第十九話
5.知らない内に画策してたヤツ─再会
きっともっと感動的なシリアスな雰囲気にその時が来たらなるだろうと思い描いてた。だってアレでコレでソレな展開で別れだったし状況で複雑な事情だったから。
────が、実際は電信柱の後ろに隠れてた頭かくして尻隠さずみたいな成り代わりくんを見つけて「あっ」「あっ」とパッと気がついて、
「どうもどうもー」と普通に出てきて気さくに挨拶してしまった。いったい今までのあのわたしや恐らく成り代わりくんもしていた深すぎる葛藤はなんだったのか。
目を合わせて二人して苦笑し合った瞬間、このおかしな自体に同じような思いを抱いてるとお互いに自覚し、
もうんなことはどうでもいいんだ!と言いたくなるくらいには毒素を抜かれてしまったので、肩の力を抜いてほっこりとしながらただ空を見上げる。
だって、ずっと会えなかったけど今、会えた。会えなくってずっと悩んでたけどこの今がある。それだけだ。
もう成り代わりくんも逃げる気はないということは分かりきってる。ああくすんだ色の空だ。こんな日くらい晴れてくれてもよかったのに、
空の色だけはちょっとだけ思い描いてた色に近い。
「さむいねえ」
「そうだねえ。つーか冬早いわあ」
「季節の終わり早いわあ」
「うんうん」
…とか世間話なんてしちゃつて、なんだよわたしたちマブダチか何かなの?
やっぱり成り代わりくんとは仲良くなれそうな気がしてならないよ。ノリが似てる。思考回路も合ってる。こんなくだらない世間話でほっこりできる穏やかな人間なのだ。
ああまるで現代日本人。そうでない人だっているけど良い意味でも悪い意味でも平和ボケ。
世間話のついでに核心的なことについてさっぱりと問いかけてみると、さっぱりと返ってきてくれた。
まあ、シリアスも楽しいものじゃないから、クラッシャーだなあとは思うけどこれはこれでいいかもしれないと思った。
「割とあっさり帰ってきてくれたね…」
「俺だって出来ればもうちょっと頃合みた方がいいかなって、そもそも今更帰り辛いしもうちゃんに足向けて寝れねえし、でもさあ、ほんともうあのゴリラ…!」
あれだけわたしが帰ってきて!と望んでも届かなかったのに、やってくれたな近藤さん!GJ!と言いたいけど複雑だよ!トリッパーとか成り代わりの苦悩を多分ラブアタックで砕いてくれた!愛は世界を救うとかいうアレ!?
つーか成り代わりくんすごく憔悴してるけど何言ったのほんと近藤さん!
…まあどんな形であれ流石近藤さんで流石お妙ちゃんの立ち位置に居る人。
成り代わりくんが心が男な以上、近藤さんとラブゥになれるかは分からないけれど。
…なるようになるのかなあ…色んなことが。アレコレ悩んだって周りは勝手にアレコレしてく物だし巡り巡る。
それでも。
「…やっぱり、わたしは…。お妙ちゃんにはなれなかったなあ。……、くん?」
「…ああ…なんかほんと久しぶりだ……、…呼んで、もらえたのは」
わたしが言うと成り代わりくん…否、翔太くんは眉を下げてくしゃりと髪を掻き揚げた。
お妙ちゃんの黒髪は今はいつものようにキッチリはしてなくておざなりに下ろされてる。見慣れないけれど、彼はお妙ちゃんであってお妙ちゃんではない、ので。
手紙に書いてあった彼の名前。身体はお妙だったとして、心はやっぱりどこまでも現代日本人だった普通の男の子の、「」くんなんだろう。
「…うん」
「最期は、妹だった。妹が呼んでくれて、俺は終った、俺は知らない内にあちらで終って」
「……うん」
「…俺もお妙になんてなれなかったんだ…いや、今でもなれないってわかってるんだ、でも、耐えられなかった、それで君を、」
「……いいよ、わたしも、苦しくて辛くてもどかしくて悲しくてたまらなかった」
「……」
「だからこそ、わたしはわたしだってわかったの」
どんなに自分が頑張ったってどうにもならないこともある。勝手にアレコレどうにかなるようになってしまう。
それでも「わたし」という存在はなるようになることもなく、どんなに偽ったって「」、それでしかない。
またそれと同じように目の前の彼女というべか彼というべきか、は、
