第六話
2.何とか生活する日々原作開始
げ、原作がもう少しで始まる…!
──なーんて身構えていても、その日はいつまで経ってもやって来なかった。


この道場には父親の残した借金のため、借金取りが日常的に来ていた。
返せないなら身売りしろ、なんて耳にタコが出来るほど聞かされてきた物だ。
一回目こそ原作始まる!?売られる!?とドキドキして主人公への挨拶とか無駄に考えてしまったけどそもそもわたしは妙だった。新八くんの姉だった、と深呼吸して。そんなやり取りを何回か繰り返しいい加減うんざり。

…もういっそ早く原作始まってよ本当はそんなこと微塵も思ってたかったのに疲れちゃったよこの押し問答…と死んだ魚のような目をしながら大江戸スーパーへ買い物へ向かう。今日もこのスーパーは庶民に優しい、なんてにこにこしながら買い物を済ませて自動ドアをくぐると。

何故かバイト中の新八くんがいて、驚いて「どうしたの?新ちゃん」と驚いた風に話しかけた。すっかり姉気分の新ちゃん呼びも板についたものだと、本当のお妙ちゃんなら「こんな所で何油売ってんだ」と怒りそうなモノなのにうっかりとにこにこしていたら。


「ひげぇッ!」
「あ?ひげ?オイオイ初対面で失礼だな剃り残しはねーよ心配すんな」
「え、あ、お゛っう、ウオオオ」






新ちゃんの隣に主人公、いた。そしてそれを認識したわたしは即座に。


「ウ、ウッオオオオ仕事もせんと何プラプラしとんじゃワレ、ボケェエ!!」


新八くんを蹴り飛ばした。驚いた風のきょとんとした表情や声かけから物凄い手のひら返しである。関係ないけど流石にこの身体のスペックだととび蹴りはキツい。しかしとび蹴りは無理でも人間腕力より脚力だ。
…確かお妙ちゃんこのシーンで見事なとび蹴りしてたからさ。でも今日まで入念にこのセリフ練習してたからそれっぽいはず!

…あ、あれなんだかわたしが痛い人みたいだ…
何度もシュミレーションしていただけあって反射的に展開を起してしまったけど、そうだ。こんなにもあっさりと何ヶ月も出会わなかったキャラクターに、しかも。
主人公に出会ってしまった。
…ひげの剃り残し事情についてさらりと聞かされたのは忘れようと思うだって主人公だよジャンプ主人公なのにひげ、ひげって剃り残しっておい、おいっ


……どうしよう色んな意味で泣きたい、やっとのことで心臓がバクバク活動してきたよ。変装してると私の泣きそうな不細工面が伝わらないのが本当に救いだ。
なんでわたしこんなことやってるんだっけ。なんでわたし志村妙なんだっけ。ああ成り代りの成り代りしてるから。代行してるから。そうか。そうね。

…成り代りくん、成り代りくん、成り代りくんー!お願いだから早いところ帰ってきてよおー!


「今月どんだけピンチか分かってんのかてめーはコラァ!アンタのチンカスみたいな給料も家には必要なんだよ!」
「ま、待ってェ姉上!こんな事になったのはあの男のせいで………あ゛ー!待てオイ!!」


こちらとて毎日の借金取り達とのやり取りに疲れて原作来い!とは言っちゃったけどさあ心構えなんてないんだよー!しようとしても出来るモノじゃないんだよー!
いっそのこと成り代わり主本人ならまだしも、ただのトリッパーが立派に務めなきゃいけない!ていうプレッシャーでどうにかなりそうなんだよー!

