第十話
3.仲良しの噂をされる程度の仲良し─それなりに
自己開示、という言葉がある。
自己開示は人間関係を円滑にする為には大切な物だ。
私は今までの全ての人間関係と少しの常識を失ってはいる記憶喪失だけど、私は誰?ここはどこ?言葉も常識も電車もバスもコンビニも分からないわ!というまでの記憶喪失じゃない。
朝起きて、歯磨きをして、顔を洗って。そんなぼーっとした静かな時間の中で物思いに耽てみたりする。
支障がありすぎるけど支障がない、おかしな記憶を残しおかしな記憶を喪失している私。
「…はぁ…今日もお年寄り並の早起き…」
…なので、妙な自己開示という言葉を知ってしまっている私は、
中学生活の中で唯一気さくに話す幸村と、何故距離が縮まり結構な冗談を言い合えるのかが検討がついている。
…まあね…、
何言われても笑って流せる器用な当たり障りない八方美人はちょっと胡散臭い。
それに比べてちょっと毒を吐くくらいのが人間好感を持てる生き物でして。
そして幸村はクラスでは明かさない結構な性格を。
そして私はクラスの人間が知らない結構な記憶喪失だの、結構な素の性格や表情などを「自己開示」している。
ある意味「特別」という言葉がピッタリな状況で、限られた状況で自分だけに明かし合い、共有して尚且つその共有の秘密が守られているとなると、人間不思議で信用も芽生えるんです。
いかに「自分を明かす」という物が大事か。…その言葉を知識として何故か知ってただけなんだけど、本当に実感するなあ…
心の内が分からない、明かさない人間は得たいが知れなくて怖く感じる。それは私自身、分かっていたんだ。…多分、記憶はなくとも、身体で。
「さてさて」
今日は学校はない土日。普通の中学生なら…というか学生諸君、社会人諸君でも大抵の人が待ちに待った日である。
…でも正直私は何をしていいのかも分からないしこの土地のこと何も分からないし、
そもそも何でここにいるんだっけ?状態で。
でもね、もう暫く休日も学校から帰宅した後もお家に引きこもってね、いつの間にかぽつんと部屋においてあったスマホを有難く使わせていただき、(通帳とか鍵もいつの間にか同じようにおいてあったので、もう驚かない)便利なインターネットで色々と調べたよ。
現在地は、神奈川らしい。そしてこの辺りの周辺の詳細から、そして東京の面白そうなお店のこととか。
そう。神奈川から東京のある程度の場所なら、気軽に電車で行き来出来る状況にあるらしい。
これはチャンス!電車乗れない訳じゃない、人ごみもそれなりに平気、緊張しいじゃない、都会は恐ろしか所だと聞くけど好奇心でいっぱい、
…──そうだ。東京に行こう。神奈川にはない素晴らしいお店に目をつけてあるし。
そうして私は引きこもり生活から脱し、手短な店で適当に買った私服を身にまとい、電車を慣れた様子で乗り継ぎバスも使い、目的の東京のとある店にやってきたのだった。
「……おお…」
とある素晴らしい店、と言うとどんな目新しい店なんだ?と思うかもしれないけど、
実を言うとただの本屋だ。いやただの本屋じゃないから来たんだけども、
そうというのが、この本屋。物凄く広い店内、ということでもないのに、
各方面のジャンルがマイナーな物から有名な物まで、誰が楽しめる本でぎゅうぎゅうになってるらしい。
店の評判をインターネッツで聞きつけた私はそれに食いついて電車を乗り継ぎ、結構な電車の混み具合に若干疲弊しつつもたどり着いたのでして。
…凄い。どこ眺めても、普通の本屋じゃ取り扱ってないだろうなあ、っていう面白いタイトルばっかり揃ってる。
例えば宇宙の話をする本とか画集とか哲学本とかお料理本とか旅の本とか、別段興味ないのに、眺めているとえっ何ソレ面白そう、と食いついてしまうタイトルを揃えてる。
…この店強い。
興味ない分野に興味を持たせるって相当だと思うんだけど、まあ衝動買いしてしまいたくなるワクワクを抑えて決めた数冊を厳選することにした。
本を買えば日々の暇つぶしになる。読むだけならば図書室に行けばいいけど、土日の暇つぶしと引きこもりの不健康生活を脱するためにわざわざ東京へ。
──大正解!このワクワク、どうしてくれよう!
