第二十話
3.仲良しの噂をされる程度の仲良しそれなりに
が入院したらしい。
のクラスメイトらがそれを聞いて「悪霊にでもやられたか」「さんクラスの霊感少女がまさか」とか悪乗り、というか本気で思ってるのかは分からないがザワついてるのをBGMに、一人静かに受身で居るのは彼、幸村精市のみ。
陰ながらとは言え親しくしているが突然入院、と聞いて冷静で居られるのは、なんとなく入院の理由は察してるからだ。

…──もしかして、、記憶喪失が軽度じゃなくて重度なのバレたのかな、と。


そしてそれは遠からず近からず。当たってもいるが当たってもいない推測だった。



「おかえり、
「……退院おめでとう、とか言わないかな?普通は…」
「だって記憶喪失の件がバレたのかなーって」
「わあ、察しが良すぎて笑っちゃう、というか泣いちゃう。……うん、まあそんなような所かな…」
「また変な言い回しするね…」
「検査入院だったんだよ、頭の具合を確かめるための…うん…」
「で頭は無事だった?」
「なんでいちいちそんな厭らしい言い回しするんですか幸村くん私は悲しい」


わぁっと彼、幸村の冗談に顔を覆いながらそのままベンチに伏したは起き上がっては来なかった。
病み上がりのに酷い言い方をするが、彼は正直に言えば少しくらい心配はしてたし、本当にが言ってる通りの重度の記憶喪失だったのなら不安定な状態が続いたままだったのだし、
芳しくないのかも、と不安感を持つくらいはいくら彼といえど、当たり前だった。


「……なんともないみたいで、よかったよ」


幸村は冗談を挨拶代わりのようなものにして、へと心からの言葉を投げかけた。
は「はいはい」とそれでも伏せたままだが、幸村の表情は今までにないほど、とても穏やかだった。

…正直に言えば、との関係は記憶喪失が真実かどうか信じる信じないという勝手な思いから始まった物であったが、
検査入院までしていると学校公認の情報を堂々と得てしまい、
は頭が…いや、なんでもない、のプライバシーもあるしな、すまん聞かなかったことにしてくれ」と言われ、そのワードだけで、ああ、記憶喪失って本当なんだ、と幸村が確信するには十分だった。
現に頭の検査、というにはには外傷も見当たらないし手当ての痕もないし、二日程度の空白で完治するなんて思えない、なら内部の検査、としか思えなかったのだ。

…実を言えば、これだけ砕けた話を数ヶ月続けていたら、
もう記憶喪失がどうとか近づいた目的とか、そんなのなしにして、ただ「話していて気が楽だし、共通の話題で盛り上がるのは楽しい」という事実が幸村の全てであった。

彼達に近づいてくる女子が「好意」つまり「下心」「恋心」を持って接してくるかは目を見れば分かる、といえば大げさに聞こえるが、事実「目は口ほどに物を言う」という言葉がある通り、目も言葉も表情も声色も仕草も姿勢も近づき方も話題の振り方も全てテンプレートで、
分かってしまう。しかしはその「恋心」を持った女子生徒のテンプレートをことごとく避けた。幸村のことについて聞いて踏み込んでくることもないし、
純粋に五分、十分の間に趣味の話題についてやくだらない醜い冗談を飛ばしあう関係のどこに色恋のソレが混じっているのか、数ヶ月じっくり付き合ってみて彼には一つも見つからない。
彼はもう、「記憶喪失」については既に信じていた状態で、教師の口から出た言葉で「ああやっぱり」とふーん、と言う程度の反応しか返せず、

──いやそもそも霊感少女とかふざけた肩書きをあえて許したまま恋心のために男子の気を引こうと近づいてくる女子なんて居るはずがないし
と途中教師は至って真面目な話をしているのに、不謹慎にも笑いそうにもなった。


「……でも、どうして今更勘付かれたの?」
「……自業自得…かなあ……」
「…の言い回し、本当によくわからないよ」
「あのね、自業自得しかいいようがないんです今回は、…まあカンペがあったから正常な人間ってことで退院できたし」
「ねえ
「さーて今日もお花の写真をとるぞー!」


そして幸村は目の前の女子生徒の頭を本気で心の底から心配した。
この女、重度の記憶喪失を疑われた検査のために、「カンペ」で喪失した部分の記憶を補って健常者の肩書きを晴れて手に入れたのか、と。

そこまでして記憶喪失を維持したいのか、不都合も多いだろうに、と呆れるのと共に、そこまで記憶喪失のままを拘る理由、と考えてみると彼にはまったく思いつかない。
──…忘れたままでいたい過去がある、とか?それにしてはカンペなんてあるともう思い出したも同然だと思うんだけど…
──…そもそも自業自得ってどんな自業自得をしたらバレるの?うっかり喪失してるのバラすような発言しちゃったとか?

…そもそも彼には彼女が記憶喪失になった理由も、失われた部分の記憶がどんな物であるのかも分からない。知らない。
プライベートの話は一切しない関係。個人の話というのなら「個人の趣味はこれ」と開示する程度の物で、お互いのことをほとんど知らないのだ。

するとあれ、自分達って、そもそもどんな関係だったんだっけ?毎朝少しだけ話し合う、とても楽しいと思う、でも自分達のことは話さないし周りも知らない、やましいこことはないし、これって何なんだろう?と、
根本的な所から疑問に思えてくる。

…しかし分かっていた。最初に近づいたのは自分。転校生の世話を焼こうとしたのも自分の事情によってのものであり、「記憶喪失を信じる」として自身の肥やしにするために彼女に近づいたのも自分。
…でも彼には分からなかった。彼が危惧していた通り、「信じたその後に、何がある?最終的にどうなりたいのか?」…そう、分からなかった。





人を信じられなくなってしまったから信じたい。そして彼女の記憶喪失の部分を心から信じられるようになり、その後。
自分は目的達成をしたその後、彼女とどうありたいのか、そしてその後自分がどこへ向かって行きたいのか、分からなくなっていた。
2016.6.30