第二話
1.転校初日〜─不憫な生活の始まり
彼は「いい子」な「優等生」で居ることを周囲の人間に強いられていた。
そして彼もある時を境にして、その方が自分にとって、そして周りにとっても一番いい形なのだろうと自ら強いられ、縛られることを受け入れていた。元々素行が悪い子供ではなかったが極端なくらいな優等生へと変わっていく。年々まったく隙がなくなり磨きがかかる。
…それが本当に納得して、心から望んでいることなのかは別としての話だが。
…彼は正しく自分が望む道を安全に歩む為の術を完全に身に着けてしまっていたのだ。
少なくともそれは高々男子中学生が自ら悟り、身に着けるには早い物に思えるが、それを必要とされているのだと気が付いてしまった。彼は悟ってしまったのだ。正しく。自分が望む、守りたい物を守れる安全な道がどこにあるのか。
自分のクラスに転校生がやって来た、らしい。
幸村がそう付け足したのは、らしいというにも、あまりにも急でそれを事前に知っていた人間が居なく、そしてそれは幸村自身もそうだったからだ。
あちら側としてもそんなに切羽詰った急な状態での転入だったのか、と思うも担任はわざわざ事情なんて説明しなかったし、
そもそも担任自体も「転校生なんて予想外だ!」と顔に書いてあるくらいに慌ててるのは何故だろうか。学校側が知らなかった!なんてことはありえない話だとは彼自身も思ったがそれくらいに慌てていたということで。それでもその疑問を自分から問いかけることはないだろうと断言出来る。
……そして、この手のイベントに好奇心旺盛なはずな生徒達地も…。
頭が痛くなるような感覚を抑えて幸村は不自然にならない程度に口角を上げたままを保った。
気持ちが参った時の彼は気を抜くと「怖い」と言われる表情になっているらしく、それを部活のレギュラー陣から聞いた時から口角を上げるように心がけている。
…即ち、彼がハッと気をつけなければいけないような状態になっているということで。
教室に入って来た転校生の彼女は教科書もないらしい。教科書もともかくとしてこの学校のことも何も知らない。知る必要がある場所についても一切。そして当たり前に友人なんて居るはずがない。教科書云々のことは出来れば隣の席の人間が引き受けてやれればいいと思うが、困ったことに転入生の席の隣の彼は…
……女性恐怖症の気があるらしい。
「ひ、ひぃッ…!ごめんなさい、ごめんなさぃいいい!!」
「………」
初日の転入生という存在がありながらも、クラスの担任の彼は他教室に慌しく入ってきた教師に呼ばれ「すまん!誰かを席に案内してやってくれ!田辺の隣だ!」同じく慌しく出て行き、
それだけでも幸村は見ていて転入生の彼女が不憫だと思ったのに、よりにもよって田辺という男子生徒はこの通りの女性恐怖症。
…が、こんなに怯えてガタガタとみっともなく震えてるには他にも理由がある気がする…と考える。
…なんでこの転校生は、表情がピクリとも動かないのか?教師に無情にも放置された時も動揺せず、田辺、という男子にこうも怯えられても座ったまま震える田辺を立ったまま上から無言で無表情でじっと見つめて…
…これは田辺も恐怖を覚えるだろうなあと幸村は思った。自分だって不気味だ、と納得する。
そういう性格、というのもあるのだろう。しかし、彼女のそれはただ無表情で無言だから、というただそれだけで出来上がる威圧感ではない、他の何かがあるような気がしてならない、…が。
…彼が頭が痛くなる困った状況というのはなんともこれだけに過ぎない。
……誰も助け舟を出す生徒がいないってどういうことなのかな?なんで教室みんな静まりかえってるの?前に転入生の女子生徒が来た時のはしゃぎ様はなんだったの?