「」という人間にしかなれない。
それはとても異質で、本当はこの世界にどちらも在るべき存在ではなく苦悩する、それでも、だ。
「わたしもあなたも苦しかった。自分がなんでここに居るのか、自分ってなんなのか、凄く悩んだ。でもどんな境遇にいても苦しくて辛くて悲しいからこそ、やっぱり形はどうあれわたし達はただの力無い人間でしかなかったよ」
もしかしたらくんはいつかみた忍者のような身のこなしから身体のスペック向上してるかもだけど。心は、中身はこんなにも脆い。
隣の彼は今にもほろほろと崩れ落ちて消えそうなくらいの不安定さがある。
そしてそれは人間だからこその苦悩からであり。喜怒哀楽が当たり前にあるからであり。
「わたし達は、成り代わっても異分子のトリッパーでも、この世界の人間じゃなくても…異世界人、なんていったら凄く仰々しいけどね、平和慣れした人間のままなんだって。それだけは分かった」
くんは何も言わなかった。ただ何も言わなかったことこそが答えだろう。
この世界は平和でほのぼの、楽しく和気藹々してるのか…と思えばそれはほんのワンシーンの切り抜きでしかなく。その背景ではその足の下では「その人達」の後ろには平和とは言いがたい物がついてまわってる。
平和でしかない、平和しか知らないわたしたちにとっては荷が重過ぎる世界だ。巨人とかが居るような世界よりは良いだろ?なんて言われたらイエスと言う。即答だ。
でも妙に人間臭い世界だからこその苦悩という物も勿論あるし、
そもそもどんな世界観の世界でも「異世界」に突然行ってしまうなんて出来事だけでもうお腹いっぱいですから。
わたしたち、それを望んでもなかったのに。なんて理不尽なことだろう。
「だからこそ…戻らないものが…、…ただ悔しい」
「………、───…ッ」
ぽつりと呟いたのは誰かの名前。日本人らしいなんの変哲もない、でも可愛らしい女の子の名前。
搾り出したようなソレは多分妹さんの名前。シスコンだったのかなあ、愛されてるなあ妹さん、なんてぼんやりと考える。
そう、家族愛。シスコンでも友情でも恋愛でもなんでもいい。わたし達はあっちに取り戻せない物がある。おいてきてしまった。それがとても恋しいと思う。でも戻らない。
…少なくとも成り代わりくんは奇跡のような魔法のような何かでもかけてもらえなければ、元の翔太というどこにでも居る妹のいいお兄ちゃんには戻れない。
わたしはもしもう一度異世界渡りが出来れば、多少年をとってあれ!?なことになっても神隠しのような不思議な話で済まされる。
でも彼は?そもそもわたしにだってそんな都合のいい帰還が叶うものか、
今までの世知辛い道のりをお互い見ていると疑問すぎる。
でも恋しい。戻らないものを悔やむ。それはまるで人間臭すぎて、いやもう人間でしかない。
異世界人なだけでわたし達はこの世界の人たちと変わらないほんとに人間のまんま。
言葉通りに住む世界が違った訳だけど、だからって血の色が青い訳でもなんでもないしまさか緑でも黄でもない。つまりはそういうことだ。
「探す?帰れるか分からない帰れる道。…それともわたし達をこうした何かをただ恨む?……それとも、」
それを言い切るよりも、早く。
「……俺は、留まるよ」
彼は俯いていた顔を上げて言った。その顔は泣いてもなかったし笑ってもなかったし歪んでもないし、しいて言うなら凛々しかったかもしれない。
覚悟を、したのかもしれない。いやとっくにしていたんだろう。でも現実逃避帰還と今のわたしとの対話で踏ん切りがついた。
対話っていってもただの事実の確認のようなただの復唱するだけのような。
情報の整理をしただけ。その上で改めて答えを出した。誰かにそれを決意表明すること、そしてそれが同じような境遇だとか、理解のある人間に対して言うことがとても大切なことだった。道端のなんも知らないおじさんに言ってもいいけど…なんかちょっと違う。
お互い現実は上手くいかない世知辛いトリップ転生者だけど、お互いが居たことだけは幸運だった。
「……うん」
