第十話
3.バレた ─曰く、友達が出来たらしい
その日の彼は相当な暇があり、退屈すぎて虫の居所が悪くなってきた節があったらしい。だけども仕事が非番だとかそういうことではなく、彼自身が仕事をサボった上であー、暇だなオイ、と胡坐かいているんだから自業自得というか、最低である。
…まあ、その暇が暫く続き…彼は目新しい暇つぶし道具を手に入れたらしい。
ただぼーっと空を眺めてダラけているよりもマシだというくらいの軽すぎる思いで、おもいっきりチープなヤツを。
これは後の後の後の後、何気ない会話の中で彼自身から聞かされた話である…。
**
原作が始まり暫くが経った。あれからなんとかお妙のふりを続けるのも様になっており、
四六時中演技を続けるという演劇部もビックリなハードな生活を三ヶ月も続けている。
正直演劇部の友人に鍛えられた時以上の苦痛と疲労と羞恥なんてないと思っていたのに。
まあそのおかげかな…今こうして演技できてるのは…
当時死ぬかと思ったし周りの目は痛いし登校拒否でも起こしたかったけど周りに理解者(オタ友)が居ないいつもはクールぶってるポーカーフェイスの友人が本当に楽しそうなのは分かってたから突っぱねられなかったし…ああうあ…
喜んでいいのかわからないや…
自分でも結構メンタル強いというか図太いなとは思ってる。それでも、だ。
「〜っあ〜もう限界だ…!」
…疲れるに決まってる!お妙ちゃんのフリを続けても"わたし"で居られる時間が一切ない!
家の中でも誰もいなくてもお妙ちゃんらしく、新八くんにもボロを出さないようなお妙ちゃんらしく、スーパーに買い物に行っても知り合いに見られてもいいようにお妙ちゃんらしく、仕草や歩き方までそれらしく。
…もう、どうしろってんだ。これでストレスたまらない方がおかしい。
もう気が狂いそう、っていったら大げさに聞こえるかもしれないけど、みんな実際同じことをやってみたらいいのよ。ゲシュタルト崩壊する。自分が分からなくなるよ。
自分とはいったい何なのか。
もしかしたらわたしはお妙ちゃんだったかもしれないしいやでも、わたしはわたしだ、でもわたしとはいったい何をもってわたしと言えるのか…とか、ほらなんか分からなくなる。 …もう…駄目かもしれない…
プッツリ。常に張っていたその糸が切れた瞬間、私はヅラを脱ぎ捨てた。
思うにこのヅラがチート変装グッズの役割をしているんだと思う。
つまり、ヅラを外せばすぐに自分本来の姿。
原理はわからないけどもう、暑いわ頭が締め付けられるわ窮屈だわで色んな意味で疲労していて。
──そうだ、わたし一人でわたしとして散歩に行こう
思い立ったが吉日という言葉を思いだし、スナックのバイトの休みの今日。
わたしは比較的地味ーで落ち着いた柄の成り代わりくんの残していっただろう着物を着込み、外へ出た。
恐らく中身は男の身で可愛らしく煌びやかな着物は着辛い、と思っていたのか何着かタンスに入っていたシンプルなそれが、正真正銘女であるわたしとしてもとても有難かった。
成り代わりくん、あの日わたしに置いてったキラキラな着物の意図、気遣いの意味は分かるけど、女子みんながキラキラでピンクが好きかと言ったらそうじゃないんだよ…。
そして、昼間の町を歩くこと暫くして。
「……ああ…」
わたしはうっとりとしていた。そりゃ通りすがる町の人に訝しがられても仕様がないくらいにね!
でも、でもだって、なんて開放感なんだこれは…
まず頭の重みがない。締め付けもない。空気がよく通って風が気持ちいい。
そして何より演技をして気を張っていなくていい…例えコワイ真顔でもいいドスの利いた声出してても痛々しいってくらいにキャピキャピしてても何でもいい!
天気もいいし雲ひとつない青空も綺麗!清清しい!なんて素敵な日!
