第四話
1.新生活にはまず慣れる
成り代わりくんがいなくなり、とりあえず無謀でも出来っこなくても、物理的に無理でもありえなくても、誤魔化せなくても動かなくては何も始まらないしこれからどうすればいいかもわからないから、
もしこのままお妙ちゃんがいないままならわたしは勿論この世界がどうなるのかも分からない、ならわたしはどうしたらいいかなんてとてもじゃないけど分からないから、
何か行動しなければ何も分からない。なら何かを行えば道は示されるなだと信じて。

…絶対無理に決まってる、と分かりきっていても諦めていても。それが失敗したとしても失敗したその後の道は示されるはずだ、と今わたしがやれるわたしに示された唯一のこと。

…お妙ちゃんを勤めてみる、それを決めた日の話。





「お兄ちゃんと弟さんの間?…あらあら〜女の子一人は大変ね〜」と家族構成を教えると、口々に言われる。大体の確立で言われる。それが我が家。
もしくは世間一般の男に挟まれた女きょうだいが言われるテンプレート。
兄の扱いも慣れてる。弟のあしらいも慣れてる。ただ、大変は勿論だけど、可哀想、と言われるとちょっと違うと思ってる。
うちの場合はわたしが女一人なばっかりに、兄からも「かわいいかわいい」言われ甘やかされ、弟からも「ねえちゃんねえちゃん相手してよ!」と懐かれそして甘やかされ。母からは「せっかくちゃん女の子らしくてちっちゃくて可愛いんだから、お母さんに可愛い口調でお話して〜」とねだられ言葉遣いを矯正されるような、……いや、大変で、前言撤回してある意味可哀想と言ってもいい家庭に生まれた。
ちなみに父はそんなわたしを哀れんでくれる唯一の常識人だけどやはりわたしにゲロ甘い。

…何が言いたいかというと。それなりに男きょうだいの扱いには慣れてる、ということ。でも…

………流石に他人の、それも漫画の見知ったキャラクターの男の子を、そしてその漫画の見知ったキャラクターの姉のふりをして、偽りの共同生活を築けと言われれば流石のわたしにも無理がある、ということだ。そう、お妙ちゃんには新八くんという弟さんがいる。
それなりに兄も弟も反抗期も思春期もあった。結構酷く悲惨な時期もあった。だから慣れてる。でもそれとこれとは違う。とても違う。もう根本から違う。


「姉上〜!帰りました〜!………あれ?奥にいるのかな」


ヅラを装着し着付けのアレンジ本なんて物がお妙ちゃん(成り代わり主くん)の部屋にあって試行錯誤しながら着付けなんて出来ない現代っ子がどうにか着物を羽織り、身だしなみを整え、
時間に急かされて、どうやら今日は食事当番らしいお妙に代わり食事を作り始める。
あまりに手が震えていて、浅くではあるけどもう三箇所は包丁で指を切ってしまってもう駄目…。もうたおれたい…

だんだん台所にいい匂いが充満して行く頃になるとそれに誘われるように玄関で物音が立てられ、ある意味向こうの世界で聞き慣れていた新八くんの声が聞こえて。 応えなきゃいけないことはわかっていても喉が張り付いて声が出なくて。
でも新八くんは聞こえなかっただけと勘違いしたようで、そのまま自室へと戻ってしまった。
料理の匂いが微かにでも漂ってきたのか、いや部屋に電気もつけたままだし、人の気配を感じてたまにあることだ、と思ったのかスルーしてしまったらしい。

…一度タイミングを逃すと凄くドキドキする。心臓が口から飛び出そうでも料理は出来上がるし。
冷蔵庫には必要最低限しか入っていなかったけど、お母さんから教わった節約やり繰りアレンジ料理のレシピを脳みそから搾り出して作り上げた、結晶である。

…さあ、息を吸って、吐いて。吸って、吐いて。…もう一度深呼吸したら。
……いける!


