第八話
2.何とか生活する日々原作開始
──ここに来るまでに、色んなものを見た。
空に浮かぶ船の上…。なんだかオツだな、と思うかもしれないけど箱を開けばアハンウフン。しかし、別嬪さんを集めていると言うだけあって本当に綺麗な別嬪さんが沢山いた。
流れるような金髪白い肌青い瞳そして尖った耳…。天人と言えるのかな。思わず見惚れた。しかしどこかで見たことあるようなゴリラ(としか本当に言いようがない)的な人も居て、地球人から見たらどの辺で別嬪加減を計ったらいいのか分からなくて困惑してる間にもカッチリとした着物に着替え、

そして…


「…お妙でございます、可愛がってくださいまし」

しゃぶしゃぶの為の指導を受け始めた。
いや可愛がられに来たつもりなんて一切ないけどね、やる気ない主人公が助けてくれると思って信じてるからね、ふふん!なんて気丈に振舞ってるつもりでも指先が震えた。

怖いよ、だってもしタイムラグがあって下着ひん剥かれて可愛がられた後の事後になってしまったらどうすんの、
わたし典型的なイレギュラーだから何の誤差が起きるかわかんないのにほんと無茶しちゃった…!とぶるぶるしていたけど。


「だから違うゆーとるやろ!そこでもっと胸の谷間を強調じゃボケッ!!」
「胸の谷間なんて十八年生きてきて一回もできたことないわよ」
「あスマンやりたくてもでけへんかったんかィ」


わたしはお妙ちゃんじゃないけど殺意がわいた。この身体はわたし自身の持ち物で、その持ち物も谷間なんて物とは無縁。
お妙ちゃんとは正反対に生きてるわたしだけど嫌な所でリンクしてしまった…。
お妙ちゃんの方が身長が高めだから、高身長の人が胸がないのはホルモンがどうとかで多いことで、割かし仕方のないことらしいと小耳に挟んだことがある。
でも妙ちゃんより低いわたしがボン!キュ!ボン!でないのはこの世の不条理だ!差別だ!

なんて心の中でぎゃあぎゃあとどうでもいいことを喚いていたのだけど。


「まァエエわ!次実技!!パンツを脱ぎ捨てていよいよシャブシャブじゃー!!」



………え、待ってほんとにやるの?
そのお座敷のテーブルの上の熱々に煮えたぎった鍋何?ああなるほどしゃぶしゃぶか…
…え?しゃぶしゃぶってなんだっけ?パンツをしゃぶるモノだったっけ?
そんでそのしゃぶった下着どうすんの?
今日のわたしの下着は可愛げも何もない、お情けのようにリボンが一つ付いてるくらいの女子力しかない無地の履き古しなんですけど、だってお金ないし、お金ないし、
そんな頻繁に可愛い下着になんてお金費やせない!

…え、いやだからそこでパンツしゃぶしゃぶして男の人はそれを──…



「どないした!?はよ脱がんかイ!」



…考えたくないいいい!!


「今更怖気づいた所でもう遅いゆーねん!!」
「…ぅ、ぐっ」


勢いよく、唾が飛んでくるような怒声を浴びせてキノコヘアーの借金取りの彼はわたしの両腕を掴んで畳の上へ押し倒した。
…うそ、なに、脱がされるの!?ほんとに!?わ、目がマジだ。
生憎下着を大人に取り替えてもらう年はとっくに過ぎたんですけど?つーかキノコヘアー、意外と力強いな、
でも大丈夫だって!きっと主人公が助けてくれるってー!腕がギリギリ掴まれて痛い、畳に打った背中が地味に痛い、でもぜったいへいき!だってあの人主人公だもん、あんな不器用な性格してるから困ってる人を見捨てられないんだ、だからきっと助けてくれる、この世界の希望の──…



…その希望は、"わたし"のことは、助けてくれなかったのに?
ふと、思い至ると胸に鉛でも圧し掛かったように重苦しくなった気がした。
そうだ、あの人はわたしを助けてはくれなかった。当たり前のように救いの手を差し伸べられると思っている自分にも苦笑いしてしまうけど、でもそう思うでしょう。
"あの人"だから。"主人公"だから。わたしがトリップしてしまったから。
"お話の中"ならみんな助けてもらえてたから…

でも。現実は違った。助けてもらえる方の世界ではなく、トリッパーに当たりが強い世知辛い方の世界だったらしい。

お妙ちゃんの本物の成り代わりくんでもなく、ただのトリッパーの偽者で、"わたし"がどんなに苦しんでいた所でやっぱりあの人の手の届く範囲は広いようで狭くて、地球中のモブを助けてあげるなんて主人公でもヒーローでもできなくて…
それで…
じゃあ。
もしも今もそうならば。前と一緒なら。そして何かの手違いでお妙ちゃんの成り代わりをしているわたしの助けが今、来なかったのならば?



「これも道場護るためや!我慢しーや!」



乱暴に衣服を剥ぎ取られそうになっても、可愛らしい悲鳴の一つさえ上げられなかった。
その目はどこにも向くでもなく、呆然として、でもただ事の成り行きを静かに静観していたようにも思える。
これが死にそうになってまであんなに嫌がって怖がって拒否していた事なのに、土壇場になると冷めるものなのか、人間ってたくましっ

…道場なんて、知らないし。ほんとはお妙ちゃんの立場の成り代わりなんてする必要なかったのに。世界を守る勇者様みたいな使命感を感じて、っていったって、 これでもしも主人公が来てくれなかったらいったいわたしはなんだった?