軽くスキップなんてしちゃったりしながらわたしはかぶき町の比較的治安のいい穏やかな道を選んで歩く。
どうしよ、公園に行ってまったりしようかな。贅沢に遊ぶお金もないし。新八君だって年頃の男の子なのに娯楽なんて一切…
…と、いう訳ではないけど、それでも我慢している方だと思う。
もうとにかく開放感を感じられればどこでもいい!と、雑貨店や茶店や呉服屋など、色んな店が密集した大通りを抜けてわき道にそれる。すると少し人通りは少なくなるし陰るけれど、その道をすぐに抜けるともう公園近くの道路へと出る。
るんるん、なんて擬音が放たれてそうなわたし。
…それ故、気を抜きすぎていたのかもしれない。開放感にあふれすぎていたの、かも…いや確実に気を抜きすぎた。
ぱちり。目の前の可愛らしい顔立ちをした男の子と目が合った。
建物の壁沿いに駐車されてる車に寄りかかって、なんだか不機嫌そうにしていた彼は、ぱちりと目が合うときょと、とこちらを凝視して。
わたしもわたしでバッチリ合いすぎて呆けながらも視線が離れなかった。
暫く無言の見つめ合いが続くとどうにも気まずくて、でもなんだか威圧感がかかってる気がして動物的な本能的な感覚から逸らしたら何かが終わる気がして寒気がして、こんだけたっぷりと見つめ合っちゃってこのまま無言で去るのも無理がある気がして、まあとにかくは引くに引けなくなり…
…わたしは、世間話でもするかのようなニュアンスで恐る恐る彼の肩に担がれてる黒光りしたそれを凝視しながら口を開く。
「………そ、それなに…?」
「ガキにはまだ早ェ物でさあ。大人になってからまた来な」
すると可愛らしい顔とは見合わないズバッとした物言いにわたしは思わず叫んでしまう。
「ガキじゃない!ガキじゃないもん!ていうかいやらしい顔してるけどちがう意味で危険なんでしょ!大人にだって手に余るものでしょお!」
「大人だっつーんならその口調を鏡の前で確認してから来なせェ。…それ俺の0歳時の喋り方とソックリですぜ」
「0歳児に何が語れるのよなめてんの!ころす!」
「お巡りさんに殺すたァどういう躾け方されてんでィこのガキ。ハイ逮捕」
「ちょっと待って!まって!いきなり手錠はないとおもうの!まってまってまってわたしカツ丼は薄味が好みだよ!」
「おーおー中で食わせてやらァ。……特別にソース全部ぶちまけといてやるよ」
「いーやーいーやーいやー!」
一度叫んでしまうとまあまあコントのような会話がぽんぽん続くこと続くこと。
久方ぶりに自分らしく自分として喋るとそれでも母から教育(矯正)された母曰くの、「可愛い女の子らしい」口調が染み付いて抜けなくて戦慄した、ほらごらん初っ端から相手にガキだなんだと舐められてる。
それ以前に自分自身この幼い口調で精神的なダメージが酷い。わたしだってやりたくない、わたしだって本当は分かってる。女の子らしいとか可愛いとかコレそんなんじゃないって。
みなまで言うなもう分かってる…。
わたしは彼の目、というより肩に担がれた"ソレ"が気になって目が離せなくなってしまったのだけど、もう曖昧な表現はよそう。
…バズーカだよね…それ…?
一歩間違えたら大人でも終わりじゃん!人一人の人生が呆気なく終わってしまう!
というかその彼が着ている、最近どこかで見たきっちりカッチリした服を見てこの町の"お巡りさん"なのは分かってたけどいくらお巡りさんでもいきなり手枷をはめるのは結構やばくないの!?
…いや…もうこんな人なのは知ってた。
知ってたからこそ自然にするっと目を離せなかった。思わず目、顔を凝視してしまい、そして肩の物体に突っ込まずにはいられなかった。
動物的な本能でこいつから目をそらしたら負けだなって。 …沖田…総悟……
銀魂世界の生粋のサド男である。
半ば泣きそうになりながらもぎゃいぎゃいとしてると、ここからは何件か隣の建物の中から同じ制服を着た、瞳孔開きまくりの黒髪の男が早足でやってきて叫ぶ。
「何してんだテメェらァアア!!」
「土方さん、こいつカツ丼は薄味が好みらしいでさァ」
「土方さん、わたしカツ丼は薄味でお願い」
「なんでこの状況で好みの話なんておっぱじめてんの!?つーかお前は俺のなんなんだんなこと知るかァア!」
「あ、外してくれたよやったね!」
「土方さんは甘くていけねェや。…もしかしてそっちの気でもあるんですかィ?大丈夫です俺と土方さんの秘密でさァ」
「何嬉しそうな顔してんだよ何の勘違いしてんだよつーか傍から見るとお前が幼子いじめてるようにしか見えなかったんだけど」
「土方さん一緒にしないでくれやせんかねィ。そっちの気はないでさぁ」
「…なんなのこいつら殺してぇ……」
そしてその瞳孔黒髪男が、土方十四郎。
この世界でランキングにすると結構な上位に食い込み、関わりたくなかった組織に属する男達である。その組織の名は真選組。
いつだか朝日の下で見た男、近藤勲が局長のあの有名(この世界でもある意味、そして元の世界でも一部の層には)な組織だ。
「総悟テメェ、堂々とこんな所でサボりたぁいい度胸だ」
「真面目な勤務中にこいつに逆ナンされたんでさぁ。一般善民を無下にはできない性質でねぇ」
んなことしてないからー!!と叫びたくても、ボロを出すと厄介なことになりそうでわたしは口元を引きつらせて傍観するのみ。この二人、見てる分には面白いコントをするけど、関わるとなったらわたしは結構やばめである。
なんせ戸籍ないからね!いや戸籍ないのってこの世界結構多いらしいしそもそも問題なのはそこじゃなくて、あえて探られるとわたしの場合困るからね!怪しさプンプンなはずだから!
