第十七話
4.探し人と探し物─気付きと手紙
『華やかな色が似合います』
────────
雨が降った。雨は嫌いじゃない。だけど雨は表裏、光と影どちらをも持つ物だと思う。
雨は誰かにとっては恵み。でも誰かにとっては不幸だ。
与えられすぎた水滴はやがて土地の恵みを腐らせる。
そのちぐはぐさが、嫌いじゃなかった。
冷たい雨が、嫌いじゃなかった。なのに今はそれがとても物悲しく感じるのは何故なんだろう。
「年若い小娘がこんな時間に何やってんだ?一丁前に夜遊びかコノヤロー」
雨に濡れ、傘も差さずに真夜中の道のど真ん中でぼーっとしていた。
そんな風に典型的な感傷の浸り方をしていた時間も長いようで短くその一声で終止符を打たれた。
…はずだった。いつもならばそれだけで調子が狂ってなんやかんやで感傷モードなんてどこへやら、だったと思うけど。今回の場合ヘコみ具合が相当だった。
けれどガン無視するのも如何な物だろうねえ、というくらいの理性はあったため、辛うじて返事の変わりにヘラリと笑うと、背後から声をかけたその男…
────この世界の(一応)主人公である彼は変な顔をした。
「探し物か」
暫くぼーっとここで立っていたけれど、その前はこの間のように当てもなく町を走り回ってた。
おかしいね、結局そんなことしたってなんの意味もないことわかってたのに、しかもこの雨だしね、この着物どうしようか。
本当はわたしが受け取って、わたしがこんな風に汚していい物じゃないんだろうけど、わたしであってわたしでない、だけどわたしが受け取ったものだ。わたしの物であってわたしの物じゃないけどわたしの物。
屁理屈だと言われても、
これをくれた相手の意思はどうあれ、色んな物にそうすることを望まれた。
好きにさせてほしいのよ。ちょっとくらい。街を駆け回ってストレス発散、みたいな?あれ不審者よソレ…でも誰に当たる訳でもない迷惑をかける訳でもない…
と思っていても。目の前の主人公、坂田銀時としては不快だったのか見過ごせなかったのかやめろと言いたいのか咎めるようにこうして向かい合ってきた。
…やっぱり放っておけない性分なのねえ。流石主人公。それも志村妙の皮をかぶってる今の状態だからなんだろうけど、それでも少しだけ救われた。
「それさァ、そんな上等な着物ビシャビシャにしてまで探したいものなの?なんなの宝物探しに行くの?ワクワクおさえらんないの?」
「さあ、わかんないなあ」
へにゃりと笑って言う。おっとっと、口調がお妙ちゃんからちょっとズレた…けどどうせ姿かたちはお妙にしか見えないんだからまあ、少しくらい大丈夫よね。平常心平常心。
しかし。多分口調に対してじゃないとは思うけど目の前の彼は怪訝そうな顔をする。
まあね、雨の中お妙ちゃんがね、らしくもなく感傷に浸っているように打たれてたらちょっとアレよね。
でもまあ「女の子だもの、そんな時くらいあるわ」という魔法のセリフ、そう女の子だから、を言い訳にしよう。この目の前の男に通用するかはさておき、男は女じゃない、だから言い返すことってあんまり出来ない文句だもの。涙が出ちゃう、だって女の子だもの、的な。いやこれは違うか。
「それは、んなしけたツラしてまで探したいものかよ」
…なーんて。
余裕の笑みをお妙ちゃんの皮、つまりヅラによって都合よく笑ったり怒ったりと見せられてるその幻のようなチートグッズがあることを良いことに、
その皮の下のわたし、「」自身は表情を一喜一憂、好き勝手していたら。
…この人、今なんて言った?お妙ちゃんの表情、今どうなってたの?
