第十三話
3.仲良しの噂をされる程度の仲良し─それなりに
という人間は、ただの穏やかなだけの人間ではない。
やっと彼、幸村は気がついた。
穏やかだから、人を傷つけるような人間じゃないから傍に居て心地いい、そう思っていた、しかし、だからそれを覆すような批判的な言葉を口にされて、
ある意味という存在を崇高に仕立て上げていた彼は焦ったのだ、聞きたくない…と。
しかし、その時言葉を途切れさせていたならば、彼らはこのまま停滞し、ただ朝に喋るだけの顔見知りという関係性。
これ以上の関係には進まなかったかもしれない。
「……なんでそんな物読んでるの?」
「興味本意、怖いもの見たさ」
……ああ、そう、としか思えず、しかしそれさえも口に出せず、彼はいつもの通りに植物達へ手入れをしてやる為に用具入れへと足を運んだ。
枯れてしまったそれが他の枝の妨げにならないよう切ってしまう為にハサミを。
そして一つの枝に小さな花のつぼみがつき過ぎて過度になってしまったそこのバランスを取る為にも、と考えて軍手をはめながらパチリ、パチリと枝を落とす。
朝、最近のお決まり通り本という娯楽を手に入れた彼女は、彼よりも早く屋上庭園のベンチへと座り込み、「世界、呪詛の数々」という物騒極まりない本を早朝から読みふけっているのであり、何をしようが彼女の勝手といえど居心地が悪い。
…まあ恐らくは彼女は実際に誰かを呪ったりしない。そんな性分をしていると思えない。
しかしそんな物騒な本を「興味本意、怖いものみたさ」と言って平然と眺められる人間が、穏やかなはずがなかったのだ。
……しかし。
「呪いたくなる程の感情って、どれだけの物なんだろうね」
ぽつり、と独り言のように呟かれたそれ。幸村の後ろにある若干はここからは離れたベンチから届いた呟きで、返事を必要としていたようにも思えず彼は口を噤む。
…が、彼女はやはり、人間という物に対して達観した考え方をしていると再確認した。
──なるほど、そんなことを考えながら物騒極まりない本を朝からね…
…と。とことん方法がズレてはいるが考える人間だ。
そして達観しすぎているとも思う。齢12、13程度でそこまで達観して上から、いや偉そうにということではなく高みからら客観視して出てきたような言葉は、時に幸村を抉る。
この間もそうだった。
という人間の言葉が今も胸を抉ったまま痕を残す。しかしそれは不快な物ではない。いい変化を緩やかに鈍足にではあるが自身にもたらして行く。
…は全てを穏やかに受け止める人間ではなく、全てを穏やかに許すような人間だ。
文字にすれば些細な単語の変化でも、それは大きな違いである。
そしてそれは自身と同じように人を一度「高が」と切り捨てたことがあるからこそ辿りついた、深みのある答えなのだろう、と幸村はついこの間の彼女の言葉から推測した。
そうしてふう、と一息ついて立ち上がり軍手を外し、水道で手を洗った頃にはハンカチを差し出す彼女が居た。
「部活、頑張ってね」
にこやかに、穏やかに笑う彼女、のこんな表情は絶対にこの朝の時間の他では見られない。
不運が重なり、生徒達が幸村に優等生を望むように、にも無表情のミステリアス、という存在を望んでいるからだ。
そしてそれを崩した時にまた転校してきた当時のような噂が爆発するのも面倒臭い。
それを知ってるからこそ、幸村は、「普段からそんな風に笑えばいいのに」という無責任なことは言えない。
…ある意味、幸村は自分がをそういった境遇へと突き落としたのだと罪悪感を抱いていたりする。実際は幸村一人のせいでなく、自分一人のせい、とでも言うような罪悪感はお門違いとも言えるかもしれないのだが、
もし自分が「一言」、彼女を庇うような、フォローするような一言を適切なタイミングで言い出せたなら、彼女の事情は好転したかもしれないのに、と。
…まあ悶々と若いなりに小難しいことを考えることがあるのだった。
