第十二話
3.仲良しの噂をされる程度の仲良し─それなりに
私はてっきり、幸村は人が嫌いなのかと思ってた。
だって私からすればクラスメイトと明らかに距離を取ってたし、これは苦手意識を持っても壁を作っても仕方ない、と思われるくらいの、
普通の中学生男子には辛い扱いを全校生徒から受けているみたいだから。
…いじめとかじゃない。妬んで「優等生くんがへらへらしやがって」とぶつくさ呟く男子生徒は居ても、女子生徒は色めき立つか、それか僅かに無関心派の生徒が居るのみで。
そういじめなんかじゃない。だからこそ、幸村を更に対処の仕様がない縛りを与えてる。
そしてそれが幸村に人を嫌いにさせる…
…と。
暫くは、そう思ってた。
「おはよう。…あれ、今日は二度寝?」
昨日、夜更かしをしすぎた。
あまりにも続いた朝の習慣で、惰性で起き上がって屋上庭園まで雀がピチュピチュさえずり始めたようなその時間に来たはいいけれど。
…もう駄目だ…昨日オカルト本なんて読みふけるんじゃなかった…だってとまらないんだもん…気がついたら四時だし…と一人後悔をして、
女子生徒にあるまじき行為…というかまあ若干はしたなくベンチの上を占領して、鞄を枕にして二度寝を開始。
暫くうとうとして、たまにぐっすり深みにハマって起きて、を繰り返していると、丁度深みにハマった瞬間に幸村がやってきたらしく、
耳におかしそうな声が届いた。
…ずいぶん柔らかな声を出すようになったね、と返事は返さずピクリとも動かず眠りに縋り付いたのだけど、幸村は放置。気にしちゃいないらしい。
というか、気にしていられないというか、うっかりお喋りしすぎると彼も部活の朝練がこれから待ってる、植物の水遣りと手入れを手早く終わらせなければ支障が出てしまう。
私はその片手間に、ぽつりぽつりと会話をするだけ。ほとんどが同じ空間に居るだけの無言だ。
最初は会話をしなくちゃなあ、とお互い繕ったものの、いつの間にやらこんな緩い空間に落ち着いて。…うん、そうだね…
「…不思議だ……」
てっきり、物凄く勝手だけれど、幸村はもう人を好きになれやしないんじゃないかと思ってたんだ。…少なくともこの中学校では。
少なくとも全校生徒が無意識に幸村を縛っているのをスッパリと辞めなければ。
みんな幸村に好き勝手なイーメジ像を作って、噂を飛び交わせてまるで幸村がテレビに映るアイドルのように、笑顔を届けて元気や勇気を与えるのが当たり前、とでも言うかのように幸村に完璧、そつなく、というそれを強要してる。
テニス部のレギュラーはどうやらアイドル的な存在でたかだか中学生にファンクラブまで出来ていると聞いた。
そしてそれはもう周知の事実、学校全体が知っている有名な存在らしいですよ。
…たまげた。学校という物はこんな凄い所だったっけ、と。人間関係についての記憶がごっそりないと学校での思い出もぽっかりとなくなってしまう物で、わからないんだけど…。
だからこそ。
「…あれ、起きたの?」
「…うーん…ちょっとうたた寝…夜更かししちゃったんです、うっかり…」
「うたた寝、というか本気寝に見えたけど。寝言も言ってたし、歯軋りも」
「最後の一言はジョークだって信じていますからね私は幸村くん」
こんな風に、いやどんな風に?分からないけど、それはもう窮屈な生活をしいられ、
普通の中学生なんぞには本当なら耐えられないだろう、妙な扱いを受けている幸村が…私みたいななんでもない一生徒に自ら近づいてくるとは思わなかった。
私は幸村が自ら望み、戸惑いがちに何かを探すようにこの屋上庭園へ通っているように感じてる。
大なり小なり私に何かを求めているのかもしれない、と思ったけど、正直私も幸村に勝手に求めてる物があるから恐らくはフェアな関係なのかも。
…幸村は、人が嫌い。それは確実だと思う。
転校初日に助けてくれたアレも、親切なのかと思ってたけどでも笑顔が嘘くさいし、と感じて、後々色んな噂や学校の風景を見る度に確信に変わった。
…ああ、私を助けることを周囲に望まれていたんだね、幸村はあの時。自分から動きたくて私の元に飛び込んできたんじゃなかった。
でも幸村は私が必ず居る時間を知っているはずなのに避けず、屋上庭園にやってきている。
人が嫌いならクラスメイトに失望しているならば近づかなければいい、人間は自衛してなんぼだと思うんです。来なければいいのに。じゃあそれをしないなら…