いやいやいつもだいたい笑っててくれるもん、鏡みるとわたしにもお妙ちゃんの姿かたちが見えるんだけど、どんなにわたしが疲れてたりヘコんでても笑っててくれる、
もちろん、その場の流れに合わせてきょとんとしたり青筋立てたりしてくれる。どんな作りになってるのかわからないけど、まるで本物のお妙ちゃんならこうするだろう、って予測出来てるさ、と言わんばかりに。
でも。
…今…お妙ちゃんとして、お妙ちゃんだったら、本物のお妙ちゃんがこの場にいたなら、
そんな風な顔をするはずが、
「……しけた、ツラ、……」
「なんだ、隠せてたつもりかよ。オメーは最初っから変な顔してそこに居たよ」
今この場で、以前に、まさか、
「…みえて、ない…?」
この人は初めて「」が演じた「志村妙」に出会った瞬間から、見えていたっていうの?
「あ?んだよ聞こえないもっかい」
「……ずっと、……ずっとわたしの顔、みえてたの」
わたしが真に迫った、というか今にも死にそうな顔をして地を這うような低い声を出すと、目の前の男はまるでジャンプヒーローとは思えないような怯えを見せ始めた。
ズザッと後退りし、両手で肩を抱いてみるからに青ざめて足を震えさせる。
ジャンプヒーロー以前に大の大人のこんな姿好き好んでみたくない…。
誰にだって弱点というか怖いものがあるって知ってるけどね、むしろそれって愛嬌なんだけどね、彼の肩書き、事前知識がそれを愛嬌へと変えることを邪魔してしまう。
というかもう、そんなことよりも今とんでもない事実が浮き彫りになってきているような気がして、表情がこの人じゃない、誰がみても引いてしまうくらい怖い顔をしてる自覚はある。
…あくまでお妙の皮の下のが。そしてその瞬間目の前の彼が怯え出す。
イコール、それは…
「…………え、やめてくんないちょっとやめて何でそんな怖い顔でそんなこというのやめろ!お前はお前だろ!ま、まさか幽れ」
「ちょ、あの、いや答えて!わた、わたしのこと、今、どう見えるの」
「………、…ど、どど童顔の青白い顔した怖い顔の女、……つかむしろ子供?…あれ?なんかふにゃふにゃしてっぞオメー何これやっぱ幽っ」
「………こど、も……」
……見えてるの。そう、見えてるんだ。
ぎゃーぎゃー騒ぐ銀さんを他所に思考に耽る。お妙ちゃんは童顔ではない。
少なくても紙面上でそう言われたことはわたしの記憶の中でない、はず。そういう扱いを受けるポジションでもないと思ってたけど。
…と、いうより。考えるよりもすぐに確信を得てしまっている自分がいる。
…何を隠そう、というか沖田のヤローとのやり取りを考えれば察するには容易すぎるだろうけど、わたしは童顔で平均と比べると若干ながらの低身長がコンプレックスだったから。加えて母の調きょ、ゲフいや品のある女の子になるべくするための教育の成果故に。
ふにゃふにゃしている、という発言からして今まではさておき、今は存在が曖昧に見えているのだと思う。
でも銀さんはわたしと初めて会ったあのときから、ノーパンシャブシャブだとかいう愉快なあの事件からずっとわたしの緊張したような、気張ったような顔が見えていた、んだ。疑いなく童顔こども、とスラリと認識してしまってるのだから。
…な、なにそれ、なにそれ、だって他の人はみんな、しかも実の弟であるはずの新八君でさえわたしが泣いていたって笑ってるいつもの姉の姿、お妙ちゃんに見えていたくせに、何で、銀さんだけ、あれ、主人公だから?それずるい…
「…こどもって、どういうこと、ひどい」
「なんで沈黙したかと思えばいきなり拗ねてんのこの子、つーかお前なんか探し物してたんじゃねーの」
「…それは…」
…探しもの?それって、何?
