第一話
0.落下の始まり
落ちた。

落ちた。


落ちて、落ちて、落ちて、とことん落下し続けた。
事の始まりを説明しろと言われれば、そうとしか言いようがない。
そして落下したその先で見た物はあまりにも非現実的で、それでいてリアリティや人間臭さで溢れたような、つまりは混沌とした物達。

なんでこんなことになったんだっけか?
…ああ、そういえば、わたしは夜自分のベッドで眠ろうとしてたんだ。
若干の不眠症な気があるわたしは、「仰向けになって手足を投げ出して、下へ落ちて沈むように意識してみると、身体の力が抜けて眠れるらしいよ」と友人から聞かされその方法を試そうとして、ああ、そして……


「こうなった訳か」



……いやそれどんな訳なの。なんでそれをしたらベッド通り抜けて、何故か落下して見知らぬ土地へ落ちた訳。
あまりにも高く長く落下したにしては、背中から落ちてむせ返ったけど衝撃が軽かった。
本当だったら死んでたかもしれないくらいだったと思うんだけどほんとなんで?この不思議なに?

……わからない。わたしがわからない。ああもう回りくどい。三言で現そう

寝た
落ちた
多分トリップした

……言葉にしてしまえば簡単なことだった。
わたしは眠りたかった。毎晩の眠りたくて眠りたくて眠れない苛立ちに苛まれ、藁にもすがる思いでリラックス法を試しただけなのに。



「お、姉ちゃんまあまあ、…まあ別嬪さんだね、どう?うちの店で働かない?」
「わたし日本語分かりませーん」
「もうちょっと繕おう!一言くらい片言で繕おうよ!」
「あ、緑茶飲みたくなっちゃったよー熱々のうぇってなるくらい渋いのー」
「何だよその露骨すぎる国民アピィルゥ!」


……どうしてわたしは…勧誘(恐らくキャバ嬢)のモブのオッサンでさえこんなに愉快なツッコミをかましてくれるような、愉快な世界、
……舞台は江戸、天人という宇宙人に支配された国、そこで繰り広げられるあれやこれやらが続いて行く。
そう。紛ごうことなき"銀魂"の世界へ、異世界トリップなんてしてしまったのだろう。わたしが歩くのはかぶき町。
ぶらりと散歩気分で、いや優雅に散歩どころか若干はビクビクと恐怖を抱えながら町を歩いてみると、なるほど現代日本じゃありえない生物だか動物だか宇宙人だかが当たり前のように闊歩してる。こわい。こわいよ。

もうここに来てしまってから暫くの時が経っているのだけど、未だに受け入れがたい。めでたくわたしもトリッパーの仲間入り!なーんて……ねえ…わたしの年齢からしたら一般的には夢見がちな年頃なのかもしれないけどこんな風な夢見がちな少女ではないつもりだ。トリップしたいよ〜なんて軽率に口にしても所詮それこそ夢、あり得ないことと分かっていたのに、現実になっちゃうの…。
実際の所口について出た冗談というだけで、トリップを切望していた訳じゃないのに軽率に口にしてしまったから?
口は災いの元。それかな。

…そしてわたしは、悲しきかな、戸籍がない。まさに異分子トリッパー状態。
今日まで食いつないできた術は長くなるのでとりあえずは割愛。



そう、ただトリップしてただ生きてただそこに在るだけ。キャラクターと関わらなきゃいけない理由は今の所わたしには無かった。だって生きていけるから。万事屋さんに土下座して助けを乞うような必要もないし、真選組に厄介になるような怪しい行動もしてない。特にわざわざ会いに行きたいとも思わない。

他人にはネカフェを仮の住居として転々とするだけの、今時の若者に見えているだけ。
…そう、ただのトリップ…だったのに。
そう高をくくっていたわたしは、後にわたしはただのトリッパーなんですぅ〜!とはもう自称したくても出来なくなるような、大変な苦労を重ねることになるとは…

予想するはずもなく。
昇天する程の楽しみも喜びも嬉しさも絶望する程の悲しみも苦しさも辛さも悔しさも、
全部、全部。
この世界に来なければ感じなくていいことだった。背負わなくてもいいことだった。それでも何故か。
──なんてばかな、と。分かっていても、そうだ、思ってしまう。願ってしまうんだ、ずっと。考えてしまう。


とてもくだらない、他人から見れば些細な取るに足らないだけのことを。

2015.9.5

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