第一話
0.そうなりたかった─
人を好きになりたいと思っていた。疑いも不信も憎しみも募りもなにもない。
純粋にただ、誰かを好きになるということを。
私という人間を表すのなら、"疑心暗鬼"という言葉がピッタリだと思う。
それくらい人間を疑って生きてきた。悲しいとも思う。虚しいとも思った。
屁理屈ばっかりで、私のお頭は偏見で固められていて、人間なんてこんな物だと全てを高を括る。
腹を割って話せるはずの親友でさえ、少しの失敗や悪い癖を人間だから…と一方的に失望なんてして。
失望されるべきは私だ。最低な人間を棚に上げてよく人に失望した、なんて言えたものだと思う。
よくしてくれる親友にさえこんなことを思う、最低な人間がいるものか。
──でもやっぱり気が付いていたんだよ。偏見は偏見で、屁理屈ほ屁理屈。
些細な事にも敏感になり失望した、なんて卑屈になってね。それでも全ての人間が腐ってなんていない、という誰もが知っているはずの当たり前のことを私自身も当たり前に知っていた。理解していた。
だからこそ…わたしは人を好きになりたい。そう思ってあの日…
と、誰かは聞いた
そう言って、茨の道を選び、誰かはそこへ導いてくれた。
それが私の新たなやり直しの人生の、始まりの言葉だった。
「…、もう大丈夫なのか?」
「……は、い…。…大丈夫…です…」
「……そうか、それなら良いんだが…。少し緊張しているみたいだな。…何か分からないことがあったら先生に聞くように。不安なことがあったら話してくれていい。困ったことがあったら積極的にクラスメイトに聞いてみてもいいぞ。みんな気のいいヤツらだ」
「……。…、は、はい…」
「転校初日で気を張るだろうが、まああんまり頑張りすぎるなよ。…ただでさえは今、疲れてるだろう?な?」
「………はい」
見知ったような、見知らぬような廊下をあまり知らない男と並んで歩く。
この空間は独特な臭いがしていてなんとなく懐かしくなったけれど、何に懐かしんでるのかよく分からなかった。
長い廊下に扉がいくつも並び、その数だけ部屋があるらしく中から年若い子供の声が聞こえてくる。
…疲れている、というのもよく分からない。隣に居る男の"先生"は、とても親身に私を気遣ってくれているようだけど、なんとなくその言葉を聞くとざわりと嫌な感じに胸がざわついて気持ちが悪い。
…それさえもよく分からない。自分とはいったい何だったんだろう。
胸のうちや感情を理解してあげられるのはその体の持ち主、自分自身だけなのに、
他人に「どうして胸が痛いんですか?苦しいのですか?」なんて聞いたって誰もが答えられるはずがないのに、
それじゃあ自分が自分で分からなくなったらそれこそ永遠に自分自身が迷子のままだ。
「……、」
…いや、今私は、本当の意味で迷子になっている、らしい。…物理的にと言ってもいいのかよくわからない。
今日は立海大附属中学校、というらしいそこへ転校初日。…らしい。
本当にいつの間にやら、な突然のことだった。
何もかもがらしい、としか言えないのも私が記憶が無くなっていて、今中学生で転校をしていて、なんて実感もないし知らない「記憶喪失」な状態だからだ。
…でもそれなのに、不安も何もなくとても穏やかに凪いだ海のように、心が静まってる。
それの理由は何故なのか、それだけは分かっている。
だからこそ、何故か「軽度の記憶の混濁」と診断されていて学校側にも「それならば大丈夫でしょう」と判断されながらも、実際は「重度の記憶喪失」なのが自分で分かっているのに、見知らぬ学校へなんて転入する度胸も精神状態も保っていられる訳であり。
……私は例えるなら迷子だ。でもその迷子にも意味があること、…らしい。
先を行く先生がとある扉に手をかけて、大きな音をかけて勢いよく開けた。
扉は開かれた。あとは私自身がその先へ進むだけ。きっと、そう。
0.そうなりたかった─