つい最近、あの本屋で花言葉図鑑なる物を見つけて購入した。幸村がいつの日か教えてくれた花の名前も、花言葉も載っていた。
「不思議だなあ…」
「…それ、さっきから何?」
「幸村オカルト、超常現象の全てを見よう、ってタイトルの本興味ある?」
「無いね」
「面倒臭そうに目をそらさないでください、語らせてください」
「面倒臭いんだもん」
「そうだろうね、でね、超常現象ってね、結構日常に潜んでることらしくてね、」
「………」
「…あの…この手の話のガン無視は堪えるかな……ごめんなさい悪かったです調子乗りました…」
──元々私は人間が嫌いだった。私は人間に日々失望して生きていた。確かに、記憶を失った私でもあることを理由に自分に対してそれだけは確信を持てていた。
でも人間不信になる要因だったんだろう、今まで関わった人間に関する記憶がごっそりなくなった今は、クリーンな状態で人を見つめられるから、自分という柵全てをほっぽいて人間という存在を知れる。
……幸村は…もう人を好きになれない、なろうとも思えない、この中学ではもう無理だろう、高校に行っても社会人になっても幼い日に植えつけられた悪印象という物は一種のトラウマになって人間の価値観を左右させてしまう、きっとふとした瞬間に思い出す、
そうでなくても一度嫌いになった物は人間好きになるのは難しいことなのに、
…なーんて。
「もう無理だ」と幸村の限界を勝手に決め付けていた。程度を関係のない私が決めていた。かくいう人間が嫌いだった私はと言うと最期、自分では這い上がれなかったんだと思う。
「……ちょっとずつ、暖かくなってきたなあ…」
「そろそろ春の花が顔を見せる頃だね」
「ああ、春っていったら、私じゃチューリップくらいしかパッと思いつかないけど、…いいな。色とりどりに花が咲いてる景色って。…すごくいい」
「…ふふ、そうだね」
でも幸村は、まるで自分から人に飛び込んで行ってるように見える、私に自ら飛び込んできているかのように見える、私という人間を通して人間という物を推し量ってるかのように見える、不安に怯えて、でも僅かな希望を見出して、
…もしこれが普通の中学生だったら「そんなこと勝手に期待されても!」と迷惑に思ったり重荷になったりするかもしれないけど、私は立場が特殊な故に、むしろその姿を好意的に受け止めていた。
──希望だと、思った。
なんでかって、こんな窮屈に縛られて逃げ出す余地のない状況に見えて、もう動けないだろうと思ってたのに、自ら人に希望を見出そうとして動いてる。必死になってる。
私は動けなかった。きっと動けなくて諦めた。だからこそ羨ましい。
とてもとても羨ましくて光のような物に見える。彼はいつもとても切ない、明暗で言えば暗とか、光闇でいえば闇のような儚げな男の子のようにしか見えなかったけど、
いつの間にかこんなに、面白おかしそうに、でも薄っすらと自然に、穏やかに笑えるようになったのか。
…もしも私が記憶喪失が治って……全てを思い出して、人間嫌いの感情も思い出して、
そうして幸村のようにまた立ち上がり、歩き出せるかといえば…
…──多分、無理。可能性は0に限りなく近い。だって、駄目だったから、駄目だったから多分今私はこうしている…のかもしれない。
でも仄かに希望は抱いてる。記憶喪失を経てから色んなことを純粋な目線で考えられたから、その過程を踏んでまた思い出したなら、前とはきっと何かが変わる。それがプラスに働けばいい、
…どうか、働いてください。どうすることも出来ず、努力しようとしてもどう努力すれば記憶が戻っても人を好きになれるか分からない。
私はやっぱり幸村が羨ましいんだ。ただ他人を羨み妬むだけの停滞した私じゃない、歩き出した人間だから、
だから。
「人間は、喜怒哀楽だけで縛れるような物じゃなくて、とても豊かな物」といつかの日に、幸村に言った。今までの私だったらきっと言わないようなセリフだったんだと思う。
多分人嫌いが考えるような柔軟な受け止め方ではない…と思うから。
私は変わった。幸村を見て、そして生徒達を見て、また幸村を見て、その繰り返し。
その日々、まだ僅か数ヶ月。季節はまたやっと移ろい始める。
そんな中で。私は変化して行く。その最期、記憶の戻った自分自身に私が望むような変化を僅かでもいいから、残していて欲しい。願い、移ろい、祈り、他力本願に私は未だ停滞したまま。
隣の彼は歩き出したまま。
