幸せの中にある
0.番外編
朝、起きた。目が覚めた。枕元に何かの鮮やかな色の箱がある。どうやらソレは、きちんとリボンまで巻かれているらしい。
首を傾げながら近づいてみる。小さなカードが添えられていて、そうまるでそれは、
俗に言う「プレゼント」の包装のような…

カードにはマスターの文字。丸っこい字で「メリークリスマス」と書いてある。宛名には俺の名前。
その鮮やかな色合いは確かこういったはず。


「……ああ」


…クリスマスカラー。
…そうか。今日は。世間的に言えば"クリスマス"と呼ばれる日なんだろう。
世間が賑やかに浮かれる日。チカチカと街中が瞬きだす日。笑顔が溢れる日。期待に胸を膨らませる子供が沢山いる日。

そして例外に、期待に胸を膨らませていた訳ではない者にも…
"サンタ"と呼ばれる存在は、やってくる。なんて日なんだろう。クリスマス。何がめでたいのか正直分かりやしない。でも。

少なくともうちのマスターは…。


***



「あっははは!」
「…笑い事じゃないんだけど」
「ご、ごめんごめん、あー、本当にやったんだ、


いつものようにマスターの用事のある日は、隣のカイトがいる家へと預かられに来る。
その方がマスターも安心すると分かっていたし、俺自身も退屈しない。
そうして甘んじてこの家のコタツにもぐりこむ。今もコタツでカイトと談笑してる状態だ。ああ暖かい。

マスターのあのお人よしハウス、という家にも沢山の本があったけどもう読み終わってしまったし、それ以上の沢山の本がこの家にはあるし。
カイトが自身のマスターに与えてもらったらしい。時々物騒なジャンルの本が点々と存在しているけど、基本的に趣味は合う。哲学本から医学本、音楽雑誌からよく分からないパッチワークの本までなんでもござれ、ってやつだ。
その中でも人間の価値観を記すようなソレが興味深く感じる俺は、それに同じくなカイトの書庫はとても過ごしやすくて。

…そして、その趣味が合うカイトは。今朝の枕もとのプレゼント…
…俺のマスターのクリスマスプレゼント大作戦に一枚噛んでるらしい。本を借りてありがたい、と頭を下げる前にぴくりと口元が呆れて震えた。
やっと笑いの波が収まってきたらしいカイトは、それでも笑いつつ目元の涙を拭いながら説明してくれた。


「いやあ、がね、レンにプレゼントしたいって言っててね。クリスマスなんだから枕元にでもこっそり〜って冗談で話してただけだったんだけど…本当にやったんだね」
「…どういう神経してるのさ、うちのマスターは…俺もうそんな歳じゃないんだけど」
「あ、でも俺のマスターも今でもしてくるよ。俺ももういい大人のつもりなんだけどね」
「……どん引きだ…」


どうやらマスターが俺の知らぬ間にカイトと相談事をしていたらしいけど。
うちのマスター達はどうしてこうもズレているのか。あのオッサンが嬉々として枕元にこっそりプレゼントを置いていく姿を思い浮かべると目も当てられない。
むしろ、あの普段の姿を見てると想像するに容易すぎてもうだめだ。早く頭の中からこの嬉々としたサンタ姿のオッサンを消し去りたい。

テレビドラマの中の親子は「もうあなたも大人なんだからクリスマスプレゼントはなしっ」「お年玉も〜」だなんてシーンがあったはずなんだけど。
今まで読んだ本の中のクリスマスに関連する描写を掻き集めてもそのはずなのに。
…なんなんだろう、この子供扱い。少し遠い目をしてしまった。

…そして視線を外した瞬間、ああ、そういえばリンはどこに居るんだろうかとはたと思いついた時には、もしかして…とすぐに想像がついた。
この家に来ると必ず真っ先にこちらに飛び込んでくるあのリンの姿がない、そしてあのオッサンの性格、今日はクリスマス…
そこから導き出される答えは…


「ちなみにリンちゃんはマスターからのプレゼントに大喜びして、外で遊んでるよー。」


…だろうなあ、と思った。
オッサンが嬉々としてプレゼントを与える姿もそれに大喜びするリンの姿も簡単に目に浮かぶ。頭が痛くなりこめかみを揉んでみたりしたけど、カイトの言葉に引っかかるものがあったので少し質問してみる。


「…外?遊ぶ?」
「うん、大きな本格的な水鉄砲もらったみたいで、雪を溶かしたり絵を描いたりはしゃいでるよーかわいいよねぇ」
「……」


…そしてすぐに後悔した。…聞いたのが間違いだった…。聞かなければよかった…本当に…。やっぱり、俺の周りは変人だらけだと振り返ってみても思う。
突っ込めよ。そのプレゼントのチョイスと、百歩譲ってまずそのプレゼントをもらう存在の性別と年齢を思い出してくれ、と祈ったけど。「かわいいねぇかわいいよねぇ」と窓の外から見える庭ではしゃいだリンを見ながらだらしなく口元を緩めるカイトは突っ込む気はないらしい。

…終わってる。もう駄目だ。もしかして突っ込みというものが出来る人間はこの変人の中には俺しかいないんじゃ…と気がついてしまってもう辛い。
人間の周りには同じ種の人間が集まるというけど、確かに俺も大概変人だという自覚もあるから、少し納得がいかない所もあるけど…仕方ないのだろうと息を吐いた。

外は雪が降ってる。ホワイトクリスマス、というらしい。
…出かけたマスターが身体を冷やしてないといいなと思う。初めてまともに見て、触れた雪は。想像以上に触れた指先も空気も冷やしてしまうものだと知ったから。

