第五話
1.新生活にはまず慣れる
わたしが志村妙になるしかない。
そう気がついた日。
そしてその日は、わたしはこのまま志村妙として頑張れば成り切れるかもしれない…成り代わり主くんが帰ってくるまでくらいならやり通せるかもしれない。
そんな可能性に気がついてしまった日でもあった。

だからと言って進んでやりたいか?と言ったらそんな訳がないし、でもわたしがやらなきゃこの世界は誰が救うんだ!みたいな世界背負った勇者さまみたいな使命感もあるし、いやわたしじゃなきゃ出来ないのもわかり切ってたし、

…成り代わり主くんの気持ちだってわかるよ。察するには容易い。
わたしが成らなくては誰がなる。とりあえず姿形は完璧に偽れるんだ。どうせわたしはやることも目的もない無職だったし、お金が尽きるのを待つだけしか出来ない状態だったし。ある意味これは成りかわり主くん39!って言えばいいのかもしれない。思わぬ形で移住食確保しちゃった。
でもね。


「でも……バイトかぁ……」


志村妙が今までやっていたバイトなんて知らない。今までやっていた仕事内容もマニュアルも、全てゼロからのスタート。いったいどれだけ失敗して怒られるのか…
クビになるかもしれない。

そして肝心の自身のバイトスキルは、家族全員の反対を押し切り、長期休暇の短期のアルバイトということで妥協してもらい、一回きりという底辺に近すぎる経験地。高校生なんて全員が全員こんなもの?いやいやそんなこと無いよ…。無いんだよ父さん母さん兄、加えて弟…。
こんなことならもっといっぱい…!と思わなくもないけど校則違反でもないのに、全てはわたしにゲロ甘い家族のせいだとギリと歯を軋ませたり。
でも、その甘やかし放題で、それもこれもわたしを大事に思うが故にあの時あんなに騒いでくれた家族ももう…

………いや、もう、うん、そんなこと考えないようにしよう。わたしは今を生きるのにせーいっぱいなの!うん!よーし冷蔵庫に貼ってあるバイトスケジュール表の確認だー!と意気揚々と冷蔵庫をガン見しに行ったのはいいけれど。


「……なんで?」


新八くんは相変わらず喫茶店でのバイトがギチギチ。大してお妙ちゃんは色んなバイトを器用に掛け持ちしては辞め、現在は一つのバイトだけしかしてないらしい。
それはいい。わたしとしては掛け持ちなんて出来ないから助かったよ…!

…いやそうじゃなくてね。なんで?って言いたいのはね。


「……何この×印。これからの日程ぜんぶ×してある……」


新八くんの欄がギチギチに真っ黒になってるのに対し、お妙ちゃんの欄は別の意味で真っ黒になってる。…なんで。まさかお妙ちゃんに限ってクビ?いやいや妙ちゃんに限って、というよりこれは成り代わり主くんの技量だよね…

本物のお妙ちゃんを想像するなら、そう簡単にクビになりそうはないけど…。
…たっぷり休暇なんて取れる程余裕があるんじゃないのは家計簿を見て既に知っている。というか元々知ってたよ。なら…

謎は深まるばかりだどうしよう場合によってはバイト探しに行かなきゃ、と思い疲れたようなため息が出てしまい、とりあえず一息つこうと台所においてあった椅子に腰掛けようとすると。傍にある小さなテーブルの上に乱雑に紙が重なってるのが見えた。そしてその一つは新聞記事の切り抜き。


「……『お手柄!少女が強盗阻止!』?……あれ、これお妙ちゃんが働いてるお店だよ…!なんで切り抜き?……や、まさかぁ……」


その新聞記事の見出しはソレ。そしてその記事がわざわざ綺麗に切り抜きしている訳とは。そしてその強盗が起こりそうだった店がお妙ちゃんのアルバイト先だったという関連性は。

