第十五話
4.探し人と探し物気付きと手紙
────着物を脱ぎ捨てた。とっくに肌蹴て上等な着物も見る影もなく、見惚れたような街の人々の視線も何を勘繰ったのか哀れみへと変わっていった。
その視線を気にしたんでもなく、ただ単に邪魔だったから。
これを贈ってくれた近藤さんにはとんでもなく失礼な物言いだとは分かっているけど今のわたしは形振り構ってなんていられない。

街を走る、走る。ヅラも着物も脱ぎ捨てて志村妙を捨てて苗字名前としての姿で走る、走る。人の波を縫い細いわき道も潜り寂れた公園も抜けて川沿いへ出てまっすぐ走る。
宛なんてなかった。気がつけば空は色を変えて夜へと変わる。良い子はとっくに帰宅する時間だというのにわたしは何をしてるのか、あてもなく。そう、わたしは…


「……し、…しらないんだ…」


わたしは成り代わりくんのこと、なんにも知らない。バカンスに出た〜なんて本気で考えてた。息抜きだと最初は思ってた。でも具体的な居場所なんて知らなかったし想像もつかないし。
彼の名前さえも知らない。わたしはそんな他人の荷物の肩代わりをしてるんだ。
同郷の好とはいえ他人は他人。本当に何も知らない。
彼の人となりも、彼の行きそうな場所も、好きそうな物も、そもそも彼の名前さえも知らない、
同郷ったって日本は狭いようで広いんだよ成り代わりくん、君はいったいどこに住んでたんだろうね、案外近所だったりして、街中ですれ違ったことがあるかもね、
じゃあ今だって偶然すれ違ってたりしちゃえばいいのに、ああ、もう


「ほんとに、ばかだ」




馬鹿なのはわたしももちろん。…成り代わりくんも、そして────











「で、親御さんは?住所と家電、あ、あと職業も書きなせェ。…あ……まさかニー、」
「そんなデリケートな所にそんな風に乱暴に触れない方がいい!もっとオブラートに包んで!」
「お前無職?」
「やめてぇえええ!!」
「お前ら毎回毎回うるせェエエ!!周りへの迷惑を考えろォォ!」
「土方さんが一番うるさいでさァ」
「ほんとよ土方さんが一番うるさいよお」



感傷に浸っていたわたしは見事補導された。お巡りさんに。
…別にね、いつもこの人達じゃなくていいのよ?
ほんとモブ中のモブみたいな人に一度でいいから出くわしてみたい物なのに出くわすのはいつもこのコンビ。余程縁があるとみた。なんちゃらかんちゃら使い同士は引かれあう、みたいなアレですか、いやわたしの運がとことん悪いのかもね。

…街中をふらふらしてたわたしが、肩をガッと捕まれた時は何事かと思った。
でもそれが彼ら二人だと分かった時には得体の知れない恐怖よりもやってしまった、という痛恨のミスへの厄介さしか残らずに。
わたしは洗いざらい住所やら家電やら、個人情報を書類へ明記することを求められいる。
むり。むり。むりむりムリムリ。だってないもん。だって住所もないしだって電話なんて引いてないし引けるはずないしだって戸籍ないもん。わたしのお家ないもん。存在自体ないものだもん。
無職でもニートでもこの際いいけど、その辺りはバレたら困る。いくら叩かれた所で後ろ暗いものは抱えてないし出ない物は出ないけど、面倒なことは目に見えてるもの。
あれよ、お決まりってやつよテンプレート、そうテンプレート。
一切の塊が無いことよりも、一切の塵ひとつさえも無いことが問題なのよ、っていう…。

…わたしは無心で紙に適当にサラサラと書き綴り始めた。
わたしはペンで適当にサラサラと書き綴る。



「…おい、これはどこの街だ」
「え?わたしの彼氏と出会った学校があって実は入学前日引越してきたそこは幼い頃わたしが住んでいた町で数年ぶりの偶然の再会を果たしそのまま約束の教会でゴールインをし…」
「夢みてんじゃねえよ〜目を覚ませここは三次元〜お前の彼氏は二次元の中にいるんだ〜架空の存在なんでさァ〜いい加減安定した職について現実を見なせェ〜」
「わかった!カーチャン悲しませないためにちょっと職探してくるわ!じゃ!」
「無職の更生軽っ!つーかおま、待…!」



わたしは乙女ゲームで出てきた街の住所を適当にサラサラ書き綴り口八丁で誤魔化し職を探しに行くという体でその場を逃げた。
本当に適当すぎる誤魔化し方すぎたなあとは思ってるけど、ブロークンハート。
今結構メンタル来てるのよわたし。真正面からどうにかこの現状を誤魔化そうとしたってこの二人相手にわたしの脳みそじゃ高が知れてる、むしろこんな適当な方が妙なボロが出なかったかもしれないとも思う。

────結局はどちらにせよ怪しまれることには違いないとは分かっていても、まだマシだと思いながら遠ざかる。
公園の公衆トイレでいつもの通りに引っさげてた紙袋から着物とヅラを取り出し志村妙へと早着替え。お家に帰って「いつも通り」に新八くんと団欒して次の日にはお仕事。
いつも通り、と言えてしまうソレが異常だと気がついた昨日。

気がついたらもう違和感は拭えない。



「…わたし、は…」


また一日、一日がすぎ汗水たらして働いた日の夜、布団にもぐりこみながら考える。
いったい、わたしは何に成りたかったんだろう
そう、この世界の道筋を壊したくなかった。それが出来るのは今わたししか居ないんだと腹をくくった。同郷の好とか、成り代わりくんの苦しみも手に取るように分かってしまったから同情したのもある。
でもね。

「上手くできた!上手く成れた!」と日々の成り代わりの生活を喜んでしまうのは違うと思った。成るごとに、近づけるごとに達成感を覚えて侵食されて行くその異常さに、今更ながら気がついてしまったんだもん。
だってね、わたしは志村妙に成ろうとしてるんじゃない。その場を繋ぐだけの存在として精一杯やろうとしていただけで、じゃあ後は戻ってきた成り代わりくんに丸投げ?って言われても、じゃあわたしが代わりに人生を志村妙に捧げよう、と決意できるほど人間出来てないし強くない。
戻ってきた成り代わりくんを傍で出来る限り支えようとは思える。
でもわたしは成れない。志村妙には成れない。違和感と共に生きてる。下手にこのお妙ちゃんの下に本当の自分があるだけに。
麻痺から覚めて自覚すると、その重さにハッとして今にも潰れそうで怖い。怖い。



きっと成り代わりくんもこんな重さに潰れそうになったんだろう。だからわたしに成り代わって欲しかったんだろう。じゃあ今わたしがここで潰れてしまったらどうなるんだろう。大好きなこの世界はどういう道の崩れをしていくんだろう。
わたしは。
それを分かっていても、苦しくても辛くても潰れそうでも明日からも歯を食いしばって繋ごうという意思だけは揺るがないままに。
なんてお人よしで、なんてばかなんだろうか。
2016.1.28

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