第二十四話
7.絶交と解決─絶交しようとしたら解決した
いつかそんな日は来るとは思っていたし、だからと言って逃げた所でどうしようもないし。逃げる場所なんてない。行き場所もない。かえる場所もない。
ソレをどうする手立てもあるはずがない。
となれば、みっともなくバタバタ逃げ出した方が怪しい。開き直って堂々としてるくらいがいいんじゃないか、と開き直ることにしたら、
なんとまあ、堂々とおやつまで食べる仲になってしまって。今ものんびりほのぼのした昼下がりのおやつタイム中だったのだけど。
その瞬間がやってきても、当たり前の平和な日常ががらがら崩れ去ったとは思わなかった。いつかはこうなるんだと理解して、しっかり心の前準備が出来ていたからだと思う。
ああおせんべー美味しい。甘味に走ったりするけれどやっぱりここに落ち着くのよねえ…。ただ。
「中に来てもらおうか」
「んぐぐっぅ゛っげぶぅうう」
喉に詰まらせたらおせんべえは凶器だ。だから今はそういうのやめてほしい。
いきなり襟首を背後から引っつかまれ、咀嚼していたおせんべいの中途半端な欠片達がもう大暴れ。お茶を掴もうとしてもつるっと滑ってざばあ。
ばっか!お茶がなくなったらこの喉に詰ったってか刺さった凶器をどうしたらいいのよ!と沖田のお茶を拝借しようとしたらサッと避けられた。
おのれ誰か白米を持ってきてください!魚の小骨駆除戦法だお願いだからあ地味につらいのよ!
「あーあ土方さんはそれだからいけねー。見てくだせェ。こいつ喉に煎餅が詰まってやがる。引き寄せるなら襟首なんて生ぬるいものじゃなくて首。
絶妙な加減でこう、いい感じじゃないと最終的に完全な主人とペットの関係にはなれェんでさァ、」
「お前ら相変わらずよくそれで成り立ってるな。………面倒くせぇから聞かなかったことにする」
「それでその首にこれをこうして…」
「んぐぅ゛」
「やめろォオオ!!こんなガキにそんなん巻いたらシャレになんねーから!いろんな人に怒られる!社会から抹消される!…つーかオイ、総悟、お前もこいつと中に来い。例の奥の」
「…………へいへい、全く人使いが荒いやい」
「……お茶がほしい…」
やっぱり、心の前準備とは重要なもので。意識というのも重要なもので。
いつか必ず来るんだと現実を受け入れられすぎていたくらいだったようで、軽々しくお茶をねだれるくらいには動じていなかった。
これからいつの間に慣れ親しんでしまった彼らがどんな目をわたしに向けることになろうともだ。
それ例の奥の部屋、とやらに通されて案の定尋問されるような形になって。
「で、お前どこの裏社会の人間?ちょっとしょっぴこうと思って俺達みんなで画策してたとこでさァ」
「直球ゥウウウ!軽いわ!つーか取り調べって言ってんだよ一切取り調べてねぇよこんなん吐くモンも吐けねぇよ!」
「どこにも所属してないよ。察してるだろうけど戸籍もないよ、けどこのご時世よくあることじゃない?でもそれなりに真っ当に生きて来たし。あ、友達の家に居候してたんだ。あえて言うなら部活は帰宅部に所属してたよ」
「ニートとは元来家に帰宅するもんでさぁ。まあヤツら帰宅したまま出てこねえけど」
「もう疲れた」
五分も立たずしてシリアスは破綻した。シリアル、というか最初からいつもと変わらない。
コト、と何かが部屋のど真ん中にある机の上に置かれる。
まあ飲めとでも言わんばかりにお茶を出すようなノリでカツ丼が差し出された。
生暖かい笑みとともに沖田から。見るとマヨネーズがモリモリ盛られている。
そろりとソレから視線を外し見上げると、生暖かいものから悪い笑みに変わっていた。
なんて愉快なんだろう。取り調べとはいったい…。
「……あり得ないんだよ、足がない人間なんて」
土方が苦虫を噛み潰したような苦々しい顔でぽつりと言うも、彼が日常の顔から仕事用の顔へと豹変した訳でもあるまい。
いつもの土方が、いつもの声で、でもいつもとは違う話を切り出しただけで。
深刻な話だろうと明るい話だろうと何も変わらない。
きょと、と首を傾げて問いかけてみるも、言いたいことはだいたいわかってた。
「……わたしの痕跡、見つからないってこと?」
「そうなるな。戸籍がどうのなんて些事で、そんなのはよくある話…いや言いたかねェがざらにあって困ってるような話だ。
…ただ、こうも綺麗サッパリに足跡が残らない一般市民なんてーのはいねェ。
……何らかの事情で意図的に隠されてたことになる。どっかのお偉いさんが自分の隠し子だとかを自分に都合よく隠した…なんてことなら良いがな。…もしお前がもっと違う物なら」
「それが悪意、だったなら?裏があったなら?わたし、殺されるの?」
きょとりとまた首を傾げてみた。今度はわざとらしくでなく、純粋な疑問からのものだった。
悪意なんてないけれど、それを証明する手立てもない。冤罪だって起こる得る世の中だし、現代日本よりも色んなことがやっぱり極端だ。疑わしきは速攻で罰しろというか。
なんにせよ罪状はどんなものになるんだろう。
死刑になる?まさかそこまで飛躍するのか。いやそれもあり得るのかな?