…本人の意向で詳細は載せない、と書いてあるけど、お察し。これ本当なら「志村妙さん(×)歳」とか書いてあるはずだったんだろうな。意向でって言うけどごめんねわたしにはバレバレ。その店内の写真の端っこにチラッと写ってしまっている着物の裾のようなもの。いや着物の裾だ。だって成り代わり主くんがあの日着てた着物の柄と一緒。
変装グッズの華やかさと自分の着物の淡さがギャップで、どうしてかと思って凄く印象に残ってたから…あの…

…成り代わりくん成り代わりくん、あのね、『店内は強盗により荒らされ、店長はこの事件を機に閉店を〜』なんて店の経営状況丸暴露して書いてあるけどさ、
…知ってる!成り代りくんの、ていうかお妙ちゃんの手、なんで拳が真っ赤にというかあんなに痣出来てたり怪我してたり…って思ったの!お察し!
成り代りくんやっちゃったんだ…!あの忍者みたいな身のこなしみてたらあり得ない話じゃないと思ってくるよそれにお妙ちゃんだし、
成り代りくん成り代りくん何があったの!


…はぁ。とりあえず、今の所休職、というかて無職状態な訳ねー…。わたしにとっては都合がいいけど家計は火の車だよ…わたしの稼ぎなんてこれから宛てにできないだろうし…
どうしよう…


「…とりあえず、バイト探そう…」


この世界はまともに働かない、働けない人間には優しくない世界だ。
でもその人がまともなら、まともな一般市民としてそこに在れるのなら、

…つまり真っ当に戸籍も住居も存在も確立されてるならなんとかやってける。そうじゃなかったからわたしはこの世界に来た日から苦労してきたんだ。
指輪が無かったら孤独死、というか飢え死によ。

わたしはいかがわしい仕事なんてしたくない、いやしたくないという気持ち以前に働き始めたとして全う出来ないと分かりきっていた。
しにたくないから身体売る。そういう覚悟はわたしは出来ないと容易に自覚出来てしまったのだ。極限状態に居て死んでしまいそうでなんでこんな状態になってるか分からなくて理不尽で仕方なくて。
そんなどん底な精神状態でそんな仕事についたらわたしはまともな精神保ってられなくて生きる所じゃないなんてわかりきってるから。…じゃあこのまま死ぬ?いやだ、死にたくない。なら働けばいいのに。だめ、できない、わたしにできるはずない、こわい、かえりたい、…とか。逃避ばかりするその思考は平和な現代人そのものだった。

…まともに生きることがしたいから、やらない。
まともに生きるしか出来ないのは、とことん平和ボケした世界で生きてきたから。だから選り好みなんてする。甘えた精神が残る。生きていたかったはずなのにおかしいね。
その証拠がわたしの職歴だ。自分が働かなくたってやっていけた温い生き方してたんだもん。

…もん、なんて胸張れることじゃ、ないけど、でも今は真っ当に働く。生きる。それだけ。
それだけしか甘ちゃんのわたしには道は残されていない。


「えーと、この道通ったらスーパーの方に出る、んだよね」



だから。
わたしはビシッと心持しっかりと着物の帯を締めて、髪も整え…というかヅラを整え。お化粧も身だしなみ程度に薄くして、外を歩く。
正直わたし自身の身体に化粧したって、周りにはこのヅラ、着物を着用している限り問答無用でお妙ちゃんの綺麗で整ったお顔が見えるだけなんだから意味ないけどなんとなくちょっと不安だったんだ。精神統一。

で、玄関をくぐり道場の門をくぐり右に曲がりえーとここから大通りに…あ、あったここが成り代り主くんと出会ったスーパー前、、覚えた。よし。
なーんてふざけているうちに、わたしはバイト探しではなく江戸の町探索へと目的が摩り替わっていたんだけど、堂々と歩ける事実にハジけてしまったわたしは帰宅するまで気がつかなかった。