そうしてホクホクしながら、若干予定よりは購入数が増えながらもずっしりとした紙袋を抱えて、帰宅した私。
そして次の日、月曜日がやってきた。ということは学校が当然のようにあるんだけど。
朝、いつもよりも物凄く早起きして、生徒が学校に入れる時間帯よりも早めに到着して、入れたら入れたで猛ダッシュ。
目指すはいつもの屋上庭園。流石に幸村は居なかった。初めて彼を超えられたかもしれない。
しかしそんな些細なことを喜ぶ暇もなく、わー面白い、何なに、京都の料理ってこんなに面白いの、え?宇宙ってこんなんなの、スケールデカイ、なんでこんなテーマの画集作ったののかな面白いなもう、だの、笑顔で読み回しを初めてみる。
庭園のベンチ上に本が散乱しているけど、何故かここにはこの時間帯、誰も寄り付かないことはわかってたのでお構いなし。
…まあそれも。
「…何を、やってるのかな…?」
「…あ、おはよ幸村〜」
「が上機嫌なのはいいけど、若干その声不気味だね」
「不気味でオブラートに包めてると思ってるなら大間違いですよ、幸村くん……」
朝早くから熱心に花壇や、屋上庭園の植物達の世話をする幸村以外の話なんだけど。
…もう出くわすのも結構な口を叩かれるのもいつものことすぎて慣れた。けどグサッと来るには来るんですよ、お兄さん。
…中学生ってお兄さんかな?いやまあ、小学生よりはお兄さんなのは間違いないんだけど、なんて思考が移ろいつつも本を読み進める手は止まらず、横目に幸村が物凄く呆れているのだけは分かってた。
「酷い散らかりようだし、しかもジャンルが雑多すぎて、訳わからないね…。…ここは君の家じゃないんだけどね」
「分かってますわかってます、でもこんな良い穴場なのにさ、ここには誰も来ないじゃない、幸村以外は」
統一性なく色んなジャンルの本を、節操なしに広げている自覚はある。
だって自分でも興味のない分野の本をあれこれ買ったし、そしてベンチの上をまるで自分の家のように遠慮なく我が物顔で散らかしていることも。
でもそう反論すると、幸村は押し黙って、ちょっと変な顔をしていた。「なに?」と顔を上げて聞いても「別に、たいしたことじゃないよ」と誤魔化される。
多分何か言いたいことはあったんだろうけど、言いたくないなら言わなくてもいいでしょう。私はまた本の虫になる。目がどんどん文字を追って、離れない。
幸村が本を積み重ねてスペースを作って隣に座り、とある本をパラパラし始めて、珍しそうに私は声をかけた。
「水遣りはいいの?」
「読みふけるつもりはないし、時間計算はちゃんと出来てるよ。それに昨日が雨だったから、水遣りしたら過多になるからね。今日は手入れだけで済むんだ」
すると賢く要領のいい幸村らしい返事が帰ってきて「ふーん」としか返事が出来ない。
特に言うこともない。敷いて言うのなら計算高いねぇ、かもしれないけど、
その言葉はちょっと悪い意味に聞こえるので押し黙った。つまり賢いね器用だねと言いたいだけなんだけども、言葉って難しい。
…そういうえば。雨という幸村の言葉で思い出す。
「ああそういえば……昨日は雨だったね、帰り道雨に降られてびっくりしたよ」
「君のことだから、折りたたみ傘持ってたんだろう?」
「勿論。でもね、天気予報見ないとなあって思ったよ。この本買った帰りだから折りたたみじゃちょっと濡れちゃいそうで怖かったので」
「携帯で天気予報確認したら?スマホならツールあるんじゃなかったっかな」
すると幸村のアドバイスで目からウロコ。うちにはテレビなんて家電はないので諦めかけてたけど、それはとても良い。
スマホを使いこなしていない私はネットくらいしか開かないし、メール?電話?ぼっちちゃんに喧嘩売ってます?という状況なので、他のツールまで気が回らなかった。
なるほど、と頷きながらも、横目に見た幸村が手にとっていた本を見て、ちょっと驚いたので聞いてみた。
