第三話
1.新生活にはまず慣れる
ただならぬ殺気のような物を笑顔で発してるお妙ちゃんに腕を引かれ、まだ通ったことのない道を歩いてたどり着いたのは、古びた日本家屋。…道場、かな?
つまりお妙ちゃんは自分の自宅へとわたしを連れてきてしまったらしい。
なに、なに、こわ、こわい、校舎裏っというか自分のテリトリー内へ連れてきてボコ?ボコなの?おこです?お妙ちゃんおこ?
ぶるぶると震えたまま、通された客間らしき和室にテーブルを一つ挟んで無言で促されるままに座る。
二人共正座してる。しかしお妙ちゃんは背筋をピンと綺麗に伸ばして、対するわたしは俯いてぶるぶると背中を丸めて。
いったいどうなるの。ボコどころか座ってまるでお客様みたいな扱いされたよわたし。
…何か話を、する、のかな。でもいったい何の話、卵焼きについて初対面に馴れ馴れしい話しただけで、自宅に連れてきてまで話したいことが出来るってどういうこと、わからない、お妙ちゃんがわからないよ…!と声を発するためお妙ちゃんが息を吸い込んだのを聞いてたまらずぎゅぎゅ、っと目を瞑れば。
「…もしかしたら私、変なことを聞くかもしれないわ。……でも……もし…もし、分からなければ、申し訳ないけど…大変失礼なことをしている、言っている自覚は、ある、けれど……、……今日のことは、なかったことにしてくださいな」
「…え、…あ、…う…は、はい……」
正直何のこと?というかお妙ちゃん様子がおかしくない?状態で、いったいどんな質問をされるのかビクビクしてしまったけど。
それよりも、妙なくらいお妙ちゃんはしおらしく、いや不安そうに、恐ろしそうに?わたしの見てきたお妙ちゃんは滅多にこんな弱弱しい声色は搾り出さないはずで、恐さよりもびっくりが勝ってつられて俯いていた顔を上げて視線を合わせた。
やっぱりお妙ちゃんは変な顔をしていた。ただ事ではないと思ったわたしは出てくる言葉を大人しく聞く。待つ。
すると。
「君も、トリップしてきたの……?」
「……ん、……ん?」
とんでもない言葉が聞こえた気がした。
…い、いやややまさかだよぉ。お妙ちゃんが、銀魂世界の人がトリップとかそんな概念知るはずないよ。トリップして結構追い詰められたからわたし頭おかしくなったのかな。結構生死の境をさまよったしな。あの空腹はたいへんだったな。死の一歩手前だったもんな。
…ううん、おかしくなったのは耳かな?
……いやでも…もし本当に「トリップしてきたのか」と聞いたなら。
もしも、そうならば。
……あり得ないことではない。思い当たる節はある。
そしてその可能性は十分にあると自分自身の存在、現象を持って声を大にして言い切れる。今わたしはなんでここに居る?なんでこの世界に来てしまった?今わたしはどういう存在?そしてその概念をわたしはどうやって知った?
…それは。
「……ま、まさか、あ、ああなたは……」
キャラクター(二次元の、そして設定ソックリの容姿、お声とお家で確実)からのトリップ発言。
そしてそれを聞いたわたしはあまりにも唐突で、予想もしなかった展開発言からフリーズしてしまったけど。一拍置いて、今まで培ってきた夢煩悩ですぐさまに。
「ああ、まさかの成り代わりさん…」と推測出来てしまった。
…そうだろう。多分君「も」トリップして来たの、と言うからにはこの子もそう。もしかしたらトリップというよりは転生成り代わりかも?