足跡が無いというなら、逆に何かをしたっていう証拠も出て来ないのよね。
だとしたらますますなんの罪に値するというのか。
実害が出ないと警察は動かないのと一緒で、なんとなく怪しいからってだけで、証拠もなしにしょっぴけないでしょう。
少なくともこの人たちは面倒臭いからと罪をなすりつけようとして、強制的に引きずってきて取り調べなんて乱暴なことしない。はずだ。
これにどんな意図があるんだろう。どういった形で決着がついてついに切り出して来たんだろうか…
なんにせよ────
「悪いけど、わたし、死ねるのかわからない、ごめんね」
にっこりと笑って相手の目を見たつもりだけど、なぜだか相手がどんな顔をしてるのかわからなかった。
────それなりの罰が下されるんだと思った。
実際は叩いても埃なんて出ないし、異世界人だから違和感が発生してるってだけなんだけど。
もし疑いが晴れずに弁明も出来ず、問答無用でお前即死刑な今から罪人な、なんて言われたら。
──この人達にここで殺されたなら、この世界で死んだならどうなるのか、わたしにはわからない。
元の世界に帰れる?本当に死ぬだけ?死んだら天国へ行ける?その天国は向こうの世界と繋がってる?そもそも天国ってあるの?
もしかしたら死なない死ねない蘇生チート特典でもあるかもしれないし。
痛いしお腹すいて死にそうになったけど、もしかしたら何かがあってもおかしくないのがトリッパー。
くんが成り代りなんてしてる時点でイレギュラーな何が起こってもおかしくない。でも本当に一番わからないのは。
──わたしはその事実をつらつらと、なんでこんなにも…
「……こっちの一存で、問答無用で殺したりなんてしねェ。それでも、」
「もしかしたら悪い人かもしれないのに?怪しいと何か確信を持ってるのに、中途半端に見逃してそれでいいの?」
「現段階じゃ何とも言えねェ。……ただ、…俺の一存で、立場抜きに、個人として何か言うなら…、お前は悪行働けるような人間には見えねえよ。仕草、言葉、表情、歩き方、身の振り方どれをとっても、どっかしらから滲み出るもんだ、どんなに狡猾でもすべては隠せねェんだよ。実際証拠なんてものは何もない。何をした訳でもない。……でもな」
やっぱり罰は下すだろうと。その顔は物語る。
今は言えない、なんて言いつつもなんらかの方針を固めたのだから改めて呼び出されるに至ってるんでしょう。
そしてソレはここまで私を弁護するように語る土方の意志によるものではなく。
未成年の補導じゃあるまい、厳重注意、次は気を付けて、では終われない。
それでも彼はきっぱりと下せない。
彼の言葉は、少なからずわたしと接点があった彼の珍しいくらいの私情で憐憫で温情だ。
判断を下す人間は彼とは別にいて、水面下で何かしら働いてる思惑にどうやら逆らえない、ならば言葉を濁すしかない。
それにしたって「足跡が残らないのは異端」というのは建前で、もっとこんなに急いでまで廃除したい理由が他にあるんじゃないかと──
──わたしを悪人に仕立て上げたいと思う悪意ある誰かが背後にいるかもしれないなと推測した。
この知人友人わたしを知る誰もいないはずの異世界に!
