第二十話
5.知らない内に画策してたヤツ再会
あれから成り代わりくん…否、くんと共に志村家の道場へ…通い慣れ所か住み慣れたそこへ向かった。
新八くんは万事屋でまだバイト中らしくわたし達二人以外はいない、のでまったりとお茶を飲みながら話し合う。

結論。
くんと私は一緒に暮らすことにした。勿論志村家のこの広いお家。
くんは元のお妙ちゃんの姿でお妙ちゃんとして。わたしはお妙ちゃんのお友達でこれから居候をさせることになった家無き子という設定で、新八くんに説明して。
「今までこんなに俺のことを助けてくれたんだから、これからは俺がちゃんのこと助ける番だよ」と男前に笑ってくれたくん様様だ。
確かに予告なく了承もなくくんには結構な苦労をさせられたとは思う。途中でゲシュタルト崩壊寸前だったもの。
けれどそれがなかったら今わたしは、と思うと複雑な思いだ。


「あれ、そういえばくん今までどこにいたの?これでも物凄く探してみたりしたんだけど…」
「んんー…内緒?」
くん、そんな風に小首傾げても可愛いだけよわたしは誤魔化されない」
「やめて恥ずかしくてしんじゃう、つーか、って呼ぶのももう問題だよな…懐かしくて嬉しいんだけどちょっと…」
「んーじゃあ間の間を取って二人きりの時はくんってことで」
「あ、それ無難だなどこの間の間を取ったのか分からないけど」
「だーかーらーお妙ちゃんとくんの間の間を取ってー」
「どこがどうなったらその間の間?」
「ちょっと頭が混乱してきた…」
「俺もだよ」


わたしはお妙ちゃんの皮を被ることをやめた。そして成り代わりくん…くんはお妙へと戻っていく。
…も、わたしという理解者が現れてしまったために完璧なお妙なのか?といえば半端な感じになりそうだけど、そもそもくんがどこの範囲までお妙として生きてきたのか。
口調は誰も違和感になってないみたいだったのでそこは原作通りにしていたみたい。
でも完璧に「お妙に成る」つもりで隙間なく日々生きてきたのか、
そもそも完璧だとか半端だとかの問題でもない。
複雑すぎる。彼は彼、くんはくんでそれでもってお妙ちゃんなんだから。これはわたし達二人にしか判らない。
そして男女も何もあった物ではないので、その日の夜は枕を並べて色んな話をする。
他愛のない世間話だとか、テレビの話だとか、そういえば元の世界でアレがあってソレで、
この世界はこうでああでソレで。たくさん話をして、沢山笑って二人とも眠くなり眠りいるその間際に。




────やっぱり俺は俺だけど、俺はお妙なんだ、もう、ずっと
そう、ぽつりと寝言のように零したその言葉が、わたしには忘れられない。
聞く人によっては意味が分からない言葉でも聞く人にとってはとんでもなく重い言葉だ。
きっとこの呪いのような言葉は頭からこびりついてこれから二度と離れやしないんだろうと思った。
彼は彼だけど彼は既にこの世界のお妙だ。
きっとわたしは現代日本のわたしでしかないし、それ以外にはなれないはずだけれど、
…わたしも、もう。あそこには戻れないのかもしれない。あの世界に居た平凡な現代日本人でしかない「」は失われた。わたしはこの世界に足を踏み入れてしまったのだから。






そして。
おまわりさんに補導されましたです。
日本ではおまわりさんには悪い思いも良いイメージも、といったらアレだけど特別縁があったんでもないのでそういうことで。
じゃあ江戸でのおまわりさんは?といえば。

…とてつもなく厄介なお人たち、である。だってわたし縁がある。
この世界では犯罪者の疑いかけられるようなご身分。
実際には犯罪なんてひとつたりとも犯してない、はず。戸籍がない?そんな人なんてざらにいるし、現代日本でもありえない話ではなかった。
でもこの江戸で「"一切"がない」となるとどこかキナ臭い…ということになってしまう訳でして。
この間補導された時に画面の向こうのワタシの住所を書いたりヘタなことしたのが怪しまれたのか、それとも今までの交流でか。
カツ丼は出てくる気配はないけれど人生初の取調室なうである。俯いた顔が上げられない…。
目の前にいるのは言わずもがないつもの見慣れた顔ぶれ。
沖田と土方…と、あ、扉の向こうにザキが…山崎さんが居た気がする…まだ会ったことも姿を見たこともないのに、
地味ーに楽しみにしていた初対面が取調室のドア越しとか悲しすぎる…!

どうして尽く…例えばスーパーであんぱんを手に取ろうとしたら手と手が触れ合ってドキン…とかトリッパーに嬉しい安心でハッピーハッピーな道を用意してくれないんだろう。落ちる気はないけど。
マヨネーズでもあんぱんでもいちご牛乳でもそんな展開はお断りだけど厳しいよりは優しい道がほしい。
そしてあんぱんで悶々としているわたしの気持ちも知らず、土方がついに口を開いた。


「お前、家族はいねぇのか」
「……なんで?」
「深夜にお前が徘徊してる所を見た。その時には掴まらなかったが、お前みたいな子供が徘徊するのはこっちは困るんだよ。…で、家族は?」


…それ、かー!
あーなんだ心配して損した!と安心するにはまだ早くお気楽すぎるけどわかった。ハイハイ覚えがあります深夜に徘徊した覚え。小腹がすいてコンビニに行った時だろうか。それとも性懲りもなく見つからない成り代わりくん…、くんの影を探してふらりとしていた時か、数は片手で数えられるほどしかないけど確かに覚えがある。