人を好きになりたいと思っていた。疑いも不信も憎しみも募りもなにもない。
純粋にただ、誰かを好きになるということを。
私という人間を表すのなら、"疑心暗鬼"という言葉がピッタリだと思う。
それくらい人間を疑って生きてきた。悲しいとも思う。虚しいとも思った。
屁理屈ばっかりで、私のお頭は偏見で固められていて、人間なんてこんな物だと全てを高を括る。
腹を割って話せるはずの親友でさえ、少しの失敗や悪い癖を人間だから…と一方的に失望なんてして。
失望されるべきは私だ。最低な人間を棚に上げてよく人に失望した、なんて言えたものだと思う。
よくしてくれる親友にさえこんなことを思う、最低な人間がいるものか。
──でもやっぱり気が付いていたんだよ。偏見は偏見で、屁理屈ほ屁理屈。
些細な事にも敏感になり失望した、なんて卑屈になってね。それでも全ての人間が腐ってなんていない、という誰もが知っているはずの当たり前のことを私自身も当たり前に知っていた。理解していた。
だからこそ…わたしは人を好きになりたい。そう思ってあの日…
「お前の好きになる男は好いてる人間がいる。それでもお前は茨の道を進むか?」
と、誰かは聞いた
「茨の道でも、それが私の選んだ道だから」
そう言って、茨の道を選び、誰かはそこへ導いてくれた。
それが私の新たなやり直しの人生の、始まりの言葉だった。
「…、もう大丈夫なのか?」
「……は、い…。…大丈夫…です…」
「……そうか、それなら良いんだが…。少し緊張しているみたいだな。…何か分からないことがあったら先生に聞くように。不安なことがあったら話してくれていい。困ったことがあったら積極的にクラスメイトに聞いてみてもいいぞ。みんな気のいいヤツらだ」
「……。…、は、はい…」
「転校初日で気を張るだろうが、まああんまり頑張りすぎるなよ。…ただでさえは今、疲れてるだろう?な?」
「………はい」
見知ったような、見知らぬような廊下をあまり知らない男と並んで歩く。
この空間は独特な臭いがしていてなんとなく懐かしくなったけれど、何に懐かしんでるのかよく分からなかった。
長い廊下に扉がいくつも並び、その数だけ部屋があるらしく中から年若い子供の声が聞こえてくる。
…疲れている、というのもよく分からない。隣に居る男の"先生"は、とても親身に私を気遣ってくれているようだけど、なんとなくその言葉を聞くとざわりと嫌な感じに胸がざわついて気持ちが悪い。
…それさえもよく分からない。自分とはいったい何だったんだろう。
胸のうちや感情を理解してあげられるのはその体の持ち主、自分自身だけなのに、
他人に「どうして胸が痛いんですか?苦しいのですか?」なんて聞いたって誰もが答えられるはずがないのに、
それじゃあ自分が自分で分からなくなったらそれこそ永遠に自分自身が迷子のままだ。
「……、」
…いや、今私は、本当の意味で迷子になっている、らしい。…物理的にと言ってもいいのかよくわからない。
今日は立海大附属中学校、というらしいそこへ転校初日。…らしい。
本当にいつの間にやら、な突然のことだった。
何もかもがらしい、としか言えないのも私が記憶が無くなっていて、今中学生で転校をしていて、なんて実感もないし知らない「記憶喪失」な状態だからだ。
…でもそれなのに、不安も何もなくとても穏やかに凪いだ海のように、心が静まってる。
それの理由は何故なのか、それだけは分かっている。
だからこそ、何故か「軽度の記憶の混濁」と診断されていて学校側にも「それならば大丈夫でしょう」と判断されながらも、実際は「重度の記憶喪失」なのが自分で分かっているのに、見知らぬ学校へなんて転入する度胸も精神状態も保っていられる訳であり。
……私は例えるなら迷子だ。でもその迷子にも意味があること、…らしい。
先を行く先生がとある扉に手をかけて、大きな音をかけて勢いよく開けた。
扉は開かれた。あとは私自身がその先へ進むだけ。きっと、そう。