第十二話
3.バレた 曰く、友達が出来たらしい
軽い風邪を引いたと嘘をついたら、新八くんに大げさな扱いをされて暖かい重装備でマスクをしているなうである。
最初は喉風邪程度と捉えていた新八くんだったけれど、もう大丈夫よ〜新ちゃん、と声をかけたわたしの顔のあまりのやつれ様を見て徹底的に病人扱いである。
ただの睡眠不足だから病院だけは無駄にお金かけたくないし勘弁してもらったんだけど、
風邪と嘯いたことがこんなことになってしまうなんて…

仮にもキャバ嬢やってんなら根性で這い上がればかやろー!なんて自分自身に募っていたある日。


「お妙さん!俺は君が好きだ!結婚してくれー!!!」


とはいえ、仕事も休めないし家事も休めない。料理はともかく絶対ではないけれど女の方が家事に向く傾向にあるというのは大昔から変わらず、見ていてまどろっこしくなったので率先して新八くんから家内の家事を引き受けた。
普通の男子にしては出来る新八くんと言えど血反吐を吐くほど母ちゃんにしごかれたわたしから見たら甘い。
それでも最後にはおこづかいにつられてずるずると昔から手伝ってきた物ですわー…

それはともかく。言いたいのは、今日も買出しのためにマスクで重装備のまま外を歩いて、大江戸スーパーから我が家の道場の屋根が遠くに見えるくらいまで歩いた所で。
頭上から大きな声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だ。
え、いやえ、これ近藤さんの声だよね、ここ数日恋してんのかわたしー?って勘違いしちゃうくらい頭の中を占めていた近藤さん、
どこから、と思って振り返り顔を上げると、民家の屋根の上に堂々と上り、真剣な眼差しで、しかしふるふると緊張でか身体を震わせこちらを見下ろしている。

…今、わたし、いやお妙ちゃん、求婚された?だってお妙さん結婚してくれ、って分かりやすくプロポーズしてくれたもんね、よ、よかったー!これで近藤さんが愛のストーカーを開始してくれるよ!


…あれ?でも待って。


「え、っちょ!」



わたし(お妙ちゃん)、菩薩のような発言してない…そしてケツ毛の悩み相談もされてない…惚れられるような展開が未だ来ていない…え…まさか一目惚れしてました、とかそういうオチになるの?わたしが菩薩になれないばかりに?
なんて目を白黒させている間にシュッと近藤さんはこちらとは反対側の屋根から降り、姿が見えなくなる。
この世界の人やっぱハイスペックだよな、元の世界だったら骨折免れないしそもそも怖くて軽々しくできないよ、と現実逃避しても。


志村お妙(中身、)。プロポーズ、されてしまいました。






「よかったじゃねーか、嫁のもらい手があってよォ」


とある中華店。テーブルを挟んで仮の弟新八と、万事屋を営む主人公坂田銀時と、万事屋に新たに仲間入りをしたチャイナ娘(大食いすぎで胃袋パネェ)の神楽ちゃんと向かい合う。
わたしの隣は勿論弟のはずの新八くんである。
実の姉がいつの間にか偽者と摩り替わってるなんて可哀想に思うけど、最近はそれなりに弟を持ってた姉の身としては、可愛いと思ってしまうのであり。

帯刀してただって?幕臣か?玉の輿じゃねーか本性バレねーうちに籍入れとけ、なんてこの主人公はとんでもなく失礼だ。ぶん殴っておいた。
それより、プロボーズ自慢にきた訳じゃないんだってわたしたち!
いやね、分かってたことだけど、近藤さんめちゃくちゃストーカー開始し始めて!
最初は原作通りに道場付近の電柱伝って愛を叫んできて、スーパーの買い物してたら果物が陳列された棚の中に紛れ込んでいて、タクシーに乗っていても全速力でついてきて。