わからない。わたしにはわからない。
みんなにはわたしがお妙ちゃんに見えている、らしい。みんなはわたしがお妙ちゃんだと信じてやまないらしい。お妙ちゃんのことが大好きで大好きで愛してるくらいの近藤でさえ、わたしがお妙ちゃんだと思ってる。
…わたしはお妙ちゃんのふりをしてる。お妙ちゃんに成り代わってしまった人に成り代わっている。
前の世界でみたお妙ちゃんならこういうことを言って、こういう口調で声色で、こんな信念を持っているんだとふりをして。
全てまがいもの。
わたしはお妙ちゃんにはなれないのに。お妙ちゃんはここには居ないのに。お妙ちゃんは…
…ああ。そうね。すでに純粋な意味での本当のお妙ちゃんは、ここには居ないのか
──手紙がきた
あの人からの手紙が来た。差出人の名前は「 」。どこにでも居るような、と言ったら失礼だけど、本当に普通の男の子らしい名前。そして汚くはないけどある意味ガサツで豪快な文字。少なくとも若い女性らしい丸文字ではない。
…そう、彼だ。成り代わりくんから手紙がきた。本当は男の子だったのに女の子になってしまった彼から。それはどれだけの苦痛なんだろうか。それだけじゃなく彼はこの世界の女の子の上に立って図らずとも存在を消してしまった。
"塗りつぶして"しまって。
どれだけの苦痛?いや苦痛なんて物じゃないね。ただ人を殺すことより性質が悪いから。そんなの分かってる。本人が一番分かってる。でも所詮他人ごとであるはずのわたしでさえ分かるよ。
…片棒担いでるわたしでさえ分かるよ
苦しいのはわかってるのに
わたしは彼を探してどうするの
また塗りつぶすことを続けろと酷いことを言えるの
「所詮他人事のわたしが肩代わりする方が、まだ楽だ」と。他人の役目を負えるの
…そんな聖人君子のようなことが出来る?手紙は来た。音沙汰が数ヶ月一切なかった彼から色んなことを書いたたった一通の手紙が。
彼は若干オタクの気質があるけれど愛らしい、最愛の妹がいたらしい。家族が恋しかったらしい。やっぱりわたしと同じだったらしい。でもそれ以外に知らない。所在なんて知れない。これからずっと
彼が帰ってこなかったら。
「…妹に…会いたい…」
「あ?…お前妹なんて居たか?新八だけだろ」
「妹に、会いたい人を、妹と会わせてあげたかったの」
「……」
「でもそんなこと出来ないってわかってた、だからこんなしけたツラしてる、わたしだって会いたい、お母さんに会いたい、お父さんにだって家族みんなにも友達にも、戻りたい、でも、その人はわたしと違って"絶対に"会えないから、って」
──転生して根付いてしまった彼は元の世界へは帰れない、もしも世界を渡って帰れても元には戻れない
「同情して、駆け回ってることが、なんてみっともない」
わたしは馬鹿。
こんなの純粋な手助けじゃない。ただの同情。わたしはこのままもしも運よく世界さえ越えられれば家族に会える。でも彼は会えない。会えても彼は彼には戻れるはずがない。
だから可哀想。立ち位置がなんて可哀想。だから肩代わりしよう。楽になれるまで肩代わりしよう。
でも帰ってこない
いつまでわたしはこのまま?