…つらつらと頭の中に不満や募りが浮かび上がるのと共に最後に一呼吸入れて、一言。
……ああ、面倒臭い。
胸のうちでの独り言とはいえ、相当な露骨な不機嫌さが隠せなかったその気持ち。
しかしその言葉と共に腹を括ったらしい。
「さん、だよね」
「…?そう、です」
今この教室は異質な空気をかもし出してしまってる。
オイ誰かやれよ、お前こそやれよ、と無言で視線で厄介事を押し付けあっているようにも思える。
ここまで怖がらせる転校生の彼女も凄いが、それ以上に怖がりすぎてる田辺の存在が不運にもありそれを無言で見つめる他なかったコミュ力がないというべきか、なさん、というこの不運の重なりが悪いと傍から暫く傍観していた彼は思った。
…本当にこの不運は幸村にとっていい迷惑である。
彼は一番後ろの窓際近くにあるさんの席から、斜め右前。立ち上がりにこやかに笑って転校生の彼女に向かい合う。
するとホッとした表情をする生徒も居ればええ!?と嫉妬するような目を向ける生徒も居れば流石だよ、と"幸村精市"そうするのが当たり前のように受け取ってる生徒もいる。
…そういうことである。あくまで優等生の優しげな彼、「幸村精市くん」、というイメージが印象付いてるこのクラス、というか学校中の多くの女子達のせいで彼はわざわざ火の粉をかぶる、というか厄介ごとに自分から飛び込まざるを得ないのだ。
ここで助け舟を出さなかったら「あの幸村いい子ぶってたのに酷い野郎だ」だのなんだのかんだの、あれこれ脚色されて噂が広まるのは自分でも分かりきっていたのだから。
…ほんと、なんて厄日だろうね、今日は、と口にはせずとも、心のうちでだけは愚痴は絶やせない。
「もし良かったら、俺でよければ学校も案内するし、……教科書も今日だけ貸そうか?」
田辺も無理させたら可哀想だし、今日の所は席交換してもらってさ、と、"今日"という単語を強調させて話しかける。転校生の彼女へ向けて、そしてクラスメイトへ向けて。
幸村とて、永遠にお世話なんてしてあげられないし彼自身にそんな見知らぬ女子へ対する無償の愛でも注ぐような世話焼きをする気質はなかった。幸村とて比較的ハードな、いやハードすぎるテニスの部活もある。
…それに…
このクラスにも数名いるらしかった。何がといえば、嫉妬系テニス部ファンの女子が。
今も刺さるその視線が物語っている。
女子特有の嫉妬の視線。なんで転入生だからって「幸村くん」が、という視線。
しかし幸村が名乗り出さざるを得ない状況を作ったのは同性の女子達、そして気遣いも出来ない男子たちのせいなのだと考えると彼は息をつきたくなる、しかしつけるはずがない。
穏やかな表情の笑顔を作ったままだ。
彼は一人、考えた。
…──いつから、このクラスメイト達や女子という存在に失望するようになってきたんだっけ、と。
昔という程昔じゃないのに遠く思える。
あの時は自分も、自分達も普通の男子生徒の一人なはずで、クラスメイトの女子が近くで消しゴムを落とせば何を深く考えるでもなく、
条件反射で「はい、落としたよ」と純粋な好意で拾ってあげられる、
それこそ「普通」の男子生徒だったはずなんだ、とぽつり、ぽつり。
こんな風に弱い立場の一人に辛く当たるクラスメイトを見る度に、醜い嫉妬で眉を寄せる女子生徒を見る度にいつからこんなにも端から期待していなかったよ、なんて完全に失望したままでいるようになったのか。
醜い行動も無言の牽制も視線での圧力も陰湿な陰口も嫌いだ。
でもいつからか、「クラスメイトなんて、人間なんて」と冷めた目で失望してしまっている自分の中身も同じくらいに嫌いになってた。
転校生の彼女、は「…ありがとう」と無表情のままながら、少しだけ柔らかくなったように思える声色で、呟いて席についた。