…これは本当に紙面を通したらギャグだけど、この身を持って体験したらホラーだ。
わたしはわたしであってわたしでないので日々他人事のように「スゲェ」とぽかんとしてるばかりだけど。
普通のなんもしらん年頃の乙女からしたら恐怖だって近藤さん…いい人なのに勿体ない…ケツ毛が生えてても一向にかまわないけどこれはアウトですよ近藤さん!なんて愛のぶつけ方が惜しい! でも妙ちゃんは気色悪がったり怯えたり怒ったりだとか、流石に面倒臭くて拒絶はしても、ある意味それも笑顔でスルーしていたというかそういったことがなかったんだから肝が据わってるというか、菩薩…
これは惚れる訳だ。同姓ながらわたしだってお妙ちゃんに包み込んでほしくなるもの。

が。これは本当に異常なストーカーである。
そこで"万事屋"の坂田銀時の出番だ。


「んだよ俺にどーしろっての。仕事の依頼なら出すもん出してもらわにゃ」
「銀さん僕もう二ヶ月給料もらってないんスけど。出るとこ出てもいいんですよ」
「ストーカーてめェエ!!どこだァァ!!成敗してくれるわっ!!」


扱いやすいね、と隣でぼそりと呟いた新八くんの言う通り本当に単純な人である。
…まあ多分こういう風に言わなくても困ってたらなんでもない風に助けてくれる。言うに事欠いて悪態ついて、自分は何にもしてねーよ、って振舞って不器用に人々を助けてくれる。
ふ、と微笑ましくなって笑っていたら目が合って「ん、んだよもう勘弁してくんないデリケートだから俺の髪の毛」と、さっき殴った時に料理ごとその頭にぶちまけたことを根に持ってるのかそう言ってきたけどまあ、いいだろうもうそれで。

そして坂田銀時のその挑発ともとれる言葉に乗り、「なんだァァやれるものならやってみろ!!」近藤さんは隣の席に座る客のテーブルの下から出てきた。
知ってたからなるべく視線を合わせないように正面にいる坂田銀時に真剣に訴えかけてるふりして視線を固定してたんだけど…。


「ときに貴様、先程よりお妙さんと親しげに話しているが、一体どーゆー関係だ、真正面から見つめられちゃってうらやましいこと山の如しだ」


ストーカーと呼ばれてあっさり出てくる近藤さんに己がストーカーであることを認めたか、と坂田銀時が言うのに対して人は皆愛を求め追い続けるストーカーだ、とかだれうまなことを言う近藤さん。
そして堂々と姿を現して真顔でこのセリフを吐き捨てた訳だけど…



「許嫁ですぅ、私この春この人と結婚するの、もうあんな事もそんな事もしちゃってるんです、だから私のことは諦めて」


ガッチリ。坂田銀時の腕に自分の腕を絡めて、わたしは言った。というかお妙ちゃんは言った。でもみんなにお妙だと思われてるからって実際に抱きついてるのはわたしの身体な訳で、顔はその場に合わせて幻がみえてるって言ったって、いくらわたしがマスクしてるからって顔から火が吹きそうだ。

例のごとく「女の子がお下品なこと言うんじゃありません!聞いちゃ駄目よ!」と淑やかな女の子計画を母に実行されていたわたしはお前何時代の女子だ、ってくらい下ネタにも男子にも耐性がない。
普通にじゃれる分にはいいけどあんな事やそんな事しちゃってます発言とか恋人っぽく腕絡めるとかあり得ない、ありえないありえない、でもお妙ちゃんそうしてたしわたしがしなきゃ展開的にも事がうまく運ばない、やばい、声が上擦る、腕が震える、耐えろ耐えろわたし熱くなれハートを鋼のように鍛え上げろウオオオ!!