「…というか、幸村くん、画集とか好きなんです?色々ある中あえてそれを選ぶんだ?」
「ふふ、好きだよ。…でもこれはセンス良い…って言えるのかはちょっと分からないけど、個性的で面白いと思うよ」
「まあ、作者が「面白い」と思った物達を有名な絵画並の繊細なタッチで描いた作品集、ってね…。二十一世紀のロボットがこのタッチで画集にって凄く笑えてね、そこ見て買い。著作権とか大丈夫なのかな、他にもそんなの色々あるけど」
「まあ、大丈夫だからこうして売ってるんだろうけど、なんていうか…シュールだね…忠実に再現してるかと思えばこの…」
「あのロボットはこんな顔しない」
「なんて言っていいかわからないけど、面白いよ」
あんまり私生活の話とか個人の話は、今まで私達はしなかった。植物の手入れやらガーデニング術やらの方面は叩き込まれて、不器用な私でも出来る限りのことならたまに手伝うようになって、
植物を大層愛している男の子なのだということは分かった。
…でも絵画とかすきなの?画集とか買っちゃうの?今時の中学生ってす、凄いんだね…
うーん、今時じゃない中学生も高校生もよく分かってないけど、なんというか若い人間が簡単に深く理解出来る、というかしたがる分野じゃないのでは、という偏見があった。
趣味は人それぞれだしとても良いことだと思うけど、
人間観察が趣味の私でも未だにガーデニングが趣味です、画集眺めるのが好きです、という深くまで行ってる生徒は見つけたことがない。
…ただ、幸村を好いてるらしい女の子が、幸村に感化された様子で花屋へ行ったらしく、「ストロベリーの苗木買ったの、実が成ると恋が実るってやつ!」と、若干あれれ、となる理由で苗を買って育てているらしいのは通りすがりに聞いたけど、
…うーん。ここまで熱心なのは本当に幸村くらいしか知らないんだよね、やっぱり。
「じゃ、それ貸そうか?」
「…え、いいのかい?」
「うん、見ての通り、沢山本がありすぎて全部読みきれなくて困ってるくらいなので。どうぞ。むしろ目移りしちゃうから一つに集中するために、好きなの持ってってください」
「……じゃあ、借りるね」
なんとなく、そうなんとなく。
なんと意図もなく、
しいていうなら幸村が楽しそうに画集を眺めていて、そろそろ植物の手入れを始めなきゃ時間も無くなるし、ちょっと名残惜しそうだったのでゆっくり読めるように貸してみようか、という気持ちでの言葉だったんだけど。
…──ちょっと踏み込みすぎたかもしれない。なんでかというと、幸村がその言葉に珍しく少しだけ目を見張って、ちょっとの迷いの後に借りるね、と言って、背を向けて世話を開始するためにいつものように用具を取りにいったんだけど、
…その姿がちょっと困っていたような動揺していたような気がしたから。
私達は決して友達じゃない。朝会話するだけの知り合い以上友人未満。
そして、お互い踏み込むな、という一線を保ち続けてる。そうして今私は越えてしまったのかもしれない。
幸村は多分、色々思う所、考える所があってわざわざ私と会話してる。
なので朝、ちゃんと面倒臭がらず返事をしてくれる。普通の人間関係だって、何かしらの理由があるからその人と接点が出来、続いたりする。
でも理由もなく、なんとなく、惰性で、流れで、流されて、とか。
そんな曖昧な理由で途絶えさせてもいい私との接点を続けてるとは幸村に限ってありえないと思う。
私もそうして、幸村に対して心の中で求めているものがあるからこそ会話を続けている。
彼という人間は、傍にいても苦でなく楽だから、という理由もある、でも…
お互い理由があり共に居る。でも越えてはならない一線は、きっとずっと、越えてはいけないままなのに。
3.仲良しの噂をされる程度の仲良し─それなりに
自己開示、という言葉がある。
自己開示は人間関係を円滑にする為には大切な物だ。