自分が痛々しい考えを現実の当たり前の事のように考えてることにぞっとしてしまったけど、今この現実はリアル。それは痛いほど思い知らされた後だ。
正真正銘これがリアルな夢でなければわたしはトリッパーだよ…?そしてトリッパーがありえるなら。
…キャラクター成り代わりも大いにあり得るよね…。
お互いあっ…と察してしまってからは、沈黙が辛い。新八くんの気配がない、留守なのか、もしかしたら万事屋に行ってるのかもしれない、とぼんやりと考える余裕もあるくらいにはたっぷりと沈黙していたけど、その子は意を決したように口を開く。わたしも負けじと開く。
「あああああの!そのっえ、えー、えーと、えっえと」
「は、はいぃ!あ、えと、あ、わ、わたしっていうんですけど、そういうばお見合いなのに自己紹介がまだ、」
「ああああそうだお見合いなのに自己紹がまだ、え、お見合い?ってあ、そうちゃんっていうんだね、へええええええ、わ、わぁああ」
「そうですうううぅわあああ」
…そして、負けじと口を開いた結果この場は混沌、カオス空間へと変わってしまった…。
聞くと分かるけど、わたしもかなり動揺してるけどその子もとても動揺しているらしい。当たり前だよね…お互いにとって予想外の存在だったんだから。それにしてもわたしの話の振りは酷いものだったとはパニックしていても十分にわかった。
…お見合いってそもそもなんだっけ…。
いや、それよりも反省は後にしてね、それで、
……トリップ、っていう言葉を当たり前のように使って、状況を理解して可能性を導いたんだから、そっちの知識はある子だったんだろね…。
既にぜぇ、はぁ、とお互い息切れして冷や汗をだらだらとみっともなくかいて、肩を上下させ目を血走らせながら、
そして途中でその子はうるっと目を潤ませながら。
「お、俺!」
「ん、うぇ!?お、おれ!?」
「…うわぁあああん俺中身は男なんだよぉおおおお」
「えええええうそぉおおお」
「ほんとぉおおお」
これ以上にびっくりなことは無いと思っていたわたしに更に泣きそうになりがら爆弾投下。
可愛い女の子のお妙ちゃんの姿で、あの声で、男言葉を使うギャップに腰を抜かしそうだよわたし…!
阿鼻叫喚。二人の悲鳴が交差する。まさか、まさか、いや、中身はお妙ちゃんとはまったく違う子だって思ってたけど、まさかそっちの知識が少なからずある様子でパッと飲み込めてわたしに確認してこれるくらいの子が、
…中身男の子、なんて。
…うそぉおお…!この展開についていけない…物凄くついていけない…!ただ救いは性別はともかくよくあるトリッパーVS転生主みたいな最悪な関係性にならなさそうなこと!嬉しい!それは嬉しい!けどもう息が、息が、喉がぁ…!
お互い喋る気力もなく畳の上でぜーはー言いながら手足をついて暫くして、むせ返ったようなひっくり返ったような、ちょっと可哀想な声でその子…彼、は、言った。
「お、お願いだ…頼む、ちゃんん…」
女の子が…キャラちゃんがお妙ちゃんが可愛い女の子が、男言葉で…うるうる…あ…これはこれでアリかもしれない…と邪な考えが頭を過ぎった頃。
邪な考えが悶々しすぎて頼む、と彼に何かをお願いされたとも認識出来ていなかったわたしに、
彼は意を決したようにごく、っと唾を飲み込んでから大きく叫んだ。
「俺と、成り代わって!」
「…ん?…………は、えぇえ!!?」
…今、なんて言った!?
「もうすぐだから、もう、すぐだから、もう耐えられない、耐えられないんだ、お願いだ…!」
「ちょ、ま、い、え、う、いや意味わからない、わからないよ、え?え」
どういうこと?いやどういう意味ぃ!?
今なんて言ったねえなんて言ったの成り代わり主くん…!?
つ、つまりはえーと?必死に、それはもう必死な顔でテーブルに乗り上げてわたしの胸倉を掴む彼女…いや彼は。
自分と成り代わってほしいと言った。
わたしはただのトリッパー、成り代わり主というべき存在は彼、で…
わたしに成り代わり主くんの成り代わりをしてほしい、と、頼まれてるの?
…え、え、つまり、つまりお妙ちゃんの成り代わりをバトンタッチしてほしいってことだよね、頼みたい気持ちも凄くわかる、なんでなんて言うまでもない、察してしまう、
ただ物理的にそれ無理だと思うの!どんな無茶振りをするの!さっき並んで歩いた時、「お妙ちゃんとわたしって意外と身長差ある…」ってヘコんだんだよわたし!それ無理!そもそも顔の造作も声もまったく違うよ成り代わりくん!現実を見て!