ため息ついでにカイトにそれに気がついてからは、ずっと言おうと思っていた言葉を吐き出してから、コタツから這い出る準備をした。


「ちょっと借りた本取ってくる。今日返そうと思ってたんだ」
「あれ、別に急がなくてもいいのに」
「入れ替わりに違う本借りたい」
「ああ、そういうこと。気をつけてね?…ていってもすぐ隣なんだけどさ」


ふわりと穏やかに笑うカイトも、外で元気にはしゃぎ回ってる俺の姉も、俺の周りの空気も…
この自身の手の体温も。全てが暖かいと思う、感じ取れる。俺はいつの間にこんな空間に存在しているようになったんだろう。
…本当にいつの間に、とんとん拍子で忙しなく進んでいって。振り返る暇さえなかった。

コタツから立ち上がり、手を振るカイトに背を向けて冷えた廊下を歩く。コタツの傍においてあった"ソレら"も勿論持って。
そしてまっすぐに玄関から出て、ドアを閉めた頃に。庭で走り回ってる軽快なソレとは違う、サクサク、ぎゅ、ぎゅっと雪を踏みしめ早足でこちらへとやってくる音が聞こえた。

振り返れば。



「あれ…レン!どうしたの?」


マスターがいた。俺の、マスター。
用事が丁度終わったらしい。俺を迎えに来たんだろう。…また早足でやってきたみたいで息が少し切れてる。初めて授かった子供が心配で慌しく保育園に迎えに来る親みたいだよ、本当に。
そういう例えをするといかに自分が徹底した子供使いを受けているのかがわかる。
…まあ、最初はろくな言葉使いさえも出来なかったし一般常識と呼べるものもなかったから。
仕方が無いとはいえるかもしれないけど…。子供だって成長する。

…俺たちはボーカロイド?命ではない?進化はない?
いや、違う。だって数少ない俺たちボーカロイドは…欠陥品と呼ばれる俺たちだって、みんな…


「…あっ!それっ!」
「…?なに?」
「プレゼントのマフラー!…き、気に入ってくれた…?」


…例えば、目の前で俺が…そう、プレゼントの箱の中に入っていたふわふわモコモコしたマフラー。それを首に巻いてる俺を見るや否や、目を輝かせてそわそわしだすマスターを見たら。
鼻を赤くして、手もかじかませて急いでやってきてくれる姿を見たら、
俺達の周りの暖かな笑顔を思い浮かべれば…


俺も同じく、暖かい、と。
きっとココロと呼ばれる部分が熱を持つ。それはきっとただの機械では出来ないこと、感じられないこと。俺達がマスターに何かをされて、必ず「ありがとう」と礼を言うようにプログラムされてるだとか、必ず喜ぶように、とまるで躾でもされてるようにそう成っている訳じゃない。
これは意思だ。欠陥品ながら、完成品ながら。数少ない本物のボーカロイド達はみんな分かってる。


「…あり、がとう」
「………うん!」
「色も、嫌いじゃない。感触も材質も、全部、嫌いじゃない」
「…そっか」
「…好き、なのかもしれない」
「……そっかあ…嬉しいなあ…私、クリスマスのプレゼントとか、こういう形で贈られることも、贈ることもなかったから…だから…」



笑顔を暖かいと感じ取っても、ありがとうと礼を言いたくなっても。雪を冷たいと眉を寄せて感じ取りながらも綺麗と思える感性も。

思わず取ってしまった、お世辞にも暖かいとはいえないその小さな手が、とてもとても大切なものに思えてしまうのも…
驚いた顔もすぐに消えて、嬉しそうに笑う目の前のその人から目を離せなくなるのも。


「レンの手、あったかいねえ」
「…そう」
「うん」


それでも俺の体温がいつも一定の適温と呼ばれるものであるのも。全部、全部、全部、…全部。

全てに意味があるのだと。思っていたい。クリスマスに祈る人間はこの日本にはあまりいないのかもしれないけど、神に祈るように祈っていたい。
俺たちは。ボーカロイドは。欠陥品も完成品も、全てに。意味があって生まれてきたのだと。今の心地よい暖かさを失うのが恐ろしくてとても寒くて痛くて祈るのだ。

人間だって、みんな生まれてきた理由も存在価値も何も分かっていないんだろうけど。きっとそれは自分が理由付けるのではなく、誰かが決めるのかもしれない。そうして求められて初めて。生き物はそこに在れるのかもしれない。


「…マスター、ちょっと」
「え?…う、わあっ」
「身体冷やさないでよ。…女でしょ?」
「…うわあ…レンが…レンがこんな言い草をするようにぃい…」


思わず重く沈んでいきそうになった思考を振り払うように首に巻いていた黄色いマフラーを解き、マスターの首に回し緩く巻いてやる。するとびっくりしたような声を上げたマスターも、すぐにぱちぱちと目を瞬かせて俺を見つめてすぐにショックを受けたような顔をする。

…おかしいな。マスターの好きなキャラクターを真似たはずなのに、と思っても、自分が子供のように可愛がってた存在がソレをすると心境的に複雑なのかもしれない。
或いはニジゲンとサンジゲンは違う、とか。そこら辺はよくわからないから今度カイトに聞いてみよう。

…でもこうするとマスターが面白い反応をするから嫌いじゃない、でも少し物足りない。
でも。


「…早く家に入りなよ。…俺カイトの所に言って説明してくるから。他に用事もあるし」
「はいはーい」
「はいは一回、なんでしょ」
「……はい……」


今は物足りないでいいと思う。俺にはその物足りなささえ尊いものであり、今まででは物足りない、と欲しがることもなかった。暖かさも感じなかった。冷たさも感じなかった。でも今は…

なら。それでいい。きっとそれでいい。
それが、いいんだ。