…じゃ、アデュー。
ぎゃあぎゃあとコントを続けてる間にわたしはするりとその場を離れて、完全に姿が見えなくなった割かし緑豊かな公園のベンチで、ため息を吐く。
…これからは気をつけよう…何がって、あの厄介な組織のお世話にならないように。
一番はお妙の姿でいることが防衛術だけど、わたしだって月一くらいはこんなことしてもいいよね、あ、いやでも一度快感を味わうともう抜け出せない、
…あ、あと一回…!
まるでギャンブルのあともう一回だけ!を無限ループしてしまうギャンブラーのごとくわたしは先延ばしにした。開放感を求めた。そしてそれが間違いであり、完全なフラグであり、開放感と引き換えに失った物と得た物がある。
わたしは素顔で歩いているとたまに、いや結構な頻度で何故かタイミングよく出くわしてしまう沖田総悟(そしてたまーに土方とセットで)に出会いがしらに毎度絡まれ、
下手に逃げたら逆に怪しい…!なんて当たり障りなく付き合っているうちになんだかんだで縁が出来てしまい、
初対面の時のように、沖田と土方をからかうことにも快感を覚えてしまったわたしは、
調子に乗って知り合い以上友人未満の関係で、今日も今日とて土方をからかい、気がすんだらふらりと消えて行く生活を送るのだった。
正直に言えばこれは日々の生活のストレスの解消、捌け口であるとは、あのニコチンマヨラーには口が裂けても言えないままである。
人間って欲望には正直な生き物よね。…うん、どうすっかこれ。
3.バレた ─曰く、友達が出来たらしい
その日の彼は相当な暇があり、退屈すぎて虫の居所が悪くなってきた節があったらしい。だけども仕事が非番だとかそういうことではなく、彼自身が仕事をサボった上であー、暇だなオイ、と胡坐かいているんだから自業自得というか、最低である。
…まあ、その暇が暫く続き…彼は目新しい暇つぶし道具を手に入れたらしい。
ただぼーっと空を眺めてダラけているよりもマシだというくらいの軽すぎる思いで、おもいっきりチープなヤツを。
これは後の後の後の後、何気ない会話の中で彼自身から聞かされた話である…。
**
原作が始まり暫くが経った。あれからなんとかお妙のふりを続けるのも様になっており、
四六時中演技を続けるという演劇部もビックリなハードな生活を三ヶ月も続けている。
正直演劇部の友人に鍛えられた時以上の苦痛と疲労と羞恥なんてないと思っていたのに。
まあそのおかげかな…今こうして演技できてるのは…
当時死ぬかと思ったし周りの目は痛いし登校拒否でも起こしたかったけど周りに理解者(オタ友)が居ないいつもはクールぶってるポーカーフェイスの友人が本当に楽しそうなのは分かってたから突っぱねられなかったし…ああうあ…
喜んでいいのかわからないや…
自分でも結構メンタル強いというか図太いなとは思ってる。それでも、だ。
「〜っあ〜もう限界だ…!」
…疲れるに決まってる!お妙ちゃんのフリを続けても"わたし"で居られる時間が一切ない!