帰ってこれないよね、そうだよね
わたしはわたしなのにな
でもそうだよね苦しいよね
いつまで
…なんて馬鹿で、みっともない
そんな苦虫を噛み潰したような表情を曝け出すわたしに、目の前の彼はボリボリとそのふわふわな銀髪天パの頭を掻きながら言った。
「……いいんじゃねえの、今の子は人の痛みを知る力に欠けてる〜ってジジババは口を揃えて言うだろーが」
「…でも…これは」
「人の気持ちをくんでやれることが何がいけないんだよ。気持ちも分からず踏みにじるヤツらよりよっぽどマシだろーよ」
「……それが、ただの、同情でも?」
「同情さえ出来なくなったらしめーだよ、そいつは人間か?血も涙もねーんですか」
「同情から来る行いは、胸を張れること?」
そうまた問い返すと、面倒くさそうに見るからに投げやりになりなりがら、彼は言う。
でも面倒臭いと前面に押し出していても彼は面倒臭い物を投げ出しやしなかった。
「あーもう面倒くせ〜な〜こいつ〜〜〜、何からナニが来ててもいいけどよ〜何にも行えないよりいいんじゃね〜の〜パチンコ打てないより打てたらいいんじゃねーの〜酒飲めないより飲めた方がいいんじゃね〜の〜コーヒー牛乳よりいちご牛乳飲めたらいいんじゃね〜ですか〜?」
「…あ、ははは、はは」
「な、何笑ってんだよは、なに臭い?俺臭い?いい年こいて言葉臭い?つーか俺自身が体臭におうの?恥ずかしっ」
「あっはははははっハ、はっひぃ」
「笑ってねェで答えろオイ、なあオイ銀さんからのお願い」
「ぶっふぅうははっ」
ああ、なんて馬鹿なんだろうか。馬鹿馬鹿しい。ずっと思っていたその言葉が、少しだけ、ほんの少しだけ。
色を変えた気がした。主人公さまの言う言葉はよく響く。わたしにとって主人公という存在は世界の全てだった。こんなアホみたいな顔しておろおろしてる成人男性だったとしても、彼は間違いなくこの世界の全てだ。わたしは多分、きっとそんな絶対的な存在に、神様みたいな何かにずっと助けてほしかったんだろう。 今この瞬間、確かにわたしは神様に救われたのだ。
きっと神様は自分が神様だなんて思っていないし、救ったつもりもないんだろうけど。いつだって世の中そんな物だ。中々通じ合えず噛み合わずもどかしいからこそ、焦がれるんだろう。
だったらきっとわたしもそうだ。これからもそうだ。ないものねだりをして生きていくのだ。
4.探し人と探し物─気付きと手紙
『華やかな色が似合います』
と誰かは言った。
『そうでしょうか。私には淡い色が似合うと思っています。もうずっと』
それに対して複雑そうな面持ちで、自嘲するかのように薄く笑いながら返す誰かがいた。
『…なら、試してみましょう』
そしてその表情を見て一瞬だけ間を空けて、すぐに人好きのする笑顔を浮かべて誰かは言う。
『ふふ、機会があれば』
そしてその色は、確かに試されたのだ。きっと確かに。
────────
雨が降った。雨は嫌いじゃない。だけど雨は表裏、光と影どちらをも持つ物だと思う。
雨は誰かにとっては恵み。でも誰かにとっては不幸だ。
与えられすぎた水滴はやがて土地の恵みを腐らせる。
そのちぐはぐさが、嫌いじゃなかった。
冷たい雨が、嫌いじゃなかった。なのに今はそれがとても物悲しく感じるのは何故なんだろう。
「年若い小娘がこんな時間に何やってんだ?一丁前に夜遊びかコノヤロー」
雨に濡れ、傘も差さずに真夜中の道のど真ん中でぼーっとしていた。
そんな風に典型的な感傷の浸り方をしていた時間も長いようで短くその一声で終止符を打たれた。