もしもこの後漫画みたいなタイミングで来てくれたとして、それは"志村妙"を助けてくれたのであって、きっと彼は"わたし"のことは助けてくれないのに、わたしはいったいなんで。
…自分を殺してお妙を生かしているんだろう。そんなん仕方ない、と割り切れる程まだまだわたしは大人になれない。
トリップしたての頃、ほんとは主人公に漫画みたいに、小説みたいに助けられる希望も馬鹿みたいに抱いていた時期もあった。まるで神に祈るように。

──でも来なかったじゃない、死の一歩手前に居ても助けてくれなかったじゃない、
いったいわたしはなんで、いや、銀魂の世界は大好きだ、この世界に住まう人みんなに幸せになって欲しい、ハッピーエンドがみたい、
でもそのハッピーエンドにはわたしは含まれていなくて…そんなの、なんてばからしい、
自己犠牲というべきものなのか。



「なっ…なんやアアア」


着物の裾や襟首がベリッと崩れた所で、窓の外から轟くような轟音が聞こえてきた。
窓の外には空飛ぶパトカー。そしてそのパトカーが船へと突進して船の一部が大破。

へー、画期的だなー、進化してるなー、パトカーの最新型かー、なんて考えながら、キノコヘアーが呆気に取られてるうちに崩れた着物をサッサと正す。
もう着物の着付けも慣れてしまった。このくらいの崩れならすぐにリカバリーできてしまう。
…なんだかこの世界に染まってきたなあ…夏のお祭りの浴衣がせいぜいで、それも母に着付けてもらってたくらいなのに。いやはや。


役人が嗅ぎ付けて来よった!なんて船の住人達が大騒ぎしていても、煙が晴れた先にいたのが役人でもなんでもない万事屋とわたしの仮の弟くんだったとしても、知っていたためにさして驚くこともなく。
──でも、凄く安心した。安心して安心して吐き出したため息が熱かった。
わたし自身が助けられた訳ではないのは重々承知している。でも…
成り代わりの成り代わりトリッパー。そんな偽者でも、道筋通り"お妙"が助けられるのだと分かったら。物凄くほっとして、微笑みが零れた。




そうだ。わたしは助けられなくたっていいんだ…。わたしの役目はお妙という役を全うすること。世界を円滑に進めること。それ以上でもそれ以下でもない。
わたし自身がでしゃばる理由はどこにもない。元々トリッパーとして原作に介入することなんて望むはずがない。わたしはそんな性分じゃない。自分が介入したんじゃないそのままのプレーンな世界が好きだから。
苦しかったから、どうしようもなかったから、誰かに助けて欲しかったよ。でもそれだけだった。

むしろこの世界のみんなが幸せであればそれだけでいい。
せいぜいが同情しか出来ない、といっても。
もともとキャラクターとして敵も味方も善も悪も偏りなく愛していて。それでもキャラのこれからが一人一人自分のことのように悲しいだから救済したい!なんていやいやそんなけったいなこと思えない、でも尚更そうなら偏り無く世界を愛してるなら、自分が助けられなくたって好きだった世界が元通りの道筋で巡りキャラが生きる、そしてそのキャラはなんらかの形で救済される、どんなに悲しい最期だとしても。きっとある種の救いの手はあるはず。世界に愛されたキャラクター達だから、モブじゃないから、スポットライトを浴びる日は来る。たったそれだけで幸せだと感じるには十分だったのに。

それだけなら、わたしにだって簡単に祈れる。ここに居てしまっている以上、キャラの為に命をかけたりできなくても、邪魔にならないように一線を引きどうか幸せでありますように、と心の中で祈り身を退いて尽くすくらいは簡単なのに。わたしが、とか。偽者が、とか。自己主張ばっかり。

なんてばかなことを。




「どーも、万事屋でーす」
「姉上ェ!!まだパンツは履いてますか!!」



姉上を帰しにきてもらいにきた。姉上がいつも笑ってる道場が好きなんだ、と真剣で、とても強い眼差しで言う姿をみて、ああやっぱりこの世界の芯の通った男の子なんだ、と思わせられる仮の弟に、
きっと成り代わり主くんが大好きなんだな、と思った。道筋通りに動いてる操り人形ではなく、きっと愛情をたっぷり与え、与えられ、その末にこうなったんだと思うと。

成り代わり主くんにこの姿をこの言葉を見せて聞かせたかった、なんて少し切なくなったけれど。
いつか戻ってくると信じてる。暫く一緒に暮らして新八くんの姉を本当に慕ってる様子を毎日見ていると、道場や原作から逃げたのも、少なからず愛着がわいてしまった末の葛藤で逃げだったのかもしれないと思えた。
ならきっと戻ってくる。きっと葛藤して迷って迷って迷子になっても、戻ってくる。

そう、信じていたかった。




──その後、主人公坂田が敵の気を引いてくれている間に姉弟で逃げ出したはいいけど、すぐに手に追いきれなくなったのか坂田も逃げ出してきてもうはちゃめちゃで、
それでも笑ってしまった。
…ああ、こんな馬鹿みたいで間抜けでどこかほのぼのとしていてでも切なく胸を刺す痛みが隠れていて。みんな一生懸命生きてる。馬鹿みたいにぎゃあぎゃあと騒いでいても日々何かと向き合い葛藤して生きてる。芯の通った人が集まるこの町、この世界。
そんな世界が好きだ。




そんな世界を、わたしはみたい。
だからわたしは志村お妙に成り切る。例え"わたし"を助けてくれなくても、見てくれなくても。
そんな世界が愛しいから。誰かのために心を痛めて泣けなくても、笑顔は見たいという単純明快なそんな願いだけは、確かにこの胸にあったから。

──その後、新八くんは万事屋…主人公坂田銀時の元でバイトを始めた。わたしはスナックで働き始めた。
順調にこの世界は動きだし、歯車は回り始める。例えそれが本物のヒロインでなくても。ただの"わたし"だとしても。それでいいと思えたはずだ。
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2015.11.11