私は今までの全ての人間関係と少しの常識を失ってはいる記憶喪失だけど、私は誰?ここはどこ?言葉も常識も電車もバスもコンビニも分からないわ!というまでの記憶喪失じゃない。
朝起きて、歯磨きをして、顔を洗って。そんなぼーっとした静かな時間の中で物思いに耽てみたりする。
支障がありすぎるけど支障がない、おかしな記憶を残しおかしな記憶を喪失している私。
「…はぁ…今日もお年寄り並の早起き…」
…なので、妙な自己開示という言葉を知ってしまっている私は、
中学生活の中で唯一気さくに話す幸村と、何故距離が縮まり結構な冗談を言い合えるのかが検討がついている。
…まあね…、
何言われても笑って流せる器用な当たり障りない八方美人はちょっと胡散臭い。
それに比べてちょっと毒を吐くくらいのが人間好感を持てる生き物でして。
そして幸村はクラスでは明かさない結構な性格を。
そして私はクラスの人間が知らない結構な記憶喪失だの、結構な素の性格や表情などを「自己開示」している。
ある意味「特別」という言葉がピッタリな状況で、限られた状況で自分だけに明かし合い、共有して尚且つその共有の秘密が守られているとなると、人間不思議で信用も芽生えるんです。
いかに「自分を明かす」という物が大事か。…その言葉を知識として何故か知ってただけなんだけど、本当に実感するなあ…
心の内が分からない、明かさない人間は得たいが知れなくて怖く感じる。それは私自身、分かっていたんだ。…多分、記憶はなくとも、身体で。
「さてさて」
今日は学校はない土日。普通の中学生なら…というか学生諸君、社会人諸君でも大抵の人が待ちに待った日である。
…でも正直私は何をしていいのかも分からないしこの土地のこと何も分からないし、
そもそも何でここにいるんだっけ?状態で。
でもね、もう暫く休日も学校から帰宅した後もお家に引きこもってね、いつの間にかぽつんと部屋においてあったスマホを有難く使わせていただき、(通帳とか鍵もいつの間にか同じようにおいてあったので、もう驚かない)便利なインターネットで色々と調べたよ。
現在地は、神奈川らしい。そしてこの辺りの周辺の詳細から、そして東京の面白そうなお店のこととか。
そう。神奈川から東京のある程度の場所なら、気軽に電車で行き来出来る状況にあるらしい。
これはチャンス!電車乗れない訳じゃない、人ごみもそれなりに平気、緊張しいじゃない、都会は恐ろしか所だと聞くけど好奇心でいっぱい、
…──そうだ。東京に行こう。神奈川にはない素晴らしいお店に目をつけてあるし。
そうして私は引きこもり生活から脱し、手短な店で適当に買った私服を身にまとい、電車を慣れた様子で乗り継ぎバスも使い、目的の東京のとある店にやってきたのだった。
「……おお…」
とある素晴らしい店、と言うとどんな目新しい店なんだ?と思うかもしれないけど、
実を言うとただの本屋だ。いやただの本屋じゃないから来たんだけども、
そうというのが、この本屋。物凄く広い店内、ということでもないのに、
各方面のジャンルがマイナーな物から有名な物まで、誰が楽しめる本でぎゅうぎゅうになってるらしい。
店の評判をインターネッツで聞きつけた私はそれに食いついて電車を乗り継ぎ、結構な電車の混み具合に若干疲弊しつつもたどり着いたのでして。
…凄い。どこ眺めても、普通の本屋じゃ取り扱ってないだろうなあ、っていう面白いタイトルばっかり揃ってる。
例えば宇宙の話をする本とか画集とか哲学本とかお料理本とか旅の本とか、別段興味ないのに、眺めているとえっ何ソレ面白そう、と食いついてしまうタイトルを揃えてる。
…この店強い。
興味ない分野に興味を持たせるって相当だと思うんだけど、まあ衝動買いしてしまいたくなるワクワクを抑えて決めた数冊を厳選することにした。
本を買えば日々の暇つぶしになる。読むだけならば図書室に行けばいいけど、土日の暇つぶしと引きこもりの不健康生活を脱するためにわざわざ東京へ。
──大正解!このワクワク、どうしてくれよう!