それを思うと、おかしくて笑ってしまった。
そしてそれと同時に彼の背後のドアが開く。誰かが息を呑んだのも同時だった。
薄暗い部屋に窓からの光が差しこみ始めたのも同時で、まるで物語のワンシーンのようだなとわたしはどこか客観的に、映画でもみるかのようにそれを眺めていた。
7.絶交と解決─絶交しようとしたら解決した
いつかそんな日は来るとは思っていたし、だからと言って逃げた所でどうしようもないし。逃げる場所なんてない。行き場所もない。かえる場所もない。
ソレをどうする手立てもあるはずがない。
となれば、みっともなくバタバタ逃げ出した方が怪しい。開き直って堂々としてるくらいがいいんじゃないか、と開き直ることにしたら、
なんとまあ、堂々とおやつまで食べる仲になってしまって。今ものんびりほのぼのした昼下がりのおやつタイム中だったのだけど。
その瞬間がやってきても、当たり前の平和な日常ががらがら崩れ去ったとは思わなかった。いつかはこうなるんだと理解して、しっかり心の前準備が出来ていたからだと思う。
ああおせんべー美味しい。甘味に走ったりするけれどやっぱりここに落ち着くのよねえ…。ただ。
「中に来てもらおうか」
「んぐぐっぅ゛っげぶぅうう」
喉に詰まらせたらおせんべえは凶器だ。だから今はそういうのやめてほしい。
いきなり襟首を背後から引っつかまれ、咀嚼していたおせんべいの中途半端な欠片達がもう大暴れ。お茶を掴もうとしてもつるっと滑ってざばあ。
ばっか!お茶がなくなったらこの喉に詰ったってか刺さった凶器をどうしたらいいのよ!と沖田のお茶を拝借しようとしたらサッと避けられた。
おのれ誰か白米を持ってきてください!魚の小骨駆除戦法だお願いだからあ地味につらいのよ!
「あーあ土方さんはそれだからいけねー。見てくだせェ。こいつ喉に煎餅が詰まってやがる。引き寄せるなら襟首なんて生ぬるいものじゃなくて首。
絶妙な加減でこう、いい感じじゃないと最終的に完全な主人とペットの関係にはなれェんでさァ、」
「お前ら相変わらずよくそれで成り立ってるな。………面倒くせぇから聞かなかったことにする」
「それでその首にこれをこうして…」
「んぐぅ゛」
「やめろォオオ!!こんなガキにそんなん巻いたらシャレになんねーから!いろんな人に怒られる!社会から抹消される!…つーかオイ、総悟、お前もこいつと中に来い。例の奥の」
「…………へいへい、全く人使いが荒いやい」
「……お茶がほしい…」
やっぱり、心の前準備とは重要なもので。意識というのも重要なもので。
いつか必ず来るんだと現実を受け入れられすぎていたくらいだったようで、軽々しくお茶をねだれるくらいには動じていなかった。
これからいつの間に慣れ親しんでしまった彼らがどんな目をわたしに向けることになろうともだ。
それ例の奥の部屋、とやらに通されて案の定尋問されるような形になって。
「で、お前どこの裏社会の人間?ちょっとしょっぴこうと思って俺達みんなで画策してたとこでさァ」
「直球ゥウウウ!軽いわ!つーか取り調べって言ってんだよ一切取り調べてねぇよこんなん吐くモンも吐けねぇよ!」
「どこにも所属してないよ。察してるだろうけど戸籍もないよ、けどこのご時世よくあることじゃない?でもそれなりに真っ当に生きて来たし。あ、友達の家に居候してたんだ。あえて言うなら部活は帰宅部に所属してたよ」
「ニートとは元来家に帰宅するもんでさぁ。まあヤツら帰宅したまま出てこねえけど」
「もう疲れた」
五分も立たずしてシリアスは破綻した。シリアル、というか最初からいつもと変わらない。
コト、と何かが部屋のど真ん中にある机の上に置かれる。
まあ飲めとでも言わんばかりにお茶を出すようなノリでカツ丼が差し出された。
生暖かい笑みとともに沖田から。見るとマヨネーズがモリモリ盛られている。
そろりとソレから視線を外し見上げると、生暖かいものから悪い笑みに変わっていた。
なんて愉快なんだろう。取り調べとはいったい…。
「……あり得ないんだよ、足がない人間なんて」
土方が苦虫を噛み潰したような苦々しい顔でぽつりと言うも、彼が日常の顔から仕事用の顔へと豹変した訳でもあるまい。
いつもの土方が、いつもの声で、でもいつもとは違う話を切り出しただけで。
深刻な話だろうと明るい話だろうと何も変わらない。
きょと、と首を傾げて問いかけてみるも、言いたいことはだいたいわかってた。
「……わたしの痕跡、見つからないってこと?」
「そうなるな。戸籍がどうのなんて些事で、そんなのはよくある話…いや言いたかねェがざらにあって困ってるような話だ。
…ただ、こうも綺麗サッパリに足跡が残らない一般市民なんてーのはいねェ。
……何らかの事情で意図的に隠されてたことになる。どっかのお偉いさんが自分の隠し子だとかを自分に都合よく隠した…なんてことなら良いがな。…もしお前がもっと違う物なら」
「それが悪意、だったなら?裏があったなら?わたし、殺されるの?」
きょとりとまた首を傾げてみた。今度はわざとらしくでなく、純粋な疑問からのものだった。
悪意なんてないけれど、それを証明する手立てもない。冤罪だって起こる得る世の中だし、現代日本よりも色んなことがやっぱり極端だ。疑わしきは速攻で罰しろというか。
なんにせよ罪状はどんなものになるんだろう。
死刑になる?まさかそこまで飛躍するのか。いやそれもあり得るのかな?
