恐くて緊張する明るい暗闇
1.自称ボーカロイドを拾った日
わ、わからない…何故だ?何故わからない?
いや普通わからないよ。荒々しく口走ってしまったけど。今でもやっぱりわかんない。なんで暖をとろうとして、ナイフで胸元抉るわけさ。

…血がドクドク傷がズキズキアドレナリンやっべー暖かいぜー

…ってやつだったら、実はわたし、こんなに悠長に構えてる暇なんてなく、逃げるべきなのかもしれない。
でも、この子の口調はゆったりとしてて、緊迫した感じはないし、目も…
いや、目も顔もしっかりみたことないなあと思って、わたしはスッと目線を下に下げれば。


「わっど、どうしたの?」
「……」


彼は尋常じゃないくらいに震えていた。
先ほどは寒さで震えているのだろうと思っていたけど、それにしても何か複雑な心境なのだろうとも思ったし。

でも、なんというか、身体はガチガチに固まっていて、動かないようにと鷲掴みにしていた腕が強張っていて震えてる。

…もしかしなくとも、彼はわたしのことを恐がっているのでは。

…傷を負った少年、対人恐怖?有り得る。大いに有り得る。…でも、だからと言って腫れ物扱いするみたいに気遣いたくもないし、
この状況でわたしはそんな甘えたこと言ってられない。


「ごめんね、いきなり掴みかかっちゃって。…ねえ、君どうしたの?」
「……どう、した?」
「通りかかったら、ずっとここで震えてるから、どうしたのかと思って…。お家は?あ、寒いなら暖かいもの買ってくるけど」
「家…買う…」
「…う、うん…?えーと…」


だから、負けるかと遠慮せず踏み込んでみたのだけど、何やら様子がおかしい…ような。
ぼーっとしてるのは寒いからとか、むしろこんな状況だからとか、
本人の性格だとか、気にしてなかったけど。

会話にしてもオウム返しするだけで、会話にならない。自ら喋った暖をとる、って発言も何やら意図がわからないし。
…気が動転してたり、酷い緊張状態だったりするのか?

…と、とりあえず…そうだな、えーっと


「な、名前は?名前教えてもらえる?」
「…なまえ……」
「そう、名前。とりあえず、なんて呼んだらいいかもわからないし」


名前。名前くらいは流石に答えられるでしょう!と思って、問いかけてみた。
すると彼は少し考えたように口をぱくりとして、すぐに言った。今度こそまともな返答が…!と期待したのも束の間。


「ボーカロイド」
「え?ぼーかろいど?ボーカが苗字でロイドが名前?っていうのは…ないでしょ?」
「…ボーカロイド」
「……」


やはり、今の今まで、会話が成立したことが、一度もないように思えて仕方ないのはどうして?

あー、うー、と次の言葉を捜していた時。ぴくり、と彼の肩が跳ねた。
何事かと思っていれば、ぱたりと頬に冷たい何かが落ちてきて、すぐにああ、雨だと気が付いて。このままでは二人とも雨に降られるのだろうとわかった。

しかも、わかってしまったのはそれだけではない。


「わっわぁ!せ、洗濯物がっ」
「……」
「どうしよっ…ていうかいやいや、君、どうするの?此処にずっと居るの?」
「……ずっと…」
「わたしは濡れたくないし、洗濯物も濡らしたくないし、お家に帰るよ。君も何処かに行かなきゃ、びしょ濡れで風邪引いちゃう、冬だし寒い」
「…!」
「…行く所、ないの?」


その問いの返答は、わかっていたようなものだけど。あえて問うた。

すると僅かに焦ったような顔をしてる少年が、ゆっくりと頷くわたしは「そっか」とだけ呟いて、立ち上がる。
少年がこくりと俯いてしまったのを見ながら、言った。


「家においで」


驚いた様子の彼の顔を見ながら、あ、わたし変質者っぽいなと思いつつ。