3.仲良しの噂をされる程度の仲良し─それなりに
私はてっきり、幸村は人が嫌いなのかと思ってた。
だって私からすればクラスメイトと明らかに距離を取ってたし、これは苦手意識を持っても壁を作っても仕方ない、と思われるくらいの、
普通の中学生男子には辛い扱いを全校生徒から受けているみたいだから。
…いじめとかじゃない。妬んで「優等生くんがへらへらしやがって」とぶつくさ呟く男子生徒は居ても、女子生徒は色めき立つか、それか僅かに無関心派の生徒が居るのみで。
そういじめなんかじゃない。だからこそ、幸村を更に対処の仕様がない縛りを与えてる。
そしてそれが幸村に人を嫌いにさせる…
…と。
暫くは、そう思ってた。
「おはよう。…あれ、今日は二度寝?」
昨日、夜更かしをしすぎた。
あまりにも続いた朝の習慣で、惰性で起き上がって屋上庭園まで雀がピチュピチュさえずり始めたようなその時間に来たはいいけれど。
…もう駄目だ…昨日オカルト本なんて読みふけるんじゃなかった…だってとまらないんだもん…気がついたら四時だし…と一人後悔をして、
女子生徒にあるまじき行為…というかまあ若干はしたなくベンチの上を占領して、鞄を枕にして二度寝を開始。
暫くうとうとして、たまにぐっすり深みにハマって起きて、を繰り返していると、丁度深みにハマった瞬間に幸村がやってきたらしく、
耳におかしそうな声が届いた。
…ずいぶん柔らかな声を出すようになったね、と返事は返さずピクリとも動かず眠りに縋り付いたのだけど、幸村は放置。気にしちゃいないらしい。
というか、気にしていられないというか、うっかりお喋りしすぎると彼も部活の朝練がこれから待ってる、植物の水遣りと手入れを手早く終わらせなければ支障が出てしまう。
私はその片手間に、ぽつりぽつりと会話をするだけ。ほとんどが同じ空間に居るだけの無言だ。
最初は会話をしなくちゃなあ、とお互い繕ったものの、いつの間にやらこんな緩い空間に落ち着いて。…うん、そうだね…
「…不思議だ……」
てっきり、物凄く勝手だけれど、幸村はもう人を好きになれやしないんじゃないかと思ってたんだ。…少なくともこの中学校では。
少なくとも全校生徒が無意識に幸村を縛っているのをスッパリと辞めなければ。
みんな幸村に好き勝手なイーメジ像を作って、噂を飛び交わせてまるで幸村がテレビに映るアイドルのように、笑顔を届けて元気や勇気を与えるのが当たり前、とでも言うかのように幸村に完璧、そつなく、というそれを強要してる。
テニス部のレギュラーはどうやらアイドル的な存在でたかだか中学生にファンクラブまで出来ていると聞いた。
そしてそれはもう周知の事実、学校全体が知っている有名な存在らしいですよ。
…たまげた。学校という物はこんな凄い所だったっけ、と。人間関係についての記憶がごっそりないと学校での思い出もぽっかりとなくなってしまう物で、わからないんだけど…。
だからこそ。
「…あれ、起きたの?」
「…うーん…ちょっとうたた寝…夜更かししちゃったんです、うっかり…」
「うたた寝、というか本気寝に見えたけど。寝言も言ってたし、歯軋りも」
「最後の一言はジョークだって信じていますからね私は幸村くん」
こんな風に、いやどんな風に?分からないけど、それはもう窮屈な生活をしいられ、
普通の中学生なんぞには本当なら耐えられないだろう、妙な扱いを受けている幸村が…私みたいななんでもない一生徒に自ら近づいてくるとは思わなかった。
私は幸村が自ら望み、戸惑いがちに何かを探すようにこの屋上庭園へ通っているように感じてる。
大なり小なり私に何かを求めているのかもしれない、と思ったけど、正直私も幸村に勝手に求めてる物があるから恐らくはフェアな関係なのかも。
…幸村は、人が嫌い。それは確実だと思う。
転校初日に助けてくれたアレも、親切なのかと思ってたけどでも笑顔が嘘くさいし、と感じて、後々色んな噂や学校の風景を見る度に確信に変わった。
…ああ、私を助けることを周囲に望まれていたんだね、幸村はあの時。自分から動きたくて私の元に飛び込んできたんじゃなかった。
でも幸村は私が必ず居る時間を知っているはずなのに避けず、屋上庭園にやってきている。
人が嫌いならクラスメイトに失望しているならば近づかなければいい、人間は自衛してなんぼだと思うんです。来なければいいのに。じゃあそれをしないなら…