「…前回のハンカチ昨日の、時間が無くてまだ洗えてないんだけど…」
「あらら、溜まる一方だねハンカチ地獄?」
「…それは嫌だなあ…。でも、…ありがとう」
「どういたしまして。自分のハンカチは普段用に取っときなよ。最近泥を拭ったりするのには何の素材が良いのか探求するのに凝っててね、」
「じゃあね」
「幸村くん酷い、鬼、無情」
そして小難しいことを考えていても彼女はと言えば基本的に能天気に見え、常にカラッとしている人間なので、いつもこういったやり取りで毒素を抜かれる。
こんな風に堅苦しく考える自分はなんなんだ、と空気が抜けて肩の力も抜けるから。
そしてその後朝練に出て、汗をかきつつその後日中の授業を受け、放課後の部活を終えて帰宅。そしてに借りたハンカチを洗う。
基本的にに関わることは朝のひと時と帰宅後のたまにハンカチを洗う時間くらいの物で、それ以外は素知らぬ顔して他人のように振舞ってる。誰もそれについて言及してくる人間が居ないので、まあ気が付かれていないんだろう、と少しだけ息を吐いたりする。
…そう、生徒達はともかく、あの目敏い部員達が何を言ってくる訳でもないんだから、大丈夫だろうと。
「お前、?」
「……は、い?」
「うわ、喋った。…って、当たり前か」
「………あの」
「ああ、悪ィ、ちょっと聞きたいことがあったんだけどよ」
彼はあまりに、そう以上に楽観的すぎた、…というか気を抜きすぎた。
季節は春。と出会ったのは秋も始まろうとしていた時期。もう暖かくなりすぎて、じわりと汗もにじんでくるだろう季節まで、毎朝誰に何を言われることもなく当たり前の日常として続けていたそれが幸村を麻痺させていた。
「お前、幸村くんの何?」
「………はいい?」
彼もに対して能天気とか、抜けてるだとか、一方的に言えないくらいは今回のことに関しては、抜けていたのである。
…たぶん、"今回のことに関して"は、彼は知らないままだろうが。
3.仲良しの噂をされる程度の仲良し─それなりに
という人間は、ただの穏やかなだけの人間ではない。
やっと彼、幸村は気がついた。
穏やかだから、人を傷つけるような人間じゃないから傍に居て心地いい、そう思っていた、しかし、だからそれを覆すような批判的な言葉を口にされて、
ある意味という存在を崇高に仕立て上げていた彼は焦ったのだ、聞きたくない…と。
しかし、その時言葉を途切れさせていたならば、彼らはこのまま停滞し、ただ朝に喋るだけの顔見知りという関係性。
これ以上の関係には進まなかったかもしれない。
「……なんでそんな物読んでるの?」
「興味本意、怖いもの見たさ」
……ああ、そう、としか思えず、しかしそれさえも口に出せず、彼はいつもの通りに植物達へ手入れをしてやる為に用具入れへと足を運んだ。
枯れてしまったそれが他の枝の妨げにならないよう切ってしまう為にハサミを。
そして一つの枝に小さな花のつぼみがつき過ぎて過度になってしまったそこのバランスを取る為にも、と考えて軍手をはめながらパチリ、パチリと枝を落とす。
朝、最近のお決まり通り本という娯楽を手に入れた彼女は、彼よりも早く屋上庭園のベンチへと座り込み、「世界、呪詛の数々」という物騒極まりない本を早朝から読みふけっているのであり、何をしようが彼女の勝手といえど居心地が悪い。
…まあ恐らくは彼女は実際に誰かを呪ったりしない。そんな性分をしていると思えない。
しかしそんな物騒な本を「興味本意、怖いものみたさ」と言って平然と眺められる人間が、穏やかなはずがなかったのだ。
……しかし。
「呪いたくなる程の感情って、どれだけの物なんだろうね」
ぽつり、と独り言のように呟かれたそれ。幸村の後ろにある若干はここからは離れたベンチから届いた呟きで、返事を必要としていたようにも思えず彼は口を噤む。
…が、彼女はやはり、人間という物に対して達観した考え方をしていると再確認した。