…はずだった。いつもならばそれだけで調子が狂ってなんやかんやで感傷モードなんてどこへやら、だったと思うけど。今回の場合ヘコみ具合が相当だった。
けれどガン無視するのも如何な物だろうねえ、というくらいの理性はあったため、辛うじて返事の変わりにヘラリと笑うと、背後から声をかけたその男…
────この世界の(一応)主人公である彼は変な顔をした。
「探し物か」
暫くぼーっとここで立っていたけれど、その前はこの間のように当てもなく町を走り回ってた。
おかしいね、結局そんなことしたってなんの意味もないことわかってたのに、しかもこの雨だしね、この着物どうしようか。
本当はわたしが受け取って、わたしがこんな風に汚していい物じゃないんだろうけど、わたしであってわたしでない、だけどわたしが受け取ったものだ。わたしの物であってわたしの物じゃないけどわたしの物。
屁理屈だと言われても、
これをくれた相手の意思はどうあれ、色んな物にそうすることを望まれた。
好きにさせてほしいのよ。ちょっとくらい。街を駆け回ってストレス発散、みたいな?あれ不審者よソレ…でも誰に当たる訳でもない迷惑をかける訳でもない…
と思っていても。目の前の主人公、坂田銀時としては不快だったのか見過ごせなかったのかやめろと言いたいのか咎めるようにこうして向かい合ってきた。
…やっぱり放っておけない性分なのねえ。流石主人公。それも志村妙の皮をかぶってる今の状態だからなんだろうけど、それでも少しだけ救われた。
「それさァ、そんな上等な着物ビシャビシャにしてまで探したいものなの?なんなの宝物探しに行くの?ワクワクおさえらんないの?」
「さあ、わかんないなあ」
へにゃりと笑って言う。おっとっと、口調がお妙ちゃんからちょっとズレた…けどどうせ姿かたちはお妙にしか見えないんだからまあ、少しくらい大丈夫よね。平常心平常心。
しかし。多分口調に対してじゃないとは思うけど目の前の彼は怪訝そうな顔をする。
まあね、雨の中お妙ちゃんがね、らしくもなく感傷に浸っているように打たれてたらちょっとアレよね。
でもまあ「女の子だもの、そんな時くらいあるわ」という魔法のセリフ、そう女の子だから、を言い訳にしよう。この目の前の男に通用するかはさておき、男は女じゃない、だから言い返すことってあんまり出来ない文句だもの。涙が出ちゃう、だって女の子だもの、的な。いやこれは違うか。
「それは、んなしけたツラしてまで探したいものかよ」
…なーんて。
余裕の笑みをお妙ちゃんの皮、つまりヅラによって都合よく笑ったり怒ったりと見せられてるその幻のようなチートグッズがあることを良いことに、
その皮の下のわたし、「」自身は表情を一喜一憂、好き勝手していたら。
…この人、今なんて言った?お妙ちゃんの表情、今どうなってたの?
いやいやいつもだいたい笑っててくれるもん、鏡みるとわたしにもお妙ちゃんの姿かたちが見えるんだけど、どんなにわたしが疲れてたりヘコんでても笑っててくれる、
もちろん、その場の流れに合わせてきょとんとしたり青筋立てたりしてくれる。どんな作りになってるのかわからないけど、まるで本物のお妙ちゃんならこうするだろう、って予測出来てるさ、と言わんばかりに。
でも。
…今…お妙ちゃんとして、お妙ちゃんだったら、本物のお妙ちゃんがこの場にいたなら、
そんな風な顔をするはずが、
「……しけた、ツラ、……」
「なんだ、隠せてたつもりかよ。オメーは最初っから変な顔してそこに居たよ」
今この場で、以前に、まさか、
「…みえて、ない…?」
この人は初めて「」が演じた「志村妙」に出会った瞬間から、見えていたっていうの?