「ここに留まる。探さないし恨まない。…もう逃げない。…俺は俺だと、お妙だと。自覚して…ここで生きるよ」
「…うん」
「俺が悔しく思った所で、お妙は戻らない。妹にも家族にも会えない。友達にも誰にも。…わかってる、なら…」
覚悟した上でもそれを口にするのはとても辛いもので、わたしはまるで他人事のように平気で聞いているようだけど。わたしとくんじゃ背負ってる物が違う。
志村妙という女の子の上に立ちながらこれから上手く立ち回らなきゃいけない重圧。罪悪感。後悔。押しつぶされそうなくらいの何かを背負う。
対してわたしはまるで他人事のようにお妙ちゃんに成り代わるべく日々生きながらも、やっぱり他人事のような実感の無さがあったので、考える余裕はあった。
志村妙として生まれて今まで十数年生きてきた彼がずっと感じていた苦悩の種類も度合いも背負う覚悟も全然違う。
だからこそわたしは彼を導くように、まるで幼い子供から答えを誘導するように言えた。
…ほんとうは、それはわたし自身に対して投げかけた言葉でもあった。わたしも今この瞬間覚悟する。色んなことを。
でもまあ。どこかの白いふわふわした頭の人が言ってたので。
「…あのね、どこかの人が言ってたよ。…どんな理由でも、動けなくなったら終わりなの。何のためでも、どんな理由でも、動けるならそれは終わりじゃない」
「…それは、」
少しだけ目を見張ってくんが口を開く。
わたしが少しだけ声のトーンを変えたので引っかかるものがあったんだろう。流石に男の声ソックリの真似なんて出来ないけど喋り口調くらいの特徴は捉えられる。
これもあちらに置いてきてしまった演劇部のアニメオタのついでに言うと声フェチの友人さまの指導の賜物だ。
空を見上げるとくすんでいただけの色がいつの間にか黒く染まってる。
一番星どころじゃなくぽつぽつ星も出てきて、世間話から始まり色んなことを話し込んで時間も忘れてしまっていたのか、とぱちくりしていると。
「……あり?飲みすぎたか?…お妙が二人に見え…いや三人、四人…ひゃ、百人だとォオおぼろろろ」
「うわっきたねっえんがちょっ」
「くん結構男の子ね小学生くらいの」
背後からガサゴソと音が聞こえた、と思ったら。間抜けな声と共によたよたした足取りの男が現れ瞬間、吐いた。モロな嘔吐だ。ああこの世界といえば嘔吐。ゲロ。ヒロインさえも躊躇無く吐しゃ物を吐き散らす世界だ。
この光景にも慣れないとなあ、と遠い目をしつつ隣のくんが割と小学生男子みたいな反応をしてたので思わず笑った。
何歳だかハッキリ聞いてないけどなんか幼いなあ。彼の個性かもしかしたら本当に年齢が幼かったのか分からないけど。
「辛らつなこと言うなよ!つーかあの男どうすんのゲボ生産機になってんだけどォ!?」
「おェエエエ」
「くんもうかえろ」
「…ちゃんも結構逞しく、順応して生きてるね……」
「あとでいちご牛乳でも置いといてあげる、癪だけど」
「なんでいちご牛乳?…あ、好物か、いっけね忘れかけてくるわ」
「そこら辺答えあわせでもする?どうせ二人居れば穴埋めくらいできるよ、何かあったら怖い」
「そうだなー、ま、とりあえず帰るか」
「よっしゃれっつごー」
わたし達は嘔吐している男などまるで無い物のように慈悲なく容赦もなく背を向けて置き去りに帰る。いや慈悲はある。いちご牛乳は買っておく。どこかで倒れてたらお供えしておくし、見つからなかったら万事屋まで足を運んで玄関前に置いておくつもりだ。
帰ろう、と言ってかえるのは志村家の道場であるけど、いつもの感覚で当たり前のようにわたしもそこに行くつもりで居てしまったけど、お妙というべき彼が帰ってきたんだからわたしはもう、とハッとしたところで見透かしたように「帰ろう」とくんが笑ったので、幼いようで結構いいお兄さんなのかという疑惑がわいた。年齢不詳だ。帰ったら聞こう。
レディーに歳を聞くのはどうのこうの言うけどとりあえずくんはくんなので躊躇無く聞く。ちょっとからかってやろう。
ああ、なんだか久しぶりの感覚だ、こういうの。
「……お妙とお妙がお妙だけどお妙じゃねぇ……ああ、やめたのか…ぐー」
