第十九話
3.仲良しの噂をされる程度の仲良しそれなりに

あの後やいのやいのと騒がしく茶々を入れてくるテニス男子達を追い払い、女子に見られなかったことに酷く安堵しながら職員室を目指した。
…私は学校の窓ガラスにヒビを入れてしまったことを教員に説明しに行かなくてはならない。
それだけでも中学生からしたらとても勇気がいる震え上がるような行動だろうに、私は大きな賭けに出ることになるだろう。
…なんて格好つけてる前に…あの…職員室に辿りつく前に意識が朦朧としてくる…ああ…
しかし、ここで倒れたらあの窓ガラスの説明をどうしたらいいの!と踏ん張り、
関係のない生徒達にあらぬ疑いがかけられ問題になる前に、私は職員室のドアをノックもなく開いた。もうノックとか勘弁してください許して自業自得とはいえ一応は非常時なので。


「…!?ど、どうしたんだ、まさか…」


丁度良く今、察しのいい私の担任が職員室に居てくれたらしく、尋常じゃない様子でいきなりやってきた私に勢いよくイスから立ち上がり、支えてくれる。
ありがとう、とかお礼を言う余裕もなく、とりあえず、窓ガラス、窓ガラスのことを…


「わ、わた、し…記憶…あた、まが、…で……二階のろ、うか、ガラス、が…」
!今救急車を呼ぶから!…先生!」
「はい、今電話してます!」


お願いします救急車もこれだと必要かもしれないけども今の的にわかりやすい察しやすいワードで二階の廊下の窓ガラスがどうにかなったと察してください。
そう言うことさえも出来ず察してもらえたかもわからず、
記憶喪失(軽度)のさんは、救急車が回せない状況ですぐに呼べない、ということらしいので教員の車で病院まで運ばれていった。学校に救急車呼ぶとか悪目立ちしすぎなのでGJ、と後から病室で目を覚ました時に、それを聞いた私は布団の中で親指を立てたのだった。




「……カンペ…かあ……スマホにしろ通帳にしろ鍵にしろ…なんでこんなぽつんと急に…」



そして、目を覚まして暫く落ち着いたあと、医者に連れられて私は記憶喪失を起したという前科持ちのために、窓ガラスにぶつけた頭に異常がないかのチェックもかね合わて…あとそうだ窓ガラスについては頭がうっ!となった私が混乱して頭ぶつけてヒビ入った石頭ということでなっとくしてくれた。案外窓ガラスって簡単に割れることあるのであっさりと。

…ということで、また意識障害を起していないか記憶に関しての医師の診断を受けることになってしまった。
当然、そうすると家の電話番号や家族の名前やら生い立ちやらそういったことを聞かれる、はず。でも私は意図的にそれを知ることを避けていたので、知らない。困った。これでは重度の記憶喪失だとバレてしまう。
あとどうやってその状態で生活してたんだ!というか君の中学生にしては悲惨な虐待でもされてるのか!?のような寂しい生活はいったい親御さんはryということになってしまうと医師に呼ばれるまでの待ち時間、ベットの上で頭を抱えて暫くして、顔を上げたら。

布団の上に一枚の紙がおいてあった。誰もいないのに。誰も訪れていないのに。贅沢に生意気に色々な配慮をしてくれて個室なのに。
…紙どころか私物なんて学校から運ばれてきたばっかりの私、身一つで鞄も預かられて何も置かれてなかったのに?


「……」


ひらり、と見覚えのありすぎるシチュエーションに若干慣れた手つきで白い紙を広げた。
A4コピー用紙一枚に小さな文字がビッチリと隙間なく埋められてる。
…うんうん、分かった。この紙によると私は小学校高学年の頃、共働きの子に関心のない両親に先立たれた天涯孤独の中学生で、転校前の学校でいじめらから暴力にまで発展して頭を強く打ち付けたことにより軽度の意識障害が起こる。(しかしそれは辻褄合わせである)
しかし生活に問題はないと医者に診断され、後に遠い遠い親戚で保護者になった男(しかしこの世に存在しない仮初の役者である)に連れられて立海大附属中学へと1年の秋の初めに転校。小学生の頃の趣味は異常なまでに夢中になった読書(高校生分の思慮深さの辻褄合わせてである)。無口なために友達は少ない(友人が存在しないことの辻褄合わせてである)。自立した子供であるのは、共働きの両親に関心なく育てられた結果のもの(中学生に合わせられなく孤立していることの辻褄合わせてである)


…うん。とりあえず掻い摘んで一部を抜粋して「小学生の頃に釣ったザリガニの名前は〜」とかはおいといてね。

……私の人生ってなんだったんだろう?これほどまでに辻褄あわせが多様されるような問題のある人生だったのか。しかも「この世に存在しない仮初の役者である」っていう部分がとてもゾクッとした節があるんだけど、じゃあ私はいったい"何"に神奈川まで連れてこられたんだろう…

…と茶化すのはこれくらいにして。



「…やっぱり…だなあ…」


察していた部分もある。例えば両親がいない天涯孤独とか、そういう部分とかは。
でも私には高校生分の知識があったりだとか記憶喪失とはいえ中学生だった覚えがまるでないとか違和感を感じるとか色々まああって、
とある「記憶」が色濃く残ってる、と前に感じたことがあったけど、やっぱり今も残ってる。
……その記憶によると、私は人間が大嫌いな人間不信で、訳あって記憶がなく、そして訳あってここに居るらしい。……そして元は少なくとも高校生であったことも証明されている。
その記憶ってヤツがどれだけ信憑性があるのか?記憶喪失が自分の記憶に確信持てるはずないだろ?って聞かれると答えようがないんだけど、もうそういう次元の話じゃないのですよ、これは。

……この「世界」での私がどういう境遇にいるのかこうして改めて説明されると思ったよりも厄介だ…。
「あの世界」「この世界」「あっちの世界」「こっちの世界」とか、心霊少女さんついに厨二発言っすか!って嬉々として一部のテニス男子に茶化されそうだけど、
まあ…



私は、この世界の人間じゃない。………らしい。訳あってここにいて、訳あって記憶がなくなっている、…らしい。
それでもこうして生きていられるのは、私が生きる理由を知っていられたことと…
「この世界」で、「希望」となってくれる一人の大嫌いだったはずの、人間がいてくれた。それだけだ。たった、それだけなのだ。
私はそのカンペを短い時間で死ぬ気で暗記し、「異常はないようですね。軽い脳震盪です」と医師の診断を勝ち取ってみせた。

…一日病院で様子見のために入院したら、「仮初の役者」もとい、保護者の親戚の男が迎えにきてくれるらしい。
個人的にはその仮初の役者とやらがどんな風に現実を誤魔化してくれるのか、興味を抱きつつ、寝る。
…結局私は一人か。その保護者の親戚とか、多分この世に存在しないそれこそ仮初。
友達もいない。親族もいない。限られた狭い空間で誤魔化しながら生きてる。
そう思うと、「幸村精市」という希望に成り得る存在が私に在ったことは、とても幸福なことだ。だって、それで生きられる。私には理由がある。希望がある。生きていける。

人という世界に溢れ返っている存在に失望せず。彼という存在に希望を抱いて明日からも、私は私として生きていける。例えそれが彼にとってははた迷惑な理不尽で身勝手な押し付けだったとしても。生きていけるから。
2016.6.29