するとこちらの思考など分かった様子の成り代わりくんは、ささっと用意周到に、どこから出したのかなんで持っていたのかいつ用意したのか、
お妙ちゃんの髪型に固定されているウィッグと、着物を数着その場に広げてみせた。
「…え?まさかほんき?ほんきなの、成り代わりくん……?」
「………」
「やだやだこっち見て!目え合わせて成り代わりくん!え、どこ行くの成り代わりくん、そっち庭だよどこ行くの、ねえ待ってスタスタ行かないで、ちょ、まっ」
唖然。そして驚愕。顎が外れるくらいの驚き。
……用意周到だ。これは計画的犯行なんじゃないかと強く強く疑うくらいには。だってこんな変装グッズなんていつでも常備してるはずがない。
そしてそれを本気で成せる、通せると思っている成り代わりくんに驚く。
成り代わりくんが目を合わせてくれない。言葉を発しない。お願いこっちを見てなにか喋ってやだやだお願い!
そんなお願いも虚しく成り代わりくんは冷や汗をかいたまま座布団から立ち上がり、背を向けたま庭の方へと歩き出し、靴もはかないままについに庭へと降りた。
…!まさか、あの人!…そんな、まさか!
「成り代わりくん裸足!はだしのままだよー!!」
まさかの裸足でかけてく陽気な成り代わりくん。いや陽気?ぜんぜん陽気じゃないけど!
パニックを起したわたしの意味不明な呼び止める声にも反応せず振り返らず。
なんと塀をシュタッと忍者のように身軽に乗り越え、私が昨夜雨が降り土が泥のようになってる庭に、裸足のまま下りるべきか一瞬だけ、ほんの一瞬躊躇ってしまったその隙に、成り代わりくんは消えた。
…追いつけないことは、あの身のこなしでよーくわかってしまう。お、お妙ちゃんの身体ハイスペックすぎ…?…え、や、うそ…
「う、う、うそ、うそ…うそだぁ……」
…なんで。なんでキャラクターに初遭遇したと思ったら家に招かれて、招かれたと思ったらそれは成り代わりさんで実は男の子で、予想外の展開にお互いが気まずい思いしてると思ってたら成り代わりくんは頭の中でこんな計画を狡猾に立てていたみたいで、
…そんな。…成り代わりくん……そんな…
…あの、それ所じゃねえだろ!と言われても一つ個人的な物凄い気になりどころがあるんだけど、なんでウィッグ、というかあえてこの世界風に言いたいけどヅラ持ってるの。それでなんでこんな、今自分が着てたのよりも華やかでピンク成分大目な着物持ってたの。
よく見たらセンス高すぎる、女子力も高すぎるオシャレな簪もお化粧品もバラけてるんだけど、
成り代わりくん!成り代わりくん!成り代わりくーんーーー!!
聞きたいことは沢山あるんだけど、その、もう、あの、
「これ、悪い夢、だよねぇ…そんな、成り代わりの成り代わり、とか、トリッパー、…、…そんなの、おかしい、無謀すぎ、…だよ、ね…う…、あ…え、えと、…つ、疲れてたんだよね、男の子だもん女の子してたらストレス溜まるよねそりゃ、と、とりあえずだよ、とりあえずわたしがお妙ちゃん勤めたとして、いや勤められるとおもわないけど、あり得ないけど、待ってれば、でも、かえってくるよね、ね、だから」
そして、その日そうして異常な現実を前に、無理やり納得させたわたしは成り代わり主くんを健気に信じ、いや信じることしか出来ずに待ち続けたけど。
「………、…………。」
……ついにたっぷり二ヶ月経っても帰ってや来なかった。
「うそだぁぁああー!!」
待って、このキャラ、キャラとか言いたくないけどね、お妙ちゃんね、結構重要なレギュラー、というか準レギュラーくらいの役割は確実に持ってるし、あれから二ヶ月間で気がついたけど、今は原作開始前でもうすぐ原作開始しそうな気配が、って頃で、
原作開始一話目なんてお妙ちゃんが要になって始まるようなモノだし、動かなきゃ、キャラがいなきゃ、お妙ちゃんがいなきゃ、原作が…
始まらない所か崩壊。全て破綻する。
「…腹括るのぉ……うそだぁ……」
二ヶ月。成り代わり主くんが帰ることを信じ、わたしはお妙ちゃんの役割を勤めようと努力はしたつもり。
出来るはずのない無茶苦茶なことだけどやってのけた。
…まあそんな無茶をして色々なことが勿論あったけれど、とにかく一つ。わかったことはただ一つだけ。
…どうやら今…わたしが成り代わりの成り代わりを務めなければ、
「あのぐーたら主人公はうごかない、テコでも」
と、いうことだ。
1.新生活にはまず慣れる
ただならぬ殺気のような物を笑顔で発してるお妙ちゃんに腕を引かれ、まだ通ったことのない道を歩いてたどり着いたのは、古びた日本家屋。…道場、かな?