つい最近、あの本屋で花言葉図鑑なる物を見つけて購入した。幸村がいつの日か教えてくれた花の名前も、花言葉も載っていた。
「不思議だなあ…」
「…それ、さっきから何?」
「幸村オカルト、超常現象の全てを見よう、ってタイトルの本興味ある?」
「無いね」
「面倒臭そうに目をそらさないでください、語らせてください」
「面倒臭いんだもん」
「そうだろうね、でね、超常現象ってね、結構日常に潜んでることらしくてね、」
「………」
「…あの…この手の話のガン無視は堪えるかな……ごめんなさい悪かったです調子乗りました…」
──元々私は人間が嫌いだった。私は人間に日々失望して生きていた。確かに、記憶を失った私でもあることを理由に自分に対してそれだけは確信を持てていた。
でも人間不信になる要因だったんだろう、今まで関わった人間に関する記憶がごっそりなくなった今は、クリーンな状態で人を見つめられるから、自分という柵全てをほっぽいて人間という存在を知れる。
……幸村は…もう人を好きになれない、なろうとも思えない、この中学ではもう無理だろう、高校に行っても社会人になっても幼い日に植えつけられた悪印象という物は一種のトラウマになって人間の価値観を左右させてしまう、きっとふとした瞬間に思い出す、
そうでなくても一度嫌いになった物は人間好きになるのは難しいことなのに、
…なーんて。
「もう無理だ」と幸村の限界を勝手に決め付けていた。程度を関係のない私が決めていた。かくいう人間が嫌いだった私はと言うと最期、自分では這い上がれなかったんだと思う。
「……ちょっとずつ、暖かくなってきたなあ…」
「そろそろ春の花が顔を見せる頃だね」
「ああ、春っていったら、私じゃチューリップくらいしかパッと思いつかないけど、…いいな。色とりどりに花が咲いてる景色って。…すごくいい」
「…ふふ、そうだね」
でも幸村は、まるで自分から人に飛び込んで行ってるように見える、私に自ら飛び込んできているかのように見える、私という人間を通して人間という物を推し量ってるかのように見える、不安に怯えて、でも僅かな希望を見出して、
…もしこれが普通の中学生だったら「そんなこと勝手に期待されても!」と迷惑に思ったり重荷になったりするかもしれないけど、私は立場が特殊な故に、むしろその姿を好意的に受け止めていた。
──希望だと、思った。
なんでかって、こんな窮屈に縛られて逃げ出す余地のない状況に見えて、もう動けないだろうと思ってたのに、自ら人に希望を見出そうとして動いてる。必死になってる。
私は動けなかった。きっと動けなくて諦めた。だからこそ羨ましい。
とてもとても羨ましくて光のような物に見える。彼はいつもとても切ない、明暗で言えば暗とか、光闇でいえば闇のような儚げな男の子のようにしか見えなかったけど、
いつの間にかこんなに、面白おかしそうに、でも薄っすらと自然に、穏やかに笑えるようになったのか。
…もしも私が記憶喪失が治って……全てを思い出して、人間嫌いの感情も思い出して、
そうして幸村のようにまた立ち上がり、歩き出せるかといえば…
…──多分、無理。可能性は0に限りなく近い。だって、駄目だったから、駄目だったから多分今私はこうしている…のかもしれない。
でも仄かに希望は抱いてる。記憶喪失を経てから色んなことを純粋な目線で考えられたから、その過程を踏んでまた思い出したなら、前とはきっと何かが変わる。それがプラスに働けばいい、
…どうか、働いてください。どうすることも出来ず、努力しようとしてもどう努力すれば記憶が戻っても人を好きになれるか分からない。
私はやっぱり幸村が羨ましいんだ。ただ他人を羨み妬むだけの停滞した私じゃない、歩き出した人間だから、
だから。
「人間は、喜怒哀楽だけで縛れるような物じゃなくて、とても豊かな物」といつかの日に、幸村に言った。今までの私だったらきっと言わないようなセリフだったんだと思う。
多分人嫌いが考えるような柔軟な受け止め方ではない…と思うから。
私は変わった。幸村を見て、そして生徒達を見て、また幸村を見て、その繰り返し。
その日々、まだ僅か数ヶ月。季節はまたやっと移ろい始める。
そんな中で。私は変化して行く。その最期、記憶の戻った自分自身に私が望むような変化を僅かでもいいから、残していて欲しい。願い、移ろい、祈り、他力本願に私は未だ停滞したまま。
隣の彼は歩き出したまま。