「新ちゃ〜ん、ご、ご飯よ〜」
「あ、姉上。すぐ行きます!」


…志村妙としての第一声が、口からこぼれた。

それに対して遠くから聞こえる新八くんの返答はあまりに自然体で、本当に姉に向かって、家族に向かって返事をするような。他人がやってることだとは微塵も疑いもしないような声だった。
食卓へと歩く廊下が軋む音がする。近づいてくる。

……ヅラとお妙が普段使っている着物だけで変装して成り切れという無茶な要望。それでもやり切らねばならない訳がある。
……まあ、訳があってもやり切っても、成功するかしないかは別問題である。ちなみにわたしは最初から成功するとは思ってないし端から諦めている。
…あのね、お妙ちゃんとわたし、顔の造作どころか身長も格段に違うんですよ。
それにいくら演劇部の中でもやり手だった友人に声真似で(無理やり)鍛えられたからって、そもそもの声質が違うんだよ…。そして一つのセリフを完璧に声真似するのと四六時中演技し続けるのではまったくもって違うんだよ…。
…なんでこんなことになったのぉ…

ご飯の時間が冷蔵庫に貼ってあったり、二人のスケジュール表やミニホワイトボードに「ちょっとコンビニへ行ってきます」等の伝言を書くシステムも発見した。
それは大いに助かる。でも味噌汁の味は?焼き魚の焼き加減は?炒め物の塩加減は?卵焼きは醤油は砂糖派それともソース?ダシ?何もかもが家庭によって違うはず。
なのにいきなり家式で作れなんてどんな無茶振りか。そもそもあの成り代わりさんは私がからっきしに料理出来なかったらどうしてたんだろう、と思ってハッと気が付いた。


「……あ」


とんでもないことに、気が付いて、しまった


「あ、ああ姉上……い、いいいいただきま………え!?」


あ、と小さく声が漏れた時には既に、初、生新八くんは食卓へとやってきて席についていた。というか座布団に座った。正座して食卓を囲んで食べる家らしい。この家らしくある。
そしてその初新八くんはと言えば、引きつった口元をして、ぎゅ、っと固く目を瞑って、震える手で箸を持ち、左手で腹を押さえるというあからさまなポージングをしていて。
その目を意を決したようにカカッ!と開いてから、案の定驚愕に目を見開いて叫び出した。


「あっ姉上ェエエ!今日のご飯なんでこんなに見た目が良……げふぉ゛おッい、いいいえ、い、い、いいつもより美味しそうなんです、かか…」


ほーらね!思った通り!思い出した時にはもう遅い!根本的なことを忘れてた!新八くんは混乱している!そのはずだよ!
…志村お妙は料理が壊滅的。卵焼きも料理も消し炭に…別名ダークマターへと変化させてしまうという人物だった。
…忘れてた。凄く忘れてた。当たり前のように普通のご飯作っちゃった。料理の腕は凄く良いって訳じゃないけど一通りそれなりの味で作れる程度の腕はある。
まあ、家庭の素朴な味だよね、程度の。

でも前と比べると余程違うらしく新八くんの目が驚愕と猜疑と混乱で血走ってしまっている。全身の震えが尋常じゃなく、今にも失神してしまいそうな様子を確認しながら。

私はす、っと笑顔を作って言う。


「今日は臨時収入が入ったから、全部お惣菜にしてみたの〜」


…あえて出前とは言わない。あと臨時収入などない。

出前でとった料理程のクオリティーは保障できないし、現在新八くんは万事屋で働いてないらしい、と新八くんのバイトスケジュールを見て気が付いて、
凄くお金に困っていた頃だろうなと判断を下して出前を取ったとは言わずに。
全・お惣菜という贅沢なんだか贅沢じゃないんだか判断に困る、だけど無難な答えを出す。
いや万事屋に勤めても正直お金には余裕出ないしもっと切迫するんだと多分思うけどね…。貰えた月はいくらもらってるんだろ…不憫だ…

するとわたしの哀れみの眼差しになんて気がつかない新八くんは、あからさまにホッとした顔をして未だに充血したままの目で「おいしい!惣菜にしては作りたてみたいですね姉上」と言う新八くんの言葉に、とりあえずお手洗いに立つふりをして、料理するのに使った、水につけておいた鍋や調理器具類を全て抹消(棚に隠しただけ)。


「ごちそうさまでした。…あ、姉上、僕またこれからバイトにでます、今日出れない人居るみたいで、店長に頼まれちゃって」
「ごちそうさまでした。……そうなの、いってらっしゃい。私は今日はもう上がりなのよ〜」
「分かりました。帰りはいつもと同じです。いってきますね」
「気をつけてね新ちゃん」