つまりお妙ちゃんは自分の自宅へとわたしを連れてきてしまったらしい。
なに、なに、こわ、こわい、校舎裏っというか自分のテリトリー内へ連れてきてボコ?ボコなの?おこです?お妙ちゃんおこ?
ぶるぶると震えたまま、通された客間らしき和室にテーブルを一つ挟んで無言で促されるままに座る。
二人共正座してる。しかしお妙ちゃんは背筋をピンと綺麗に伸ばして、対するわたしは俯いてぶるぶると背中を丸めて。
いったいどうなるの。ボコどころか座ってまるでお客様みたいな扱いされたよわたし。
…何か話を、する、のかな。でもいったい何の話、卵焼きについて初対面に馴れ馴れしい話しただけで、自宅に連れてきてまで話したいことが出来るってどういうこと、わからない、お妙ちゃんがわからないよ…!と声を発するためお妙ちゃんが息を吸い込んだのを聞いてたまらずぎゅぎゅ、っと目を瞑れば。
「…もしかしたら私、変なことを聞くかもしれないわ。……でも……もし…もし、分からなければ、申し訳ないけど…大変失礼なことをしている、言っている自覚は、ある、けれど……、……今日のことは、なかったことにしてくださいな」
「…え、…あ、…う…は、はい……」
正直何のこと?というかお妙ちゃん様子がおかしくない?状態で、いったいどんな質問をされるのかビクビクしてしまったけど。
それよりも、妙なくらいお妙ちゃんはしおらしく、いや不安そうに、恐ろしそうに?わたしの見てきたお妙ちゃんは滅多にこんな弱弱しい声色は搾り出さないはずで、恐さよりもびっくりが勝ってつられて俯いていた顔を上げて視線を合わせた。
やっぱりお妙ちゃんは変な顔をしていた。ただ事ではないと思ったわたしは出てくる言葉を大人しく聞く。待つ。
すると。
「君も、トリップしてきたの……?」
「……ん、……ん?」
とんでもない言葉が聞こえた気がした。
…い、いやややまさかだよぉ。お妙ちゃんが、銀魂世界の人がトリップとかそんな概念知るはずないよ。トリップして結構追い詰められたからわたし頭おかしくなったのかな。結構生死の境をさまよったしな。あの空腹はたいへんだったな。死の一歩手前だったもんな。
…ううん、おかしくなったのは耳かな?
……いやでも…もし本当に「トリップしてきたのか」と聞いたなら。
もしも、そうならば。
……あり得ないことではない。思い当たる節はある。
そしてその可能性は十分にあると自分自身の存在、現象を持って声を大にして言い切れる。今わたしはなんでここに居る?なんでこの世界に来てしまった?今わたしはどういう存在?そしてその概念をわたしはどうやって知った?
…それは。
「……ま、まさか、あ、ああなたは……」
キャラクター(二次元の、そして設定ソックリの容姿、お声とお家で確実)からのトリップ発言。
そしてそれを聞いたわたしはあまりにも唐突で、予想もしなかった展開発言からフリーズしてしまったけど。一拍置いて、今まで培ってきた夢煩悩ですぐさまに。
「ああ、まさかの成り代わりさん…」と推測出来てしまった。
…そうだろう。多分君「も」トリップして来たの、と言うからにはこの子もそう。もしかしたらトリップというよりは転生成り代わりかも?
