第九話
2.何とか生活する日々原作開始
朝が来た。


「姉上ー、いってきまーす!」
「はいはい、いってらっしゃい新ちゃん」


最近から万事屋に通い始めている仮の弟は、目に見えて前より生き生きとしている。
まあ、前のバイトは窮屈なだけだっただろうし店長は嫌味だし。
今の雇い主(この世界の主人公様)がいかにだらしないか、グータラかと言って食事中に愚痴ぐちと言っているけれど、楽しそうだし輝いてるし。結局好きなんだよね、と微笑ましく思う。
つい頭にポン、と手を乗せてしまうと、新八くんはきょと、とした後に嬉しそうに破顔した。
目を細めてふにゃりとだらしなく笑う彼は、本当に姉が好きな弟…。
…というかこれはシスコン…

目に見えて嬉しそうに足取り軽く笑顔で出かけて行った彼は間違いなくシスコンであった。
…え…あの…原作じゃ多分こうはならないよね…なんかこういった甘やかされ慣れしてない新八くん…?
つまり成り代わりくんが原作ではお妙ちゃんが弟を大事に思っているながらやらない、こうした甘やかしを頻繁していたことになるんだけど、
…うん。もういいや成り代わりくん…成り代わりくん…!

なんとも言えない気持ちがするよ…




「いってきます」


そして日中、家事炊事をこなした後に。夕方になり空の色が変わった頃になればわたしも出勤だ。
キャバ嬢が最も輝くのは夜。ネオンの下で煌びやかな女の子たちが笑顔を振りまき、暗くなった街をネオンと共に一層照らすのである。

……なーんて言っても正直にこにこしてられる世界じゃないよーここ…
きっと本物のお妙ちゃん、もしかしたら成り代わりくんなら強かに生きるのかもしれないけど、平凡な自己主張が強くない現代日本人の女学生が生き延びるには世知辛い世界だ…
げっそりとしながらも笑顔は絶やさない。
接客業は常に笑顔を絶やしてはいけない。
どんな時にお客さんの目にとまってもいいように、お客さんが話しかけてきやすいように。特に女の子に癒しを求めてやってくるこの店では、常ににこやかにしていなければプロではない。
だからこそいつでもそう在れるように、私生活つらたんだし疲れてるだしで笑えない、なんてことのないよう自己管理はとても大事だ。

…でもねえわたし仕事の間だけでなく普段からずーっとにこにこよ。
そりゃ疲れるよ、確かにわたしにはいつでも幻を見せてくれるヅラがある、だからって気を抜いて真顔だったりできないよ!
あとセリフと表情が伴ってないと言葉が死ぬんだよ!
声はお妙に変わって伝わってくれるみたいだけど、流石にわたしが口を開かなきゃ自動で喋ってくれる、なんてことはないんだよ!だから頑張らなきゃなんか違和感になるんだよ!つらいよー!




…しかし、笑顔を絶やさず、尻を撫でてくる禿散らかした泥酔しきっているオッサンの手をパシンと冷ややかに叩き、お酌をし、愚痴をきいたり趣味の話に花を咲かせたり、ときには慰め時には持ち上げ時にはお客に望まれれば厳しく叱咤激励してやり、
わたしは着実にキャバ嬢としてのスキルを磨いていくのであった。

…わたしなんでこんなことしてるんだっけ…わからなくなってきたよおかーさん…



「…ふぅ…」



キャバ嬢が眠るのは夜明けの時間。というか夜明けと共に帰宅する。

しかし、昼夜逆転の乱れた生活は絶対にしたくないわたしはなんとかバイトのシフトを可能な限り調整して身体のリズムを整えるよう努力している。

昨日、厳密に言えば一昨日はお休みの日で、その一日で身体のリズムを調整してなおかつたっぷり休養した。
これからわたしは家に帰って眠る訳だけども。
できる限り短時間睡眠で過ごせるように訓練したから、まあ遅くても昼ごろには起きれるだろう。
太陽と共に生活するのは大事だ。今日という日も夕方からまたキャバ嬢のバイトな訳だけども。夕方に起きてすぐ夜には働いてまた朝が来てまた眠って働いて…は勘弁してほしい。
人間としての何かがしんでしまう、と笑顔ながら遠い目をしてげっそりとしていたら。


ぱちり。


「……おはよう、ございます、朝早くからお勤め、ご苦労様です」


電信柱の近くで棒立ちになっていたひとりの男と目があった。

その男は見覚えのあるカッチリとした服で身をまとっていたんだけども、お妙ちゃんならいかにも人と接したくないです、面倒臭いです、苦手です、なんてこんなにもばっちり目が合ったのに冷たく通り過ぎるような女の子ではない。
ここでもお妙ちゃんなら…という考えが瞬時に出てきてすぐに声をかけた。でも予想外のことにちょっとぎこちなくなってしまったけど。

空も白んで朝日がきらりと輝いてきだしたこの時間、
人気のないこの閑散としたシャッターが下りまくってる店が並ぶこの通りで、彼はいったい何をしているのか。
…うん、わたし、"今は"この挨拶でいいはず。これがもう少し違う時期ならばわたしは"彼"をボコボコにぶん殴らなくてはいけないんだけど、今はこれでいい。

彼は…



「…え、あ、ああ!は、はい!お、お疲れ様です!」
「…?はい、ありがとうございます…?」


近藤勲。
何故か朝から挙動不審なこの男が、後にお妙が働くスナックすまいるにお客としてやってきて惚れてしまい、求婚、後に重度なお妙のストーカー(陰湿というよりむしろギャグ)へと変貌してしまう、
この町のお巡りさん…真選組の局長だ。
通り過ぎても立ち去る気配はなく、視線が突き刺さったままな気がして背中が痒かったけれど、わたしはしゃなり、しゃなりとお妙ちゃんらしく凛とした歩きで帰路に着く。

家についた瞬間の一瞬だけ、大きくでも音は立てず、疲れたため息を吐き、すぐにお妙らしくにモードを切り替えて。疲れて眠っているだろう新八くんを起さないように軋む廊下を静かに歩いて。
────ああもうビックリしたなんであんな所でこんな朝早くからお仕事大変だなほんとでもまさか遭遇するなんて思わなかったありえない話じゃないけどこんな…!と、自室の扉を潜った瞬間から勢いよく詰まってた息を吐き出した。
息は大丈夫かってくらい荒いけど葛藤は心の中のみ。ああびっくりした…お妙ちゃんももしかしたら原作に描かれていない部分ではこうして真選組とすれ違うくらいしていたはずだし、まあ、正直原作では見たことないお妙ちゃんと近藤さんの逢瀬だったけど大丈夫だろう。うん。だいじょうぶ。

もうそろそろ、自分に戻ることは一度もなく、
お妙を演じて三ヶ月が経とうとしていたことに気がつき、だるく重い身体に鞭を打ち自室に楽をしようと事前に敷いてあった布団にもぐりこみ、
…そして目を瞑って考える。ああ、わたしってこんなに我慢強い子だったっけか。考えても答えは否でしかない。なら。
2015.11.26