ねえねえねえー!とやり場の無い思いを新八くんへと拳でぶつける。ごめん結構ガチで殴ってしまった。
そしてその隙に主人公こと、坂田銀時は脱走。

坂田とのひと悶着(一応は助けてくれたつもりなのか分からないけど)のせいで新八くんは警察沙汰、バイトもクビ同然。
「ワリィ、俺夕方からドラマの再放送みたいか…」なんつって坂田は悠々と源チャリで逃げる。この凄まじい展開正直頭が一般人には追いつかないよ、


…──正直ね、わたしはお妙ちゃんみたいなスペックも精神もないからさ、"知らなかったら"このままバイクで逃げられて追いつけなかった。でもね



「ら」
「んふ」



お妙ちゃんは原作ではんふ、なんて言わないなんてこの際はどうでもいい。
にんまりと笑って、先手を打って坂田の背中にしがみつき、逃走を許さなかった。引き止めることに成功した。それだけで冷や汗脂汗ギトギトだった私もうふふ、とか思わず勝利のスマイル。


その後、存分に坂田銀時を地面に転がし、上から下への脚力を使って徹底的に効果的に痛めつけたのは言うまでもない。もう若干ながら暴力にも慣れてきた感がとても恐ろしかった…。




「いや、あの、ホント、スンマセンでした」



そして場所は変わって志村家の道場にて。
白目を剥いてる坂田銀時を引きずってここまで連れてきて、気絶を許すはずなく容赦なくバケツに水汲んでぶっかけた。
正直こんなこと原作になかったけど、力の加減が間違ったせいかなんなのかこの人気絶しちゃってたし、それじゃ話も進まない。確か道場までの道のりは場面展開、端折られてたから自分で考えて展開させて行くしかないし。

…あーもうほんとに冷や汗がとまんないよ…!責任、プレッシャー、重圧。背中に圧し掛かる世界全体の重み。
言わばこの世界を救うジャンプ主人公はだらしなく鼻血をたらりさせて頬をパンパンに腫らすこの人で。主人公が初めに動き出すきっかけを与えるヒロインのような存在はお妙ちゃん。
…だから、わたしががんばらないと。成り代わりくんが帰ってこないのももう諦めてしまってた。こんな重みを背負ってたんだね、成り代わりくん。そしてそれだけじゃなく、
お妙ちゃんがもういないという事実も背負って…


…なーんてシリアスな内心とは裏腹に「俺も登場シーンだったんでちょっとハシャいじゃったっていうか…」なんてメタ発言してる主人公に口元が引きつった。


「ゴメンで済んだらこの世に切腹なんて存在しないわ。アナタのお陰でこの道場の存続すら危ういのよ」


スラッと小刀を手で弄び笑顔で言う。
正座している主人公と立ちながらそれを刃物片手に見下ろす姉、弟。絵面こわい。こわいけどがんばらなきゃ。
…目の前の主人公がどんだけメタで笑えるセリフを口にしていても、わたしはそのセリフすらが重い。重くてたまらないよ。

姉と弟の収入ギリギリで成り立っていた道場の存続。このご時勢バイトで雇ってもらうのすら奇跡的。
鎖国が解禁になり天人がたくさん押し寄せて、江戸は発展。しかし失われた物も大きい。
侍は刀を失ってしまった。
失ったのは果たして刀だけだったか、わたしは知らないけど。見た訳じゃないけど。どうもそれだけにはないように思える。

知らないながら、適当なことは言えない。誰よりもこの人を前にいいや失われたのはそれだけだ、いやいやそれだけじゃない、とも言えなくて、眉をこれでもかという程に寄せて頭の中の情報を引き出し話す。
古きは失われ、刀を振るわせんとする道場は廃刀令で見る見る衰退していく。門下生はいない。
…建物すらそのままにしているだけもままならない。他人ごとでしかないのに、何故だか話すごとに胸が苦しい。



「それでも父の遺していったこの道場を守ろうと今まで二人で頑張ってきたのに…」



そしてその苦しい胸にめいっぱい息を吸い込んで、吐き出す。


「おおお、おお前のせいで全部パーじゃボケェェ!!」
「落ち着けェェ姉上!!」



震える手で刀、というか鞘から抜きださない状態で坂田銀時ボコ殴り。その一心不乱で躊躇いなく、狂気の沙汰にしか見えない姉を羽交い絞めにしてストップをかける弟。
やれやれ姉には苦労しただろうな新八くん…見てる分にはギャグでしかないのにねというか今苦労かけてるのはわたしなんだけどね…