…ごめん新八くん。わたしのせいで少し質素になってしまうけどまたお惣菜(という名の手作り料理)食べようね…

そして、夜。少し遅くなってから新八くんが帰宅した後、夜ご飯を食べる。


「姉上、こんな時間まで待っててくれなくてよかったのに」
「いいのよ。ご飯はね、一緒に食べた方が美味しいのよ。………そ、それに、……私時間があったから」
「ああ、それは仕方ないですよ。正直苦しくはなりますけど、あれはお手柄ですもん」
「……し、知ってた…のね。強盗、よね」
「それ以外に何があるんですかバレバレです。元々あの店、経営状態切迫してましたし、いつかはそういう事にはなったと思いますし…強盗が店内壊したんでしょう?あの状態で、姉上が無事でよかったですよ」
「…そうね〜危機一髪って感じだったわ〜死を覚悟したもの〜三途の川がチラッと見えたもの〜」
「嫌なチラ見だなオイィ!ていうか姉上えらい剣幕で強盗の主犯格を言葉攻めして白旗あげさせたって聞いてますけど!実は三途の川のチラ見えはむしろ強盗達の方だったみたいなこと僕聞いてるんですからね!」
「誰が強盗にチラリズムさせたゴリラよ」
「ぶごォオッ」


そんなこんなで、姉弟で楽しいお話をしながらわいわいと夕食を済ませた。
…ああ、新八くん?新八くんならお妙ちゃんならこう切り返すかもってハッとして、ヤるなら今!と決意してこの世界っぽく理不尽ツッコミ殴りたら、机に突っ伏しちゃったよ。
え?知らない本体のメガネは無事じゃない?「…あ゛、姉上それ違う意味に聞こえます……」って弱弱しいツッコミ返してきたから。

……ごめん。飄々と見せかけてるけどわたし初めて人を殴ったから正直ドキドキと嫌な汗が止まらないんだごめんごめんごめん新八くんごめん。わたしお母さんに「女の子なら可愛らしくパチン!って!こううるうるっとしながらパチンッ!て音立ててビンタ!……もぉ違うわよ〜もっとバチン!じゃなくてパチンッて〜」って教育されてきたから、ビンタしか知らないんだ、でもお妙ちゃん可愛らしいビンタでなんて済まさないでしょ…


…はあ…もうどうしようか…。


「姉上、明日からバイト探すんでしょう?もう夜遅いですし、電気消しましょうか」
「…そ、そうね〜バイト探さないとまたチラ見えしちゃうわよね〜」
「嫌なこと言わないでくださいよ!もう寝ましょう!あっそういう意味じゃなくて普通に眠りましょうあっいや」
「ループって恐いわね新ちゃん」



……明日から本気出す、とげっそりとしながらも、初めて新八くんをいじって見て何故この世界のみんなは新八くんを執拗にいじり倒すのかがわかった。
…楽しっ
わが弟(仮)ながら末恐ろしいいじり甲斐。
そのツッコミも万事屋にバイトしに行ってからもっとスキル磨かれるんだろうなあ、と考えながらお妙ちゃんの部屋の押入れから不慣れな手つきで布団を引きずり出し、
畳へと降ろし、そして布団に入り次の日からわたしは…


志村妙として生きることを、始めた。もし死ぬとしても甘えた生き方しか選択出来なかったように、わたしは結局志村妙として生きることしか選択できなかった。
そしてなんで元々のバイト先であんな事件が起こったんだろう、と時々居合わせた人の証言を聞くと疑問になることが多々発覚しつつも、バイトを探し働いて働いて働いて働いて毎日が過ぎ、
成り代りくんの息抜きもせいぜいが一月くらいだろう、と思っていたら一ヶ月はすぐに過ぎた。
そしてまだ成り代わりくんは帰らないまま一ヶ月半が過ぎた。嫌な汗をかきつつ、わたしが志村妙として生きるを始めて二ヶ月が経つ。
それでも。


成り代りくんは、帰ってこなかった。原作はもうすぐ、始まろうとしていた。
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