これは正真正銘ただの補導だったのかー…
どこかから怪しい所見つけて取り調べでも受けるのかと二次元的な、いや夢思考的な?回路で決め付けてしまったけどああそう、補導。子供の深夜の徘徊ね、禁止ねああはいはい。
…子供。最後辺りの土方の言い回しは忘れたふりをして、無言で成り行きを見守っている沖田の存在に怯えつつも俯いたままに暗いオーラを纏わせる。


「………いません」
「あ?」
「家族なんていません。気がついたら独りでした」


これはチャンスだ。
ない脳みそを搾り出してこれからわたしというトリッパーに都合のいい展開を作り上げるのだ。
実際に家族はいない。だって気がついたら(トリップしていて)家族はいなく独りになってたし、血の繋がった血縁も友達も知り合いもいないので物凄い天涯孤独。どれだけ探しても遠縁の遠縁の遠縁の…レベルでも見つかるはずがない、ので。
とりあえずそういうことで同情をゲット。ただのこのお話で同情して見逃してくれるような甘い眼を持ったお人ではないことはわかってる、けれど。
ここで素直に吐き出してしまうのは得策ではない、馬鹿だ。

思った通り少しばつが悪そうにしている土方が問いかけてきた。


「………それで、どうやって生きてきたんだ」


今までなんとなく道端で顔を合わせては馬鹿なじゃれあいをしていた女の明るくはない過去を暴露されてるのだから、ただ初対面の子供を捕まえて暴露されるよりも気まずいだろう。
とりあえず。
…どうやって…生きてきた…「」という人間は…
……えーと…


「……んー…無職です」
「なんだただのニートじゃねェか」
「無職だ!今無職なだけ!今!いまだけ!」
「せいぜい明日から本気出してくだせェ」
「ぜったい励ましの言葉じゃないのはわかったわよ!なめんな無職!」


へらっと笑って明るく語尾にお星様がつくように言ってみたものの、ついに口を開いた沖田のストレートすぎる言葉でズバッとお星様も真っ二つ。
やめてくれ。本当ならわたし学生なんだよそれを除いても働きたくないんじゃあなくて戸籍がなくて働けない…あ、駄目だ。
「なんでニートしてんのお前?」と深追いされたら終わる気がする。だって理由が。
天涯孤独で聞いた限り頼れる人がいなさそうなのに無職て。ニートて。
志村家の恩恵に与ってるのでご飯も食べてるし着物も可愛らしいの着てるし生活に困ってるような気配ない。
じゃあどうしてんの?なんでなの?こうなの?と怪しい点が浮き彫りになっていくこと間違いなし。

今まではお妙ちゃんとして成り代わって生きていて、今は本物のお妙ちゃんが帰ってきて配慮してくれてるので食いつなげて居る、なんて絶対言えないために何も反論できない。
…じゃあどうやって生きてきた、の?どう言えば「ならいい帰れ」と諦めてもらえるような言い訳になる?困ったわたしにはもう、なりふり構わずこう言うしかなかった。


「足長おじさんが居るから、大丈夫。あ、それよりドラマの再放送みたいから帰っていい?」
「放送まで時間ねえですぜ、見ていきますかィ?」
「一緒に見る約束してるの、あああそうだ今日はおやつが!おやつがアレでアレでそれで!今日は帰る!バイバイ!」


そして最初こそやってしまったー…とゲポッと何か吐き出しそうだったけれど、
話しているうちに女の子はみんな大好き(偏見)ケーキ様がおやつに出るということで物凄く浮上した。
某演劇部の友人は甘いものNGのケーキなんてもっての他の子だったけど、わたしはケーキは大好き。なので本当に演技なくおやつ食べに帰りたいし再放送みたいし続ききになるし!と逸る心を抑えられず返事も待たずに了承も得ず飛び出した。
待てと追いかけられなかったし後姿に声もかけられなかったからなんか、とりあえず、そう一先ずは大丈夫…だと思いたい。
今はケーキまっしぐらだ。
この取調べで策士とは程遠い可哀想なお頭を持ってるわたしがこれ以上はどうせのこと、出来なかったんだから。
今あれこれ悩んだってどうしようもない。


「……能天気なヤツだな」
「とても孤児とは思えやせん」
「……足長おじさんって、あのガキまさか……」
「完全に幼女と汚いオッサンの愛憎劇場ですねィ」
「お前アイツとダチなんじゃねぇの?何サラッと言っちゃってんの?」
「ダチなんてモンじゃねえでさぁ。……ペットと主人だ」
「あんなガキにまで何やってんだァアア!!!」


どうしようもない、ので。



「……あー、面倒くせぇが、目の前に見えちまったモンは見逃せねぇんだよ、これも仕事だ」
「うぃーっす。オヤツは何円まで?」
「遠足じゃねぇんだよォオオオ!オメェは本当にアイツの何なんだよいっそ憐れだわ!」



その時のことはその時に考えよう。
そんな楽観的な発想が出来るようになったわたしは、今しあわせなんだろうか。
泥水をすすり、父母の指輪さえ売り汚いおにぎりで腹を満たしまた泥水で口をすすぎ生きて明日も分からないと一秒一秒を今にも死にそうにギリギリで日々生きていた。
そんなわたしは。
2016.6.29