そうしてホクホクしながら、若干予定よりは購入数が増えながらもずっしりとした紙袋を抱えて、帰宅した私。
そして次の日、月曜日がやってきた。ということは学校が当然のようにあるんだけど。
朝、いつもよりも物凄く早起きして、生徒が学校に入れる時間帯よりも早めに到着して、入れたら入れたで猛ダッシュ。
目指すはいつもの屋上庭園。流石に幸村は居なかった。初めて彼を超えられたかもしれない。
しかしそんな些細なことを喜ぶ暇もなく、わー面白い、何なに、京都の料理ってこんなに面白いの、え?宇宙ってこんなんなの、スケールデカイ、なんでこんなテーマの画集作ったののかな面白いなもう、だの、笑顔で読み回しを初めてみる。
庭園のベンチ上に本が散乱しているけど、何故かここにはこの時間帯、誰も寄り付かないことはわかってたのでお構いなし。
…まあそれも。
「…何を、やってるのかな…?」
「…あ、おはよ幸村〜」
「が上機嫌なのはいいけど、若干その声不気味だね」
「不気味でオブラートに包めてると思ってるなら大間違いですよ、幸村くん……」
朝早くから熱心に花壇や、屋上庭園の植物達の世話をする幸村以外の話なんだけど。
…もう出くわすのも結構な口を叩かれるのもいつものことすぎて慣れた。けどグサッと来るには来るんですよ、お兄さん。
…中学生ってお兄さんかな?いやまあ、小学生よりはお兄さんなのは間違いないんだけど、なんて思考が移ろいつつも本を読み進める手は止まらず、横目に幸村が物凄く呆れているのだけは分かってた。
「酷い散らかりようだし、しかもジャンルが雑多すぎて、訳わからないね…。…ここは君の家じゃないんだけどね」
「分かってますわかってます、でもこんな良い穴場なのにさ、ここには誰も来ないじゃない、幸村以外は」
統一性なく色んなジャンルの本を、節操なしに広げている自覚はある。
だって自分でも興味のない分野の本をあれこれ買ったし、そしてベンチの上をまるで自分の家のように遠慮なく我が物顔で散らかしていることも。
でもそう反論すると、幸村は押し黙って、ちょっと変な顔をしていた。「なに?」と顔を上げて聞いても「別に、たいしたことじゃないよ」と誤魔化される。
多分何か言いたいことはあったんだろうけど、言いたくないなら言わなくてもいいでしょう。私はまた本の虫になる。目がどんどん文字を追って、離れない。
幸村が本を積み重ねてスペースを作って隣に座り、とある本をパラパラし始めて、珍しそうに私は声をかけた。
「水遣りはいいの?」
「読みふけるつもりはないし、時間計算はちゃんと出来てるよ。それに昨日が雨だったから、水遣りしたら過多になるからね。今日は手入れだけで済むんだ」
すると賢く要領のいい幸村らしい返事が帰ってきて「ふーん」としか返事が出来ない。
特に言うこともない。敷いて言うのなら計算高いねぇ、かもしれないけど、
その言葉はちょっと悪い意味に聞こえるので押し黙った。つまり賢いね器用だねと言いたいだけなんだけども、言葉って難しい。
…そういうえば。雨という幸村の言葉で思い出す。
「ああそういえば……昨日は雨だったね、帰り道雨に降られてびっくりしたよ」
「君のことだから、折りたたみ傘持ってたんだろう?」
「勿論。でもね、天気予報見ないとなあって思ったよ。この本買った帰りだから折りたたみじゃちょっと濡れちゃいそうで怖かったので」
「携帯で天気予報確認したら?スマホならツールあるんじゃなかったっかな」
すると幸村のアドバイスで目からウロコ。うちにはテレビなんて家電はないので諦めかけてたけど、それはとても良い。
スマホを使いこなしていない私はネットくらいしか開かないし、メール?電話?ぼっちちゃんに喧嘩売ってます?という状況なので、他のツールまで気が回らなかった。