5.知らない内に画策してたヤツ─再会
きっともっと感動的なシリアスな雰囲気にその時が来たらなるだろうと思い描いてた。だってアレでコレでソレな展開で別れだったし状況で複雑な事情だったから。
────が、実際は電信柱の後ろに隠れてた頭かくして尻隠さずみたいな成り代わりくんを見つけて「あっ」「あっ」とパッと気がついて、
「どうもどうもー」と普通に出てきて気さくに挨拶してしまった。いったい今までのあのわたしや恐らく成り代わりくんもしていた深すぎる葛藤はなんだったのか。
目を合わせて二人して苦笑し合った瞬間、このおかしな自体に同じような思いを抱いてるとお互いに自覚し、
もうんなことはどうでもいいんだ!と言いたくなるくらいには毒素を抜かれてしまったので、肩の力を抜いてほっこりとしながらただ空を見上げる。
だって、ずっと会えなかったけど今、会えた。会えなくってずっと悩んでたけどこの今がある。それだけだ。
もう成り代わりくんも逃げる気はないということは分かりきってる。ああくすんだ色の空だ。こんな日くらい晴れてくれてもよかったのに、
空の色だけはちょっとだけ思い描いてた色に近い。
「さむいねえ」
「そうだねえ。つーか冬早いわあ」
「季節の終わり早いわあ」
「うんうん」
…とか世間話なんてしちゃつて、なんだよわたしたちマブダチか何かなの?
やっぱり成り代わりくんとは仲良くなれそうな気がしてならないよ。ノリが似てる。思考回路も合ってる。こんなくだらない世間話でほっこりできる穏やかな人間なのだ。
ああまるで現代日本人。そうでない人だっているけど良い意味でも悪い意味でも平和ボケ。
世間話のついでに核心的なことについてさっぱりと問いかけてみると、さっぱりと返ってきてくれた。
まあ、シリアスも楽しいものじゃないから、クラッシャーだなあとは思うけどこれはこれでいいかもしれないと思った。
「割とあっさり帰ってきてくれたね…」
「俺だって出来ればもうちょっと頃合みた方がいいかなって、そもそも今更帰り辛いしもうちゃんに足向けて寝れねえし、でもさあ、ほんともうあのゴリラ…!」
あれだけわたしが帰ってきて!と望んでも届かなかったのに、やってくれたな近藤さん!GJ!と言いたいけど複雑だよ!トリッパーとか成り代わりの苦悩を多分ラブアタックで砕いてくれた!愛は世界を救うとかいうアレ!?
つーか成り代わりくんすごく憔悴してるけど何言ったのほんと近藤さん!
…まあどんな形であれ流石近藤さんで流石お妙ちゃんの立ち位置に居る人。
成り代わりくんが心が男な以上、近藤さんとラブゥになれるかは分からないけれど。
…なるようになるのかなあ…色んなことが。アレコレ悩んだって周りは勝手にアレコレしてく物だし巡り巡る。
それでも。
「…やっぱり、わたしは…。お妙ちゃんにはなれなかったなあ。……、くん?」
「…ああ…なんかほんと久しぶりだ……、…呼んで、もらえたのは」
わたしが言うと成り代わりくん…否、翔太くんは眉を下げてくしゃりと髪を掻き揚げた。
お妙ちゃんの黒髪は今はいつものようにキッチリはしてなくておざなりに下ろされてる。見慣れないけれど、彼はお妙ちゃんであってお妙ちゃんではない、ので。
手紙に書いてあった彼の名前。身体はお妙だったとして、心はやっぱりどこまでも現代日本人だった普通の男の子の、「」くんなんだろう。
「…うん」
「最期は、妹だった。妹が呼んでくれて、俺は終った、俺は知らない内にあちらで終って」
「……うん」
「…俺もお妙になんてなれなかったんだ…いや、今でもなれないってわかってるんだ、でも、耐えられなかった、それで君を、」
「……いいよ、わたしも、苦しくて辛くてもどかしくて悲しくてたまらなかった」
「……」
「だからこそ、わたしはわたしだってわかったの」
どんなに自分が頑張ったってどうにもならないこともある。勝手にアレコレどうにかなるようになってしまう。
それでも「わたし」という存在はなるようになることもなく、どんなに偽ったって「」、それでしかない。
またそれと同じように目の前の彼女というべか彼というべきか、は、