「新八くん君のお姉さんゴリラにでも育てられたの!!」


待て待て待て待てと静止をかけてくる坂田銀時に一心不乱に殴りかかることをやめないわたし。そういわれても仕方の無い状況だけど失礼だよお妙ちゃんに。「いつもはこんなゴリラじゃないんですふんごごごごぉおお!!」と、
新八くんも私を押えつけて力んでるけど姉に対して失礼すぎないか弟くん。というかこんなセリフ原作になかった気がするけど、
成り代わりくんがそこまでゴリ…いやお妙ちゃんほどアクティブな行動をしてなかったからなんだろうなあ多分。
いやしかしお妙ちゃんがゴリラに育てられた女の子だと主人公がいうなら、というかメタ発言すぎるけど原作が言うのならわたしはゴリラに育てられた女の子を演じるしかない…!と自分自身も失礼すぎる悪態をついてながらふー、ふー、と鼻息荒くしていれば。
片手で頭を抱え防御しつつも、ピッと器用にもう片手で坂田銀時は一枚の紙切れをこちらへと見せる。


「…何コレ、名刺?…万事屋坂田銀時?」


お、おおお万事屋の名刺手にしちゃったレアー!と素のわたし自身の顔が見えてないのをいいことに目をキラキラ輝かせる。このチート変装グッズはこの場に合った表情を作り上げてるに違いないんだから、もうそこんとこはラッキーとしかいいようがない。気を張らないで済むしねー。

…坂田銀時。わたしがここで踏ん張れば、きっとこの世界のたくさんの人を救ってくれる人。
そう思うとこの紙切れ一枚がとても愛しく、気が付かれないようにゆるりと撫ぜた。
そんなわたしにも目もくれず、
こんなご時勢だから仕事を選んでなんかいられない、だから頼まれればなんでもやる商売をしているのだ、と悠長に服の砂埃を叩き落としながらキメ台詞を放つ。


「この俺万事屋坂田銀時が、なんか困った事あったらなんでも解決してや…」


…しかし。


「だーからお前に困らされてんだろーが!!」
「仕事紹介しろ仕事!!」


いくらキメ台詞が格好よかろうと見せ場だろうと、この事態(新八君の失業)はこの男のせいなのだ。
わたしは割りと力こめて新八くんと共にボコボコに蹴った。
ただの関係ないトリッパーならね、こんな怒りませんよ、言っちゃえば他人のことでこんな怒れない、でもね、この数ヶ月家計を切り盛りして慣れないバイト、家事、四六時中の演技で頑張っていたからこその道場の存続が…!
…まあつまりは道場云々よりわたしのがんばりがパーになったということを募ってるだけの結局他人事な姿勢なんだけど。
他人のことでそれがなんだろうと自分のことのように心を胸を痛めて涙流せる人間ってそうホイホイとはいないと思うんだ、わたし。

「落ち着けバイトの面接の時緊張しない方法なら教えてやる!」と言ったこの男に「えええええぇぜひぜひ教えて!」と食いつきそうになった自分を抑えてボコ殴り。

…もう人をボコ殴りにすることに躊躇を覚えなくなってきたわたし、後戻りできないのね…


「姉上…やっぱりこの時代に剣術道場やって行くのなんて土台無理なんだよ」


…そして。わたしが違う所で後戻りできない所を感じている最中、新八君も悟りを開いたらしい。


「この先剣が復興することなんてもうないよ。こんな道場必死に護ったところで…」



新八くんはとても悲しげな表情で呟いた。眉を下げて。親から受け継いだ物を諦める言葉にしてはあっさりなように聞こえるけれど、この子だって本当は胸がいっぱいなはずだ。考えたはずだ。悩んだはずだ。そして手放そうとしたはずだ。