1.転校初日〜─不憫な生活の始まり
彼は「いい子」な「優等生」で居ることを周囲の人間に強いられていた。
そして彼もある時を境にして、その方が自分にとって、そして周りにとっても一番いい形なのだろうと自ら強いられ、縛られることを受け入れていた。元々素行が悪い子供ではなかったが極端なくらいな優等生へと変わっていく。年々まったく隙がなくなり磨きがかかる。
…それが本当に納得して、心から望んでいることなのかは別としての話だが。
…彼は正しく自分が望む道を安全に歩む為の術を完全に身に着けてしまっていたのだ。
少なくともそれは高々男子中学生が自ら悟り、身に着けるには早い物に思えるが、それを必要とされているのだと気が付いてしまった。彼は悟ってしまったのだ。正しく。自分が望む、守りたい物を守れる安全な道がどこにあるのか。
自分のクラスに転校生がやって来た、らしい。
幸村がそう付け足したのは、らしいというにも、あまりにも急でそれを事前に知っていた人間が居なく、そしてそれは幸村自身もそうだったからだ。
あちら側としてもそんなに切羽詰った急な状態での転入だったのか、と思うも担任はわざわざ事情なんて説明しなかったし、
そもそも担任自体も「転校生なんて予想外だ!」と顔に書いてあるくらいに慌ててるのは何故だろうか。学校側が知らなかった!なんてことはありえない話だとは彼自身も思ったがそれくらいに慌てていたということで。それでもその疑問を自分から問いかけることはないだろうと断言出来る。
……そして、この手のイベントに好奇心旺盛なはずな生徒達地も…。
頭が痛くなるような感覚を抑えて幸村は不自然にならない程度に口角を上げたままを保った。
気持ちが参った時の彼は気を抜くと「怖い」と言われる表情になっているらしく、それを部活のレギュラー陣から聞いた時から口角を上げるように心がけている。
…即ち、彼がハッと気をつけなければいけないような状態になっているということで。
教室に入って来た転校生の彼女は教科書もないらしい。教科書もともかくとしてこの学校のことも何も知らない。知る必要がある場所についても一切。そして当たり前に友人なんて居るはずがない。教科書云々のことは出来れば隣の席の人間が引き受けてやれればいいと思うが、困ったことに転入生の席の隣の彼は…
……女性恐怖症の気があるらしい。
「ひ、ひぃッ…!ごめんなさい、ごめんなさぃいいい!!」
「………」
初日の転入生という存在がありながらも、クラスの担任の彼は他教室に慌しく入ってきた教師に呼ばれ「すまん!誰かを席に案内してやってくれ!田辺の隣だ!」同じく慌しく出て行き、
それだけでも幸村は見ていて転入生の彼女が不憫だと思ったのに、よりにもよって田辺という男子生徒はこの通りの女性恐怖症。
…が、こんなに怯えてガタガタとみっともなく震えてるには他にも理由がある気がする…と考える。
…なんでこの転校生は、表情がピクリとも動かないのか?教師に無情にも放置された時も動揺せず、田辺、という男子にこうも怯えられても座ったまま震える田辺を立ったまま上から無言で無表情でじっと見つめて…
…これは田辺も恐怖を覚えるだろうなあと幸村は思った。自分だって不気味だ、と納得する。
そういう性格、というのもあるのだろう。しかし、彼女のそれはただ無表情で無言だから、というただそれだけで出来上がる威圧感ではない、他の何かがあるような気がしてならない、…が。
…彼が頭が痛くなる困った状況というのはなんともこれだけに過ぎない。
……誰も助け舟を出す生徒がいないってどういうことなのかな?なんで教室みんな静まりかえってるの?前に転入生の女子生徒が来た時のはしゃぎ様はなんだったの?
