笑えることの意味と知ることの理由
2.初めてのお留守番の変化の出会い
「俺、凄い物知りだって有名なんだ。外に出るときは、まだボーカロイドって浸透してないしさ。変装してるんだけど、物知り兄さんなんて呼ばれてる」
「……」
「凄いって言われてるそれが異常なんだ。頭が良すぎて、
いらないことまで察してしまう。人の感情や、些細な仕草から考えまでわかってしまったり、膨大な知識を抱えすぎて恐がられたり、

ほら、いらない知識を知ってると、恐がらせることがあるだろう、例えば、人を簡単に指先で殺す方法」


俺がそこまで言うと、レンは首を傾げながら「…知ってるの?」とだけ問い返した。
恐がりはしないらしい。
物知りイコール、ボーカロイドを破壊する方法も知っていることは知ってる。それはボーカロイドの死。
レンは頭がいいしわかっていそうだけど、それでも平然としている。

少しだけ苦笑しながら、告げた。


「うん。あんまり人には言ってないけどね、でも俺のマスターは知ってるよ。…前のマスターは、色んな恐怖が蓄積されすぎて、俺のこんな知識のせいで抑えた思いが爆発しちゃって、捨てられた」


知識ほど恐いものはないと思う。
俺は知らないことを知る、知識欲が大きくて、貪欲に調べて回る。一時期はそれをパッタリと止めたこともある。なんでかって、恐かったから。
傷つける術を知ることも恐かったし、これ以上恐ろしい物になりたくなかったから。嫌われたく、なかったから。

でも長い審査を終えて、マスターになった彼は、俺に沢山の本を買い与えた。
家にあった書斎を丸ごとくれた。パソコンも、携帯も与えた。

それで言った。
「色んなことを、教えてくれ。俺がまだ知らない何かがこの世にあるなら、全て知りたいんだ。だから俺はふらふら放浪するから、スゲー周りに怒られてるんだけどな」

なんて言って。
それって、普通じゃない。

でも、普通じゃなくても、受け入れてくれる変人はいる。変人は、貶す言葉ではなくて、最高の褒め言葉だ。
お世辞にも普通とは言えないけど、俺のマスターは最高に格好いいよ。

強いよ。
羨ましいよ。
嬉しいよ。
嬉しいんだ。


「俺が思うにね、は、俺のマスターみたいに変人だと思うんだ」
「…それって、本当に褒め言葉なわけ?」
「あはは、これ以上の賞賛はないって。普通だけが偉いわけじゃないよ。変人は変人で、いいところだって沢山あるんだよ。そう思わない?」
「……」


レンは沈黙した。多分意味はわかってるんだと思う。
でも信用はできないだろう。人の言葉だけで人が変われるなら、世界はもっと変わってるはず。

今は意味をわかってくれるだけでいいかなあ、って笑っていれば、レンは言った。


「…あんたも…カイトも…。…変人だね」


その言葉に目を丸くしてから、ぶはっと吹きだしたら、あからさまにレンが眉を寄せるものだから、もっと笑った。

なら、レンも変人だろう。もっと抱えてるものも、彼が欠陥という、生き辛い、困ったものも沢山あるんだろう。
でも、レンはきっと生きていける。まだ大丈夫。
"墜ちて"ない。大丈夫。


「…ねえ、マスター…。俺の、マスターって、あの人ってさ」
がどうしたの?」
「本当に働いてるの?」
「ぶはっ!…あ、ははっそれ、に言ってみたら?多分殴られるよ」
「殴るんだ、あの人」
「口より先に手が出るタイプだからね、は」
「それっぽい」


なんだか納得したようなレンにまた笑いそうになったけど、
切がないし果てもないから、押さえ込んで話を続けた。

よかった。それなりにに興味があるみたいだ。
流されるままにそこに居るんじゃなくて、ちゃんと気になってるじゃないか。
も喜ぶだろうなー。まだ言わないけど。


はね、歌の先生をやってるんだよ」
「……え…?」


流石にそれには驚いたようだ。
ボーカロイドを偶然拾った人間が、音楽に携わってるなんて、
驚くかもしれない。
…その内にも審査を受けてもらわなきゃいけないけど、
事情が事情だし、落ち着いてからでもいいかもしれない。

…多分、レンのことを探してる人は、いない。
なんだか昔の自分と重なって悲しくなりながらも、笑い飛ばしながら言った。


「でもね、からっきしなんだよ、音楽のセンスが。歌も下手だし、作曲も難しいんじゃないかな。楽器も言っちゃアレだけど、下手だし」
「…ねえ、本当に仕事してるの?」
「ぶっしてるしてる!センス無いって言っても、完全にないわけじゃないんだよ」
「…?音痴で作曲も出来なくて楽器も弾けないなら、センスなんて他にないじゃん」
「あるある。ちゃんとある。…まーアレだよ、レンもに曲作ってーって、ねだってみたら?」
「……音感ない人間に?」
「…レンって、結構毒舌だよね」
「?こんな感じの喋り方でいいんじゃないの?本ではこんな感じだったよ」


そんなことを話して言い合いを続けていたら、昼が来て、まだ何も食べたことがないというレンに、簡単な飲み物を差し出して、
一緒にお茶をしてるうちに、すぐにおやつの時間がやってきて。

中々話してるのも楽しいし、会話も続くし、結構レンっていい性格してるし。やっていける気がしてならないなーと思いながらおやつ代わりのココアを入れていると、

玄関でドタバタと音がして、いつぞやのようにインターホンが連打されて、その響き渡る音にレンは耳を塞いでいた。

…連打するの、やめようね

絶対これはだという確信を持ちながら玄関を開けると、
が飛び込んできた。


「れっレンっはっ!ゲホッ…っ」
「居間にいるよー。今ココア飲んでるんだ。飲み物だけしか飲んでないよ」
「あっありがとうカイト兄さんんん〜!!!あっ上がっていい!?」
「どうぞどうぞ、いらっしゃい。家の主人はいないけどね」
「あざっす!今度何か美味しいもの持ってくるね!あの人にはお酒とかね〜。
お邪魔しまっすー!レーン!ただいまーっあ!」


ドタバタと走り出して、居間の扉を開けると思いっきり眉に皺を寄せたレンがいた。
流石にこのテンションについていけないのだろう…。
ダッシュでレンの元にかけよって勢いよく抱きしめたときは、ああああ…!!
と段飛ばしをしすぎた行為に焦ったけど。

レンはけろっとしていて、満更でもないのか、それとも本当に平坦に、無頓着なだけなのか。
まだ掴めないけど、嫌がることがないのが救いだった。
希望はある。頑張れ


「…、」

でも、やっぱり、言った方がいいんだろう。二人のために、これからのためにレンの事情を。本当のことを。

でも俺が話すべきことではないし、レンが言いたいと思ったときに言うべきだ。

多分、ずっと黙って、騙し通す真似はしないと思う。どこかでけろっと暴露するのかもしれない。

だから、その時を待とう。
変人なが、レンが思っているのよりもずっと簡単に、けろっと笑ってしまうのを。
俺のマスターのように。俺が、救われたように。