自分が痛々しい考えを現実の当たり前の事のように考えてることにぞっとしてしまったけど、今この現実はリアル。それは痛いほど思い知らされた後だ。
正真正銘これがリアルな夢でなければわたしはトリッパーだよ…?そしてトリッパーがありえるなら。
…キャラクター成り代わりも大いにあり得るよね…。
お互いあっ…と察してしまってからは、沈黙が辛い。新八くんの気配がない、留守なのか、もしかしたら万事屋に行ってるのかもしれない、とぼんやりと考える余裕もあるくらいにはたっぷりと沈黙していたけど、その子は意を決したように口を開く。わたしも負けじと開く。
「あああああの!そのっえ、えー、えーと、えっえと」
「は、はいぃ!あ、えと、あ、わ、わたしっていうんですけど、そういうばお見合いなのに自己紹介がまだ、」
「ああああそうだお見合いなのに自己紹がまだ、え、お見合い?ってあ、そうちゃんっていうんだね、へええええええ、わ、わぁああ」
「そうですうううぅわあああ」
…そして、負けじと口を開いた結果この場は混沌、カオス空間へと変わってしまった…。
聞くと分かるけど、わたしもかなり動揺してるけどその子もとても動揺しているらしい。当たり前だよね…お互いにとって予想外の存在だったんだから。それにしてもわたしの話の振りは酷いものだったとはパニックしていても十分にわかった。
…お見合いってそもそもなんだっけ…。
いや、それよりも反省は後にしてね、それで、
……トリップ、っていう言葉を当たり前のように使って、状況を理解して可能性を導いたんだから、そっちの知識はある子だったんだろね…。
既にぜぇ、はぁ、とお互い息切れして冷や汗をだらだらとみっともなくかいて、肩を上下させ目を血走らせながら、
そして途中でその子はうるっと目を潤ませながら。
「お、俺!」
「ん、うぇ!?お、おれ!?」
「…うわぁあああん俺中身は男なんだよぉおおおお」
「えええええうそぉおおお」
「ほんとぉおおお」
これ以上にびっくりなことは無いと思っていたわたしに更に泣きそうになりがら爆弾投下。
可愛い女の子のお妙ちゃんの姿で、あの声で、男言葉を使うギャップに腰を抜かしそうだよわたし…!
阿鼻叫喚。二人の悲鳴が交差する。まさか、まさか、いや、中身はお妙ちゃんとはまったく違う子だって思ってたけど、まさかそっちの知識が少なからずある様子でパッと飲み込めてわたしに確認してこれるくらいの子が、
…中身男の子、なんて。
…うそぉおお…!この展開についていけない…物凄くついていけない…!ただ救いは性別はともかくよくあるトリッパーVS転生主みたいな最悪な関係性にならなさそうなこと!嬉しい!それは嬉しい!けどもう息が、息が、喉がぁ…!
お互い喋る気力もなく畳の上でぜーはー言いながら手足をついて暫くして、むせ返ったようなひっくり返ったような、ちょっと可哀想な声でその子…彼、は、言った。
「お、お願いだ…頼む、ちゃんん…」
女の子が…キャラちゃんがお妙ちゃんが可愛い女の子が、男言葉で…うるうる…あ…これはこれでアリかもしれない…と邪な考えが頭を過ぎった頃。
邪な考えが悶々しすぎて頼む、と彼に何かをお願いされたとも認識出来ていなかったわたしに、
彼は意を決したようにごく、っと唾を飲み込んでから大きく叫んだ。
「俺と、成り代わって!」
「…ん?…………は、えぇえ!!?」
…今、なんて言った!?
「もうすぐだから、もう、すぐだから、もう耐えられない、耐えられないんだ、お願いだ…!」
「ちょ、ま、い、え、う、いや意味わからない、わからないよ、え?え」
どういうこと?いやどういう意味ぃ!?
今なんて言ったねえなんて言ったの成り代わり主くん…!?
つ、つまりはえーと?必死に、それはもう必死な顔でテーブルに乗り上げてわたしの胸倉を掴む彼女…いや彼は。
自分と成り代わってほしいと言った。
わたしはただのトリッパー、成り代わり主というべき存在は彼、で…
わたしに成り代わり主くんの成り代わりをしてほしい、と、頼まれてるの?
…え、え、つまり、つまりお妙ちゃんの成り代わりをバトンタッチしてほしいってことだよね、頼みたい気持ちも凄くわかる、なんでなんて言うまでもない、察してしまう、
ただ物理的にそれ無理だと思うの!どんな無茶振りをするの!さっき並んで歩いた時、「お妙ちゃんとわたしって意外と身長差ある…」ってヘコんだんだよわたし!それ無理!そもそも顔の造作も声もまったく違うよ成り代わりくん!現実を見て!
