第十四話
4.探し人と探し物気付きと手紙



「…うん、いい感じかしら」


朝、今日は早く起きる。キャバ嬢といえど健康志向のわたしは太陽と共に云々、だけでなく。
成長期の新八くんの栄養面も気になってしまう面倒臭い性質だ。
成り代わりくんが新八くんと居るとき。初めて新八くんと囲んだ食卓でのあの反応を見るに見事にダークマターを作り出していたみたいだけど、ちゃんと食事はとれていたのか…。
しっかりと成長して頂きたい。ということで、「今日も惣菜よ〜」「また今日も惣菜なの〜」と言い張り続けて栄養が偏らないよう、尚且つ節約的な手料理を振舞う。
にしても惣菜が続くことに疑問を抱かないのかな…と思ったけれど。
ダークマターが食卓に並ばない方が涙が出る程有難いことらしくて、気にしてる暇もないらしい。というかダークマターでなければ事情なんてどうでもいい、って感じになってるのかな。…ああ…うん、弟ってのも楽じゃないねえ…

なーんて、わたしの一日は新八くんを哀れむことから始まり。



「じゃあ、行ってくるわね新ちゃん」
「あれ、姉上今日はこんなに早いんでしたっけ?」
「最近短期のバイトも入れたのよ。自給はそこまでよくないんだけど少しでも足しにしたいから」
「そうなんですか…。僕ももっと助けになれればいいんです、が…」
「………ああ…」


新八くんの微妙な顔を見て、ああ、と結構素の声で頷いてしまった。給料定期的にもらってない年中ほぼタダ働き。あの万事屋で新八君が得られることはお金じゃない何かが沢山ある。にしてもお金がなければ生きていけない訳でして。
…どんまい!と心の中で親指を立てながらいってきます、と玄関の戸をあけた。
最近は短期のバイトを合間に挟む余裕もできて、中々成長してるんじゃないかと思う。
キャバ嬢の仕事も上々。お妙ちゃんのキャラクターはやっぱり人好きがするみたいで、いくら"偽り"。私のお妙ちゃんに似せた演技だったとしても指名するお客さんは集まった。お妙ちゃんならこう答える、っていうのが予測できるとなんとかなる物だと感心してしまう。
まあチート変装グッズありきの物なんだけどね。わたしの素顔じゃとても。


…で。今日も今日とて、朝の数時間だけの短期のバイトを終え、夕方からすまいるに出勤し笑顔を振りまき次の指名客を待つ。
そしてやってきた男は見知った、いや見知りすぎた顔の男で。
…まあいつも通り近藤さんだった。原作通り至る所に出没してストーカーしてるのに、キャバにまで改めて来るか。お妙さん大好きだなあ本当に。微笑ましいけど中の人(わたし)はとても複雑だ。


「……またいらしたんですか」
「お妙さん、俺はめげませんよ!鉄のごとく折れません!」
「あら、鉄なんて私なら赤子の手を捻るくらい…」
「お、おおおおおおお妙さん、そそれより今日は俺お妙さんに渡したい物、……が……」
「……どうか、しましたか?」



わたし…というかお妙の不穏な発言を掻き消すように近藤さんは話題を変えようとしたけど、その言葉も不自然に途切れ、しぼんだ。
そしてわたしの顔を見上げ、瞳をじ、っと見つめると少し寂しそうに笑う。
…あ。
…また、だ。この寂しそうな顔、細められた目、緩やかに上がるだけの口元、原作の近藤さんが滅多に見せない哀愁とも言うべきか、の、それ。

近藤さんはソファーにもたれ掛けさせていた可愛らしくリボンが上品に結ばれた紙袋を取り出すと、またふ、と笑った。


「…これも縁でしょう。もらってやってください、この着物」
「…着物?…あの、この銘柄…とても有名なお店の……!…いえ、あの、わたしは、これは…」


頂けません。

間違いなくわたしへ、お妙へと贈られた物。だからこそもらえない、受け取れない、受取れるはずがない。いくら近藤さんがわたしがお妙ちゃんだと思っていたとして中身は違う、ちょっとお菓子の差し入れ、くらいならこんなに拒絶しないかもしれないけどでも、この着物いくらすると思ってるの、ガチだこれ、詳しくはしらないけどとても庶民には迂闊に手を出せない代物だって聞いてるけど…!
ますますそんな本気のプレゼントを"わたしが"受取っていいはずがなくて。