足跡が無いというなら、逆に何かをしたっていう証拠も出て来ないのよね。
だとしたらますますなんの罪に値するというのか。
実害が出ないと警察は動かないのと一緒で、なんとなく怪しいからってだけで、証拠もなしにしょっぴけないでしょう。
少なくともこの人たちは面倒臭いからと罪をなすりつけようとして、強制的に引きずってきて取り調べなんて乱暴なことしない。はずだ。
これにどんな意図があるんだろう。どういった形で決着がついてついに切り出して来たんだろうか…
なんにせよ────
「悪いけど、わたし、死ねるのかわからない、ごめんね」
にっこりと笑って相手の目を見たつもりだけど、なぜだか相手がどんな顔をしてるのかわからなかった。
────それなりの罰が下されるんだと思った。
実際は叩いても埃なんて出ないし、異世界人だから違和感が発生してるってだけなんだけど。
もし疑いが晴れずに弁明も出来ず、問答無用でお前即死刑な今から罪人な、なんて言われたら。
──この人達にここで殺されたなら、この世界で死んだならどうなるのか、わたしにはわからない。
元の世界に帰れる?本当に死ぬだけ?死んだら天国へ行ける?その天国は向こうの世界と繋がってる?そもそも天国ってあるの?
もしかしたら死なない死ねない蘇生チート特典でもあるかもしれないし。
痛いしお腹すいて死にそうになったけど、もしかしたら何かがあってもおかしくないのがトリッパー。
くんが成り代りなんてしてる時点でイレギュラーな何が起こってもおかしくない。でも本当に一番わからないのは。
──わたしはその事実をつらつらと、なんでこんなにも…
「……こっちの一存で、問答無用で殺したりなんてしねェ。それでも、」
「もしかしたら悪い人かもしれないのに?怪しいと何か確信を持ってるのに、中途半端に見逃してそれでいいの?」
「現段階じゃ何とも言えねェ。……ただ、…俺の一存で、立場抜きに、個人として何か言うなら…、お前は悪行働けるような人間には見えねえよ。仕草、言葉、表情、歩き方、身の振り方どれをとっても、どっかしらから滲み出るもんだ、どんなに狡猾でもすべては隠せねェんだよ。実際証拠なんてものは何もない。何をした訳でもない。……でもな」
やっぱり罰は下すだろうと。その顔は物語る。
今は言えない、なんて言いつつもなんらかの方針を固めたのだから改めて呼び出されるに至ってるんでしょう。
そしてソレはここまで私を弁護するように語る土方の意志によるものではなく。
未成年の補導じゃあるまい、厳重注意、次は気を付けて、では終われない。
それでも彼はきっぱりと下せない。
彼の言葉は、少なからずわたしと接点があった彼の珍しいくらいの私情で憐憫で温情だ。
判断を下す人間は彼とは別にいて、水面下で何かしら働いてる思惑にどうやら逆らえない、ならば言葉を濁すしかない。
それにしたって「足跡が残らないのは異端」というのは建前で、もっとこんなに急いでまで廃除したい理由が他にあるんじゃないかと──
──わたしを悪人に仕立て上げたいと思う悪意ある誰かが背後にいるかもしれないなと推測した。
この知人友人わたしを知る誰もいないはずの異世界に!
それを思うと、おかしくて笑ってしまった。
そしてそれと同時に彼の背後のドアが開く。誰かが息を呑んだのも同時だった。
薄暗い部屋に窓からの光が差しこみ始めたのも同時で、まるで物語のワンシーンのようだなとわたしはどこか客観的に、映画でもみるかのようにそれを眺めていた。