「そーなの?」


急にその場で恋人に仕立て上げられた坂田銀時は他人事である。当たり前だよあんな事もこんなこともしてない恋人でもないなんなのこれ。


「…あ…あんな事もこんな事もそんな事もだとォォォォ!!」
「いやそんな事はしてないですよ」


そして混沌とした空間に新八くんの冷静なツッコミが映える。流石我が(仮の)弟、彼がいなくてはこの世界は収集がつかなくなってしまう。ある意味この目の前のだらけた主人公並みに必要な存在。素敵よ新ちゃん!表に立つ物は裏に立つ物に支えられてこそ輝くのよ!ボケはツッコミがいるから活きるの!素敵!


…どうしよう…ほんとうにこの人なんでこんな急に求婚したりストーカー始めたんだろう…
実はストーカーの恐怖とか問題意識よりもそっちの方が気になって上の空で、風邪を引いてると勘違いされてるのも相まってストーカーのせいでノイローゼなのかと新八君に物凄く心配されてる。
違うのよ、だって原作と外れた展開になって、それに軌道修正されたのは死ぬほど安心したけど何故か何もしてないのにこうなんだもん。こわい。ストーカーよりも何が起こってるのかこの世界がこわい。
お妙ちゃんってほんと初期はキーパーソン。その後も沢山出番はあるけど、まず初期から世界の土台を固めていくためにお妙ちゃんは凄く必要で。
…こんなメタっぽいこと考えたくないけど、わたしの複雑な立場上凄く考えてしまう。傍に隣に彼らが居るってのに、わたしって物凄く酷い人間だ。

わたしが遠い目をしている間にも話があれこれ進んでいたようで、「君がケツ毛ごと俺を愛してくれたように」と妄想爆発されてたのには上の空だったながら「愛してねーよ」と素でツッコミを入れてしまったけど、ともかく、


「オイ白髪パーマ!お前がお妙さんの許嫁だろーと関係ない!お前なんかより俺の方がお妙さんを愛してる!決闘しろ!お妙さんをかけて!!」


わたし(お妙ちゃん)をかけて、決闘が始まるらしい…。
げっそりとしてしまうけど、なんだかまあ、やっぱり近藤さんはいいなあと素直に思える。だからって恋愛感情は急に抱けないけど、客観的に見てると、こんな聞いてるだけで恥ずかしくなっちゃうような真正面からのセリフを堂々と口にできることとか、
照れないで好意をしっかりと伝えてくれる所とか、
愛だとか恋だとか形のない曖昧なモノを己の中に確かに確立出来ていて、一途で、迷わなくて愛を断言できて。

…こう見ると本当にいい人なのに損な役回りというかギャグ的な枠に居るのが惜しまれる。惜しみなく脱糞したりゴリラだったり下へ回されるこの人は不憫だ。早く好い人が見つかりますように。
わたしは絶対にあり得ないし、成り代わりくんも心は男の子で中身もお妙とは別な人格な訳だし最終的に恋に落ちるのは難しい所だと思うのよ…。
原作だったらもしかしたら最後くっついてくれると読者側からだったら信じてるんだけど。世知辛い話である。



「うぶっ」
「あーあめんどくせー、さっさといくぞ」


そしてこっ恥ずかしいセリフにかかっと熱くなっていたわたしにテーブルの上のお絞りを坂田銀時がぶつけてきて、察するにそれで顔を冷やせと言いたいのだと思う。
多分今の表情は見えないにしても、身体を密着させた時の震えとか遠慮がちでガチガチだったのとか声の上擦り具合とか、そんな所から悟られていたのか、…な?と、わたしは何故?と聞き返すことも出来ず、決闘の場、川原へと向かうのであった。
…どうしよう。女をかけて決闘とかわたし初めてみるしかも刀で勝負って!現代日本じゃまずありえん!
この身は確かにわたしのモノでも、あくまでお妙という存在が求められているのだから、わたしはまるっきり他人事だ。


そして川原で、橋の上に野次馬が集まる中決闘は始まり、何はともあれ軌道修正されてお気楽な気分でいた、わたしはその時…
2015.11.27