「もらってやって、ください」
「……」



これも縁でしょう、という言葉。近藤さんは深い意味なんてなく口にしただけなのかもしれないその言葉をわたしが素直に受け取ってしまうなら。
これが本物のお妙ちゃん…この世界では成り代わりくんが本物にあたることになる、が受け取らず、偽者のわたしが受け取ることも縁だろう、と自分に都合よく受け取ってしまいたくなる。

だってこんな本気の贈り物断ってさ、持ち帰ってさ、近藤さんが着るはずもないし箪笥の肥やしになるか好きな人への贈り物を涙ながらに質に入れる近藤さん…
ってこれが近藤さんじゃなくてもそんな姿見たくないよお!
…キャバクラは、お客さんが求めるものに応えるお仕事、だとわたしは勝手に思ってる。でも勿論出来ることと出来ないことがあって、でも出来ることなら応えるべきで、

近藤さんはこの着物をお妙ちゃんに受け取って欲しいと。でも本当に受け取って欲しいお妙ちゃんはここにいない。わたしは偽者だなんていえない。言った所で「冗談でしょう?」と笑い飛ばされるのがオチで。…ヅラを外さなければの話だけども。

でも…


「…ありがとう、ございます」


わたしは受け取った。わたしは本物のお妙ちゃんではないけど近藤さんにとっては本物のお妙ちゃんで。本物のお妙ちゃんが素直に受けとるかは別の話だけども。
今近藤さんは贈り物を受け取って欲しくて差し出して。ならわたしは出来ることで応えるべきだ。
好意を無下にしないべきだ。せめてものこと、わたしの罪悪感を払拭するように、受け取って「よかった」と近藤さんに笑顔になってもらうべきだ。
そう思ったから受け取ったのに。


「また、来ます、何度でも」



近藤さんは何故、あんなに悲しそうに目を細めて笑うんだろう。










「わたし、なに、……やってるんだろう」




当たり前のことに気がついてしまった。わたしはわたし、であり、志村妙ではなかった。
いや毎日それは分かってたんだ。…わかってたけどわかってなかったんだよ。
あのね、わたし、料理が上手くできて惣菜だって誤魔化せて怪しまれずに志村妙に成りきれたら喜んだ。キャバ嬢の仕事がお妙さんらしく上手くできて、ましてやまともに働いたこともないのに他人になりきりながらって凄すぎるよお!とか自画自賛して。
お妙に成りきれることを喜んだ。
短期のバイトまで掛け持ちして出来るようになった、と喜んだのは、女子高生の自分の成長を喜んだんじゃないんだよ。…お妙として家計の足しに出来たことがうれしくて、元のお妙らしくなれたんじゃないか様になってきたんじゃないかって。

原作がいざ始まれば不安ばかりあったのも事実。でもある程度が過ぎれば安定。
これからわたしはお妙の偽者として得た安定の維持を目指すばかりであり。

…それで?わたしは、いつまで
いつまでそれを続ければいい。わたしっていったい何のためにここにいるんだろう、
成り代わり主、というべき彼が居る時点で本物の志村妙はもういない。
でも変わりにこの世界での本物は成り代わった彼なんだ。じゃあ、わたしは?


「…わたし、は……」



なんて、ばかなことを

頭の中に色んな記憶が浮かんでは消える。朝の料理。新八君と囲む楽しい食卓。ただいまの声。キャバ嬢として働くわたし。近藤さんの細められた悲しげな目。
差出された"お妙"のための鮮やかな色の着物。なら受け取らない方がいい、でもそれを分かっていてあえて受け取ったわたしの真意。

…わたしは志村妙じゃない。ならなんで。





「……バカンス、長すぎだよ、成り代わりくん」



近藤さんから受け取った贈り物の鮮やかで、手触りが良すぎる着物を羽織った。
そしてヅラを装着してしゃなりと妙として歩いてみると集まる視線。元々お妙ちゃんは黙っていれば…というとアレだけど、整った顔をしてる。そしてこんな上品な鮮やかで目を惹く着物を着て闊歩していれば視線も集まるという物で。
でも違う。それはわたしじゃない。お妙でもない何かだ。
いつの間にか歩調は早まり宛てもなく走る。着物で走るなんて無理難題。
せっかくの上品すぎるくらい上品な着物がいつの間にか崩れる。ヅラだって崩れる。化粧も崩れる。まあわたし自身に施した化粧はヅラが見せるお妙の幻覚には影響がないんだろうけど気持ちが悪い、早く家に帰って落としたい、
家にかえる、どこに?わたしの家はもうない。だからネットカフェと野宿を繰り返して定住地はなくてある意味志村家に居られることは助かる、けど、けど!

わたしは。
2016.1.28

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