するとこちらの思考など分かった様子の成り代わりくんは、ささっと用意周到に、どこから出したのかなんで持っていたのかいつ用意したのか、
お妙ちゃんの髪型に固定されているウィッグと、着物を数着その場に広げてみせた。
「…え?まさかほんき?ほんきなの、成り代わりくん……?」
「………」
「やだやだこっち見て!目え合わせて成り代わりくん!え、どこ行くの成り代わりくん、そっち庭だよどこ行くの、ねえ待ってスタスタ行かないで、ちょ、まっ」
唖然。そして驚愕。顎が外れるくらいの驚き。
……用意周到だ。これは計画的犯行なんじゃないかと強く強く疑うくらいには。だってこんな変装グッズなんていつでも常備してるはずがない。
そしてそれを本気で成せる、通せると思っている成り代わりくんに驚く。
成り代わりくんが目を合わせてくれない。言葉を発しない。お願いこっちを見てなにか喋ってやだやだお願い!
そんなお願いも虚しく成り代わりくんは冷や汗をかいたまま座布団から立ち上がり、背を向けたま庭の方へと歩き出し、靴もはかないままについに庭へと降りた。
…!まさか、あの人!…そんな、まさか!
「成り代わりくん裸足!はだしのままだよー!!」
まさかの裸足でかけてく陽気な成り代わりくん。いや陽気?ぜんぜん陽気じゃないけど!
パニックを起したわたしの意味不明な呼び止める声にも反応せず振り返らず。
なんと塀をシュタッと忍者のように身軽に乗り越え、私が昨夜雨が降り土が泥のようになってる庭に、裸足のまま下りるべきか一瞬だけ、ほんの一瞬躊躇ってしまったその隙に、成り代わりくんは消えた。
…追いつけないことは、あの身のこなしでよーくわかってしまう。お、お妙ちゃんの身体ハイスペックすぎ…?…え、や、うそ…
「う、う、うそ、うそ…うそだぁ……」
…なんで。なんでキャラクターに初遭遇したと思ったら家に招かれて、招かれたと思ったらそれは成り代わりさんで実は男の子で、予想外の展開にお互いが気まずい思いしてると思ってたら成り代わりくんは頭の中でこんな計画を狡猾に立てていたみたいで、
…そんな。…成り代わりくん……そんな…
…あの、それ所じゃねえだろ!と言われても一つ個人的な物凄い気になりどころがあるんだけど、なんでウィッグ、というかあえてこの世界風に言いたいけどヅラ持ってるの。それでなんでこんな、今自分が着てたのよりも華やかでピンク成分大目な着物持ってたの。
よく見たらセンス高すぎる、女子力も高すぎるオシャレな簪もお化粧品もバラけてるんだけど、
成り代わりくん!成り代わりくん!成り代わりくーんーーー!!
聞きたいことは沢山あるんだけど、その、もう、あの、
「これ、悪い夢、だよねぇ…そんな、成り代わりの成り代わり、とか、トリッパー、…、…そんなの、おかしい、無謀すぎ、…だよ、ね…う…、あ…え、えと、…つ、疲れてたんだよね、男の子だもん女の子してたらストレス溜まるよねそりゃ、と、とりあえずだよ、とりあえずわたしがお妙ちゃん勤めたとして、いや勤められるとおもわないけど、あり得ないけど、待ってれば、でも、かえってくるよね、ね、だから」
そして、その日そうして異常な現実を前に、無理やり納得させたわたしは成り代わり主くんを健気に信じ、いや信じることしか出来ずに待ち続けたけど。
「………、…………。」
……ついにたっぷり二ヶ月経っても帰ってや来なかった。
「うそだぁぁああー!!」
待って、このキャラ、キャラとか言いたくないけどね、お妙ちゃんね、結構重要なレギュラー、というか準レギュラーくらいの役割は確実に持ってるし、あれから二ヶ月間で気がついたけど、今は原作開始前でもうすぐ原作開始しそうな気配が、って頃で、
原作開始一話目なんてお妙ちゃんが要になって始まるようなモノだし、動かなきゃ、キャラがいなきゃ、お妙ちゃんがいなきゃ、原作が…
始まらない所か崩壊。全て破綻する。
「…腹括るのぉ……うそだぁ……」
二ヶ月。成り代わり主くんが帰ることを信じ、わたしはお妙ちゃんの役割を勤めようと努力はしたつもり。
出来るはずのない無茶苦茶なことだけどやってのけた。
…まあそんな無茶をして色々なことが勿論あったけれど、とにかく一つ。わかったことはただ一つだけ。
…どうやら今…わたしが成り代わりの成り代わりを務めなければ、
「あのぐーたら主人公はうごかない、テコでも」
と、いうことだ。