そしてごちそうさまを共に済ませて、バイトに行くという新八くんをお妙ちゃんらしい口調(のつもり)で見送り、姿が見えなくなった頃に大きなため息を吐き、ダラダラと根性でとめていた汗を垂れ流しにした所で。

また新たな事実に気が付く。…そういえば本当に、ハラハラと緊張しすぎて、予想外のアクシデントに見舞われて忘れてたけど。


「新八くん、長年暮らしてた姉が明らかな他人に入れ替わったって言うのに…」


まったく気が付いてなかった…それどころか疑うような仕草は少したりともしていないように思えた。…なんで?普通百歩譲って気が付かなかったとして、違和感くらいは覚えなきゃどれだけ家族に無関心なんだ抜けてるんだ、って話で。

……あの新八くんに限って姉に対して無関心はあり得ない。そして仲が悪くないのは新八くんの態度から伝わったし、成り代わりくんはそこそこ仲良くやれていたんだね。

…なら、余計になんで?わたし絶対にこんなに上手くいくはずないと諦めきっていたのに、拍子抜けしすぎて逆に安心所か気持ち悪い…。

考えても考えても分かる訳はなく、思考に耽りながら廊下をぐるくると歩き回り恐らくお妙ちゃんの部屋らしきその場所の襖を開けて、中に置いてあった鏡代前に近づき、自分の姿形を確認しようと鏡を見つめた。いくらヅラと着物と口調をそれらしくしても無理があるだろうに、なんでだと改めて確認したくなったから。

でも。
…そうすると。新八くんのあの反応にも納得するというもので。
…ううん、訳分からないけど。ほんとになんでこうなったのかわたし分からないけど…。


「嘘ぉ」


その鏡には、わたしは笑ってもいないのに正面でニコニコとし続けるお妙ちゃんの姿が映っていた。本当の私は驚愕に目を見開いて動揺して汗かきまくりだっていうのに鏡に映る彼女はまったくそんな様子はない。ニコニコ笑ってるだけじゃなくて目を開いたり、自然にまばたきをしたり。

…なにこれぇ……こんな奇想天外なことがあっていいの……?
これについて、考えられる理由はただ1つ。
…もしかしたら可能性は二つ、三つかもしれないけど


「これ、とんでもないチート的な変装グッズ?」


わざわざ成り代わりくんが投げていった心もとない付け焼刃だと思っていたその変装グッズ。
そんなもので誤魔化される人なんていないよー!なんでそんな自信満々に去っていったのー!と思っていたけど、もしこれを予想していたなら、わたしと彼との温度差の理由に納得できてしまう。

…だとしたら、これはとんだチートだ…と息を大きく吐いてわたしはその場に寝転がり、現実逃避をするように窮屈な着物で大の字になった。
成り代わりくんいったいこれどこで手に入れたの。もしかしてトリップ、転生特典?他に都合のいいトリッパーがいたら生贄にしようと思ってたりした?いやいやあのヘタレ臭のする成り代わりくんがそんな狡猾な性格をしているとは…
…ああ、そんなこと考えたってもう彼はいないんだからわからない。

……これから…これから、どうしよう…
原作は、いつ始まるのか。新八くんの姿は原作とあまり変わらな姿形に見えた、お妙ちゃんも同じくだった。…そういえば成り代わりくんは言ってた
「もうすぐだから、もう、すぐだから、もう耐えられない」…と。


「…これもう完全に原作すぐ近くだよー!馬鹿ああー!」


どうやら成り代わり主くんに成り代わりの成り代わりを頼まれたわたしは、言葉から察するに原作への出演も頼まれていたらしい。
…なんていっそ清清しいほどの丸投げ!どうしたらいいのー!いつ始まるのー!道場にはもう借金取り日常的に来てるのかなー!
…ああ、とり、とりあえず。
わたしはただの無属性の特典なしのトリッパー。だけどトリッパーとして、大変な役割を担わなければならなくなったらしい。わたしが逃げても多分成り代わりくん…、いやおお妙ちゃんは帰っては来ない。そうなると…

原作は、始まらないどころから最初から崩壊だと分かってしまったのだから。わたしは…
2015.9.5