家の中でも誰もいなくてもお妙ちゃんらしく、新八くんにもボロを出さないようなお妙ちゃんらしく、スーパーに買い物に行っても知り合いに見られてもいいようにお妙ちゃんらしく、仕草や歩き方までそれらしく。
…もう、どうしろってんだ。これでストレスたまらない方がおかしい。
もう気が狂いそう、っていったら大げさに聞こえるかもしれないけど、みんな実際同じことをやってみたらいいのよ。ゲシュタルト崩壊する。自分が分からなくなるよ。
自分とはいったい何なのか。
もしかしたらわたしはお妙ちゃんだったかもしれないしいやでも、わたしはわたしだ、でもわたしとはいったい何をもってわたしと言えるのか…とか、ほらなんか分からなくなる。 …もう…駄目かもしれない…
プッツリ。常に張っていたその糸が切れた瞬間、私はヅラを脱ぎ捨てた。
思うにこのヅラがチート変装グッズの役割をしているんだと思う。
つまり、ヅラを外せばすぐに自分本来の姿。
原理はわからないけどもう、暑いわ頭が締め付けられるわ窮屈だわで色んな意味で疲労していて。
──そうだ、わたし一人でわたしとして散歩に行こう
思い立ったが吉日という言葉を思いだし、スナックのバイトの休みの今日。
わたしは比較的地味ーで落ち着いた柄の成り代わりくんの残していっただろう着物を着込み、外へ出た。
恐らく中身は男の身で可愛らしく煌びやかな着物は着辛い、と思っていたのか何着かタンスに入っていたシンプルなそれが、正真正銘女であるわたしとしてもとても有難かった。
成り代わりくん、あの日わたしに置いてったキラキラな着物の意図、気遣いの意味は分かるけど、女子みんながキラキラでピンクが好きかと言ったらそうじゃないんだよ…。
そして、昼間の町を歩くこと暫くして。
「……ああ…」
わたしはうっとりとしていた。そりゃ通りすがる町の人に訝しがられても仕様がないくらいにね!
でも、でもだって、なんて開放感なんだこれは…
まず頭の重みがない。締め付けもない。空気がよく通って風が気持ちいい。
そして何より演技をして気を張っていなくていい…例えコワイ真顔でもいいドスの利いた声出してても痛々しいってくらいにキャピキャピしてても何でもいい!
天気もいいし雲ひとつない青空も綺麗!清清しい!なんて素敵な日!
軽くスキップなんてしちゃったりしながらわたしはかぶき町の比較的治安のいい穏やかな道を選んで歩く。
どうしよ、公園に行ってまったりしようかな。贅沢に遊ぶお金もないし。新八君だって年頃の男の子なのに娯楽なんて一切…
…と、いう訳ではないけど、それでも我慢している方だと思う。
もうとにかく開放感を感じられればどこでもいい!と、雑貨店や茶店や呉服屋など、色んな店が密集した大通りを抜けてわき道にそれる。すると少し人通りは少なくなるし陰るけれど、その道をすぐに抜けるともう公園近くの道路へと出る。
るんるん、なんて擬音が放たれてそうなわたし。
…それ故、気を抜きすぎていたのかもしれない。開放感にあふれすぎていたの、かも…いや確実に気を抜きすぎた。
ぱちり。目の前の可愛らしい顔立ちをした男の子と目が合った。
建物の壁沿いに駐車されてる車に寄りかかって、なんだか不機嫌そうにしていた彼は、ぱちりと目が合うときょと、とこちらを凝視して。
わたしもわたしでバッチリ合いすぎて呆けながらも視線が離れなかった。
暫く無言の見つめ合いが続くとどうにも気まずくて、でもなんだか威圧感がかかってる気がして動物的な本能的な感覚から逸らしたら何かが終わる気がして寒気がして、こんだけたっぷりと見つめ合っちゃってこのまま無言で去るのも無理がある気がして、まあとにかくは引くに引けなくなり…
…わたしは、世間話でもするかのようなニュアンスで恐る恐る彼の肩に担がれてる黒光りしたそれを凝視しながら口を開く。
「………そ、それなに…?」
「ガキにはまだ早ェ物でさあ。大人になってからまた来な」
すると可愛らしい顔とは見合わないズバッとした物言いにわたしは思わず叫んでしまう。
「ガキじゃない!ガキじゃないもん!ていうかいやらしい顔してるけどちがう意味で危険なんでしょ!大人にだって手に余るものでしょお!」
「大人だっつーんならその口調を鏡の前で確認してから来なせェ。…それ俺の0歳時の喋り方とソックリですぜ」
「0歳児に何が語れるのよなめてんの!ころす!」
「お巡りさんに殺すたァどういう躾け方されてんでィこのガキ。ハイ逮捕」
「ちょっと待って!まって!いきなり手錠はないとおもうの!まってまってまってわたしカツ丼は薄味が好みだよ!」
「おーおー中で食わせてやらァ。……特別にソース全部ぶちまけといてやるよ」
「いーやーいーやーいやー!」
一度叫んでしまうとまあまあコントのような会話がぽんぽん続くこと続くこと。
久方ぶりに自分らしく自分として喋るとそれでも母から教育(矯正)された母曰くの、「可愛い女の子らしい」口調が染み付いて抜けなくて戦慄した、ほらごらん初っ端から相手にガキだなんだと舐められてる。
それ以前に自分自身この幼い口調で精神的なダメージが酷い。わたしだってやりたくない、わたしだって本当は分かってる。女の子らしいとか可愛いとかコレそんなんじゃないって。
みなまで言うなもう分かってる…。
わたしは彼の目、というより肩に担がれた"ソレ"が気になって目が離せなくなってしまったのだけど、もう曖昧な表現はよそう。
…バズーカだよね…それ…?