「あ?んだよ聞こえないもっかい」
「……ずっと、……ずっとわたしの顔、みえてたの」
わたしが真に迫った、というか今にも死にそうな顔をして地を這うような低い声を出すと、目の前の男はまるでジャンプヒーローとは思えないような怯えを見せ始めた。
ズザッと後退りし、両手で肩を抱いてみるからに青ざめて足を震えさせる。
ジャンプヒーロー以前に大の大人のこんな姿好き好んでみたくない…。
誰にだって弱点というか怖いものがあるって知ってるけどね、むしろそれって愛嬌なんだけどね、彼の肩書き、事前知識がそれを愛嬌へと変えることを邪魔してしまう。
というかもう、そんなことよりも今とんでもない事実が浮き彫りになってきているような気がして、表情がこの人じゃない、誰がみても引いてしまうくらい怖い顔をしてる自覚はある。
…あくまでお妙の皮の下のが。そしてその瞬間目の前の彼が怯え出す。
イコール、それは…
「…………え、やめてくんないちょっとやめて何でそんな怖い顔でそんなこというのやめろ!お前はお前だろ!ま、まさか幽れ」
「ちょ、あの、いや答えて!わた、わたしのこと、今、どう見えるの」
「………、…ど、どど童顔の青白い顔した怖い顔の女、……つかむしろ子供?…あれ?なんかふにゃふにゃしてっぞオメー何これやっぱ幽っ」
「………こど、も……」
……見えてるの。そう、見えてるんだ。
ぎゃーぎゃー騒ぐ銀さんを他所に思考に耽る。お妙ちゃんは童顔ではない。
少なくても紙面上でそう言われたことはわたしの記憶の中でない、はず。そういう扱いを受けるポジションでもないと思ってたけど。
…と、いうより。考えるよりもすぐに確信を得てしまっている自分がいる。
…何を隠そう、というか沖田のヤローとのやり取りを考えれば察するには容易すぎるだろうけど、わたしは童顔で平均と比べると若干ながらの低身長がコンプレックスだったから。加えて母の調きょ、ゲフいや品のある女の子になるべくするための教育の成果故に。
ふにゃふにゃしている、という発言からして今まではさておき、今は存在が曖昧に見えているのだと思う。
でも銀さんはわたしと初めて会ったあのときから、ノーパンシャブシャブだとかいう愉快なあの事件からずっとわたしの緊張したような、気張ったような顔が見えていた、んだ。疑いなく童顔こども、とスラリと認識してしまってるのだから。
…な、なにそれ、なにそれ、だって他の人はみんな、しかも実の弟であるはずの新八君でさえわたしが泣いていたって笑ってるいつもの姉の姿、お妙ちゃんに見えていたくせに、何で、銀さんだけ、あれ、主人公だから?それずるい…
「…こどもって、どういうこと、ひどい」
「なんで沈黙したかと思えばいきなり拗ねてんのこの子、つーかお前なんか探し物してたんじゃねーの」
「…それは…」
…探しもの?それって、何?
わからない。わたしにはわからない。
みんなにはわたしがお妙ちゃんに見えている、らしい。みんなはわたしがお妙ちゃんだと信じてやまないらしい。お妙ちゃんのことが大好きで大好きで愛してるくらいの近藤でさえ、わたしがお妙ちゃんだと思ってる。
…わたしはお妙ちゃんのふりをしてる。お妙ちゃんに成り代わってしまった人に成り代わっている。
前の世界でみたお妙ちゃんならこういうことを言って、こういう口調で声色で、こんな信念を持っているんだとふりをして。
全てまがいもの。
わたしはお妙ちゃんにはなれないのに。お妙ちゃんはここには居ないのに。お妙ちゃんは…
…ああ。そうね。すでに純粋な意味での本当のお妙ちゃんは、ここには居ないのか
『ごめん、塗りつぶした場所に、俺はもう立てない』
──手紙がきた
あの人からの手紙が来た。差出人の名前は「 」。どこにでも居るような、と言ったら失礼だけど、本当に普通の男の子らしい名前。そして汚くはないけどある意味ガサツで豪快な文字。少なくとも若い女性らしい丸文字ではない。
…そう、彼だ。成り代わりくんから手紙がきた。本当は男の子だったのに女の子になってしまった彼から。それはどれだけの苦痛なんだろうか。それだけじゃなく彼はこの世界の女の子の上に立って図らずとも存在を消してしまった。
"塗りつぶして"しまって。