「」という人間にしかなれない。
それはとても異質で、本当はこの世界にどちらも在るべき存在ではなく苦悩する、それでも、だ。
「わたしもあなたも苦しかった。自分がなんでここに居るのか、自分ってなんなのか、凄く悩んだ。でもどんな境遇にいても苦しくて辛くて悲しいからこそ、やっぱり形はどうあれわたし達はただの力無い人間でしかなかったよ」
もしかしたらくんはいつかみた忍者のような身のこなしから身体のスペック向上してるかもだけど。心は、中身はこんなにも脆い。
隣の彼は今にもほろほろと崩れ落ちて消えそうなくらいの不安定さがある。
そしてそれは人間だからこその苦悩からであり。喜怒哀楽が当たり前にあるからであり。
「わたし達は、成り代わっても異分子のトリッパーでも、この世界の人間じゃなくても…異世界人、なんていったら凄く仰々しいけどね、平和慣れした人間のままなんだって。それだけは分かった」
くんは何も言わなかった。ただ何も言わなかったことこそが答えだろう。
この世界は平和でほのぼの、楽しく和気藹々してるのか…と思えばそれはほんのワンシーンの切り抜きでしかなく。その背景ではその足の下では「その人達」の後ろには平和とは言いがたい物がついてまわってる。
平和でしかない、平和しか知らないわたしたちにとっては荷が重過ぎる世界だ。巨人とかが居るような世界よりは良いだろ?なんて言われたらイエスと言う。即答だ。
でも妙に人間臭い世界だからこその苦悩という物も勿論あるし、
そもそもどんな世界観の世界でも「異世界」に突然行ってしまうなんて出来事だけでもうお腹いっぱいですから。
わたしたち、それを望んでもなかったのに。なんて理不尽なことだろう。
「だからこそ…戻らないものが…、…ただ悔しい」
「………、───…ッ」
ぽつりと呟いたのは誰かの名前。日本人らしいなんの変哲もない、でも可愛らしい女の子の名前。
搾り出したようなソレは多分妹さんの名前。シスコンだったのかなあ、愛されてるなあ妹さん、なんてぼんやりと考える。
そう、家族愛。シスコンでも友情でも恋愛でもなんでもいい。わたし達はあっちに取り戻せない物がある。おいてきてしまった。それがとても恋しいと思う。でも戻らない。
…少なくとも成り代わりくんは奇跡のような魔法のような何かでもかけてもらえなければ、元の翔太というどこにでも居る妹のいいお兄ちゃんには戻れない。
わたしはもしもう一度異世界渡りが出来れば、多少年をとってあれ!?なことになっても神隠しのような不思議な話で済まされる。
でも彼は?そもそもわたしにだってそんな都合のいい帰還が叶うものか、
今までの世知辛い道のりをお互い見ていると疑問すぎる。
でも恋しい。戻らないものを悔やむ。それはまるで人間臭すぎて、いやもう人間でしかない。
異世界人なだけでわたし達はこの世界の人たちと変わらないほんとに人間のまんま。
言葉通りに住む世界が違った訳だけど、だからって血の色が青い訳でもなんでもないしまさか緑でも黄でもない。つまりはそういうことだ。
「探す?帰れるか分からない帰れる道。…それともわたし達をこうした何かをただ恨む?……それとも、」
それを言い切るよりも、早く。
「……俺は、留まるよ」
彼は俯いていた顔を上げて言った。その顔は泣いてもなかったし笑ってもなかったし歪んでもないし、しいて言うなら凛々しかったかもしれない。
覚悟を、したのかもしれない。いやとっくにしていたんだろう。でも現実逃避帰還と今のわたしとの対話で踏ん切りがついた。
対話っていってもただの事実の確認のようなただの復唱するだけのような。
情報の整理をしただけ。その上で改めて答えを出した。誰かにそれを決意表明すること、そしてそれが同じような境遇だとか、理解のある人間に対して言うことがとても大切なことだった。道端のなんも知らないおじさんに言ってもいいけど…なんかちょっと違う。
お互い現実は上手くいかない世知辛いトリップ転生者だけど、お互いが居たことだけは幸運だった。
「……うん」