…つらつらと頭の中に不満や募りが浮かび上がるのと共に最後に一呼吸入れて、一言。
……ああ、面倒臭い。
胸のうちでの独り言とはいえ、相当な露骨な不機嫌さが隠せなかったその気持ち。
しかしその言葉と共に腹を括ったらしい。
「さん、だよね」
「…?そう、です」
今この教室は異質な空気をかもし出してしまってる。
オイ誰かやれよ、お前こそやれよ、と無言で視線で厄介事を押し付けあっているようにも思える。
ここまで怖がらせる転校生の彼女も凄いが、それ以上に怖がりすぎてる田辺の存在が不運にもありそれを無言で見つめる他なかったコミュ力がないというべきか、なさん、というこの不運の重なりが悪いと傍から暫く傍観していた彼は思った。
…本当にこの不運は幸村にとっていい迷惑である。
彼は一番後ろの窓際近くにあるさんの席から、斜め右前。立ち上がりにこやかに笑って転校生の彼女に向かい合う。
するとホッとした表情をする生徒も居ればええ!?と嫉妬するような目を向ける生徒も居れば流石だよ、と"幸村精市"そうするのが当たり前のように受け取ってる生徒もいる。
…そういうことである。あくまで優等生の優しげな彼、「幸村精市くん」、というイメージが印象付いてるこのクラス、というか学校中の多くの女子達のせいで彼はわざわざ火の粉をかぶる、というか厄介ごとに自分から飛び込まざるを得ないのだ。
ここで助け舟を出さなかったら「あの幸村いい子ぶってたのに酷い野郎だ」だのなんだのかんだの、あれこれ脚色されて噂が広まるのは自分でも分かりきっていたのだから。
…ほんと、なんて厄日だろうね、今日は、と口にはせずとも、心のうちでだけは愚痴は絶やせない。
「もし良かったら、俺でよければ学校も案内するし、……教科書も今日だけ貸そうか?」
田辺も無理させたら可哀想だし、今日の所は席交換してもらってさ、と、"今日"という単語を強調させて話しかける。転校生の彼女へ向けて、そしてクラスメイトへ向けて。
幸村とて、永遠にお世話なんてしてあげられないし彼自身にそんな見知らぬ女子へ対する無償の愛でも注ぐような世話焼きをする気質はなかった。幸村とて比較的ハードな、いやハードすぎるテニスの部活もある。
…それに…
このクラスにも数名いるらしかった。何がといえば、嫉妬系テニス部ファンの女子が。
今も刺さるその視線が物語っている。
女子特有の嫉妬の視線。なんで転入生だからって「幸村くん」が、という視線。
しかし幸村が名乗り出さざるを得ない状況を作ったのは同性の女子達、そして気遣いも出来ない男子たちのせいなのだと考えると彼は息をつきたくなる、しかしつけるはずがない。
穏やかな表情の笑顔を作ったままだ。
彼は一人、考えた。
…──いつから、このクラスメイト達や女子という存在に失望するようになってきたんだっけ、と。
昔という程昔じゃないのに遠く思える。
あの時は自分も、自分達も普通の男子生徒の一人なはずで、クラスメイトの女子が近くで消しゴムを落とせば何を深く考えるでもなく、
条件反射で「はい、落としたよ」と純粋な好意で拾ってあげられる、
それこそ「普通」の男子生徒だったはずなんだ、とぽつり、ぽつり。
こんな風に弱い立場の一人に辛く当たるクラスメイトを見る度に、醜い嫉妬で眉を寄せる女子生徒を見る度にいつからこんなにも端から期待していなかったよ、なんて完全に失望したままでいるようになったのか。
醜い行動も無言の牽制も視線での圧力も陰湿な陰口も嫌いだ。
でもいつからか、「クラスメイトなんて、人間なんて」と冷めた目で失望してしまっている自分の中身も同じくらいに嫌いになってた。
転校生の彼女、は「…ありがとう」と無表情のままながら、少しだけ柔らかくなったように思える声色で、呟いて席についた。