一歩間違えたら大人でも終わりじゃん!人一人の人生が呆気なく終わってしまう!
というかその彼が着ている、最近どこかで見たきっちりカッチリした服を見てこの町の"お巡りさん"なのは分かってたけどいくらお巡りさんでもいきなり手枷をはめるのは結構やばくないの!?
…いや…もうこんな人なのは知ってた。
知ってたからこそ自然にするっと目を離せなかった。思わず目、顔を凝視してしまい、そして肩の物体に突っ込まずにはいられなかった。
動物的な本能でこいつから目をそらしたら負けだなって。 …沖田…総悟……
銀魂世界の生粋のサド男である。
半ば泣きそうになりながらもぎゃいぎゃいとしてると、ここからは何件か隣の建物の中から同じ制服を着た、瞳孔開きまくりの黒髪の男が早足でやってきて叫ぶ。
「何してんだテメェらァアア!!」
「土方さん、こいつカツ丼は薄味が好みらしいでさァ」
「土方さん、わたしカツ丼は薄味でお願い」
「なんでこの状況で好みの話なんておっぱじめてんの!?つーかお前は俺のなんなんだんなこと知るかァア!」
「あ、外してくれたよやったね!」
「土方さんは甘くていけねェや。…もしかしてそっちの気でもあるんですかィ?大丈夫です俺と土方さんの秘密でさァ」
「何嬉しそうな顔してんだよ何の勘違いしてんだよつーか傍から見るとお前が幼子いじめてるようにしか見えなかったんだけど」
「土方さん一緒にしないでくれやせんかねィ。そっちの気はないでさぁ」
「…なんなのこいつら殺してぇ……」
そしてその瞳孔黒髪男が、土方十四郎。
この世界でランキングにすると結構な上位に食い込み、関わりたくなかった組織に属する男達である。その組織の名は真選組。
いつだか朝日の下で見た男、近藤勲が局長のあの有名(この世界でもある意味、そして元の世界でも一部の層には)な組織だ。
「総悟テメェ、堂々とこんな所でサボりたぁいい度胸だ」
「真面目な勤務中にこいつに逆ナンされたんでさぁ。一般善民を無下にはできない性質でねぇ」
んなことしてないからー!!と叫びたくても、ボロを出すと厄介なことになりそうでわたしは口元を引きつらせて傍観するのみ。この二人、見てる分には面白いコントをするけど、関わるとなったらわたしは結構やばめである。
なんせ戸籍ないからね!いや戸籍ないのってこの世界結構多いらしいしそもそも問題なのはそこじゃなくて、あえて探られるとわたしの場合困るからね!怪しさプンプンなはずだから!
…じゃ、アデュー。
ぎゃあぎゃあとコントを続けてる間にわたしはするりとその場を離れて、完全に姿が見えなくなった割かし緑豊かな公園のベンチで、ため息を吐く。
…これからは気をつけよう…何がって、あの厄介な組織のお世話にならないように。
一番はお妙の姿でいることが防衛術だけど、わたしだって月一くらいはこんなことしてもいいよね、あ、いやでも一度快感を味わうともう抜け出せない、
…あ、あと一回…!
まるでギャンブルのあともう一回だけ!を無限ループしてしまうギャンブラーのごとくわたしは先延ばしにした。開放感を求めた。そしてそれが間違いであり、完全なフラグであり、開放感と引き換えに失った物と得た物がある。
わたしは素顔で歩いているとたまに、いや結構な頻度で何故かタイミングよく出くわしてしまう沖田総悟(そしてたまーに土方とセットで)に出会いがしらに毎度絡まれ、
下手に逃げたら逆に怪しい…!なんて当たり障りなく付き合っているうちになんだかんだで縁が出来てしまい、
初対面の時のように、沖田と土方をからかうことにも快感を覚えてしまったわたしは、
調子に乗って知り合い以上友人未満の関係で、今日も今日とて土方をからかい、気がすんだらふらりと消えて行く生活を送るのだった。
正直に言えばこれは日々の生活のストレスの解消、捌け口であるとは、あのニコチンマヨラーには口が裂けても言えないままである。
人間って欲望には正直な生き物よね。…うん、どうすっかこれ。