…結局他人事。でも他人だからこそ、この世界の色んな人の思いを万遍なく一方的に知りすぎているからこそ、平等に分かりすぎてわたしだって胸が苦しい。
他人の痛みを自分のことのように、なんてことじゃない。ただわたしはこの世界の誰にもにせいぜいが同情、どまりしかできないと思う。
…だって、ほんとに他人だ。わたしが背負いたいと思わせられちゃうような縁なんてない、
この世界にトリッパーしてきてから一度もキャラと接触がなかったんだし、そもそも向こうの世界では漫画のキャラとして大好きだっただけ。でも救いたいとは一度も思ったことがない。思った所でこんな風に世界に入り込むなんてありえないと思ってた。大好きというにも紙面越しだとしても情をうつすような友情や恋心だって抱いてないんだから当たり前だ。手を差し伸べようなんて思ったことなんてない。わたしがしなくてもこの世界はそれをする人がどんな形であれ居る。差し伸べられる手はわたしの物じゃなくていい。

そうやって端から諦めてやる気さえ起こそうとしなかった。わたしの中にそんな選択肢は存在しなかったんだよ。…なのに。


「損得なんて関係ないわよ」


…なのに、わたしは


「親が大事にしていたものを子供が護るのに、理由なんているの?」


原作でお妙ちゃんが確かに言ったこの台詞が、この身に痛いほど突き刺さる。まるで今のどちら付かずなわたしへ向けた言葉のようだと思った。
…損得なんかじゃ、ない?今わたしがここに立っているのはお妙ちゃんがこうしてこの場にいなかったら主人公は動かなかったから?それを恐れてるから?恐怖から?
…成り代わりくんは、確かに逃げた。でもわたしが代行するまで新八くんと仲良くやっていたことは確かだから、きっと愛情もって愛着もわいてだからこそ逃げたんだろう。…怖くて。

お妙ちゃんのこのセリフは本当に格好よくて今のわたしには突き刺さってキツい。キツすぎる。憧れる。やっぱお妙ちゃん好きだなあわたし。みんなみんな大好きだったんだけどね。満遍なく。すべて。この世界全てが好きだったもので。
わたしたちは親子でもきょうだいでもない。でも生まれは多分、いや間違いなく一緒。だったらそれだけでいいんじゃないかな。きっとごちゃごちゃとした色んなものは関係ないんだから。シンプルでいいんだ。
原作が始まらないのが怖いのもひとつ。でも。
がんばっていた同郷の人間が護ってきたもの護るのに、損得だとか理由だとか、いらないんだと。


──まだとてもじゃないけどそんな綺麗なことやっぱり心から思えないけど。いつかそんな綺麗な理由で人を助けられたらいいなと願いをこめて、わたしは演じた。



「でも姉上!父上が僕らに何をしてくれたって…!」


そして新八くんをじ、っと見つめれば、新八くんは口を開いたけれど。
開かれたのは口だけじゃない。その背後でこの道場の扉が勢いよく、轟音を立てて開かれた。
いや開くなんてもんじゃなくて、蹴り飛ばされて扉外れた。そこには見慣れた人間…いや借金取りの天人の姿が。
…ああ、始まった。このメガネ、キノコヘアー、小男という面白借金取りが来る度にいつ原作が始まるのかとため息をついてたよ。でももう。

…もうこうなってくるといっそ燃えてくるよね…!
さあ、勝負の始まりだ。わたしが成り切れるか。この世界のキーパーソンとして始まりを起せるのか。成り代わりくんが帰るまで、無事にやり通してみせれるか。

…このやる気のない、死んだ魚のような目をした男を立ち上がらせることができるか…!


「くらァアア!!今日という今日はキッチリ金返してもらうで〜〜!!ワシもう我慢でけへんもん!!イライラしてんねんもん!!」



さあ、ここからが本番。
2015.10.5