位置関係と上下の関係
3.変わり行く日常と来襲
薄っすらと意識が浮上する。何故だか言いようのない感覚で目が冷めた。

例えば、誰かの、視線を、感じたような…
だとするのならレンから受けた物だというのが1番有力だけど、何故だか違和感を感じるのだ。

例えが悪すぎるけど…夏場によく居るアレにも、姿が見えずとも本能で察知する。そんな感じ。そっと、恐る恐る目を開けてみれば、そこには。


「…リン、ちゃん…?」
「しーっ。…ちょっとリンについてきてっ」
「う、ん……」

なんでー!?といきなりのことに驚く場面だとは思うけど、
私はまだ夢現なためだったために、寝ぼけながら静かに、静かに部屋を出て、リビングに行くのかな、と思いながら歩き進めるリンちゃんについて行く。
私の部屋は二階で、
シェアハウス用に誂えた一軒家ということもありかなり部屋数がある。
それに従い廊下も長く、ふらふらと覚束ない足取りで進む。

そして階段を降り、リビングに続く廊下の途中にあるドアを開けた所で、
流石に目をシャキッと覚ました。

「な、なんでトイレ!?」
「あ、目ぇ覚めたー?…内緒話ならここがいいかなって!」
「…レンに秘密の話?」
「そう!…流石にレンも女の子の使用中のトイレに近づかないと思うしさっ」


そりゃあそうだろう。
レンに異常性癖でもない限り、そんなことはしないだろう。
普通の精神を保てているなら、男女問わず誰でも近づきたくないに決まってる。

もしそれをされたらレンにそれだけは常識道徳モラルの問題だと説明するところだけど、今のところそこら辺の常識は理解出来ているように思える。

目がシャキシャキに覚めた所で、女二人トイレに押し込まれる混沌さに怯えながらも向かい合った。


「それで、本題〜」
「うん」
「……最近のレンの様子はどう?レンは、元気にしてた?」
「……、」


いったい何を話すかと身構えていれば、
問われたのは普通の近況報告のような、軽いもの。でも多分重みが違う。

何も言わずに出て行った、とか。外国の家にも〜だとか、諸々の事情とか。色々なことを聞いて、多分凄く大事なことなんだと思った。
レンが元気でいるか、レンが今までどうしているか。

なら、誠実に答えるべきだ。真剣に聞いているのが、空気で伝わる。
でも張り詰めたという緊張感はない、多分それはリンちゃんの純粋な思いだからだ。
どうしているかはともかく、レンがどんな気持ちでここに居るのかは、その感情は測れない。でも。確かに。


「…私の元にいてレンは元気になれてるのか、まだわからないけど…」

でも

「とても綺麗で、心奪われるような声で、歌ってくれてる」



そう言うと、リンちゃんはぐ、っと何かを堪えながら「そっ、か」と笑った。

…この子は、落ち着きがないというか、無邪気な子供らしい一面を持ってながら、
ちゃんと周りを見る目と人を気遣えるしっかりした心を持っているんだ。

レンを、想ってる。
それがひしひしと伝わって、そのいじらしさがとても愛しく感じる。
無邪気さと、成熟した心、愛される気質を持った女の子、相反する裏表を備えた子。


「あたしね、レンの、おねーちゃんなんだ」
「…双子、だっけ?」
「わかんない。鏡…なのかも。でもあたしたち鏡音は、お互いをきょうだいと認識してる。…だから、」

凄く、心配だった……

その言葉とともについにうるうると泣き出してしまったリンちゃんは、
とても綺麗だった。
…羨ましい。素直にそう思った。きょうだい、しまい、ふたご、…家族。血縁、繋がり。
尊く、唯一無条件の愛が許される糸。

…実際はそんな風に、理想が転がってるわけがないって、知ってるよ。
…でも……


「いいお姉ちゃんだね…リンちゃんは」


ふ、と愛おしさがこみ上げてきて、私は笑いながらそう呟いた。
囁きにも似た言葉だったけど、リンちゃんにはしっかり届いみたいできょとりとしていた。

そうして、こう言ってきた。


「あたし、お姉ちゃんって言ったっけ?!」
「……」


その言葉で、この子の将来にとてもとても、とても不安感を感じた。


そうしてようやっとあれこれ言い合いながらも混沌から…、トイレから脱し、
こっそりと玄関口からリンちゃんが「まったねーっ」と出て行くのを見届けて、喉が乾きを訴えてることに気がついて、台所へと向かう。

そしてその途中。


「……遅かったね」
「……うん……」


リビングに立ち、じと目で、明らかに疑わしさオーラを醸し出していたレンに遭遇した。

…言い訳といえば、長くなった理由を事細かにでっち上げるしかないけども、
そんな下品なデリカシーのないことは本当に言いたくないために、
話をそらして見ることにした。

…異常性癖があって覗いてたわけじゃないのはわかるんだけど、多分気配とか足音で感じ取ってる、この子。

とりあえず一つ咳払いをしてから。


「ねえ、今日は隣人さんの所に行こうか」
「…なんで?」
「ほら、リンちゃん。ちゃんと紹介してもらいたいでしょ?」


そう聞いてみると、じっとこちらを見つめるばかり。いい案だと思うんだけどなあ。

リンちゃんの問いかけから、お姉ちゃんということは確かにわかったけど、
隣人さんとカイト兄さんと揃って挨拶したいしさ。
どういう経緯で隣人さんの所に来たかはわからないけど。
…そう考えると、カイト兄さんもどうしてあの家に来たかも知らない。

私みたいな特殊なパターンはそうないと思うし…
実体のあるボーカロイドという存在が知れ渡ってないこの世間で、
どれだけの人がボーカロイドと暮らしてるのか、どうやって縁が結ばれるのか、

…誰がどうやって、どう考えながら生み出したのか、とか。


「リンって、姉っぽくないでしょ」
「……う、うん…」


思いに耽りながらも、レンはピンポイントで、
リンちゃんがさっき大声で叫んでしまったそれを聞いてたかのように話し出した。あり得る話だけどさ、気まずい。

でも、言ったら悪いけど、双子でもリンちゃんが姉にはパッと見には思えないと思った。
芯の強い一面を見てしまえば、お姉ちゃんでも納得なんだけど。


「いつも姉には見えないとか、妹かと思ってたとか、からかわれてたから……」


それには成る程、と納得出来た気がする。
天然なズレた所があるし、「いいお姉ちゃんだね」と言われたことがなくて、
いざ言われると、お姉ちゃんなの!と自ら告げたにも関わらずあまりのビックリにパニックになった、と。

…あり得る。
ああ、なんか可愛い子だなあ。ズレてはいるけどさ。


「じゃ、身支度したら行こっか。まだちょっと早い気がするけど、お隣凄く騒がしいし」
「………ん」


そして、やっと身支度を終えて、
ご飯はせっかくだし、私はともかくレンはお隣さんと一緒に食べさせてもらう?ときょうだい水入らずを提案しながら歩き、インターホンを鳴らしても、返答がない。
さっきまであんなに騒がしかったのに、何があったのかと顔を見合わせ、
唐突に不安感に煽られたために玄関を開けてみた。

すると。
玄関口で、良い年した男(×2)が少女に綺麗に土下座している姿が見えてしまった。