──なるほど、そんなことを考えながら物騒極まりない本を朝からね…
…と。とことん方法がズレてはいるが考える人間だ。
そして達観しすぎているとも思う。齢12、13程度でそこまで達観して上から、いや偉そうにということではなく高みからら客観視して出てきたような言葉は、時に幸村を抉る。
この間もそうだった。
という人間の言葉が今も胸を抉ったまま痕を残す。しかしそれは不快な物ではない。いい変化を緩やかに鈍足にではあるが自身にもたらして行く。
…は全てを穏やかに受け止める人間ではなく、全てを穏やかに許すような人間だ。
文字にすれば些細な単語の変化でも、それは大きな違いである。
そしてそれは自身と同じように人を一度「高が」と切り捨てたことがあるからこそ辿りついた、深みのある答えなのだろう、と幸村はついこの間の彼女の言葉から推測した。
そうしてふう、と一息ついて立ち上がり軍手を外し、水道で手を洗った頃にはハンカチを差し出す彼女が居た。
「部活、頑張ってね」
にこやかに、穏やかに笑う彼女、のこんな表情は絶対にこの朝の時間の他では見られない。
不運が重なり、生徒達が幸村に優等生を望むように、にも無表情のミステリアス、という存在を望んでいるからだ。
そしてそれを崩した時にまた転校してきた当時のような噂が爆発するのも面倒臭い。
それを知ってるからこそ、幸村は、「普段からそんな風に笑えばいいのに」という無責任なことは言えない。
…ある意味、幸村は自分がをそういった境遇へと突き落としたのだと罪悪感を抱いていたりする。実際は幸村一人のせいでなく、自分一人のせい、とでも言うような罪悪感はお門違いとも言えるかもしれないのだが、
もし自分が「一言」、彼女を庇うような、フォローするような一言を適切なタイミングで言い出せたなら、彼女の事情は好転したかもしれないのに、と。
…まあ悶々と若いなりに小難しいことを考えることがあるのだった。
「…前回のハンカチ昨日の、時間が無くてまだ洗えてないんだけど…」
「あらら、溜まる一方だねハンカチ地獄?」
「…それは嫌だなあ…。でも、…ありがとう」
「どういたしまして。自分のハンカチは普段用に取っときなよ。最近泥を拭ったりするのには何の素材が良いのか探求するのに凝っててね、」
「じゃあね」
「幸村くん酷い、鬼、無情」
そして小難しいことを考えていても彼女はと言えば基本的に能天気に見え、常にカラッとしている人間なので、いつもこういったやり取りで毒素を抜かれる。
こんな風に堅苦しく考える自分はなんなんだ、と空気が抜けて肩の力も抜けるから。
そしてその後朝練に出て、汗をかきつつその後日中の授業を受け、放課後の部活を終えて帰宅。そしてに借りたハンカチを洗う。
基本的にに関わることは朝のひと時と帰宅後のたまにハンカチを洗う時間くらいの物で、それ以外は素知らぬ顔して他人のように振舞ってる。誰もそれについて言及してくる人間が居ないので、まあ気が付かれていないんだろう、と少しだけ息を吐いたりする。
…そう、生徒達はともかく、あの目敏い部員達が何を言ってくる訳でもないんだから、大丈夫だろうと。
「お前、?」
「……は、い?」
「うわ、喋った。…って、当たり前か」
「………あの」
「ああ、悪ィ、ちょっと聞きたいことがあったんだけどよ」
彼はあまりに、そう以上に楽観的すぎた、…というか気を抜きすぎた。
季節は春。と出会ったのは秋も始まろうとしていた時期。もう暖かくなりすぎて、じわりと汗もにじんでくるだろう季節まで、毎朝誰に何を言われることもなく当たり前の日常として続けていたそれが幸村を麻痺させていた。
「お前、幸村くんの何?」
「………はいい?」
彼もに対して能天気とか、抜けてるだとか、一方的に言えないくらいは今回のことに関しては、抜けていたのである。
…たぶん、"今回のことに関して"は、彼は知らないままだろうが。