第十六話
3.仲良しの噂をされる程度の仲良しそれなりに


「おい、アイツやべーって本物だろぃ!」
「恐ろしいやつじゃのぉ、まさかあれを予測されてたとはのぅ。分かってて俺は見捨てられたんじゃ」


部活動が始まる前。仲良くみんなで鶴見ながら団体行動で、なんて毎度行っている訳ではないが、示し合わせたかのようにザッと彼ら二人は落ち合った。
これから部室へ向かうまでの間赤髪と銀髪の彼らが距離を縮めてヒソヒソと話す彼らは若干不気味で、スキンヘッドの彼は引いた。
不気味に思い引いた赤髪の彼は自身の相方なのだが。

そして彼らがいったい何の話をしているかもしらないし、何をしていたかもしれなかった割と常識人の彼がそれに巻き込まれることになるのは…。


「…なあ、なんの話してんだお前ら?」
「この仇は必ず討つ!……ジャッカルが!」
「おい、俺かよ!……って何がだよほんとによ!」


この直後のことだった。皮肉にも自分の問いかけの言葉を引き金にして。






「…あー…あの、よー…」
「……はい?」



スキンヘッドの彼は思った。自分だって噂話くらいそれなりに学校生活を送っているのだから耳に入ってくる。
最近の流行の噂といえば専ら霊感少女のそれであり、口々に噂される顔も知らない彼女が不憫に思ったが配慮もないことをいうクラスメイトにストップをかけるような理由もない。
心優しい常識人の類に入るとは思うのだが、それでも彼は顔も知らない誰かのそれをやめてやれ、と思いはしても一々止める程のお人よしではなかった。

…──もしかしたらもうちっと前なら違ったのかもしんねえけどな…と寂しげな顔をして思うも、こんな感傷的な思いに久々になるのには、相方の赤髪と、銀髪の部活仲間の発言がきっかけだ。


『お前も に探りいれてみてくれ、ジャッカル』


ジャッカルと呼ばれた彼はげ、っと思った。噂の霊感少女に探り?
大方噂話など根も葉もないものであり、
少しばかりの真実を含ませて在らぬ方向へと進み膨張していくもので、 という人物の噂も、突拍子もない非現実的な物ばかりで膨らみに膨らんだものだろうと彼はなんとなく嗅ぎわけていた。
が、先入観というものはありそんな噂しか聞かない顔も知らない少女に自ら近づくのは抵抗があり、
しかしながら。赤髪の相方と銀髪の彼がそんなことをしているのも、我らが部長、幸村精市のあれこれのことからだと分かると、踏ん切りがついたようだ。
…ジャッカルとて、無粋だと分かっていても気になるものは気になるし、勿論心配だってある。

…無粋だと分かっては、いるのだが。
──なんて切り出そうか。お前、幸村のなんなの?って俺こそ幸村の何なんだって感じだしな…いや部活仲間なんだけど言っちゃ悪いが父ちゃん母ちゃんか彼氏か彼女っぽい気取りの言い回しだし、何なの、って言っても は幸村の何かしらで、何かしらだからこそ幸村と一緒にいて幸村も許していて、

…無粋なんだよなあ…と彼はもう一度端から分かりきっていたことを思い至ると。


「……京都料理、好きなのか?」
「え?うん、すき、だな」


彼女が腕に大事そうに抱えていた、「京都料理の全て」という本のタイトルを見て問いかけて、いきなりの突拍子のない質問に少し戸惑いつつもにっかりと嬉しそうに笑った を見て、
ほら見ろ噂は噂だ、と誰が言い出したかもわからない「常に無表情でピクリとも変わらない」「一言も喋ったことがない」「一度だけどこかの生徒が聞いたその声は冷たく凍るようで…」なんていうそれらに、
普通の女子生徒にしか見えねえのにな、とジャッカルはホッと安堵の息を吐く。

──表情が変わらないという一点については真実だということも知らずに。
はこの彼もテニス部員の彼らだろうと分かりきっていたし、実はもうここ数日であまりの怒涛の訪問ラッシュがあり声を荒らげてしまい、無表情の霊感少女からキャラを作ることも失敗してしまっていたし、幸村には見せているんだし、もういいや、と開き直っていたのだ。
ただし、クラスメイトにそれをすると途端に奇天烈な噂へと変化して学校中を駆け抜けることが分かっていたからそれは割り切れず、出来ないことだが。






「…で、どうだった?」
「ああ、京都の料理の話してきた」
「なんでだよぃ!?」


帰ってきたジャッカル桑原の言葉を聞いて、赤髪と銀髪の彼らはワイワイと賑わい、手ごわさを痛感しそれらの様子を書き留める糸目の生徒と、「たるんどる!」とまるで修学旅行の浮かれた学生かよという程に部活中だろうにわいわいと騒ぎ出した彼らを叱咤する彼と、そして…。

未だにそれに気がつくチャンスをなんの因果か与えてもらえない、彼は。
2016.4.23