馬鹿だなあ。

同じ年頃のまだまだ幼い男子中学生、女子中学生、と言えど身長差はある。
男より女は小さくか弱い。だからと言って、私が頭をガラス窓にぶつけたくらいでどうにかなる女の子だと思われても困るよ幸村。
死ななかったし、傷も残らなかったし、何も気に病むことなんてないし。
幸村は多分今さっきのこの子らの会話を聞いたんだろう、それだけじゃ細かいことは分からないだろうけど、私の自業自得みたいな物でもあったんだよ。

思う存分ふわふわの髪をかき回してから、私はふ、と笑った。
凄く嫌そうな顔してる。うんうん、それは嫌だよねえ。男子中学生が同級生の女にこんな子供扱い。しかも友達が見てる前。

私は鞄を漁って一つの透明な袋の中から鮮やかなそれを取り出した。



「はい、あげる。疲れた時には糖分補給」
「……パイナップルって微妙だよ」
「じゃあレモン」
「それも微妙」
「注文が多いなあ、もう、全部もってけーどろぼー」


注文の度にガサゴソ袋を漁ってたけど幸村の言葉で私は飴が入った袋丸ごと幸村へと突き出した。遠慮もなく「ありがと」なんて受け取る幸村の笑顔が腹立たしいやらなんやら。
確信犯じゃあないでしょうね。私の面倒臭くなって途中で投げ出す性格を知ってるならあり得る。ため息をつきたくなるのを抑えてくるりと背後のあの子らへ振り返ると、まだ目を丸くしていて笑ってしまった。


「はい、これジャッカル君に」
「う、お、おう?」
「これはえーと…丸井くん?に」
「名前まだ覚えてなかったのかよぃ」
「はい、これは…におう…君に」
「引きずるのおさんも。…ありがとさん」


まだ状況が飲み込めらないらしい子も含め戸惑いつつもお菓子が沢山入った袋を受け取ってくれた。うんうん、良かった。昨日駄菓子屋さんに行っていっぱい目移りしといて。
なんせお金はありあまってる物で、高い買い物はしないけどこういった細々とした物は躊躇なく買ってしまってる中学生にあるまじきアレだ。
塵も積もれば、という言葉もあるけど、高い買い物をしないのは心の平和を保つためで、お金には…比喩じゃなくて本当に限度がない。無限にある。どこまでもある。絶対に尽きないくらいある。
…どうなってるんだろうあの口座は。


まあ、ともかく


「じゃ、部活がんばってね」


せいぜい甘いものでも食べて頑張っちゃってくださいね、とさっさと退散しようと笑って背を向けようとすると、手を掴まれて歩みが止まる。それは幸村だった。
なんとも言えない、喜怒哀楽で分けれないようなそれこそ複雑な表情をしているものだからおかしい。ああ、本当に、人間はそうなのか。例えば今幸村が怒ってるとか、哀しんでるとかそれだけで表せるのならこんなにも難しくなかったのに。
いや難しいからこそ。そんな難しい幸村だからこそ、私は。


「いいんだよ」


そう小さく言うと目を見張る。
例えばこれは、喜怒哀楽のどれかだけか?と言われたらそうじゃない。



「………そのお菓子、まあ多いけど、遠慮なくもらって糖分補給しちゃってね」


そうじゃないから。私はその難解で複雑で面倒臭くて投げ出してしまいたくて何度立ち向かっても必ずいつかは挫ける時がきて、それでもソレに向き合おうとする幸村が。
光のように思えて仕方がない。

そんなこと、きっと今呆けている彼自身知りもしないんだろうけど。




彼らと居た中庭の木陰から離れ、人通りも疎らになった静まり返る廊下を歩く。
──ああ、やっぱり、そうなのか、と思った。
幸村が捉え方によれば悲痛に顔を歪めることさえこらえ、眉を下げて笑ってた痛々しい姿。きっとジャッカル君たちとの会話を聞いて彼らしくもなく乱暴に割り込んできたその時。
私が髪をぐしゃぐしゃとしていた時俯き、ほんの軽く、無意識になのか噛んでいた下唇。
最後私を引き止めた時に見せたあの揺らぐ目は。




「……投げ捨てられたらどんなに楽なんだろう」


生きているんだから、自由でいたい。自由に人生謳歌していたいから生きてる。…はずなんだ。
なのにみんな縛られながら生きているのはなんでだろう。ああやって幸村のように歯を食い縛って耐えなくてはならない現実って、なんなんだろう。
ああ、そうだね。きっと私は今そんな現実全部忘れてるから外側から客観的に、落ち着いて見ていられる。今の私には縛られる物はほぼ無いといっても過言ではないし。
でもきっといつの日か縛られることに耐えられなくて挫けて立ち上がることが出来なかった私は、

やっぱりまだ眩しい彼を傍で見ていたい。
悲しい顔をしていても彼がもし苦悩して喚き散らしても、それは私には眩しくしか見えない。今彼がとても眩しい。あの子らがとても羨ましい。
輝かしく生きてると思う。
2018.2.11