「ここに留まる。探さないし恨まない。…もう逃げない。…俺は俺だと、お妙だと。自覚して…ここで生きるよ」
「…うん」
「俺が悔しく思った所で、お妙は戻らない。妹にも家族にも会えない。友達にも誰にも。…わかってる、なら…」
覚悟した上でもそれを口にするのはとても辛いもので、わたしはまるで他人事のように平気で聞いているようだけど。わたしとくんじゃ背負ってる物が違う。
志村妙という女の子の上に立ちながらこれから上手く立ち回らなきゃいけない重圧。罪悪感。後悔。押しつぶされそうなくらいの何かを背負う。
対してわたしはまるで他人事のようにお妙ちゃんに成り代わるべく日々生きながらも、やっぱり他人事のような実感の無さがあったので、考える余裕はあった。
志村妙として生まれて今まで十数年生きてきた彼がずっと感じていた苦悩の種類も度合いも背負う覚悟も全然違う。
だからこそわたしは彼を導くように、まるで幼い子供から答えを誘導するように言えた。
…ほんとうは、それはわたし自身に対して投げかけた言葉でもあった。わたしも今この瞬間覚悟する。色んなことを。
でもまあ。どこかの白いふわふわした頭の人が言ってたので。
「…あのね、どこかの人が言ってたよ。…どんな理由でも、動けなくなったら終わりなの。何のためでも、どんな理由でも、動けるならそれは終わりじゃない」
「…それは、」
少しだけ目を見張ってくんが口を開く。
わたしが少しだけ声のトーンを変えたので引っかかるものがあったんだろう。流石に男の声ソックリの真似なんて出来ないけど喋り口調くらいの特徴は捉えられる。
これもあちらに置いてきてしまった演劇部のアニメオタのついでに言うと声フェチの友人さまの指導の賜物だ。
空を見上げるとくすんでいただけの色がいつの間にか黒く染まってる。
一番星どころじゃなくぽつぽつ星も出てきて、世間話から始まり色んなことを話し込んで時間も忘れてしまっていたのか、とぱちくりしていると。
「……あり?飲みすぎたか?…お妙が二人に見え…いや三人、四人…ひゃ、百人だとォオおぼろろろ」
「うわっきたねっえんがちょっ」
「くん結構男の子ね小学生くらいの」
背後からガサゴソと音が聞こえた、と思ったら。間抜けな声と共によたよたした足取りの男が現れ瞬間、吐いた。モロな嘔吐だ。ああこの世界といえば嘔吐。ゲロ。ヒロインさえも躊躇無く吐しゃ物を吐き散らす世界だ。
この光景にも慣れないとなあ、と遠い目をしつつ隣のくんが割と小学生男子みたいな反応をしてたので思わず笑った。
何歳だかハッキリ聞いてないけどなんか幼いなあ。彼の個性かもしかしたら本当に年齢が幼かったのか分からないけど。
「辛らつなこと言うなよ!つーかあの男どうすんのゲボ生産機になってんだけどォ!?」
「おェエエエ」
「くんもうかえろ」
「…ちゃんも結構逞しく、順応して生きてるね……」
「あとでいちご牛乳でも置いといてあげる、癪だけど」
「なんでいちご牛乳?…あ、好物か、いっけね忘れかけてくるわ」
「そこら辺答えあわせでもする?どうせ二人居れば穴埋めくらいできるよ、何かあったら怖い」
「そうだなー、ま、とりあえず帰るか」
「よっしゃれっつごー」
わたし達は嘔吐している男などまるで無い物のように慈悲なく容赦もなく背を向けて置き去りに帰る。いや慈悲はある。いちご牛乳は買っておく。どこかで倒れてたらお供えしておくし、見つからなかったら万事屋まで足を運んで玄関前に置いておくつもりだ。
帰ろう、と言ってかえるのは志村家の道場であるけど、いつもの感覚で当たり前のようにわたしもそこに行くつもりで居てしまったけど、お妙というべき彼が帰ってきたんだからわたしはもう、とハッとしたところで見透かしたように「帰ろう」とくんが笑ったので、幼いようで結構いいお兄さんなのかという疑惑がわいた。年齢不詳だ。帰ったら聞こう。
レディーに歳を聞くのはどうのこうの言うけどとりあえずくんはくんなので躊躇無く聞く。ちょっとからかってやろう。
ああ、なんだか久しぶりの感覚だ、こういうの。
「……お妙とお妙がお妙だけどお妙じゃねぇ……ああ、やめたのか…ぐー」