どれだけの苦痛?いや苦痛なんて物じゃないね。ただ人を殺すことより性質が悪いから。そんなの分かってる。本人が一番分かってる。でも所詮他人ごとであるはずのわたしでさえ分かるよ。
…片棒担いでるわたしでさえ分かるよ
苦しいのはわかってるのに
わたしは彼を探してどうするの
また塗りつぶすことを続けろと酷いことを言えるの
「所詮他人事のわたしが肩代わりする方が、まだ楽だ」と。他人の役目を負えるの
…そんな聖人君子のようなことが出来る?手紙は来た。音沙汰が数ヶ月一切なかった彼から色んなことを書いたたった一通の手紙が。
彼は若干オタクの気質があるけれど愛らしい、最愛の妹がいたらしい。家族が恋しかったらしい。やっぱりわたしと同じだったらしい。でもそれ以外に知らない。所在なんて知れない。これからずっと
彼が帰ってこなかったら。
「…妹に…会いたい…」
「あ?…お前妹なんて居たか?新八だけだろ」
「妹に、会いたい人を、妹と会わせてあげたかったの」
「……」
「でもそんなこと出来ないってわかってた、だからこんなしけたツラしてる、わたしだって会いたい、お母さんに会いたい、お父さんにだって家族みんなにも友達にも、戻りたい、でも、その人はわたしと違って"絶対に"会えないから、って」
──転生して根付いてしまった彼は元の世界へは帰れない、もしも世界を渡って帰れても元には戻れない
「同情して、駆け回ってることが、なんてみっともない」
わたしは馬鹿。
こんなの純粋な手助けじゃない。ただの同情。わたしはこのままもしも運よく世界さえ越えられれば家族に会える。でも彼は会えない。会えても彼は彼には戻れるはずがない。
だから可哀想。立ち位置がなんて可哀想。だから肩代わりしよう。楽になれるまで肩代わりしよう。
でも帰ってこない
いつまでわたしはこのまま?
帰ってこれないよね、そうだよね
わたしはわたしなのにな
でもそうだよね苦しいよね
いつまで
…なんて馬鹿で、みっともない
そんな苦虫を噛み潰したような表情を曝け出すわたしに、目の前の彼はボリボリとそのふわふわな銀髪天パの頭を掻きながら言った。
「……いいんじゃねえの、今の子は人の痛みを知る力に欠けてる〜ってジジババは口を揃えて言うだろーが」
「…でも…これは」
「人の気持ちをくんでやれることが何がいけないんだよ。気持ちも分からず踏みにじるヤツらよりよっぽどマシだろーよ」
「……それが、ただの、同情でも?」
「同情さえ出来なくなったらしめーだよ、そいつは人間か?血も涙もねーんですか」
「同情から来る行いは、胸を張れること?」
そうまた問い返すと、面倒くさそうに見るからに投げやりになりなりがら、彼は言う。
でも面倒臭いと前面に押し出していても彼は面倒臭い物を投げ出しやしなかった。
「あーもう面倒くせ〜な〜こいつ〜〜〜、何からナニが来ててもいいけどよ〜何にも行えないよりいいんじゃね〜の〜パチンコ打てないより打てたらいいんじゃねーの〜酒飲めないより飲めた方がいいんじゃね〜の〜コーヒー牛乳よりいちご牛乳飲めたらいいんじゃね〜ですか〜?」
「…あ、ははは、はは」
「な、何笑ってんだよは、なに臭い?俺臭い?いい年こいて言葉臭い?つーか俺自身が体臭におうの?恥ずかしっ」
「あっはははははっハ、はっひぃ」
「笑ってねェで答えろオイ、なあオイ銀さんからのお願い」
「ぶっふぅうははっ」
ああ、なんて馬鹿なんだろうか。馬鹿馬鹿しい。ずっと思っていたその言葉が、少しだけ、ほんの少しだけ。
色を変えた気がした。主人公さまの言う言葉はよく響く。わたしにとって主人公という存在は世界の全てだった。こんなアホみたいな顔しておろおろしてる成人男性だったとしても、彼は間違いなくこの世界の全てだ。わたしは多分、きっとそんな絶対的な存在に、神様みたいな何かにずっと助けてほしかったんだろう。 今この瞬間、確かにわたしは神様に救われたのだ。
きっと神様は自分が神様だなんて思っていないし、救ったつもりもないんだろうけど。いつだって世の中そんな物だ。中々通じ合えず噛み合わずもどかしいからこそ、焦がれるんだろう。
だったらきっとわたしもそうだ。これからもそうだ。ないものねだりをして生きていくのだ。