なるほど、と頷きながらも、横目に見た幸村が手にとっていた本を見て、ちょっと驚いたので聞いてみた。
「…というか、幸村くん、画集とか好きなんです?色々ある中あえてそれを選ぶんだ?」
「ふふ、好きだよ。…でもこれはセンス良い…って言えるのかはちょっと分からないけど、個性的で面白いと思うよ」
「まあ、作者が「面白い」と思った物達を有名な絵画並の繊細なタッチで描いた作品集、ってね…。二十一世紀のロボットがこのタッチで画集にって凄く笑えてね、そこ見て買い。著作権とか大丈夫なのかな、他にもそんなの色々あるけど」
「まあ、大丈夫だからこうして売ってるんだろうけど、なんていうか…シュールだね…忠実に再現してるかと思えばこの…」
「あのロボットはこんな顔しない」
「なんて言っていいかわからないけど、面白いよ」
あんまり私生活の話とか個人の話は、今まで私達はしなかった。植物の手入れやらガーデニング術やらの方面は叩き込まれて、不器用な私でも出来る限りのことならたまに手伝うようになって、
植物を大層愛している男の子なのだということは分かった。
…でも絵画とかすきなの?画集とか買っちゃうの?今時の中学生ってす、凄いんだね…
うーん、今時じゃない中学生も高校生もよく分かってないけど、なんというか若い人間が簡単に深く理解出来る、というかしたがる分野じゃないのでは、という偏見があった。
趣味は人それぞれだしとても良いことだと思うけど、
人間観察が趣味の私でも未だにガーデニングが趣味です、画集眺めるのが好きです、という深くまで行ってる生徒は見つけたことがない。
…ただ、幸村を好いてるらしい女の子が、幸村に感化された様子で花屋へ行ったらしく、「ストロベリーの苗木買ったの、実が成ると恋が実るってやつ!」と、若干あれれ、となる理由で苗を買って育てているらしいのは通りすがりに聞いたけど、
…うーん。ここまで熱心なのは本当に幸村くらいしか知らないんだよね、やっぱり。
「じゃ、それ貸そうか?」
「…え、いいのかい?」
「うん、見ての通り、沢山本がありすぎて全部読みきれなくて困ってるくらいなので。どうぞ。むしろ目移りしちゃうから一つに集中するために、好きなの持ってってください」
「……じゃあ、借りるね」
なんとなく、そうなんとなく。
なんと意図もなく、
しいていうなら幸村が楽しそうに画集を眺めていて、そろそろ植物の手入れを始めなきゃ時間も無くなるし、ちょっと名残惜しそうだったのでゆっくり読めるように貸してみようか、という気持ちでの言葉だったんだけど。
…──ちょっと踏み込みすぎたかもしれない。なんでかというと、幸村がその言葉に珍しく少しだけ目を見張って、ちょっとの迷いの後に借りるね、と言って、背を向けて世話を開始するためにいつものように用具を取りにいったんだけど、
…その姿がちょっと困っていたような動揺していたような気がしたから。
私達は決して友達じゃない。朝会話するだけの知り合い以上友人未満。
そして、お互い踏み込むな、という一線を保ち続けてる。そうして今私は越えてしまったのかもしれない。
幸村は多分、色々思う所、考える所があってわざわざ私と会話してる。
なので朝、ちゃんと面倒臭がらず返事をしてくれる。普通の人間関係だって、何かしらの理由があるからその人と接点が出来、続いたりする。
でも理由もなく、なんとなく、惰性で、流れで、流されて、とか。
そんな曖昧な理由で途絶えさせてもいい私との接点を続けてるとは幸村に限ってありえないと思う。
私もそうして、幸村に対して心の中で求めているものがあるからこそ会話を続けている。
彼という人間は、傍にいても苦でなく楽だから、という理由もある、でも…
お互い理由があり共に居る。でも越えてはならない一線は、きっとずっと、越えてはいけないままなのに。